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衣笠 U どん

作者: 唐揚げ

「ねぇ、明子さ。あたしの為に衣笠うどん作ってよ」

 突然、同居人の真由がリビングで言って、私は面食らい、風呂上がりのアイスを食べる手を止めた。

 真由と知り合ったのは就職の同期顔合わせだった。私からしてみれば、彼女の第一印象は不思議ちゃんという印象だった。突発的な行動が目立ち、グラスを持って話していたと思ったら突然、食べ物を取りに行くというようなそういう存在だ。

 もっとも、そんな真由と私は同居する事になっているあたり、私も変わっているのだと思う。

 元々彼氏と二人暮らしをしていた私だったのだが、その彼氏の、今となっては元カレが浮気して別の若い女と出て行った。一人で暮らすには広い部屋だったので、持て余していたところ、タイミング良くか悪くか転居を考えていた真由が転がり込んできたのであった。

 閑話休題。

「真由、悪いんだけど、衣笠うどんって何よ」

 今の所、それが一番の疑問点だった。衣笠うどんというのを聞いたことがない。

「知らないの? 太陽が西に沈むくらいに常識じゃない」

「知らない、知らない。何それ、普通、うどんって言ったら、きつね、月見、天ぷら、お肉でしょ」

「コマーシャルみたいね」

「あるいは、香川とか大阪とかさ。そういうので、何よ、衣笠うどんって」

 私は真由にそう聞くと、真由はリビングのソファに胡坐をかいて座り、腕を組む。

「いやぁ、そんなに知らないかな。地元うどんなんだけど」

「あんた出身京都だったっけ?」

「いや、大学が京都なだけ。就職でいやいやこっちに出てきたの」

「東京一極集中ね。まぁ、でも、じゃあ、こっちで作るのは難しくない? だって、言うならば、あれでしょ、あの、ほうとう?みたいなものなんでしょ」

「いや、そんな事はないよ。ただ、こう、簡単な料理でぇ」

「じゃあ、自分で作ればいいじゃない」

 私は再び、アイスを食べ始め、スマホを手にした。

 そんな私を真由は見て、眉を顰める。

「いや、違くてさ。今食べたいの。たまにあるじゃん、無性にマック食べたーいとかさ」

「それは、あるけどさ。面倒くさいなぁ。自分で作ればいいじゃない。って、あぁ、料理できないか」

「そうなのよ、自分で作れるなら自分で作ってるって。だから、本当にお願い!」

 両手を合わせて懇願されては、私もまたそう無下に断ることは出来ない。

 溜息を吐き、私はアイスを食べ終えるとすっと立ちあがる。

「衣笠うどんの作り方って知ってるの?」

 私の言葉を聞いて、真由の顔に笑みが輝く。

「もちろんよ。たぶん、材料は冷蔵庫の中身にあると思うよ。で、材料なんだけども・・・」

 真由の言葉に対して、私は懐疑的な気持ちで冷蔵庫の扉を開けた。すると、確かに彼女の言う通りに、冷凍うどんが入っていた。他にも油揚げであったり、長ネギがあった。ご丁寧に、九条ネギを買ってきており、随分と用意周到なのが伺える。

 うどんを熱いお湯で茹でる間に、九条ネギと油揚げを切っていく。

 狭いキッチンであるが、女二人が作業するには十分なスペースがある。

「なんで九条ネギって、青い部分がこんなに長いんだろう。こっちのネギって白ネギの方が多いからね」

 九条ネギを刻みながら私は言った。

「そりゃそういう品種だからやない?」

「そう言われると、なんていうか、そうなんだけどさ」

 私の後ろに立った真由とそんな会話をしながら、麺が茹で上がるまでにうどんつゆを作ることにした。粉末つゆの粉で、簡単につゆを作る。が、ふと、思いだす。そういえば、関東と関西ではつゆの色が違うという事だ。

 昔、テレビで見たのは、関東に対して関西は透き通るような薄いつゆでうどんを食べていた。あんな薄いつゆで何か味がわかるのかと子供心に不思議に思っていたが、今回もそういう透き通るようなつゆでいいのだろうか。

「ねぇ、うどんのつゆだけどさ」

「別に関東風でもいいよ。作ってもらっているんだから、文句は言わないって」

 真由はそう答えてくれた。

 そういう物わかりの良い所が、私と彼女が同居できる理由であろう。

 衣笠うどんは、うどんの上に油揚げとネギを卵でとじた物を載せるうどんだ。はっきり言えば、簡単な料理である。京都市北区の衣笠のあたりでは、この料理を、つまり、油揚げとネギを卵でとじたものを衣笠というらしい。丼として衣笠丼というのもあるそうである。

 らしいというのは、あくまで、真由のいう事でしかないからだ。

「昔は、実家の両親がぱぱっと作ってくれたんだよぉ」

 私が油揚げとネギを卵でフライパンに溶き入れ、閉じていくのを見ながら真由が言う。

「はいはい。お嬢様は、衣笠うどんがお好きですね」

「何よ、お嬢様って。ふふふ、良きに計らえ、我は衣笠うどんを所望であるぞ」

 うーむ、おだてるべきではなかった。

 図に乗らせればろくなことはない。

 しかし、図に乗らせておいたおかげか、彼女は自ら茹で上がったうどんを、鍋から取り出して、どんぶりをせっせと準備し始めた。その姿を見ては、私も何か言うのは止めておこうとの思う。

「さぁさ、料理長。準備はできましたぞ」

「あら、お嬢様にしては上出来ですね」

「やればできるお嬢様なので、うどんをどんぶりに移しとくね」

 茹で上がったうどんは真由によってどんぶりに、彼女から私に手渡され、衣笠うどんの肝の、卵とじを載せていく。そして、そこに関東風のつゆを注ぎ入れて、ささやかな共同作業をへて、衣笠うどんは完成した。

 リビングに運ぶのも、真由お嬢様に頼み、私は流しに調理道具を置いて軽く洗っておく。

 リビングの机の上に置かれた衣笠うどんを前に、真由はじっと私が来るのを待っていた。

「じゃあ、いただきます」

 私が言うのを待ってから、真由は衣笠うどんに手を付けた。それを見てから、私は衣笠うどんを食べ始める。普通のうどんだ。確かに油揚げの味と、ネギの甘さが卵によってバランスを取られ、素朴な味とも言える、いかにもな、「和」の味だ。

「美味しいじゃあない」

 自画自賛ではあるが、私はそう、呟いた。

 自分で作った料理を褒めるのは、まず、自分だからだ。

 それに次いで、真由が頷く。

「美味しいよ、これ。関東風の出汁だけど、美味しい」

 しみじみと、うどんのつゆを見ながら真由がつぶやく。

 そういえば彼女はずっとこの関東に住んでいる。少なくとも、私と同じくらいで会社に入って、それからずっと過ごしているのだから、一度も、地元には、京都には帰っていないはずだ。かつての故郷の味である。

 しばらく、考えて、うどんを一口再び食べてから、私は口を開く。

「どうですか、お嬢様、次の連休、京都に旅行に行きません事?」

 真由は一瞬、呆気にとられたようにうどんを食べる手を止めて、私を見た。

「京都生まれのお嬢様に、観光地を案内していただきたく思いますわ」

 表情を変えぬままに、真由は私の事を言葉を聞き終え、にやりと笑みを見せる。

「えぇ、料理長には本物の衣笠うどんを食べてもらいますわよ」

 そうして二人して笑い、うどんを食べすすめるのだった。

 

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