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【連載版開始!】・恐怖の地底に放棄された男爵令嬢ですが、冷徹辺境伯様に実力を認められ専属錬金術師として保護されました

作者: 青空あかな

「フルオラ・メルキュール! 俺様はお前との婚約を破棄させてもらうからな! 今さら泣いてすがってももう遅いぞ!」

「お義姉様! さっさと、この家から出て行ってくださる!? あんたの居場所はもうないのよ!」


 頭の片隅に男女の声が聞こえるけど、きっと気のせいだろう。

 ビノザンド王国の地方にあるメルキュール家で、私は今日も錬金魔道具の開発に勤しむ。

 自宅の隅っこにある狭い自室が、私の居場所兼開発室だ。

 昔から……というより、前世から錬金術に強い関心があった。


 極度の錬金術オタだったJK二年の私は、自分でアホな実験をした挙句事故死した。

 だけど、錬金術を使いたいという熱量溢れる思いが神に通じたのか、フルオラ・メルキュールという少女として転生したのだ。

 3歳の時に前世の記憶を思い出し、この世界に本物の錬金術があると知ったときは感動で震えたね。

 あれから13年経ち、前世の自分が死んだ年齢になった。

 毎日毎日没頭しても錬金術にはまったく飽きない。

 飽きるどころか、夢にまで見た錬金術が使えるのが最高すぎて仕方がない。

 窓を開けしみじみと外を見た。

 空を飛ぶ雲のように、無限のアイデアが湧いてくる……。


「ククク、聞こえないフリをしているんだろう。お前はどこまでも性格の悪い女だ」

「それとも悔しくって、こちらを見ることもできないのかしら?」


 メルキュール家は男爵家だったけど、弱小 of 弱小貴族なのでお金がなかった。

 だから、生計を助けるため錬金術で魔道具を作っては売る日々だ。

 開発や設計の時間を考えると、本当に寝る暇もない。

 ……ところがどっこい、これがまったく辛くなかった。

 とにかく24時間365日、どっぷりと錬金術に触れていたい私にはピッタリの生活だ。

 オタクの熱量は決して冷めることはなく、むしろ年々熱くなっていた。


「聞いているのか、フルオラ!」

「聞いているの、お義姉様!」


 せっかく哀愁に浸りながら新しい魔道具の設計を考えていたのに、謎のがなり声に思考を邪魔された。

 さっきから誰よ、もう~。

 妄想に浸らせてちょうだいな。

 鬱々とした気持ちで振り返ると、一組の男女がいた。


「思った通り、お前は聞こえないフリをしていたのだな! 今回もまた、俺様の見立ては間違っていなかったのだ!」

「お義姉様にはもったいないお方ですわ! アタクシがもらい受けます! オホホホホッ!」


 高笑いする男と女。

 ……誰だ?

 いや、メルキュール家に出入りしているのだから、私の知り合いには違いない。

 だが、思い出せない。

 それにしても、どこかで見たことがあったような……。


「あっ、ナルヒン様にペルビア」


 深海に沈んでいた記憶をサルベージする。

 前世から私には、興味のないことは記憶の深海へ沈める悪癖があった。

 悪癖は死んでも治らなかったようで、むしろ新しい人生では強化された始末だ。

 被害に遭われた方々には申し訳ないけど、どうかわかってほしい。

 とある理由により、錬金術のためなるべく脳の容量を確保しておきたいのだ。


「まったく、相変わらずの鈍さだな。お前ほど鈍い女は他にいないだろうよ。俺様に話してもらえるだけ感謝しろ」


 男性の名は、ナルヒン・クロートザック。

 今年で18才。

 伯爵家の嫡男であらせられる。

 金色のとげとげした髪をお持ちで、ブルーの目は睨むような目つきを意識されているようだ。

 狼や熊といった肉食動物のイメージ。

 会うたびに爵位の違いや家の自慢話を懇々と説明され、おまけに毎回私のことを馬鹿にしてくるので、五回目に会ったとき彼は深海へ沈んだ。


「どんくさいお義姉様は、あたくしたちの関係にも気付かなかったようですわね。錬金術の本ばかり読んで、現実が見えてなかったんじゃないかしら?」


 少女の名は、ペルビア・メルキュール。

 私の義妹、14歳。

 金色のグラデーションに輝く縦ロールは、私に無理やり作らせた魔道具によるものだ。

 右目は紫、左目は黄色のオッドアイ。

 これも私に無理やり作らせた魔道具によるものだ。

 目の色を変える魔道具を作れ、という無茶な指令の元、私は特別なコンタクトレンズを開発した。

 どうやらペルビアは、出会ったときから私そのものを魔道具と思っているらしい。

 態度の改善は認められず、出会って半年後に彼女は深海に沈んだ。


「この俺様もお前がここまで鈍いとは思わなかったぜ! ヒャハハハハッ!」

「お義姉様の泣き顔が目に浮かんでしまいますわ! オホホホホッ!」


 なぜか二人は、そろってしきりに高笑いする。

 思い返せば、8歳でナルヒン様との婚約が決まってからだ。

 私の悪癖が強化されたのは。

 男爵令嬢に転生したのがわかってから、なんとなく“婚約”の存在は頭にあった。

 この世界では既婚女性は家庭に尽くすのが一般的なことらしく、それもまた憂鬱さに拍車をかけた。

 ああ、とうとう来たかぁ~……それが当時の率直な感想だった。

 すでに錬金術の沼に浸かっていた私は、婚約など考えたくもなかったのだ。


 ――正直に言っちゃうと、ずっと引きこもっていたい。


 永遠に死ぬまで錬金術をして、魔道具の開発をしていたい。

 できれば、結婚はご遠慮したい。

 一生夫や義実家のために尽くしていては、せっかくの錬金術ができないから。

 でも、私は現実を受け止めた。


 ――“どんなことも、悪いところより良いところを見つける”。


 前世から続く私の考え方だ。

 短所や欠点ばかり気にしていてもしょうがない。

 だから、16歳までは夢の錬金術に好きなだけ没頭できると逆に考え、日々精進を重ねていた。

 寝る間を惜しんで錬金術に打ち込んだ。

 しかし……全然足りない。

 家出しようかな、ともちょっとばかし思ったのは事実。

 とりあえず、彼らの用件を聞こう。


「それで、何用でございましょうか?」


 二人は高笑いするばかりで用件を話してくれない。

 ので、聞いたわけだけど、彼女らはピタッと動きを止めた。

 な、なんだ?

 と、思いきや、次の瞬間には竜の咆哮みたいな怒号が襲い掛かってきた。


「婚約破棄だ! っつってんだろ!」

「あたくしがあんたの代わりに結婚するって言ってんの!」

「うわぁっ!」


 質問しただけなのに激しく怒鳴られた。

 この二人に限っては、良いところを探すのは至難の技だ。

 ……あっ、ちょっと待って。

 彼女らはとても大事なことを言っていたような……。


「……婚約破棄? ペルビアと結婚……?」

「ああ、そうだよ。俺様はお前との婚約を破棄するって言ってるだろうが」

「お義姉様は婚約者をあたくしに奪われてしまったということですわ」


 それはつまり……。


「え、ペルビアが代わってくれるの!? ……ごっほん! あ、あ~、これは誠に遺憾ですな。そう、誠に遺憾でございます」


 嬉しさを押し殺して悲しいふりをする。

 まさか……まさか……! ペルビアが憂鬱な婚約を引き受けてくれるなんて!

 ……さすがは我が義妹。

 素晴らしい活躍だ。

 心の中でウキウキしていたら、ペルビアがニヤリと笑って言った。


「ところで、お義姉様は“地底辺境伯”のことをご存知ですか?」

「ええ、もちろん」


 地底辺境伯――アース・グラウンド様。


 王国で一番大きな山、シャドウ山の地下に住んでいる辺境伯閣下のことだ。

 暗黒地底と呼ばれる、とてもとても大きな洞窟の警護を担っている。

 地底には魔物の巣と繋がる道があったり、冥界への入り口があるなんて話もあった。

 耳慣れない場所なこともあるためか、薄気味悪いウワサしか入ってこない。

 身の毛もよだつような怪物……魔物を主食にしている……人だって食べる……。

 どれも証拠のない馬鹿馬鹿しいウワサ話だ。


「使い道のないお義姉様は、地底辺境伯との婚約が決まりましたわ。ちょうど嫁入りの募集があったので、あたくしが応募しておきましたの。さきほど了承の書類が届きましたわ」

「……えぇ」


 得意げに告げられたセリフに、思わず素の声が出た。

 なぜ、私なんかが地底辺境伯に嫁入りを。

 謎だ。

 というか、せっかく婚約から逃れられたのにぃ……。

 一婚約去ってまた一婚約。

 なんでこう、私に付きまとうのだ。

 ほっといてくれたまえよ。

 ん? ちょっと待って。

 暗黒地底は人の世から隔絶された地中の洞窟と聞く。

 つまり……。


 ――……引きこもれるぞ。


 人里離れた地下空間。

 超絶インドアなオタク気質の私にはピッタリじゃないか。

 思う存分、錬金術に没頭できそう。

 途端にワクワクしてきたけど、悟られないよう懸命に誤魔化す。


「こほんっ。しかし、メルキュール家の魔道具製作はどうするので?」

「ご心配なく。あたくしがお義姉様の代わりを務めますわ」

「お前は完全な用無しとなったわけだ、愚か者め」


 なんだ、ペルビアは錬金術に興味があったのか。

 ふむ、私に色んな魔道具を作らせたのも、錬金術の勉強がしたかったから……というわけ。

 だったら最初からそう言えばいいのに。

 まったく可愛い妹め。


「お義父様たちもあたくしたちの婚約に賛成ですから」

「俺様の家もだ。お前に反論なんてできないぜ」

「ふーん」


 よくわからないけど、ペルビアの結婚に父や義母、クロードザック家は賛成しているらしい。

 いいじゃん!

 風向きが変わらないうちにさっさと逃げよう。

 光速で荷物をまとめ、ブンブンッ! と手を振りメルキュール家を後にする。


「さよーならー! お元気でー!」

「あ、ああ、二度と帰ってくるなよ……」

「た、助けを求めに来ても知りませんからね……」


 なぜか元気がない二人に見送られ、街に走って馬車を確保。

 地底辺境伯がどういう方かはわからないけど、たぶんどうにかなると思う。

 この婚約だって、何かの間違いだろう。

 そもそも、私は先のことをあまり深く悩まない。

 結果死んだわけだけど。

 自分の無鉄砲さに少しばかり辟易したところで、顔をパンッ! と叩いて気合を入れる。


 ――そんなことより、せっかく来た引きこもりライフのチャンスなのだ。


 絶対、掴み取ってみせる。

 馬車に揺られながら、強く強く決心した。



□□□



「ここが暗黒地底……の入り口」


 数日馬車に乗り、大きな洞窟に着いた。

 私が降りるや否や、御者さんは逃げるように帰る。

 目の前の洞窟はぽっかりと口を開け、獲物を待っているようだった。

 まるで巨大な怪物みたい。

 近づいただけで、ひゅうひゅう……と風が吸い込まれるのを感じる。

 緊張しないと言ったらウソになるだろう。

 一度も会ったことがない地底辺境伯様と会う……しかも婚姻だ。


 ――でも、まずは進まないと何も始まらない。


 決意して一歩踏みだしたときだ。

 さっそく、足元の植物が気になった。

 青い星型の花が風に揺れている。


<青星花>

 ランク:D

 属性:木

 能力:星の形をした可愛いお花。夜になると小さな星のように輝く。


 この世界では目に魔力を集めると、魔道具や特別な素材やアイテムだと詳細が脳裏に浮かぶらしかった。

 そよそよと動く様子を見るだけで、とある欲求が胸に湧く。


 ――さ、採取したい……。


 だって、見たことない花なんだもん。

 採ろうと思って手を止めた。

 ここも地底辺境伯の領地なのかな。

 だとすると、勝手に採取するのはまずそうだ。

 少し採ってから向かいたいのだけど……挨拶してからの方がいいかもしれないね。


「観察の途中に失礼いたします。フルオラ・メルキュール様でいらっしゃいますか?」

「ふぇぇあっ!」


 突然、女性の声がして心臓が跳ね上がった。

 ギョッとして見上げると、女の人が私を覗き込んでいる。

 ふんわりしたモノトーンのメイド服……の半袖バージョン。

 濃い茶色のお下げを両肩に垂らし、大きな丸メガネも相まってザ・メイドという雰囲気だった。


「私はグラウンド様に仕えるS級メイドのクリステンと申します。フルオラ様とお見受けいたしますが、そうでしょうか?」

「あっ、はいっ。私がフルオラ・メルキュールでございます」


 自己紹介しながら慌てて立ち上がった。

 今気づいたけど、クリステンさんの目の下には薄っすらとクマがある。

 ふ、不眠不休で働かされているのだろうか。

 馬鹿馬鹿しいと軽んじていたウワサが現実味を帯びてくる。

 ドキドキしながらクリステンさんに尋ねた。


「あ、あの、S級メイドとはいったいどのようなメイドさんなのでしょうか。もしかして、地底辺境伯様から数々の辛い仕打ちを耐えられる毎日なんじゃ……」

「冒険者でいうところの、S級冒険者でございます。メイドとしてより鍛錬を積むため、メイド協会より暗黒地底へ参りました」

「そんな世界があるんですか……」


 クリステンさんは淡々と話す。

 その顔には恐怖や暗い感情はなかったので安心できた。

 S級のメイドなんて、思ったよりすごい人だったらしい。


「この度は遠路はるばるお疲れ様でございました。無事に到着されて何よりでございます」

「あっ、いえ、こちらこそお出迎えいただきありがとうございます。というより、よく私が来たとわかりましたね」

「グラウンド様にお手紙を送ったと聞いてから、常に入口で待機しておりましたゆえ。もちろん、身体は常に清潔を保っております」

「な、なるほど……」


 クリステンさんは表情をまったく崩さずに告げる。

 暗黒地底が私たちの世界とどれくらい離れているか(世俗的に)わからないけど、義妹が手紙を送ってから数週間は経っているのでは、と思う。

 すごいメイドさんだ。

 きっと、この人がお屋敷を仕切っているのだろう。


「では、ご案内します。グラウンド様もお待ちでございます。暗いので足元にお気をつけを。どうぞ、私の後についてきてくださいませ」

「わかりました。十分注意します。洞窟なんて初めてなので緊張します」


 クリステンさんと一緒に、大きな洞窟へ足を踏み入れる。

 中はひんやりしていてうす暗く、ちょっと肌寒かった。

 足場はゴツゴツで、岩が剥き出し。

 所々湿っていたりして少し大変だったけど、クリステンさんの後を追えば難なく歩けた。

 最初は涼しかったのに、地下へ潜るに連れて徐々に湿り気と暑さが増し、背中にじっとりと汗が伝う。

 十五分ほど降ると、巨大な地下空間に着いた。

 天井はおよそ30mくらいはありそうで、鍾乳石が垂れ下がりドラゴンの牙みたいに鋭い。

 ちょうど空間の真ん中に石造りの建物があった。


「お待たせいたしました。こちらがグラウンド様のお住まい、地底屋敷でございます」

「うわぁ……ずいぶんと大きなお屋敷ですね」


 お屋敷は黒っぽい灰色の岩石で作られているらしく、暗い洞窟の中でも重厚な存在感を放つ。

 辺境伯なんて偉い人と会うのは初めてだから緊張するな。

 クリステンさんがドアを開け中に入れてくれた。

 室内は以外にも、地上界の家々と変わらない内装だ。

 赤い絨毯はふかふかで廊下は大変に広く、壁に飾られている調度品や絵画が大変に豪華なことを別にすれば……。


「こちらでお待ちください」

「は、はい」


 通されたのは広い応接間。

 室内でもじわっとした蒸し暑さを感じる。

 辺境伯様ってどんな人だろう、緊張するな。

 婚姻……もそうだけど、私の引きこもりライフがかかっているのだ。

 失敗は許されない。

 気を引き締めていけ、フルオラ。

 じわりとした汗を拭きながら待つこと数分、重厚な扉ががちゃりと開かれた。


「待たせたな。私が地底辺境伯――アース・グラウンドだ」

「あっ、いえ! 待ってなどおりません! ちょうど今来たところでして……! フルオラ・メルキュールと申します!」


 現れたのは見目麗しいという表現がピッタリな殿方だ。

 濃い赤色の髪に同じく赤い切れ長の瞳が、まさしくイケメンといった感じ。

 漫画やアニメのキャラみたい。

 髪はサラサラしていて、頭の後ろで一つに垂らしていた。

 陰の世界に生きていた前世では、とうてい近寄ることさえできない美男子だ。

 恐ろしい化け物や人食い男みたいな雰囲気はない。

 むしろ、皇室や王室の人間といった洗練されたオーラをまとっている。

 目つきは鋭く、眉間に皺は寄っていて、視線だけで小動物は殺されてしまいそうな雰囲気が漂っているけれど。

 この方も目の下に薄っすらとクマが……。

 やはり地底辺境伯なんて激務な仕事なのだろうか。


「とりあえず、楽にしてくれたまえ」

「わ、わかりました」

「しかし、今日も暑いな」


 人食い男なんているはずがない……そう思っていたが、急に怖くなってきた。

 平和で現代的な日本ならいざ知らず。

 ここは錬金術も魔法もあるファンタジーな世界なのだ。

 鞄からガバッと魔道具を出す。

 小さな筒状の懐中電灯みたいなアイテムだ。


《照らしライト》

 ランク:C

 属性:光

 能力:使用者の魔力を消費し、明かりを灯す。魔力を消費するほど、光は強くなる。


《照らしライト》を辺境伯様に向け、表面の出っ張りを押した。


「浄化したまえー!」

「な、なに!?」


 ビカーッ! と光線(ただの光)が辺境伯様を照らす。

 悪しき力が宿っているのであれば、これで浄化されるような気がした。


「じょ、浄化―!」

「な、なんだ!? やめなさい、君! 眩しいから!」

「フルオラ様! 落ち着いてくださいませ!」


 わあわあと《照らしライト》を振り回す私と、回収しようとするクリステンさん、光から逃げる辺境伯様。

 大事な大事な初対面は、最悪の展開となるのであった。



□□□



「はっきり言って、君の第一印象は最悪だ」

「……大変申し訳ございませんでした」


 辺境伯様は厳しい顔つきのまま告げる。

 いきなりヤバい奴だと思われてしまっただろう。

 私は怖いウワサとか怪談とかが後から怖くなり、少々暴走することがある。

 これもまた前世から続く悪癖の一つだった。

 ……はっ!

 こんなことを考えている場合ではない、しっかり挨拶しなければっ。


「婚姻は始めてなのですが、どうぞよろしくお願いしますっ。ご迷惑をおかけしないよう努めますので! そして、できれば多少の引きこもりの許可を……」

「……婚姻?」


 辺境伯様は顔をしかめる。

 クリステンさんもそうだ。

 な、なに?

 お二人とも疑問に感じているようなので、改めて聞いてみる。


「あの、私は地底辺境伯様と婚姻すると伺ってきたのですが……」

「私と君が婚姻する? どういうことだ?」

「……え?」


 辺境伯様は怪訝な顔でさらに告げる。

 むしろ、私がお尋ねしたかった。

 ……どういうこと?



◆◆◆



「あのときのフルオラの顔は見ものだったなぁ! 目が点になっていたぞ! 大方、俺様に婚約破棄されるなど思っても見なかったんだろう! グワァハハハハ!」

「今ごろは地底辺境伯に食べられているでしょう。いや、暗黒地底で迷って飢え死にしているかもしれませんわ! オーホッホッホッ!」


 お義姉様を追放してから数日後。

 あたくしはナルヒン様と共に、メルキュール家でのんびりとティータイムを楽しんでいた。

 今日のおやつはスコーン。

 クロードザック家で育てられている果物がぎっしり詰まっている。

 紅茶だって外国産の高級茶葉。

 ああ、なんて優雅な時間でしょう。


「ところで、ペルビア。魔道具の製作はうまくいっているのか?」

「ええ、もちろんでございますわ。お義姉様より、あたくしの方がずっと上手なんですの」

「ははは、そりゃぁいい。父上にも早くお前の魔道具を見せてやりたいぜ」


 錬金術のことはよく知らないけど簡単に決まっている。

 あたくしは本を読むのも勉強するのも嫌いだから、錬金術については詳しくなかった。

 でも、あたくしにもできるはず。

 だって、あのお義姉様にできたのよ。

 いつもちょいちょいと絵を描いて、適当に素材を並べていた。

 それくらいなら簡単よ。


「「ペルビア様、お客様でございます」」


 ナルヒン様とお茶を飲んでいたら、召使いがやってきた。

 楽しいひと時を邪魔され、不機嫌な気持ちになる。


「何かしら。わざわざ来るのだから大事な用なんでしょうね?」

「おい、何だよ。うるせえなぁ」

「「申し訳ございません、ペルビア様、ナルヒン様。ですが、魔道具の修理をしてほしいとのことでして……」」


 ああ、そうだ。

 メルキュール家は魔道具の販売の他にも、修理を行っていたんだ。

 客だろうが、あたくしはティータイムを楽しんでいる。


「今は休憩中よ。待ってもらうよう伝えて」


 お義姉様は食事中でも休憩中でも、客が来たらすぐお店に出ていた。

 ま、その根性だけは認めてやるわ。

 でも、あたくしとお義姉様は違う。

 休みは休み。

 出直してもらいましょう。

 ティータイムを再開する。

 ナルヒン様と見つめ合ったところで、男女の声が割り込んできた。


「「そ、それが、至急のご依頼のようでして……」」


 消えたと思った召使いたちだ。

 まだ部屋の中にのさばっている。


「だから、待つように伝えるのよ。早くお店に行きなさい」

「「し、しかし、私どもではお伝えするのが難しく……」」


 召使いたちはもじもじするばかりで埒が明かない。

 だんだん面倒になってきたので、やけくそに叫んだ。


「ああ、もう! しょうがないわね! わかったわ、今行くから!」

「早く戻ってこいよ、ペルビ……ぐぁぁっ!」


 ヘラヘラしたナルヒン様がムカついたので、腹を殴って黙らせる。

 まぁいいわ。

 適当に切り上げてティータイムを再開しましょう。

 だらだらとお店に向かうと、気難しそうなオジサンが数人の護衛とともに待っていた。

 オールバックにしたグレーの髪に、薄い青色の目。

 老けているけど美男子の名残がある。

 入店の許可は与えましょう。

 見ていたら、徐々に心臓がドキドキしてきた。

 え……う、うそ……この人は……。


「シ、シリアス侯爵っ!?」


 いらっしゃったのはシリアス侯爵。

 この王国でも指折りの名貴族だった。

 どうしてこんな弱小貴族の家に来たの……?


「君は誰だね? 見ない顔だが。メルキュール家の新しいメイドか?」

「あ、あたくしはメイドではございませんわ。この家の麗しい令嬢ペルビアでございます」

「そうだったのか。あまりにもけばけばしいので、まさか令嬢だとは思わなかった」

「うふふ、ご冗談のお上手なことで」


 怒りを押し殺して返事する。

 前言撤回。

 あたくしの美貌が伝わらないなんてこいつはダメね。 

 入店の許可は取り消しよ。


「さて、フルオラ嬢を呼んでくれないか? ペラ……ペリ……ペロンガ嬢」

「……ペルビアでございます」

「まぁ何でもいい。さっさと呼んでくれたまえ」


 ……何かしら、このおじさん。

 あまりの失礼さに血が沸騰しそうになった。

 このあたくしをぞんざいに扱う人間は何人たりとも許さない。

 怒りを懸命に飲み殺し、追放の件を伝えてやる。


「お言葉ですが、お義姉様はもういません」

「なんだと!? フルオラ嬢がいない!? いったい何があったんだ! 病気か!? 事故か!?」


 シリアス侯爵は動転しながら詰め寄ってくる。

 あたくしの時とお義姉様の時で全然反応が違うんですけど……。

 せっかく追い出したのに、不快な気持ちで心が満たされる。


「病気でも事故でもありませんわ。もう用無しになったので、この家から追放されたのです」

「よ、用無しに、追放? いったいどういうことだ。だったら、誰が魔道具の製作を行うのかね?」

「あたくしでございます」


 大きな声で告げてやった。

 お義姉様の代わりとしては、もったいないくらいでしょうに。


「君が……? 魔道具の……修理をするのか……? ……錬金術で?」


 は?

 シリアス侯爵は目を白黒させている。

 あろうことか、数人の護衛も一緒に。

 ナルヒン様だったら滅多打ちにするところだけど、そうはいかない。

 このおじさんは侯爵だ。

 機嫌を損ねてしまうのはまずい。

 笑顔を心掛けるが、どうしても引きつってしまう。


「こ、こう見えてもあたくしは錬金術が得意なんですの。それはもう、お義姉様の十倍は得意ですわ」

「まったくそうは見えないが……」


 いちいち失礼なおじさんね!

 もういいや。

 さっさと追い払おう。

 こんなにイライラしてたら美容に悪いわ。


「申し訳ございません。ご用件がないのでしたら、お引き取りを……」

「まぁ、君しかいないのなら仕方がないな。至急、この魔道具を修理してくれないか?」


 シリアス侯爵は一つの魔道具をカウンターに置いた。



《水魔鉄砲・ウォーターガン》

 ランク:A

 属性:水

 能力:溜めた魔力を水に変えて噴射する玩具。魔力をたくさん貯めれば、モンスターも追い払えるほどの威力が出る。



 エ、Aランクの魔道具じゃないの。

 こんな上等の品は見たことがなかった。

 予想外の魔道具を出され、背中に嫌な汗が流れる。


「こ、こちらの修理を……?」

「ああ、そうだ。息子が気に入って遊んでいたのだが、先日壊れてしまってな。直してくれ。もちろん、急な頼みだから金は多く払う。金貨20枚出す」


 シリアス侯爵は重そうな袋を置いた。

 中からはたくさんの金貨が。

 かなりの大金を見て、思わず喉がごくりと鳴った。

 これだけあれば欲しかったドレスが根こそぎ買える……。


「では、お引き受けいたします。少々お待ちくださいませ」

「よろしく頼む」


 《ウォーターガン》を抱えて倉庫に向かう。

 お義姉様はいつもここで錬金術を行っていた。

 両脇には素材が保管された棚がある。

 適当に水属性の物をいくつか選ぶ。

 どうやら属性ごとに分類されているようで、すぐに集めることができた。

 ふんっ、お義姉様にしてはやるじゃないの。

 よくわからないモンスターの爪、よくわからない石、よくわからない粉の三つだ。

 さーって、後は錬成陣ね~。

 ちょいちょいちょい~っと。

 お義姉様の真似をして、適当に描く。

 あっという間に完成した。

 さすがはあたくし。

 《ウォーターガン》と素材を適当に並べる。


「【錬成】!」


 魔力を込めると、錬成陣と素材たちが黒っぽい光に包まれた。

 お義姉様とは違う気がするけど……まぁ、大丈夫でしょう。

 数分もしないうちに光は消えると、《ウォーターガン》だけ残っていた。

 はいはい、修理完了。

 完璧に直った《ウォーターガン》を持ってお店に戻る。


「お待たせしました、侯爵様。修理が完了いたしました」

「おおっ、できたか! でかしたぞ、ペリ……ペロ……ペラライカ嬢!」

「……ペルビアでございます」


 まぁいいわ。

 このおじさんに用はない。

 金貨だけ手に入ればそれでいい。


「どれ、さっそく試し打ちしてみよう……うわぁあ! 水がぁっ!」

「「旦那様!」」


 突然、《ウォーターガン》全体から水が激しく噴き出した。

 それはもう噴水の方に勢い良く。


「こ、これはいったいなんだ! ペロリル嬢、どうにかしたまえ!」

「ですから、ペルビアでございます!」

「「旦那様、今助けますゆえ!」」


 護衛が《ウォーターガン》を取ろうとするけど、シリアス侯爵の手に張り付いているようでまったく取れない。

 え、え、え、何がどうなっているのよ。

 あたくしの方が聞きたいわ。

 わずか十数秒で、シリアス侯爵はおろか、お店の中が水浸しになってしまった。

 不気味な沈黙に包まれる室内。

 何を言われなくても、シリアス侯爵がどう思っているかはよくわかった。

 怒りのオーラが滲み出ているから。

 さすがのあたくしも慌てて謝った。


「も、申し訳、ご、ございませんでし……た。どうやら、素材同士の相性が悪かったようで……」

「……この件は国王陛下にも報告させてもらおうか。貴様の素晴らしい魔道具により、私たちは当分水に困らないだろうとな」

「ほ、本当に申し訳ございませんでした……次お越しになられたときはきちんと……」

「もう二度と来るか! 貴様のような無能に修理を頼んだ私が馬鹿だったわ! 護衛! フルオラ嬢の行方を探せ!」

「「はっ!」」


 シリアス侯爵は護衛を引き連れ、ずかずかとお店を出る。

 ちょ、ちょっと待ってよ、まだ代金を貰ってないじゃないの。

 慌てて追いかけ、シリアス侯爵の袖を掴んだ。


「お、お待ちください! 金貨は!?」

「払うわけないだろう! 離せ! メルキュール家にはもっと大きな仕事も任せようと思っていたがもう知らん! 全てフルオラ嬢に任せる!」


 あたくしを怒鳴りつけると、彼らは馬車に乗り、さっさと立ち去ってしまった。

 というより、大きな仕事って……。

 子ども用の魔道具の修理だけで金貨20枚も出すのだ。

 もし上手くいっていれば、どれくらいの利益になっていたことか。

 タダ働きさせられた挙句、金の卵を逃してしまった。

 この後悔は計り知れない。

 怒りやら後悔やらに身を焦がしていると、ナルヒン様がヘラヘラしながら出てきた。


「お~い、どうしたぁ? さっさと戻って……」

「うるさいわね! あんたはいつも遅いのよ!」

「ぐあああ!」


 腹立たしいので、局部を蹴り上げ黙らせる。

 とにかく、怒りの矛先をどこかに向けたかった。


「これも全てお義姉様のせい! お義姉様のせいよ! あんたも復讐の方法を考えなさい!」

「わ、わかった。わかったから蹴るな……おのれええ、フルオラめええ!」


 どうやってお義姉様に復讐してやるか、ナルヒン様と深夜まで考えていた。



□□□



「ちょ、ちょっとお待ちください。こちらの書類にはそう書いてあるのですが……」

「見せてくれるか?」


 メルキュール家に届いたあの手紙を渡す。

 辺境伯様はしばし眺めたかと思うと、額にがっくりと手を当てた。


「なるほど、たしかにこれは婚姻を決める書類だ。古い友人に人探しを頼んだのだが、色々と勘違いしたらしい。私もせっかちな性格があってな、ろくに確認しなかった。申し訳ない」

「あ、いえ、こちらこそお騒がせして申し訳ございません」


 地底は人里離れているから、手紙を出すだけでも手違いが生じるのかもしれない。

 ところで、人探しって誰かを探していたのかな?

 と思ったとき、辺境伯様がお話しになられた。


「私が今回募集したのは、地底屋敷の専属錬金術師だ」

「専属……錬金術師……?」


 なにそれ、婚姻なんかよりそっちの方がよっぽど興味あるんですが。

 途端にワクワクしてきた。

 何段階か上昇したテンションを押しとどめながら詳細を聞く。


「専属錬金術師を募集していたのはどうしてですかっ?」

「私はずっと剣術の修行に出ていたが、父の引退により地底屋敷へと戻ってきてな。だが、あまりの環境の悪さに辟易しているんだ。正直、かなり参っている」

「たしかに、すごく暑いしジメジメしてますよね」


 ここに歩いて来るだけで、服は汗でじっとりと濡れてしまった。

 毎日こんなに暑いのでは大変だろう。

 地底辺境伯様は渋い顔のまま言葉を続ける。


「そこで、環境を改善できる魔道具や魔法を使える人間を探したが、悉く失敗された。地底で採れた素材も自由に使わせていたのだが……。どうやら、名立たる錬金術師や魔法使いたちにとっても非常に難易度が高いらしい」

「なるほど……」

「暑さや湿気もそうだが、暗黒地底の環境の悪さは世界でもずば抜けている。私も各地を旅したが、ここの劣悪さはずば抜けている。改善の余地は掃いて捨てるほど余りある始末だ。ここに来た錬金術師は仕事が無数にあるだろう」

「……ほぁぁ~」


 聞けば聞くほど魅力的な話が出てくる。

 こんな地底で魔道具の製作に打ち込めるなんて、それこそインドア派筆頭の私にとっては夢のようだ。


「募集した魔法使いやら錬金術師やらを断るうちに、誰も来なくなってしまった。まぁ、元々暗黒地底や私についての良いウワサはないが……さて、クリステン。悪いが金貨を10枚ほど持ってきてくれ。迷惑料として彼女に渡したい」

「承知いたしました」


 おや? ……話の流れが? ……変わったぞ?

 クリステンさんは、さらさらとお部屋の出口へ。

 え、ど、どういうこと。


「君もこんなところまで悪かったな。こちらの手違いで手間をかけてしまった。どうか、これで手を打ってほしい」


 私の心中などいざ知らず、辺境伯様は淡々と告げる。

 金貨で手を打つ。

 それはつまり……。


「ちょーっとお待ちください、辺境伯様! クリステンさんもそこでストーーーップ!」

「うぉっ! な、なんだ!?」

「どうなさいましたか、フルオラ様!?」


 思わず大きな声を出してしまった。

 せっかく目の前に転がってきた、引きこもりライフの大チャンスが逃げちゃう。


「辺境伯様、実は私も錬金術師なのです」

「……なに? そうなのか?」

「はい。先ほど暴走……こほんっ……取り乱したときの光は、この魔道具で生み出しました。どうぞ使ってみてください」


 件の《照らしライト》を差し出す。

 辺境伯様が恐る恐る出っ張りを押すと、あの光がぽっと灯った。


「ほぉ、実際に魔道具を扱うのは初めてだが不思議なものだ」

「出っ張りをもう一度押していただくと光は消えます」


 灯りが消えた後も、辺境伯様は感心した様子で《照らしライト》を触る。

 こんなときになんだけど、自分の開発した魔道具に興味を持ってくれるのは嬉しいね。


「君はこれ以外の魔道具も作れるのか?」

「ええ、もちろん開発できます。実家では四六時中、魔道具を造って生計を助けていました」

「……四六時中?」


 ハキハキと答えると、辺境伯様は怪訝な顔をされた。

 どうしたんだろう、こんな小娘じゃ説得力がなかったのかな。


「君は強制的に働かされていたのか?」

「いえ、違います! 実家では日々魔道具を作るよう指令を受けておりましたが、むしろご褒美でございました! 婚約破棄されはしましたが、記憶の深海へ沈めてしまいました」

「「婚約破棄!?」」


 今度はクリステンさんにも大声を出されてしまった。

 慌てて事の詳細を伝える。

 お二人は真剣な面持ちで聞いてくれた。


「なるほど……そうだったのか。世の中には酷い人間もいるものだ。君は辛い経験をしてきたんだな」

「まさか、フルオラ様がそのような仕打ちを受けられていたなんて……。S級メイドの私もオヨヨでございます……」


 さすがの辺境伯様も例の二人については引いていた。

 クリステンさんに至っては、オヨヨ……とハンカチで涙を拭いている。


「ま、まぁ、私は錬金術ができていればそれで良かったので……」

「私は魔道具はおろか、魔法に関してはずぶの素人なのだが、魔道具を作るのは辛いか?」

「全然辛くありません! とにかく錬金術が前世から……けほんっ、昔から好きなんです。探求するたび新しい景色が開きまして、未開拓の領域に踏み込むのは、まさしく大海原を渡る巨大な船の船長になった気分で……」


 聞かれてもいないのに、錬金術へ対する愛を語りまくる。

 いくら新しい理論を研究しても、新しい魔道具を開発しても、私の心が満たされることはない。

 この熱烈な思いを、どうにかして伝えたかった。

 というより、一度話し出すと止まらないのだ。

 辺境伯様もクリステンさんも唖然としているけど、私の思いは止まらないぃ……!


「す、すまないが、そろそろ話を止めてもらってもいいだろうか。もう十分ほど経っている」

「……えっ」


 辺境伯様に言われ、我に返った。

 豪華なアンティーク調の壁掛け時計を見ると、確かに針が進んでいる。

 好きなことに没頭すると、周りが見えなくなることが多々あるのだ。

 これも私の悪癖。

 あろうことか、わずか数分で悪癖を二つも披露しまうなんて……。


「……大変申し訳ございませんでした」

「いや、気にしないでいい。君の錬金術に対する気持ちはよく伝わった」


 オタクの早口を後悔するも、少しばかりホッとした。

 でも、ここからが本番だ。

 気持ちを整え、辺境伯様にお願いする。


「あの、辺境伯様」

「なんだ?」

「私に、暗黒地底の環境を良くする魔道具を造らせてもらえませんか?」

「ふむ……」


 意を決してお話しした。

 自分の力がどこまで人の役に立つか試したい。

 今までもそういう魔道具を作ってきた。

 何より、錬金術師としてもっと成長したい……という気持ちが強かった。

 そして願わくば引きこもりライフの日々を。

 辺境伯様は黙り込んだまま何かを考えているかと思ったら、相変わらずの厳しい表情で話した。


「だが、君に務まるだろうか。何十年も魔法や錬金術に精通している者でさえ、ろくな成果が出せなかったのだぞ」


 心配されるのは大変よくわかる。

 メルキュール家で魔道具を販売しているときも、年齢のため不安に思うお客さんもいた。


「こんな小娘では不安になるのもわかります。でも、錬金術が好きな気持ちは誰にも負けません! お願いします……やらせてください!」


 丁寧に丁寧に頭を下げた。

 大した実績のない私にできることは、熱意を伝えるしかない。

 辺境伯様はしばし黙った後、静かに告げた。


「……よし、わかった。そこまで言うのなら頼むとしよう」

「ありがとうございます!」

「ただし、私の方から条件を出させてもらう。達成できなければ、残念ながら君を雇うこともできない」

「はい! 何なりとお申し付けください!」


 どんな難題でも絶対に解決してみせる。

 心の中で、強く強く決意した。


「まずは、屋敷の中の暑さと湿度をどうにかしてくれ。暗黒地底は夜も暑いし湿気も多いしで、ろくに眠れん。私は魔法が苦手だから、環境の改善にも難儀している状況だ」

「承知いたしました! 私にお任せくださいませ! 必ずや、お屋敷の気温と湿度を快適にしてみせます!」


 今こそ、長年学んできた錬金術を活かすときだ。

 辺境伯様たちの生活をより良くするために。

 そして、念願の引きこもりライフを手に入れるために。


「では、素材の保管庫へ案内する。地底で集めた鉱石や討伐したモンスターの素材が集まっている。魔道具製作に使ってほしい」

「ありがとうございます、辺境伯様っ。私もうワクワクして心臓が破裂しそうですっ」


 きっと、見たことない素材がたくさんあるんだ。

 テンションが昂るね。

 ルンルンして答えたら、クリステンさんが青ざめた顔で言った。


「え!? フルオラ様はお身体の具合が悪いのですか!? ああ、どうしましょう、すぐに医術師の方を手配せねば……!」

「あ、いや、そうではなくてですね……ただの比喩表現といいますか……わかりにくくてすみません……」


 過度に心配してくれるクリステンさんを宥めつつ、辺境伯様について行く。

 ジョギングできそうなほど長い廊下を十分ほど進み、地下室へ案内された。

 辺境伯様は重そうな扉を軽々と開ける。


「ここが保管庫だ。どんな素材も遠慮せず、好きなように使ってくれて構わない」

「は、はい、ありがとうございま……なんて広いのでしょう!」


 思わず感嘆とした声で叫んでしまう。

 倉庫がすでにメルキュール家のお屋敷ほど大きかった。

 私の背より大きな棚が規則正しくズラズラズラっと並び、奥へ奥へと続いている。

 薄暗いけれど天井の灯りに照らされ、鉱石や素材たちがきらりと光る。

 どれも大変に貴重な品々……。

 資料でしか見ることのなかった素材たち……。

 悪癖のことなどすっかり忘れ、倉庫の中をハイテンションで走り回る。


「こんな素材、本でしか見たことないですよぉ! まさか実際に使える日が来るなんて思いもしませんでしたぁ! これは<フレイムドラゴンの宝玉>ぅ! こっちにあるのは<ドラグニア鉱石>ぃ! あれは<夢見石>じゃないですかぁ!」

「フルオラ様、大変申し上げにくいのですが、そろそろ錬金術の方をお願いできますでしょうか」

「……えっ?」


 クリステンさんの声が耳に入り、意識を取り戻した。

 気がついたら辺境伯様はすでにいない。

 倉庫にはクリステンさんだけ。

 彼女の真顔を見ていると、急激に恥ずかしくなってきた。

 また……悪癖をやらかしたのだ。


「……大変申し訳ございませんでした」

「いえ、むしろフルオラ様の錬金術に対する熱意が伝わります。今まで訪れた錬金術師の方々より、フルオラ様の方がずっと熱意に溢れてらっしゃいます」


 クリステンさんの優しさが心に沁みる。

 引きこもりライフもそうだけど、悪癖もしっかり治していかなければ……!

 人知れず強く決心し、私は目の前の任務に挑む。


「こほんっ……クリステンさん、どこか広い部屋はありませんか? 素材を錬成したいのですが」

「でしたら、倉庫の奥に小部屋がございます。こちらへどうぞ」


 棚からいくつか素材を取って、クリステンさんの後を追う。

 これまた小さいとは言えない大きな小部屋に案内された。

 簡単な休憩室も兼ねているのか、隅っこに机と椅子が数脚置かれている以外は何もない。

 ここなら誰にも迷惑をかけないだろう。

 選んできた素材を床に並べる。



<アクアンフェアリーの涙>

 ランク:C

 属性:水

 能力:水を司る妖精の涙。わずか数滴にも水属性の魔力が多大に含まれている。



<突風ドラゴンの鱗>

 ランクB

 属性:風

 能力:突風を生み出す竜の鱗。折るだけで突風が吹き荒れると言われている。



<花硬岩>

 ランク:D

 属性:土

 能力:硬いが容易に加工できる岩。花のように開いた形。



 地底は豊富な資源があるためか、どれも上質な物ばかりだった。


「これらの素材を使って、涼しい風が出る魔道具を作ろうと思います」

「涼しい風……でございますか? 以前訪れた錬金術師や魔法使いの方々も試みておりましたが、もっと良い素材を使っておりました」

「実際のところ、錬金術で一番大事なのは素材よりも理論なんです。素材に適した方程式を組めるかどうかに成功の鍵がかかっています」


 説明しながら錬成陣をチョークで描く。

 涼しい風を出す魔道具と言えば、アレしか考えられない。

 日本が誇るあの機械を再現する。

 実験のため前世でバラした経験があり(母親から大変に怒られた)、この世界で勉強した知識と併せ、素材の状態をよく見ながら理論を組み立てる。

 十五分程もしたら、床に大きな錬成陣が完成した。


「できたっ! ……あの、勝手に描いちゃいましたけど大丈夫ですか?」


 喜んだのもつかの間、今度は床に直接錬成陣を書いてしまったことが少々不安になる。

 錬成すれば消えるはずだけど大丈夫だっただろうか。


「問題ございません。錬成陣自体を見るのは数度目ですが、中でもフルオラ様の物はより緻密な印象を受けますね」


 問題ないと言われ、安心しながら素材を配置する。

 それぞれ、錬成陣のどこに置くのかも重要なのだ。

 後は魔力を込めるだけ。

 錬成陣に手をかざし、精神を整える。

 大事な初仕事だ。

 しっかりやらなければ。


「【錬成】!」


 床に描かれた錬成陣から青白い光があふれる。

 光は素材たちを優しく包み、彼らを構成する粒子、つまりは原子や分子へと姿を変えていく。

 いつもこの工程はドキドキするね。

 数分で青白い光が収まると、横長の白い箱が姿を現した。



《エアー・コントロール》

 ランク:A

 属性:水・風

 涼風が出る白い箱。強さや温度は数段階に調節できる。内部の魔力は自動で増幅されるため、エネルギーの補給は必要ない。遠隔操作できるリモコンつき。



 現代人お馴染みのエアコンだ。

 これさえあれば湿気も暑さも問題なし。

 何ってったって、あの高温多湿な日本の気候でさえ快適にしてしまうのだから。

 うまくいったのが嬉しくて拳を突き上げて喜ぶ。


「いえーい、大成功です!」

「ほぉ、これがフルオラ様の魔道具でございますか。一見するとただの箱ですが……」


 クリステンさんは眼鏡を持ち上げながら、興味深そうに眺めている。


「ところが、ただの箱ではありません。ここの出っ張りを押すと……涼しい風が出るんですっ!」

「おお~!」


 全面には隙間があって、そこから冷たい風が吹き出てくる。

 まさしくエアコンそのもの、

 クリステンさんも風に当たりながら、気持ちよさそうに涼んでいた。


「風の強さとかも調整できるんですよ。しかもこの板……リモコンと言うのですが、これを使えば遠隔操作できます」

「なるほど、これは素晴らしい魔道具です。さっそくグラウンド様に見ていただきましょう」



□□□



 地下室を出て、辺境伯様の執務室へと来た。

 ノックをしたら「入りなさい」と言われたので、静々とお部屋に入る。


「辺境伯様、魔道具が完成いたしました」

「なに、もうできたのか? 早いな。騒ぎが収まってから三十分も経っていないが」

「いや、それは本当に申し訳ございませんでした」


 私は興奮すると声が大きくなるので、倉庫で騒いでいたのはしっかり聞こえていたようだ。

 気を取り直して《エアコン》を差し出す。


「こちらが製作した魔道具です。エアーをコントロールできる魔道具、略して《エアコン》でございます。この板で遠隔操作も可能でございます」


 辺境伯様は不思議そうにまじまじと魔道具を眺める。


「ただの箱にしか見えないが……」

「実際に使ってみるとお分かりになると思います。すみません、これを壁の上の方に設置してもいいですか?」

「ああ、別に構わない……クリステン、手伝ってやれ」


 椅子を用意してもらい、壁の天井付近に《エアコン》を設置。

 魔力で壁に張り付くので落ちないのだ。


「それではご覧くださいませ……えいっ」


 リモコンの出っ張りを押す。

 ピッ! と軽い音がして《エアコン》が動き出す。

 私たちの顔に当たるのは何とも涼しい風。

 まるで初夏の森の中にいるような……。

 う~ん、素晴らしい。

 辺境伯様は感嘆の声をお出しになる。


「おお……なんと……なんと涼しい風だ。まさか、この地底でこれほど涼しい風に当たれるなんて夢のようだ」

「まだまだ作れますので、各お部屋に一台ずつ設置することもできますよ。素材は<アクアンフェアリーの涙>と<突風ドラゴンの鱗>に……」


 使った素材をお知らせするため、錬成の様子を簡単にご説明する。

 辺境伯様は感心した様子で聞いていた。


「素晴らしいぞ、フルオラ。この魔道具は、まさしく文明の利器と言っても過言ではない」

「ありがとうございます。喜んでいただけて、私も嬉しい限りでございます」


 喜ぶ辺境伯様を見て私も嬉しくなる。

 自分の製作した魔道具で喜んでくれる笑顔を見るのが一番嬉しいね。

 引きこもりライフも大事だけど、人の役に立ってこその錬金術だから。

 最初はただのオタクだった私も、徐々に世のため人のため、という気持ちが生まれたのだ。

 辺境伯様は涼風に当たりながら思い出したように言う。


「以前来た錬金術師……たしか、この道五十年と言っていたな。その者もこういった魔道具を錬成しようとしたが、失敗していたぞ。素材も君が選んだ物より上等だった」


 お話を聞いてしばし考える。

《エアコン》自体はシンプルな設計図だけど……。


「……きっと、魔道具一つでお屋敷全体を涼しくしようとして、水と風属性の魔力を強める方程式にしてしまったのだと思います。弱くする代わりに量産すれば、お屋敷は均等に涼しくできます」


 わずかな理論の破綻でも錬金術はうまくいかない。

 無数の失敗から嫌というほど学んでいた。

 だから、私の錬成陣は無理をしない設計にしている。

 うまくいって良かった。


「フルオラ」

「はい、なんでしょうか辺境伯様」


 内心ホッとしていたら、辺境伯様に声をかけられた。


「君を地底屋敷の専属錬金術師に任命する」

「え!? 誠でございますか!?」

「ああ、君の実力に恐れ入った。疑ったりして悪かったな。これからも地底環境の改善に努めてほしい」

「ありがとうございます! 精一杯頑張ります! やったー!」


 思わず、喜びのあまり天高く拳を突き上げる。

 こんなに嬉しいことはない。

 念願の引きこもり錬金術堪能ライフが手に入った。

 これからも頑張って大好きな錬金術に取り組んでいこう!


「それと、これから私のことは辺境伯様と呼ばなくていい。長くて呼び辛いだろうからな」

「は、はい、ありがとうございます。それでは、なんとお呼びすればよろしいでしょうか」

「何でもいい」

「何でも……」


 それが一番困るのですが……とは言わず、しばし考える。

 緊張しながらお答えした。


「では、恐れ多くもアース様とお呼びしてもよろしいでしょうか」

「好きにしなさい」


 相変わらず淡々と告げると、アース様はお部屋から出て行ってしまった。

 緊張の糸が解けたようでホッと一息つくと、クリステンさんが労わるように言ってくれた。


「フルオラ様、寝室にご案内いたします。今日はもうお疲れでございましょう」

「ありがとうございます。でも、もうちょっと《エアコン》を作ってからにします」


 その後、《エアコン》をいくつか錬成し、クリステンさんに手伝ってもらい、無事全部のお部屋に設置した。

 おかげで、最初訪れたときより地底屋敷はずっと快適だ。

 メルキュール家の物より巨大なお風呂でさっぱりすると、寝室に案内してもらった。


「クリステンさん、色々とありがとうございました」

「いいえ、フルオラ様。お礼を言うのは私の方でございます」


 ん? どういうことだろう、と顔を上げたら、クリステンさんは眼鏡をかけ直してから言葉を続けた。

 にこやかに笑いながら。


「フルオラ様のおかげで、私も快適に過ごすことができます。S級メイドの私でも、この暑さにはだいぶ参っておりました。今夜はよく眠れそうです。それでは、お休みなさいませ」

「お休みなさい……」


 ほんわかした気持ちでベッドに向かう。

 やっぱり、人の役に立つのは良い気分だな。

 窓の近くでは、わずかな熱気を感じる。

 でも、室内は快適そのもの。

 《エアコン》をお休みモードに設定。

 ピッ! という音がした後、冷風はそよ風みたいに弱くなった。

 これならよく眠れそう。

 ベッドに横たわる。

 ふわんふわんの羽毛が受け止めてくれた。


 ――私を受け入れてくれて本当にありがとうございます、アース様。クリステンさん……。


 これから新しい人生が始まるんだ。

 心の中で地底屋敷の皆さんにお礼を言いながら、穏やかな眠りへと落ちていった。

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