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  作者: たかはしえりか
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エピローグ

ちょうど食べる物もなくなったし、このままフェイドアウトしちゃおうかな?

楽で綺麗で迷惑を最小限に抑えられる方法って、何だろう? 

そう思った瞬間、画面がずわい蟹尽くしの料理が所狭しと並べられた食事の様子に切り替わり、猛烈な空腹に襲われて生唾を飲み込んだ。

悲劇のヒロインになるのは、やはり無理だった。

私はベッドから起き上がり、シャワーを浴びた。

とりあえず何か食べに行こうと思った。

久しぶりに鏡の前に立ち、ヘアメイクをととのえた。

ハイヒールで背筋がしゃんと伸びた。

鍵をかける時、キーホルダーにつけた鈴がチリリンと鳴り、壮太がスペアキーを持ったままである事に気づいた。

紫色の小さな鈴はずいぶん前にお台場の温泉に行った時、壮太が射的か何かで取った最下位の景品で、お揃いでそれぞれの鍵につけていた。

その澄んだ音色が二人とも大好きだった。

まだ繋がりが完全に絶たれていない気がして少し嬉しくなり、単純で未練がましい自分に苦笑した。

外に出ると、もう雨は上がっていた。

何を食べようかと考えながら駅まで歩いた。

なかなか一つに絞れなくて、なんとなく電車に乗ったら、お台場に行きたくなった。

行き方はいくつかあるが、壮太と行く時はいつも浜松町で電車を降りて、レインボーブリッジを歩いて渡るというルートだった。

傍らを猛スピードで走る車の音に会話を遮られながら二人で何度も渡ったこの橋を、今日は初めて一人で歩く。

寂しさに耐えられなくなり、引き返そうかと思った時、前方の虹に気づいた。

それに励まされて、私はどうにか歩みを進めた。

晴れて来たと思って油断すると、次第に空が暗くなり大きな雨粒が落ちて来るという気まぐれな天気で、対岸のお台場に着く頃には、また本降りになっていた。

景気づけにホテルで豪華なお食事をと思ったが、もうランチの時間が終わっていたので、一度だけ行った事のある海のそばのイタリアンレストランに入った。

コースのデザートが極上で

「おいしぃーい」

と感嘆の声をあげたら、壮太は自分の分を一口だけ食べた後全部私の皿に載せて

「明日からは暫く甘いもの控えた方がいいぞ」

と笑った。

壮太は本当に理想的な彼氏だった。

次に付き合う人も壮太みたいな人がいい。

野球や花火に一緒に行けて、おじいちゃんを相撲に連れて行ってくれて、クイズでガチンコ対決出来る人。

でもそんな事よりも何よりも私を、私だけを愛してくれる人でなければダメだ。

そういう人を見つけて、絶対幸せになろう。

こみあげてくる涙で時々喉を痛くしながら、私は一人でゆっくり時間をかけて食事をした。

やがて日が射し始めた。

私は店を出て、人影まばらなゴールデンウィーク明けの砂浜を一人で歩いた。

厚い雲の下、雨に洗われた澄んだ夕焼け空と、それを映す同じ色の海の間に、レインボーブリッジが影絵のように浮かんでいた。

「あっ、虹だ!」

背後で子供が無邪気に叫んだ。

振り返ると遥か向こうの観覧車の辺りから、まだ青味の残る空に、二重の大きなアーチがかかっていた。

生まれて初めての光景だった。

同じ場所に立っているのに、まるで時差があるような空の様子に驚いた。

「ダブルレインボーを見た人は幸せになれるんだってさ」

別の子供の声が聞こえた。

その生意気な口調を滑稽に思いながら、実のところ私はものすごく勇気づけられていた。

本当に幸せになれる気がした。

背景のセピア色が少しずつ濃くなり、やがて虹が夕闇に消えてしまうまで、私は飽きる事無く空を眺めていた。

「ありがとう。バイバイ」

そう言って私はくるりと向きを変えた。

明かりが灯り始めた東京湾を眺めながら橋を渡っている途中で、久々に一句浮かんだ。


四十しじゅうにして 失業 失恋 OH MY GOD


車が途切れ、つかの間訪れた静寂の中で、小さく声に出して言い、外国人がよくやるように肩をすくめて両手を広げてみた。

自虐川柳だ。

元気が出て来た証拠である。

もう大丈夫だと思った。

私はまた歩き始めた。

ヒールの音が軽やかに響いた。

                                     【完】







二〇〇九年五月八日、お台場に虹が出ました。

私はその日二回見ました。

夕方に見たのは小説と同じダブルレインボーです。

感激して何人もの友人知人に写メを送ったら、その中の一人、S先輩が「ダブルレインボーを見た人は幸せになれるそうです」という返事をくれました。

それがきっかけで、この小説が形になりました。

二年くらい前から書きたいと思っていたのですが、頭の中でほぼ出来上がっていながらなかなか書き出せなかったのは、仕事が忙しかったせいだけではなく、結末に迷いがあったからです。

先輩のメールでタイトルと結末が決まりました。

その日は奇しくも鳥取出身の大親友Kちゃんのお誕生日でした。

Kちゃんからは鳥取の事をいろいろ教えてもらいました。

二人には足を向けて寝られません。


さて、漸く書き始めたものの、何をするのもノロい私の事。

完成まで八か月近くかかりました。

構想時からの長い付き合いで、登場人物にすっかり情が移ってしまったのも事実です。

私の事を知っている人は、私=えり子と思われるかも知れませんが、それ違いますよ(笑)

えり子その他の特定のモデルはいませんので、アシカラズ。


親族のみなさん(笑)こっそりこんなもの書いていました。

ごめんなさい。

おじいちゃん、生きている間に読ませてあげられなくてごめんなさい。


でも何はともあれ、書き上げる事が出来て嬉しいです。

読んで下さった方に大感謝です。

どうもありがとうございました。

                    


                   たかはしえりか           

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