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「これ、バスのチケット」
壮太はポケットから二つ折りにした封筒を取り出して、私の手の平に載せようとした。
私は反射的に手を引っ込めた。
「今夜八時半に出る。それで東京へ帰ってくれ」
信じられなかった。
「どうして?」
「手紙読んだだろ?」
「あんなの・・・」
私は感情的になりそうな言葉を途中でのみこみ、目を閉じて深呼吸をしてから
「読んだけど、納得出来ない。私、絶対別れないからね」
と言った。
壮太は何も言わずに首を振った。
「二人の邪魔はしないからさ。ね、いいでしょ?」
私は必死で明るい口調を保った。
「さっき着いたばかりなのに、帰れなんてひどいよ」
壮太は何も言ってくれなかった。
メソメソするのは嫌いだから一生懸命涙をこらえていたのだが、もう限界だった。
「お願い」
私は壮太にしがみついて泣いた。
いつもならこんな時すぐに抱きしめてくれるのに、壮太は両腕を下げたままで体を硬く反らし、やがて腕を上げたかと思うと私の体を押し返した。
そしてすがるように見上げた私を無視し、床に置いてあった私のバッグを持ち上げた。
「もうあんまり時間がないから、行った方がいいよ」
壮太は顔をそむけてそう言った。
「いやだ、行かない」
絶対に行くものかと思った。
私は壮太が持ったバッグを引っ張りながら、床にしゃがみこんだ。
壮太はため息をついて腰を屈め、ようやくギュッと力を込めて抱いてくれた。
私は安心して、ますます泣きじゃくった。
「泣いたらよけいブスになるんだから、泣かせないでよ」
私はしゃくりあげながらもそう言って、壮太の笑いを誘おうとした。
壮太はポケットからハンカチを取り出し、私の頬を拭いながら少しだけ笑った。
そして両脇を抱えて私を立たせ、改めて抱きしめた。
「ごめんな。えり子」
壮太は細い指で頭を撫でながら言った。
「えり子には本当に申し訳ないと思うけど、やっぱりどうしてもダメなんだ」
「え?」
「タケルと二人だけで生きていく事を許してほしい」
てっきり私の気持ちをわかってくれたものと思っていただけにショックで、涙が引っ込んだ。
「どうしてもダメ?」
壮太は頷いた。
「でも今夜だけはいてもいいでしょ?」
「ダメだ」
「明日帰るから」
壮太は口を真一文字に結んで首を振った。
「なんで?」
「お互いの決心が鈍る」
「それなら、それでいいじゃない?」
壮太はさっきよりも激しく首を振って
「頼むよ。えり子」
と言った。
ここでいくら粘っても無駄だと思った。
私は一旦引き下がる事にし、チケットを受け取った。
壮太は病院一階のタクシー乗り場まで送ってくれた。
こういう時に限って誰も待っていなくて、私の目の前ですぐに空車のドアが開いた。
「気をつけて」
「うん」
壮太は車が走り出すとすぐに踵を返し、中に入って行った。
私はその背中に向かって
「また来るからね」
と呟いた。




