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「どうした?」
いつの間に戻ったのか、壮太が背後に立っていた。
「大丈夫か?」
私は頬を押さえて赤みを隠し、声のトーンを心もち高くして
「壮太、今まで一人で大変だったでしょう?」
と言った。
壮太は一瞬びっくりしたように私を見た後、考え込むように目を伏せたが、私が続けて
「会社はどれくらい休めるの? なんだったら私、今夜から交代するよ」
と言うと、ハッと顔を上げた。
その目はここで最初に私を見た時と同じように、困惑した鈍い光を放っていた。
「いいんだ。会社は辞めるから」
「ええ?」
まさか仕事まで辞めるとは思わなかった。
「せっかくいい会社に勤めてるのに、もったいなくない?」
「じいちゃんが遺してくれたアパートの家賃収入でどうにかやっていけるから大丈夫だよ」
初めて聞く話だったので、少し驚いた。
でも岩村の入院費用の事を考えたら、やはり会社は辞めない方が良いのではないだろうか?
「少し落ち着いたら向こうへ転院させるんでしょ?」
「向こうって?」
「東京だよ」
わかり切ってるのに…と思った。
「ああ、東京には行かないよ。タケルは鳥取が大好きなんだ。それにこっちの方が物価が安いから、贅沢しなければタケルと二人でどうにか暮らせそうだよ」
私はかなりショックを受けたが、
「じゃあ、えり子も仲間に入れて」
と精一杯軽い口調で言い、無理やり笑ってみせた。
壮太は何も言ってくれなかった。
ただうなだれるように俯くだけだった。
「壮太」
私は壮太の顔をのぞきこんだ。
心臓の鼓動が全身に響いていた。
私は息を止めて、壮太をじっと見つめた。
壮太は黙ったままだった。
「ねえ、壮太。なんとか言って」
壮太は両腕をつかんでゆすぶる私の手を外して
「ごめん」
と言った。
目は合わせてくれなかった。
壮太は明らかに私を拒んでいた。