46
「さようならって…なんだよ?」
十数枚に及ぶ便箋を折りたたみながら、私は小さな声で独り言を言った。
かなりショッキングな内容ではあったが、さほど驚いてはいなかった。
岩村にかなわない事は最初からわかっていた。
親しくなって間もない頃、友達は後にも先にも岩村一人だけだと聞いた時から、もし私と岩村が二人同時に溺れていたら、壮太は迷わず岩村に向かって手を伸ばすだろうと思っていた。
恋人より親友や恩人を大切にする人がいるではないか。
それと同じように考えていた。
壮太は少年時代に岩村以外理解者が一人もいなかったと言っていたが、私がこんなにも好きになった人だ。
壮太の良さに気づく人が一人もいなかったとは信じがたい。
恐らく壮太の方で岩村以外の全てを拒絶していたのだと思う。
初めて味方になり友達になってくれたという事で刷り込みに似た現象が生じ、岩村は壮太にとって絶対的な存在になったのだ。
それはもう太刀打ちできない事実なので、嫉妬めいた感情を抱いた事はこれまで一度もなかった。
でも壮太と別れなければならないとなると、話は別である。
壮太の手紙を読み、私は初めて岩村の存在を恨めしく思った。
何が楽しいのか、岩村はまだ笑っていた。
「いっそ×××しまえば良かったのに・・・」
信じられない言葉が口をついて出た。
次の瞬間、私は自分の言葉にうろたえ、恐怖を覚えた。
「嘘です。神様、今のは本心じゃありません。岩村君が助かって良かったです。助けて頂いてありがとうございました」
私は慌てて窓に駆け寄り、空に向かって両手を合わせ、はっきりと口に出してそう言った。
特別な宗教に入っているわけではないが、神様は空にいる気がした。
細い三日月が出ていた。
私は不謹慎な言葉を口にした自分を恥じた。
言霊を恐れた。
手紙にも、岩村にもしもの事があったら壮太もすぐに後を追うと書いてあったではないか。
壮太の為にも、岩村には生きていてもらわなくては。
私は両手で自分の頬を強く叩いた。
そうする事で邪悪な心が清められるような気がした。
自分を見失ってはいけないと思った。
私だって、伊達に長い間、壮太と一緒にいたわけではない。
危機もあったが、話し合って乗り越えて来た。
今度もきっと大丈夫。
私は自分に気合を入れる為、もう一度音を立てて両頬を打った。