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  作者: たかはしえりか
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44(壮太の手紙)

えり子、僕はホモセクシャルでも、バイセクシャルでもありません。

健に抱かれたいとか、一つになりたいとか思った事は誓って一度もないです。

健の恋人を紹介された事が何度かありましたが、別に何とも思いませんでした。

ただ大学四年の春頃から付き合い始めた彼女だけは、違いました。

容姿端麗でよく気のつく一見非の打ち所のない女性でしたが、僕は目が合った瞬間に嫌悪感とわけのわからない不安を覚えました。

暫くして、その理由がわかりました。

健は最後のシーズン直前に以前から傷めていた膝の状態が悪化した為に野球を断念せざるを得なくなり、野球部に入る前提で貰っていた都内の有名企業の内定を辞退して、彼女の父親のコネで鳥取の会社に就職する事になったのですが、僕は何も聞かされていませんでした。

リーグ戦終了後三人で食事をした時に、健ではなく彼女の口から初めてその事を告げられた僕は、驚いて言葉を失いました。

そんな僕を見る彼女の目が、和也や継母のそれと酷似していたのです。

彼女の邪悪で冷酷で陰湿な目が、薄れかけていた傷を同じ痛みで蘇らせました。

外見に惑わされて本質を見抜けない健に親父の姿が重なり、それが更に僕を打ちのめしました。

健は本当に彼女に夢中でした。

野球をやめてからはそれに拍車がかかり、全て彼女のいいなりでした。

何かと理由をつけては親元に帰りたがる彼女に付き合って、健も毎週のように鳥取へ帰るようになりました。

ひどく無気力になった僕は部屋に引きこもり、完成間近だった卒論を仕上げられませんでした。

でも本当はあの時、引きこもっている場合ではなかったのです。

あんな女と一緒にいたら不幸になるという事が僕にはわかりきっていたのですから、別れるよう健を説得すべきでした。

健を自殺に追い込んだのは他でもない彼女なのです。

遺書には、亡くなった父親と何があっても全力で母親を守るという約束をしていたのに、自分が不甲斐ないばかりに嫁姑の軋轢を収められず、そのストレスが母親の死を早めたのだと書いてありました。

健はその事を悔やみ、ずっと自分を責め続けていたのです。

それが原因で夫婦仲がギクシャクした時期もありました。

でも健はなんとか関係を修復しようと努力していました。

堅実を旨とする父親の代からの経営方針に反してリスクの高い投資に手を出したのも、彼女と彼女の父親に強引に勧められたからだそうです。

そして万が一の時は必ずフォローするからという固い約束があったにもかかわらず、いざ経営難となった時には知らぬ顔をされ、両親が遺した大切な会社を潰してしまいました。

その直後に彼女は離婚届を置いて家を出て行き、やっと授かった子供を、あろうことか勝手に中絶してしまったのです。

健が子供をどれほど待ち望んでいたか、彼女が知らない筈はありません。

男の子が生まれたら野球選手に、女の子が生まれたら嫁にやらずに会社を継がせたいと言っていたのをえり子も聞いた事があると思います。

それなのに彼女は何故そんな残酷な事が出来たのでしょうか?

健が絶望して、死を選ぶ気持ちもわかります。

残務整理を終えた健の手元に残ったのは、母親の形見である廃車寸前の車だけでした。

その車を道連れに健は死を選んだのです。

僕は嫌われる事を恐れ、健に何も言えなかった事をとても後悔しました。

健にもしもの事があったら、僕は自分を許せなかったと思います。

きっとすぐに後を追っていたでしょう。

健のいない世界は僕にとって何の意味もないのです。

危険な状態を脱したとわかった時、僕は祖父が亡くなって以来初めて、神様に感謝しました。


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