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  作者: たかはしえりか
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41(壮太の手紙)

びっくりしましたか?

これまでえり子には、健との事を殆ど話していなかったのだから当然ですね。

初めて会ったのは小学校五年生の時です。

クラスは違いましたが、転校して間もない頃から存在を知っていました。

スポーツ万能の健は、運動会の学年合同練習の時もすごく目立っていました。

その頃からみんなの人気者で、和也でさえ一目置き、好意を抱かずにいられないようでした。

そんな健と嫌われ者の僕が初めて言葉を交わしたのは、半年以上経った三学期の終わりでした。

卒業式の前日、何者かが体育館の裏側のガラス窓を割って侵入し、式典用に活けられた花を壇上に撒き散らした上、大きな花瓶を叩きつけて粉々に壊すという事件があったのです。

偶然忘れ物を取りに行った教師が気づき、すぐに対応が取られたので、翌日の卒業式は支障なく行われました。

そして翌々日の朝礼から“犯人”探しが始まりました。

何か知っていたら、すぐ担任に話すようにと校長が言うと、朝礼の直後から続々と目撃者が現れ、みんな口を揃えて、僕がその日の放課後体育館の裏手の方に行くのを見て、その後まもなくガラスの割れる音が聞こえたと言ったのです。

もちろん僕はやっていません。

恐らく和也一派の仕業だと思いますが、真偽のほどは未だにわかりません。

当日、全校生徒が参加して行われた予行演習の後、数人の六年生が居残りを命じられ、卒業証書の受け取り方を練習させられていました。

それが終わった四時過ぎから、発覚する四時半頃までの“犯行”という事になりますが、僕は教室に戻ってクラスの終礼に出た後、すぐに学校の前から四時ちょうどに出るバスに乗って駅へ行き、町の書店より一日早く入荷する駅構内の売店で漫画雑誌を買って、帰りのバスの時間まで近くの公園でそれを読んでいたのです。

多分一時間くらいそこにいたと思います。

昼休みに職員室に呼ばれてそう説明しましたが、誰も信じてくれませんでした。

担任だけでなく教頭や他の教師までが寄ってたかって、僕を脅したり、なだめすかしたりしました。

途中から継母もやって来て、自分が実の母親じゃないから反抗しているのだと言って泣き、素直に謝らないなら父親を呼ぶとわめきたてました。

僕はそれでも構わないと思いました。

身に覚えのない事で謝るのはイヤでした。

睨み合いのまま時間が過ぎ、昼休みが終わりかけた頃に、健が職員室に入って来たのです。

それまでにも同級生や下級生が何人も出入りして、他に用事があるふりをしながら聞き耳を立てたり、僕を好奇の目で見たりしていたので、健も同じ事をするのだろうと思いましたが、そうではありませんでした。

健は入り口からまっすぐ僕たちが固まっている所までやって来て

「先生、須田くんが犯人っていうのは、物理的にあり得ません」

と言ったのです。

健はその日の四時半頃、母親と一緒に父親が入院している病院へ行く途中で公園の中を通り、ベンチで漫画を読む僕の姿を見ていたのです。

健の目はキラキラして、自信に満ちていました。

大人たちは一瞬顔を見合わせた後、日にちに間違いはないかと再度確認し、ようやく僕の無実が証明されました。

担任の若い女教師が健にお礼を言えと言いましたが、僕はふくれっ面のまま黙っていました。

僕の言葉には耳を貸さなかったくせに、健の言う事をすぐに信じた大人たちへの憤りが湧き上がって、そんな気になれなかったのです。

でも健は気を悪くした様子もなく

「それより先生たちが須田君に謝らなきゃいけないんじゃないですか?」

と独特のはきはきした口調で言って、教師だけでなく継母にまで謝らせました。

僕は最高の気分でした。

でもそれを誰にも知られたくなくて、ぶすっとしたまま健と一緒に職員室を出ました。

廊下を二人並んで歩く間、健はいろいろと話しかけてきましたが、僕はずっとそっぽを向いていました。

そして健の教室の前に来た時、殆ど聞こえないくらいの小さな声で、礼を言いました。

健はおかしそうに笑いました。

その日を境に健は顔を合わせると声をかけて来るようになったのです。

猫背でなるべく人と目が合わないよう伏目がちにしている僕と正反対で、健は常に背筋をピンと伸ばし、切れ長の目でまっすぐ前を見ていました。

登校時や休み時間の廊下などで、よく不意を突かれました。

一瞬遅れて言葉を発しようとした時にはもう健の背中がどんどん離れて行っていて、結果的にはいつも僕が無視したような形になっていました。

それでも健は懲りる事なく、屈託のない笑顔で声をかけ続けてくれました。

一人の時も、友達と一緒の時も全く変わらない態度だったのです。

三ヶ月ほど経つと、僕も反射的にオウッという声だけは出せるようになりました。

健のように格好良く挨拶したいと思い、鏡の前でさりげなく左手をあげる仕草を真似したりしましたが、健を目の前にすると全然出来ませんでした。

入院中だった健の父親が亡くなったのは、同じ年の八月初めの事です。

学年全体で葬式に出る事になり、僕も出掛けました。

健は涙を見せず、傍らの母親に倣って神妙な面持ちで参列者に頭を下げていました。

僕はちょうど一年前の祖父の葬式を思い出し、辛くなりました。

その数日後の夕方、塾の帰り道でユニフォーム姿の健と偶然会いました。

健はいつもと同じように

「よっ、須田くん」

と言って明るく笑いました。

僕は小さな声で返事をして、初めて左手を少し上げました。

練習の成果がやっと出せた嬉しさときまりの悪さで、足早に去ろうとした僕を健が

「須田くん、今、時間ある?」

と呼び止めたのです。

「ある…けど…」

呟くようにそう答えると、健は

「じゃあちょっと付き合ってくれない?」

と言って、自転車の後ろに積んだバットを指差しました。


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