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  作者: たかはしえりか
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40(壮太の手紙)

えり子、僕は今、鳥取にいます。

木曜日にタケルが事故を起こしたという知らせが会社に入ったのです。

自殺でした。 

道路の脇に遺書と僕の名刺が置いてあったのだそうです。

動転していたので、東京からここに来るまでの記憶が殆どありません。

病院に着いた時、健はまだ手術室の中にいました。

なぜこんな事になったのか、わけがわかりませんでした。

僕は何も知らなかったのです。

離婚した事も、会社が倒産した事も。

健は一人で悩み苦しんでいたのです。

手術は夜まで続きました。 

僕はその間ずっと体の震えを止める事が出来ませんでした。

幸い最悪の事態だけは避けられましたが、脳と脊髄の損傷がひどく、回復の見込みはないと医者から言われました。

一言でも僕に打ち明けてくれていたら、少しは力になる事が出来ただろうし、こんな事にはならなかったと思います。

もしかしたら、交わした言葉の端々に何かサインがあったのかも知れません。

それなのに僕はなぜ気づいてやれなかったのでしょうか?

昏睡状態の続く健を見つめながら、僕はずっとその無念さを噛みしめていました。

でも昨日になって、考えが変わりました。

健が目を覚ましたのです。

でも医者が言った通り、もう元の健ではありませんでした。

端正な顔は見る影もなくなっています。

自分が誰かもわからないし、体を動かす事も出来ません。

だけど、だからこそ、よかったと思ったのです。

いつだったか『赤毛のアン』の話になって、えり子が

「社交的で魅力的な人の愛情はどうしても分散されてしまうので、作者のモンゴメリはマシュウを敢えて“不器量で異常なまでのはにかみ屋”というキャラクター設定にして、アンがその愛情を独り占め出来るようにしたのだと思う」

と言った事がありましたね。

僕はその時、健の事を思い出していました。

人付き合いが良く、どこへ行っても誰からも愛される健の愛情は確かに分散されていて、大学時代など、週に一度しかない野球部の休日は約束がいっぱいで、恋人でさえ健を独り占め出来なかったようでした。

中には待ちきれず、僕と一緒に授業を受けている教室にまでやって来て、健の手を引っ張って行く女の子がいたくらいです。

健がマシュウみたいな男だったら、もっとたくさんの時間を共に過ごせたと思う一方で、そうじゃなかったからこそ僕に声をかけてくれたのだから、健の人懐っこさに感謝すべきだとも思いました。

健は大切な親友でした。

でも本当はそれだけではなかったのです。

えり子、僕はずっと前から健を愛していたのです。

その事を、僕は昨日初めて自覚しました。 

これまでは無意識に封印していたのだと思いますが、それはもう必要なくなりました。

今、健は僕だけの健になり、もう他の誰にも取られる心配はありません。

僕はその事に言いようのない喜びを感じています。

究極の自己愛です

これまでどんな僕でも受け入れてくれたえり子でさえ、さすがに軽蔑するでしょうね。

最低な人間だと、自分でも思います。

でも、どうしても気持ちを抑える事が出来ないのです。


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