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私はベッドの傍のパイプ椅子に座り、封筒の表書きを眺めた。
硬筆のお手本のように丁寧な楷書で私の住所と名前が書かれていた。
見慣れた壮太の筆跡だった。
もう私が鳥取まで来たのだから直接言えばいいのに、敢えて手紙を渡したのは、口に出して言いづらい事なのだろう。
これまでにも壮太はとんでもない事を言って、何度となく私を面食らわせた。
今回はどんな事なんだろう?
すぐ開封する気にはなれなくて、目に痛いくらいの真っ白な封筒を見ながら考え込んでいると、太った看護師が検温に入って来て
「お身内の方ですか?」
と聞いた。
「いえ、友人です」
と答えると、富田という名札をつけた、いかにも人の良さそうな看護師は少し驚いたような顔をした。
「そうですか? 付き添いの男性がこれまでお見舞いの方をみんな断っていらしたから、てっきりお身内かと・・・」
「何人も見えたんですか?」
「ええ、ICUに入っている時から、入れ替わり立ち代わり…。大きな事故で新聞にも載りましたからね。今日の午後こちらに移ってからでも五、六人いらしてましたよ。人望の厚い方なんですね」
私はさっき咎めるように鈍く光った壮太の目を思い出した。
壮太はもし自分だったら、こんな姿を他人に見せたくない筈だと考え、誰にも会わせなかったのだろう。
元々美形なだけに、今の岩村の姿を見たら、お見舞いの人たちもショックを受けてしまう。
私は壮太にあんな顔をされたのは初めてだったので内心かなり傷ついていたのだが、他の人のように追い返したりしないで、ちゃんと病室に入れてくれたのだから、気にする必要ないと思った。
手紙には岩村の事故の事が書いてあるに違いない。
「遠くからいらしたんですか?」
富田は床に置いた私の旅行バッグを見て言った。
「東京からです」
「それは大変ですね。患者さんとは大学で?」
「ええ、そうです」
「野球選手だったんですってね。でもさすがスポーツマン、脅威の回復力ですよ。運び込まれた時はかなり危険な状態だったんですが、五日目でもうICUから出られるまでになられて…。お熱も微熱程度になりましたよ」
富田はそう言って微笑み、病室を出て行った。
その背中を見送った時、私は右下の方から視線を感じた気がして、そちらに目を向けた。
驚いた事に岩村が目をあけていた。
そして私を見て笑っていた。
私は一瞬喜んだ。
でもその赤ん坊のような無邪気な眼差しが、すぐに私を不安に陥れた。
私の知っている岩村の笑顔とは明らかに質の違うものだった。
私は手紙の封を開けた。
急いで書いたようで、壮太にしては少し乱れた筆跡の文字がぎっしり並んでいた。