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  作者: たかはしえりか
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トイレやバスルームはもちろんの事、クローゼットやベッドの下まで探したが、壮太の姿はどこにもなかった。

ドアの隙間から聞こえた呻き声は、空耳だったのだ。

私はまさに腰が抜けたようになり、ヘナヘナと床に座り込んだが、

「大丈夫か?」

と警官が心配そうに腰を屈めたので、慌てて立ち上がった。

随分と人騒がせな事をしてしまった。

私は警官と大家、到着したばかりの救急隊に平身低頭で謝って引き取ってもらい、部屋に一人残った。

壮太の顔を見るまでは帰れなかった。

いったいどこにいるのだろう?

私はまた携帯を取り出した。

壮太はまだ圏外のままだった。

もしかしたら同僚が何か知っているかもと会社にもかけてみたが、留守電だった。

案外入れ違いで私のマンションに来ていて、そこで倒れている可能性もあると思い、管理人に電話してアイロンのスイッチを切り忘れたかも知れないと嘘をつき、部屋の中を見てもらったが、やはり居なかった。

連絡できる先はもうなかった。

壮太の部屋は以前と同様にガランとしていて、その分よけい冷たく感じられた。

一週間前、壮太が一人は寂しいと言った事を思い出した。

壮太が帰って来たら、来年じゃなくて今すぐ一緒に暮らそうと言おう。

グダグダ言わないで、素直に喜べば良かった。

いや、そうじゃない。

最後まで拒否しなければいけなかった。

壮太は一年後に私と一緒に暮らさなければならなくなった事を苦にして、逃げ出したのだ。

やっぱりこれからも別々の部屋に住むことにしようと言って、壮太のプレッシャーを取り除いてあげなければ…。

違う、壮太はそんな愚かな人間ではない。

あの時、土日と泊まって、月曜の朝に私の部屋から出勤した。

私はもう仕事に行く振りをしなくてもよくなったので、玄関でそれを見送った。

「行ってらっしゃい。気をつけて」

とふざけて芝居がかった感じで言うと、壮太はちょっと照れたように笑っていた。

水曜日の夜に電話で話をして、新しいテレビの事を聞いた。

「たまたま入った店で、すごく安くなってたから、衝動買いしちゃったよ」

と笑っていた。

「来年広い部屋に住むのを見越して、大画面にしたんだから、ドタキャンしないでくれよ」

とも言っていた。

気が変わって、やっぱり一人暮らしが良いと思うようになったとしても、黙って姿を消すような事をする筈がない。

絶対何かあったのだ。  

事件に巻き込まれてどこかに閉じ込められ、連絡したくても出来ないのかも知れない。

襲われて身ぐるみ剥がれ、誰にも発見されずに、一人で苦しんでいるのかも知れない。

悪い想像があとからあとから湧いて出て、警察と消防に何度も問い合わせをしたが、何の情報も得られなかった。

会社のトイレで突然倒れ、意識を失ったままという事も考えられると思い、ビルの防災センターの番号を調べ、警備員に見て来てほしいと頼んだ。

昨夜から何度も巡回しているが、どこも異常なしだったと気の毒そうに言われた。

迷惑ついでに、会社のフロアに誰か残っていないか見に行ってほしいと頼んだ。

休日で誰も来ていないとの事だった。

壮太はどうしているのだろう?

無事が確認出来るまで、壮太の部屋を出る事が出来なかった。

空腹も疲れも全く感じなかった。

ただただ壮太の帰りを、壮太からの連絡を待ち続けた。

日付が変わって日曜日になり、月曜日になっても、状況は変わらなかった。

朝、会社へ電話をかけて、もしも無断欠勤していたら捜索願いを出すつもりだった。

夜が明けるのが待ち遠しかった。

もしかしたらすごく早く来る人がいるんじゃないかと八時前から何度もかけてみたが、留守電はなかなか解除されなかった。

九時になって、ようやく人が出た。

壮太は出社していなかった。

「病気なんですか?」

と聞くと、逆に

「どういうご用件ですか?」

と聞き返されたので、

「大学時代の友人で斎藤えり子と申します。明日の会合の事で至急須田君に確認したい事があるのですが、先週末からずっと連絡がつかず困っておりまして…。急を要する事ですので、やむなく会社にかけさせて頂きました」

と予め用意していた答えを言った。

部下らしき若い男性社員はやや訝しみながらも、木曜日の午後に身内が交通事故に遭ったという連絡が入り、出先から直接病院へ向かったと教えてくれた。

さすがに病院の名前までは言ってくれなかったが、私はホッと胸をなでおろした。

事故の連絡が入るような身内と言えば、継母か和也だけだ。

壮太が飛んで帰って、連絡も出来ないでいるくらいだから、かなり深刻な状況に違いない。

だから手放しで喜ぶのは不謹慎だが、壮太自身が無事である事が確認出来たので嬉しさを抑えられなかった。

「良かった。とりあえず良かった」

私は泣きながら口に出してそう言い、

「神様、ありがとうございました」

と手を合わせた。


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