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思ってもみない結果だった。
自分が落とされるわけない、と高をくくっていただけにショックが大きかった。
十二人の応募に対し、採用されたのは二人だけだった。
一人は真面目でまずまず仕事も出来るが、もう一人は勤務中の私語や細かいミスが多い。
何故そんな人に負けたのか納得出来なかった。
若くて男好きのするタイプ、会社に比較的近い実家住まいというのが二人の共通点だった。
仕事が出来る出来ないは関係なくて、多少給料が安くても生活に支障が出ず、無駄な交通費もかからず、社員にヤル気を起こさせる若さと可愛さを持っているというのが、合格のポイントだったようである。
これは私のヒガミではなく、落とされた十人共通の見解だ。
私たちは就職活動に躍起になった。
私は有給の事もあって今の派遣会社からの紹介を希望していたが思うように行かなかったので、他の派遣会社にも登録し、並行して正社員も探した。
そして行き先が決まらないままに契約満了の日を迎え、ニュースで度々話題にのぼる完全失業者の一人になった。
状況は思った以上に厳しく、すぐに抜け出す事は難しそうだった。
心配させたくなくて壮太にも家族にも内緒にしておくつもりだったが、壮太にはひょんな事からバレてしまった。
四月の第三土曜日、八重桜を見に出掛けた先で元の同僚とばったり会い、退職してからの状況を根掘り葉掘り聞かれたのだ。
「なんで黙ってたの?」
壮太は相当びっくりしたようで、同僚が立ち去るなり責めるような口調でそう言った。
「いや、なんとなく…」
「そういう事はちゃんと言わなきゃ」
「ごめん」
「確か今週の月曜日もその前も朝一緒に出勤したよな? どこ行ってたんだ?」
「一人であちこちのお花見してた」
私は恥ずかしさと後ろめたさで、笑顔が引きつった。
「生活、大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ。結構貯めてるから」
「就職活動はしてるの?」
「うん。今まで条件を絞り過ぎてたせいでなかなか決まらなかったけど、これからは少し範囲を広げて探すつもりだから、すぐに見つかると思う」
「このご時勢だぞ。そう簡単にはいかないんじゃないのか?」
「なんとかなるって。そんな顔しないで」
実際のところ、いろいろな業種でパートやアルバイトも含めて探していたのだが、書類選考の段階で落とされる事も多かったので、楽観的になりづらい状況ではあった。
でもそんな事を言えば壮太をよけい心配させてしまうと思った。
「実家には言ってあるの?」
「ううん。もし言ったら一人暮らしやめて、戻って来いって言われちゃいそうだもん」
実家を改築した際、四畳半ほどの小さな部屋を私用に作ってもらっていたが、何年か前に義姉から荷物を少し置かせてほしいと頼まれ、軽い気持ちでオーケーしたら、そのうちに納戸代わりに使われるようになってしまい、今ではベッドの上にまでダンボール箱が載っている。
狭くて収納が少ないので、義姉に文句を言う事は出来ず、たまに泊まる時は仏間に布団を敷いて寝ているのだ。
そんな実家に戻るのは絶対にイヤだった。
壮太と過ごす時間も激減してしまう。
「お願いだから、おじいちゃんにも言わないでね」
私は軽く手を合わせてそう頼んだ。
「わかった。なるべく心配かけない方がいいもんな」
「うん。もしもの時は雇用保険もあるしさ。調べてみたら、半年くらいはもらえるみたいなの」
「そっか…」
私たちは川沿いの遊歩道に置かれたベンチに腰掛け、暫く何も言わずに座っていた。
川面に桜の花びらが浮かんでいた。
対岸に咲く八重桜のはるか下の方、水面に向かって伸びて壁をおおうツタの間から濃いピンク色のツツジの花が控えめに顔を覗かせていた。
「ねえ壮太、見て。あんなところにツツジが咲いてるよ」
「ホントだ。珍しいね」
「うん。初めて見た」
「オレも」
壮太はいつもの穏やかな顔に戻っていた。
「私、あのツツジみたいに頑張るからね」
「うん?」
「川に落ちそうになっても踏みとどまって、ちゃんと花を咲かせるから」
壮太は少し笑って
「そんなに頑張らなくてもいいよ」
と言いながら頭を撫でてくれた。




