32
その夜、壮太は私の部屋に泊まった。
寝入ってから間もなくワァーッという壮太の叫び声が響き、私は急いで枕もとのライトを点けた。
壮太も自分の声に驚いて飛び起きたようだった。
「どうしたの? 怖い夢でも見たの?」
壮太はそれには答えず、何かを確かめるように両手でシーツのあちこちを探った後
「ああ、良かった」
とため息をついた。
「大丈夫?」
「うん。大丈夫だった」
「何が大丈夫だったの?」
壮太はそれには答えずに額の汗を拭った。
それからちょっと拗ねたように
「オレ、さっきえり子から批判されただろ? あれ、結構傷ついたんだよな」
と言った。
私は一瞬何の事かわからなくて、きょとんとしてしまった。
「何それ、ゆっくり食べてって言った事?」
「そう」
「別に批判したわけじゃないよ」
「批判じゃないとすれば、否定だな」
「否定なんかするわけないじゃん? 全肯定だよ。世界中が壮太を否定しても私だけは絶対肯定するよ」
「なんでそんな事言えるんだよ? オレにはまだえり子が知らない欠点や弱点がいっぱいあるんだぞ」
「もしそういうのがあったとしても、私、壮太の事、絶対嫌いにならない自信ある」
「ホントか? じゃあ例えばもし今夜オレがオネショしても引かないか?」
「また突拍子もない事言うね」
「実はオレ、マジで高三まで年に数回してたんだよ」
「へえ、そうなんだ」
さっき大丈夫だったと言ったのはその事だったのだ。
「言っとくけど、物心ついてから親父の家に引き取られるまでは全然してなかったよ」
「じゃああの家でのストレスが原因だったのね?」
「うん。根性焼きのトラウマ。あれからまもなく始まったんだ。オレ、東京に出て来るまでに何度もあの時の夢を見てさ、タバコを押し付けた腕の熱さがすごくリアルで、いつも大声で叫んで目が覚めるんだ。で、その時にはもう既に布団がびしょ濡れになってるんだよ。継母には嫌な顔されるし、和也には嘲笑われるし、もう最悪で、極力水分取らないようにして気をつけたりしたんだけど、忘れた頃にまたやっちゃうんだよな」
「それはつらいね。子供が火遊びをするとオネショするってよく言われるけど、多少関係あるのかな?」
「どうなんだろう? よくわかんない」
「まあ、オネショくらい、たいした事ないよ。ちょっと名前が出て来ないけど、誰か歴史上の偉い人も結構大きくなるまでしてたみたいだよ」
「坂本龍馬?」
「あ、それだ」
「でもせいぜい十二、三歳までだったんじゃないか? 十八までってのは、なかなかいないよ」
「そう? 別にいいじゃん。壮太はもっと大物だって事だよ。あとは何があるの?」
「あとって?」
「私が知らない欠点や弱点」
「ああ。言い出したらキリがないから、もう言わない」
「いいよ。私だっていっぱいあるもん。でもそういうの全部出せばいいってもんでもないでしょ?」
「そうだね」
私はカモミールティーを淹れて、壮太に飲ませた。
壮太は何か考え込んでいる様子だった。
「えり子」
私は壮太がまた何か穏やかならぬ事を言い出すのではないかと身構えた。
「えり子は普段優しいからさ、さっきの言い方は胸にズシンと来たよ」
「そうだったんだ。ごめんね」
「オレは十八まで人の一生分いじめられて来たんだから、もういじめないでくれよ」
ふざけた口調だったが、本心だと思った。
「わかった。もう絶対にいじめない」
「ホントに何があってもオレの味方でいてくれるか?」
「うん。約束する」
壮太は私が思っていた以上に繊細だった。
仔犬が母犬のオッパイを探してクンクンするように、私の胸に鼻を押し付けて甘える壮太の髪を撫でながら、本当に何があっても壮太を守ってあげようと思った。