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  作者: たかはしえりか
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女性の厄年は数えの十九歳・三十三歳・三十七歳と言われる。

前厄、本厄、後厄とあるから、満三十一歳から三十七歳まで、ほぼずっと厄年が続くという事だ。

それはまんざら迷信でもないようで、友人の中には病気や怪我で入院したり、離婚したりと、絵に描いたような厄を経験している人が何人かいた。

私は壮太とずっと良い関係が続いていた。

愛情は全く冷めなかった。

壮太はふとした時の表情やしぐさで、片思いの時と同じように私をときめかせてくれた。

壮太の変化と言えば、少し甘え上手になった事と、私が友達と出掛けるのを嫌がるようになった事だ。

毎週金曜か土曜に私の部屋を訪れ、月曜の朝まで一緒に過ごした。

そのせいで私は友達が減ったが、壮太の存在はそれを補って余りあるものだった。

唯一の不満は、何年経っても壮太が私の部屋のスペアキーを受け取ってくれない事だった。

壮太は前の日に必ず、明日、行っていい?と電話かメールを寄こすのだ。

いちいち聞く必要はない、来たい時に来てほしい、と私は何度も言った。

私の部屋は都心にあり、壮太の会社からも近い。

壮太のアパートは千葉で、私がそこを訪れる事は滅多にないので合鍵は必要ない。

だから交換してほしいと言っているわけではないのだ。

それなのに壮太は曖昧な言葉でごまかしながら、頑なに拒んだ。

私に対する愛情や執着が生まれる一方で、壮太なりの葛藤があったのだった。

三十五歳になって間もなく、私は壮太から突然別れを切り出された。

壮太は前日から私の部屋に泊まっていたが、普段と違った様子は全くなく、まさに晴天の霹靂だったので、私は最初壮太が冗談を言っているのかと思った。

でも瞳の奥に笑いのかけらもなく、真剣なのだということがすぐにわかった。

厄年を実感した瞬間だった。

私は取り乱さないように、一つ大きく深呼吸した。

「急にどうしたの?」

「急じゃないよ。前から考えてた事だ」

「前っていつ?」

「ずっと前からだよ。だから合鍵ももらわなかったんだ」

「ずっと前から私と別れたかったの?」 

「別れたかったわけじゃない。でも別れなきゃいけないって思ってた」

「どうして?」

「えり子は普通に結婚して子供を生んで、幸せな家庭を築くべきなんだ。おじいさんも他の家族もみんなそれを望んでいる筈だよ」

「まさか、ウチの家族が何か言ったわけじゃないよね?」

「違うよ。えり子の家の人は何も言わない」

「じゃあなんで? 私の為とかいうのは嘘で、本当は何か不満があるんじゃないの?」

「不満なんかないよ。気が合うし、優しいし、いつもオレの事支えてくれて、感謝してる」

「ホントに私の事、イヤになったわけじゃないのね?」

「うん。それは絶対ない」

「じゃあ別れる必要ないじゃん?」

「ダメだよ。元々三十になったら別れるつもりだったんだ。だけどなかなか思い切れなくて、ここまで来ちゃったから…もうタイムリミットだよ」

「結婚して子供生むのに?」

「うん」

私は呆れてしまった。

壮太がこと結婚とか出産とかについてびっくりするくらい古風な考えを持っているのは、やはり祖父母に育てられたせいなのだろうか?

「全くもういつの時代の人なの? ホント信じられない。今は四十過ぎても出産出来るんだよ。それに一生独身の人だっていっぱいいるじゃない?」

「わかってるよ。だけど、えり子はそれじゃいけない」

「どうして?」

「えり子は絶対良い母親になれると思うんだ。母性の欠落した女性が増えている今、えり子みたいな人は貴重だよ。そういう人は子供をたくさん生んでしっかり育てて、日本の将来を担う良い人材を社会に送り出さなきゃ」

本気で言ってるのだとしたら、壮太は意外と私の事をわかっていないと思った。

確かに最初の頃は、結婚して壮太の子供を生みたいと思った事もあった。

でもそれほど厳重に気をつけているわけでもなかったのに、出来ちゃった婚(今は授かり婚と言うのだろうか?)という展開にはならず、私はそれで良かったと思っていた。

元々大の子供好きというわけではなく、愛する人の子供を生み育てたいという気持ちも、あまり強くなかったのだ。

もしも子供が出来て、壮太がその子供を溺愛したら、絶対嫉妬すると思う。

壮太を取られるのはイヤだ。

たとえ自分が生んだ子でも。

私は甚だしく母性が欠落した人間である。

私が母性を出せるのは壮太に対してだけなのだ。

「なんか、イマイチ説得力に欠けるなあ。そんな理由なら、私別れないよ」

「ダメだよ。えり子は人見知りだし、男慣れしてないから、親しくなるのに結構時間がかかるだろ? だから早く探し始めないと…」

「そんなに私に子供を生ませたいの?」

「うん」

「どうしても?」

「うん、どうしても」

「じゃあ壮太の子供を生ませてよ」 

次の瞬間、壮太が眉間に皺を寄せ、表情を一変させた。

こちらの胸が痛くなるくらいの悲痛な表情だった。

「一時それも考えたけど、やっぱり無理だった」

「結婚の事?」

「違う」

「じゃあ何が無理なの?」

壮太は唇を尖らせて、泣きそうな目で私を見た。

言おうか、どうしようか迷っているようだった。

梅雨の走りの雨が降りしきる日曜日の午後、冷蔵庫の音がやけに大きく聞こえていた。


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