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  作者: たかはしえりか
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「えり子みたいな子は生まれて来ただけで、もう十分親孝行なんだよな」

「それは壮太だって同じだよ。いろいろあったかも知れないけど、実際生まれた壮太を見たら、おとうさんもおかあさんもきっと嬉しかったと思うよ」  

「違う。オレは生まれる前から既に親不孝だったんだ」

「どうしてそう思うの?」

「オレを妊娠しなかったら、親父とお袋は別れられた。オレを生まなければ、お袋はもっと長生き出来た。オレが居なかったら、親父は新しい家庭を円満に保てた・・・諸悪の根源はオレだよ」

「それは絶対違う。安置室まで付き添ってくれた家政婦協会の人だって、お父さんが壮太の事、自慢してたって言ったじゃない?」

「そんなの単なる社交辞令だよ。オレ、親父の自慢になるような事、何一つしてないんだから」

「そんな事ないって。壮太が気づいてないだけよ」

壮太は首を傾げて、考え込む仕草をした後

「強いて挙げれば大学に合格した事かな? 親父、昔ウチの大学を受けて落ちたらしいんだ。じいちゃんが厳しくて浪人させてもらえなかったから、結局地元の大学へ進んだけど、憧れはずっと持ってたみたいで、オレの合格通知が届いた時、お前はすごいなって何度も言って、くしゃくしゃって頭撫でてくれたよ」

と言った。

「お父さん、嬉しかったんだね」

「うん。初めて見る満面の笑みだった」

壮太の瞳に少し明るさが戻って来て、私は心底ホッとした。

「息子がリベンジしてくれたんだもん、当然だよ」

「オレはその後すぐにこっちへ来て、入学式も一人で行くつもりだったんだけど、前の日に親父がひょっこりやって来てさ、式に出てくれたんだ」

「優しいね。ウチの家族なんか、仕事休めないって言って誰も来てくれなかったよ」

私が口惜しがって見せると、壮太は嬉しさをこらえるように目をぱちぱちさせた。

「あの時、応援部の指揮で、校歌と応援歌の練習させられたじゃん?」

「うん。隣りの人と肩組んで歌わされたような記憶がうっすらある」

「親父、母校でもないのに歌詞もメロディも完璧だったんだよ」

「へええ、ウチの大学への思い入れが強かったんだね」

「うん。入学式が終わった後にキャンパス内をいろいろ見て回ってさ。中央図書館が開放されてたから中に入ったんだけど、その時も親父、すごく嬉しそうだったな」

「正門の傍にあった元の中央図書館?」

「そう」

「クラシックな洋館で、雰囲気すごく良かったよね。私、大好きだった。学部の図書館と違って手続きが面倒だったから本の閲覧は殆どしなかったけど、よく窓際に席を取って、サークルの冊子に載せる作品を書いたなあ。大きい縦長の窓も、机や椅子も歴史を感じさせる重厚感があったね」

「うん。親父、椅子に腰掛けて、机を撫でたりしてた」

「うそ? 私も初めて中に入った時、同じ事したんだよ。いにしえの先輩諸氏がこの同じ場所に座ったかもと思うと、感慨無量でさ」

「四年の時だっけ? 新しい方に移ったの」

「そう。あの素敵な建物に入れなくなっちゃったから、すごく残念だった。出来れば卒業するまで使いたかったな」

「オレも。そう言えばさ、いつも閉館の時間に音楽が流れただろ?」

「ああ、覚えてる。オルゴールのゆったりしたメロディでしょ?」

「そう。あれ、何ていう曲だか知ってる?」

「ううん。知らない」

「親父が言ってたんだけど、『燃えろよ燃えろ』っていうキャンプファイアーの歌なんだって。ちょっと意外な感じじゃない?」

「そうだね」

「お前はこれからここで何度となく、この曲を耳にするんだなって、羨ましそうに言われたなあ。親父、よほど印象に残ったみたいで、その日の帰り道にハミングしてたんだよ。親父の鼻歌聞くのなんて初めてだったからびっくりしたよ」   

私は壮太と父親が肩を並べて歩く姿を思い浮かべた。

交わす言葉は少なかっただろうが、きっと二人の心は同じくらい温かかったに違いない。

「その日の別れ際に、あの一万円盗ったのオレじゃないからって親父に初めてはっきり言ったんだ。なんでだかわかんないけど、今言わなきゃっていう感じがすごくして。親父、わかってた、ごめんなって言ってくれた。思えばあれが顔を見て交わした最後の会話だったなあ」

「そう。ちゃんと言えて良かったね」

「うん。そうだな」

しんみりした空気が流れて、二人は暫く何も言わず、見るともなしにテレビの画面を見ていた。

気がつくとクイズ番組が始まっていた。

私は壮太の腕を外して勢いよく起き上がった。

「何問正解するか競争しない?」

「え?」

「実は私、クイズ大好きなの」 

「オーケー。勝負しよう」

二人の共通の趣味が一つ増えた。


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