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「結構目立つだろ? 根性焼きの痕だよ」
「根性焼き?」
根性を見せる為に自分の体にタバコの火を押し付ける事だという漠然とした知識はあったが、実物は見た事がなかった。
「言っとくけど、オレ、元ヤンじゃないからね」
「わかってる」
「厳密に言うと、いわゆる根性焼きとは質が違うんだ。小学校五年の夏休み、親父の家に引き取られて間もない頃の事だよ。継母の財布から一万円札がなくなって、オレに疑いがかかったんだ。もちろんぬれぎぬだよ。でも継母も和也も盗ったのはオレだって決めつけたんだ。その時親父は留守だったから、親父さえ帰って来れば疑いを晴らせると思って待ってた。じいちゃんが病気になるまで数えるほどしか会った事がなかったから、親子の情なんか全然感じていなかったけど、一応血は繋がってるわけだから、無条件で味方になってくれる筈だと思ったんだ。だけど夜遅く帰って来た親父は、イライラした様子で次々とタバコに火を点けてはもみ消しながら継母の話を聞いて、それくらいの事でいちいち騒ぎ立てるんじゃないって怒った後、チラッとオレを見て、欲しいものがあったら言うようにって、そっけなく言っただけで、オレの言い分を聞こうともしてくれなかった。そして追いかけるオレの腕を振り払って、さっさと自分の部屋に入ってしまったんだ。あれには傷ついたよ。ショック過ぎて涙も出なかった。悲しいっていうより、怒りの方が大きかった。だからオレ、発作的に灰皿にあった吸殻を全部掴んで、ここにこすり付けたんだ。火がまだ完全に消えてなかったから、メチャクチャ熱かったけど、怒鳴られても殴られてもやめなかった」
「よほど悔しかったのね」
「うん。必死の抗議だったんだ」
「お父さん、驚いたでしょうね」
「うん。相当びっくりしたみたいで、その日を境にタバコをやめた」
「じゃあ、結果オーライだったんじゃない?」
「そうかなあ?」
「うん。一種の親孝行だよ。だってタバコは百害あって一利なしって言うじゃん?」
壮太はそれには答えず、右腕を伸ばして電気スタンドの明かりを最大にした。
まだ私の顎の下にあった左腕が照らし出された。
よく見ると、薄赤い根性焼きとは種類の違う黒ずんだ線のような痕も幾つかあった。
「全部自分でつけたものだよ」
「自分で?」
「そう。一種の自傷行為。親からもらった体に傷をつけるなんて、親不孝だろ?」
「うーん、でもちゃんとした理由があったんでしょ?」
「もちろんそうだよ。根性焼きと一緒で、自分のプライドを守る為にやった」
壮太はそこで大きく一つ息を吐いた。
「中学の入学式の帰りに、和也とつるんでた上級生たちに橋の下へ連れて行かれたんだ。いきなりのカツアゲだよ。制服のポケットから始まってパンツの中まで調べられて、メチャクチャ怖かった。カネ持ってたら全部渡してたと思うんだけど、その日幸か不幸か一銭も持ってなくてさ、泣いて謝るしかなかったんだ。でも明日親の財布からありったけの札を盗んで来い、言う事聞かないと殺すって、ナイフを頬に当てられた途端に、もうどうなってもいいって開き直っちゃって、オレ、自分からその刃の部分を握ったんだ。そしたら相手がびびってナイフを離したから、血をしたたらせながらナイフを持ち直して、自分のむき出しの腕をスーッ、スーッて切ってやったんだ。ヤツらは最初遠巻きに見てたけど、オレが顔色一つ変えずにやるのが薄気味悪くなったみたいで、一人がナイフをひったくるように取ったかと思うと、口々に捨てゼリフ吐きながら逃げて行ったよ。一番下っ端のヤツが全員のカバンを拾いあげて、ついでにオレの制服も持って行ったから、オレはたまたま通りがかった釣り人に通報されるまで、全裸のままでそこにいたんだ。その後上級生たちは捕まったけど、既にしっかりアリバイ工作をしていたから、すぐに無罪放免さ。そのアリバイ証明をしたのは誰だと思う? 継母と和也だよ。そんなすごいオチがあるとは思わなかっただろ? その時はさすがに親父も二人をかなり問い詰めたけど、あいつらが口を割るわけないしな。証拠のナイフと制服がとうとう見つからなかったから、事件は迷宮入りになったんだ」
「そう」
「ひどい話だろ?」
「うん。そんな悪い事して、平気でいられる神経がわからない。でも壮太、ホントはすごく痛かったでしょう?」
「いや、それが不思議と殆ど痛くなくて、なんか爪で引っかいてるくらいの感覚しかなかった。まあ、そんなに深く切ってないしね」
でも結構はっきりとした十センチ前後の傷跡が斜めに何本も走っていた。
「オレが全裸で自分の体を切り刻んでたっていう噂はすぐに広まったから、それ以来すっかり変人扱いだよ」
「そうなんだ」
私は何とか明るくフォローしようと思い
「だけど顔じゃなくて良かったね」
と言ったが、壮太に
「もし顔に傷つけてたら、好きになってくれなかった?」
と切り返され、少しドキンとした。
「そういう意味じゃなくて、顔だったらもっと目立ってたっていうコト」
「そうかぁ?」
「私はちゃんと内面も見て、壮太を好きになったんだよ。やだ、壮太ったら、よほど顔に自信があるのね?」
「そんな事もないよ。まあ、小さい頃はよく可愛いって言われたけど」
「そうだろうね。羨ましいなあ。私なんか一度も言われた事ないよ」
私が冗談半分に拗ねてみせると壮太は
「えり子は可愛いよ」
と一応フォローしてくれたが、声のトーンはとても低く、表情も暗かった。