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頭の中で何度か、初めての朝のシミュレーションをした事があった。
目覚めると、すぐそばに壮太の顔がある。
まだよく眠っている壮太を起こさないようにそっとベッドから出て、コーヒーを淹れる。
コーヒーメーカーのしずくを見つめながら、私は幸せな気分に浸る。
芳しい香りが部屋中に漂い、壮太が目を覚ます。
壮太は優しい目で私を見つめ、二人は少し照れながら朝の挨拶を交わす・・・
ベタなシーンだが、壮太を相手にヒロインを演じてみたかった。
でも現実は理想とは程遠いものになってしまった。
私は壮太に後ろを向いてもらって、ごそごそと着替え、まだコーヒーメーカーを買っていないので、安物のインスタントコーヒーを淹れた。
壮太のはいつものブラック、私は砂糖とミルクを少し多くした。
部屋に戻ると、ベッドサイドの小さな明かりだけが灯り、仄暗い中で壮太がベッドにもたれて床に座っていた。
私たちは暫くの間何も言わずにコーヒーを飲んだ。
沈黙を破ったのは壮太だった。
「オレたち、知り合って何年になるのかなあ?」
「エイプリル先生の授業を一緒に受けてからだと四年だね。その前のフラ語からだと八年だけど」
「結構たってるんだ・・・」
壮太は感慨深けに呟いた。
「いろいろな所へ一緒に行ったね」
思い出を振り返るような口調だった。
私は極力さりげなく
「そうだね」
と答えた。
「楽しかったな」
「なによ。全部終わったみたいな言い方して」
私はもう苛立ちを隠せなかった。
「う・・・ん」
壮太は困り果てたような声を出した。
「昨夜の事は気にしなくていいよ。私も全然気にしてないから」
「気にしてないって、えり子はこういう事、よくあるの?」
「ばか! あるわけないでしょ?」
「でも一回はあった?」
「ないよ、もう! 失礼だなあ」
「それでも全く気にしないんだね?」
「そりゃ、全くと言えば嘘になるけど・・・忘れる。だから壮太も忘れて」
「無理だよ」
「じゃあどうするの?」
「もう会うのやめよう」
一番言われたくなかった言葉を言われ、私は俯いて唇をかんだ。
「ごめん、えり子。オレ、自信がないんだ」
「忘れる事出来ないの?」
「いや、そうじゃなくて…」
壮太は一瞬言いよどんだ後にこう言った。
「また襲っちゃうかも知れないから」
私は数秒の間にいろんな考えを巡らした。
本当に結婚は全然焦っていない。
無理して結婚しなくても良いと思う事さえある。
そんなことより何より壮太を失いたくない。
「いいよ、襲っても」
私は顎をつんとあげて言った。
迷いは全くなかった。
「私、壮太の事、好きだもん」
この四年間、言いたくて言えなかった言葉を私はとうとう口にした。