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「その場合、戸籍はどうするの?」
「もちろん必要だよ。近親相姦を防ぐ為に、戸籍には父親と母親の名前をきちんと記載するんだ」
「それで生まれた子供は誰が育てるのさ?」
「優れた人間性と知識と経験を備えた専門の人間によって、全員同じ条件で育てられるんだ。そうすれば子供が出来たせいで仕方なくする不幸な結婚も、親に捨てられる不幸な子供も、子供の頃に親から受けた傷の為に引き起こされる不幸な犯罪もないから、平和な世の中になると思うよ」
「じゃあ壮太は家族という結合体も否定するの?」
「否定はしないけど、全部が全部えり子の家みたいな良い関係を築けるわけじゃないからね。ひどい所はえり子の想像を超えるくらいひどいんだよ。それにえり子の家がそうだって言うんじゃないけど、何の問題もなかった家族がほんの些細なきっかけで簡単に崩壊してしまうという事も珍しくないだろ? それならいっそのこと、最初から家族という形態なんか無い方がいいんじゃないかな?」
「それは違うよ。だってどんなものでも、永久に良い状態が続くという事はまずありえないじゃん? だからと言って、最初から無い方が良いという事にはならないでしょ? 壮太が今言った事を突き詰めて行ったら、人間なんてどうせいつかは死ぬんだから、いっそ生まれて来ない方がいいっていう結論になっちゃうよ」
これ以上議論するのが馬鹿らしくなってきた。
「とにかく壮太が結婚したくないっていう事は、よぉーくわかった」
私は不快感をはっきりと顔に出した。
「でも私、結婚してとか、一言も言ってないんだけど」
「うん、そうだね」
壮太はちょっと鼻白んだ。
「ごめん。でも普通、女の子ってみんな結婚願望あるだろ?」
「そりゃいずれはしたいと思ってるけど、別に今すぐにって焦ってるわけじゃないし」
実際二十七歳の誕生日が目前だったが、私の結婚願望はさほど強くなかったのだ。
「壮太はエッチした後、いつも結婚の話をするの?」
「いや、オレ、プロフェッショナル以外としたのは今回が初めてだから」
またとんでもない事を言い出した。
「っていう事は、いつもプロの人を相手にしてたの?」
「うん・・・まあね」
言葉が出なかった。
壮太ほど風俗の似合わない男はいない。
信じられなかった。
あんまりびっくりして、私は金魚のように口をぱくぱくさせてしまった。
「呆れてる?」
壮太は顔色を伺うように私を見た。
私は乱れた呼吸を整えながら
「ううん。ちょっとびっくりしただけ」
と答えた。
「そんなしょっちゅうじゃないよ。せいぜい年に数回」
「どうでもいいよ。月に数回でも、週に数回でも」
私は投げやりに言った。
カノジョでも奥さんでもない私にそんな事を言う必要はない。
壮太は
「ホントにたまにしか行かないって」
とせつなそうに言った。
メガネをかけていない可愛い目が訴えるように私を見ていた。
私だって、全くの未経験というわけじゃない。
男性の生理も多少はわかる。
そんな事聞ける相手がいないので確かめようがないが、健康な男子なら誰でも風俗くらい行っているのかも知れない。
だからどうって事ない、のだ…
私はそう思う事に決め、何事もなかったように
「コーヒー飲む?」
と聞いた。
壮太はホッとしたように笑って
「うん」
と答えた。
この笑顔に私は弱いのだった。