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  作者: たかはしえりか
21/55

20

雨の音で目が覚めた。

もう十時近かった。

壮太はと見ると、上半身を起こして両手で頭を抱え、顔が胸にくっつきそうな勢いで俯いていた。

表情は見えなかったが、いかにも後悔している感じだった。

「どうしたの?」

と声をかけてみると、壮太は顔を隠したままで

「自己嫌悪」

と答えた。

酔った勢いでエッチをしてしまった後、自己嫌悪に陥る男性は(女性も)少なくないと思うが、相手からそれをはっきり口に出して言われるという経験はそう出来るものではない。 

あまりにも正直すぎて、ちょっと笑ってしまった。

自己憐憫と自嘲と自虐が混ざった複雑な笑いだった。

「軽蔑してる?」

壮太は顔をあげて聞いた。

「ううん。別に」

「良かった」

壮太は安心したように息を吐き

「ごめんな」

と言った。

謝られると悲しくなった。

私が黙っていると、壮太は

「オレ、誰とも結婚する気ないんだ」

と言った。

いきなりそんな言葉が出て来て驚いた。

私が結婚を迫ると思ったのだろうか?

ますます悲しくなった。

泣いて困らせてやろうと思ったが、涙は出て来なかった。

「えり子がどうって言うんじゃなくて、オレ、結婚という制度自体に疑問があるんだ。親の事があって・・・」

壮太の声は暗く沈み、いつも以上にこもって聞き取りづらかった。


一人っ子どうしだった壮太の両親は付き合い始めた当初から交際を反対されていた。

父親は大学の研究室に就職したばかり、母親は就職活動中の大学生だった。

二人の気持ちは障害の多さに比例して激しく燃え上がり、ほどなくして一緒に暮らし始めた。

でも一気に燃え上がった分、冷めるのも早く、徐々に心がすれ違うようになっていった。

お互いの頭の中に別れがよぎり始めた頃に妊娠がわかった。

母親は元々身体が弱く、下手におろすと二度と子供が生めなくなるかも知れないと医者に言われた為、両家で話し合いが持たれ、二人は結婚する事になった。

母親は妊娠中から体調が悪く、壮太が生まれてからは殆ど寝たきりだった。

母親は壮太を連れて実家に戻った。

最初の頃、父親は時々壮太たちに会いに来たが、やがて外に愛人が出来、壮太が物心つく頃にはもう全く寄りつかなくなっていた。

離婚の話が何度も出たが、母親が頑なに拒んだ。

壮太が五歳の時に母親が亡くなった。

四十九日法要の日、父親の家の前に赤い軽自動車が止まっていた。

祖母と壮太の乗った車が門の外に出た直後、その車が中に入って行った。

父親の愛人、あの継母だった。

それを見た祖母が泣き出し、わけがわからなかったが壮太も一緒に泣いた。

祖母と二人きりの暮らしの中で、壮太は母親が若くして亡くなったのは父親との不幸な結婚のせいだと言われて育った。

その祖母が亡くなった後、壮太は父方の祖父宅に引き取られ、祖父との生活が始まった。

そこでは両親の結婚から別居に至る経緯を、母親を悪者にして聞かされた。

そうして壮太は結婚に対して否定的な考えを持つようになった・・・


「よく紙切れ一枚って言うけど、そんなもので人の気持ちを縛る事は出来ないだろ? 社会通念とか貞操観念とか、それよりもっと単純な良心とか諦めみたいなもので感情をセーブして、どうにか形式上の結婚を維持してる夫婦が殆どなんじゃないかな?」

その当時はまだ事実婚とかフランス婚という言葉は殆ど認知されておらず、結婚イコール入籍というイメージが強かった。

「タケルだって今は幸せいっぱいだろうけど、その状態が永遠に続くわけじゃないと思うんだ。子は(かすがい)っていう言葉知ってるだろ?」

「うん。子供が夫婦を繋ぎとめるっていう意味でしょ?」

「そう。それもあり得ないわけじゃないだろうけど、どこか無理がある気がしないか? 気持ちの離れた夫婦が子供の為に離婚を思いとどまったり、先に延ばしたりしなきゃいけないっていうのはおかしいよ。子供をきちんと育てあげる事は、結婚という制度の最も重要な目的だと思うけど、実の父親と母親が必ずしも保護者に適しているとは限らないしね。それぞれ単体で見れば何の問題もないのに、結婚という制度の中で夫婦とか親っていう結合体になった途端、悪い方向に化学変化する場合もあるよな? だからその制度も結合体もない状態が、究極に理想的な子育て環境だと思うんだ」

壮太はいつもの彼らしからぬ固い言葉で熱弁をふるっていたが、非現実的過ぎて全く説得力がなく、突っ込みどころがいっぱいあった。

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