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  作者: たかはしえりか
16/55

15

鳥取に着くとすぐに壮太の実家までタクシーを飛ばした。

「ちょっと待ってて」

壮太は私を車内に残して、灯りの漏れている家に向かって歩いて行った。

車の音が聞こえたようで、壮太が玄関に着く前にガラスの引き戸が開いて、背の高い男性が出て来た。

そして、壮太と二言三言話したかと思うと、すぐに引っ込み、まもなく玄関の明かりが消えた。

壮太は車に乗り込むとドライバーに行き先変更を告げた。

「どうしたの?」

「こっちじゃなかった」

「え?」

「葬祭場に居るんだって」

「そうなんだ。今出て来たのは親戚の人?」

「いや、一応、兄」

「お兄さん?」

「親父の再婚相手の息子。同い年だけど、向こうの方が少し早く生まれてるから兄って事になってる。イヤな奴だよ」

壮太はちょっと投げやりな早口でそう言った後、口をつぐんだ。

私はそれ以上聞かず、そっと壮太の背中を撫でた。

三十分ほどで葬祭場に着いた。

今度は私も一緒に車を降りた。

受付で地下の一番奥の安置室を案内され、階段を降りた。

ドアを空けると、お線香の香りがした。

壮太の父親は照明を抑えた狭い部屋の中央に置かれたベッドに嵩小さく横たわっていた。

黒っぽいセーター姿のおばあさんが立ち上がって私たちを迎えた。

「須田さんの息子さんですか?」 

壮太が頷くと彼女は

「どうぞお顔を見てあげて下さい」

と言い、父親の顔にかけられた布をそっとめくった。

私は入り口付近で立ち止まったまま動けなくなっていた壮太を促して、一緒にベッドに近づき、初めて会う壮太の父親に手を合わせた。

上品な老紳士という印象だった。

五十四歳という年齢より上に見えるのは髪のせいだと思った。

恐らく闘病生活の中で、白くなってしまったのだろう。

壮太は知らない人を見るような目で呆然と父親を見つめていた。

「須田さん、東京から息子さんが来てくれましたよ。よかったですね」

おばあさんはそう言って洟をすすった。

「申し遅れました。私、家政婦協会から派遣されて、昨年末から付き添わせて頂いておりました中嶋と申します。今夜はご家族の方がいらっしゃれないとの事でしたので、こちらへもご一緒させて頂きました」

壮太は驚きに諦めが混ざったようなタメ息をついた。

実の父親が一年近く前から入院していたのに、何も知らされていなかったのだ。

「発見が遅かった事もあって、短い期間に二度も手術を受けたんですよ」

中嶋さんは気の毒そうに壮太を見た。

「弁護士さんから連絡があったんですか?」

壮太は無言で頷いた。

「お父様は夏に二度目の手術を受けられた後、覚悟をお決めになったようで、病院へ弁護士さんをお呼びになったんです。私はその時に初めてもう一人息子さんがいらっしゃる事を伺いました。それからは事ある毎にあなたのお話をされていましたよ。自慢の息子だって。奥様のいらっしゃる時には絶対仰いませんでしたけど・・・」

中嶋さんはまだ話したそうにしていたが、壮太が何も言わないので、私たちに椅子を勧め

「私はこれで失礼しますね」

とお辞儀をして出て行った。

私は改めて壮太の父親の顔を見た。

輪郭と鼻の形が壮太とそっくりだと思った。

苦しそうな表情じゃないのが救いだった。

私はもう一度手を合わせた。

壮太は

「父さん・・・」

と小さく呼びかけた。

涙はなかったが、とても悲しそうだった。

私たちは殆ど言葉を交わさず、お線香が絶えないように番をしながら一夜を過ごした。

翌朝、壮太の継母が顔を出した。

壮太の父親よりかなり若く美人だが、異常なくらいの威圧感があった。

「あら、中嶋さんにお願いしておいたんだけど、帰ったの?」

トゲを含んだ声でいきなりそう言われた。

壮太とは恐らく何年かぶりの再会だった筈なのに、挨拶の一つもなかった。

壮太も固い表情でハイと答えただけだった。

「そちらは? お友達?」

そう言って継母は刺すような視線を私に向けた。

私は戸惑いながらも、とりあえず会釈した。

目力に圧倒されていた。

彼女は私を上から下までジロジロ見た後、壮太を見て

「後はこちらでするから、もういいわよ」

と言い、ドアの方に向けて顎をしゃくった。

私たちは何も言えず、部屋を出た。

「ごめん」

葬祭場の外に出るなり、壮太が謝った。

「びっくりしただろ?」

「うん。ちょっとね」

「ホントにごめん」

「いいって。それよりお腹空いた」

「そうだな。とりあえず何か食べに行こう」

壮太は少しだけ笑って、私の肩を軽く押した。

普段の壮太に近い柔らかな笑顔だった。



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