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私はその時初めて壮太の父親の存在を知った。
祖父母の話しか聞いていなかったので、親はいないと思い込んでいたのだ。
何と言っていいかわからず、でも黙っている事も出来なくて
「いつ?」
と聞くと
「さっき。家を出る直前に電話が鳴って、えり子かと思って出たら鳥取からだったんだ」
と低い声で答えた。
「脳腫瘍だってさ。突然だったからびっくりしたよ」
「そう」
「ごめんな。最終戦だったのに」
「いいよ。そんなの。場合が場合だもん」
「さすがにショック受けたよ。たった一人の肉親だったから」
私はまた何も言えなくなってしまった。
それから暫くの間、二人とも何も言わずに座っていた。
時計が四時を指したので、私は立ち上がって
「壮太、そろそろ準備しよう」
と言った。
でも壮太は動こうとしなかった。
「ショックなのはわかるけど、今日中に着かなきゃいけないから。ね、支度しよう」
「う・・・ん、オレ、やっぱり行かなきゃダメかな?」
とんでもない事を言い出すのでびっくりしてしまった。
「あたりまえじゃない?」
「だけど、おれ、葬式用の服とか持ってないし・・・」
「そんなの、どうにでもなるよ」
「どうにもならなかったら? それにオレが行ったってしょうがないよ。もう死んでしまったんだから」
そう言って壮太は拗ねたように膝を抱えた。
喪服の事は言い訳に過ぎず、鳥取へ帰るのがいやなのだ。
でも事情はどうあれ父親なのだから、最後のお別れをきちんとしておかないと、後で悔やむ事になるに違いない。
だから何としても壮太を行かせなければと思った。
「電話借りるね」
私は子機を持って外の廊下に出て航空会社の番号を調べ、鳥取行きの出発時刻と空席を確認した後、自宅に電話をかけた。
幸い母が出たので状況を説明し、羽田まで二人分の喪服を持って来てほしいと頼んだ。
壮太と一緒に鳥取へ行くと言っても母は反対しなかった。
それから壮太を急き立てて支度をさせた。
就職活動時に買った濃紺のスーツに身を包んだ壮太は口の中でモゴモゴと
「オレ一人で大丈夫だよ」
と言ったが、その目はいかにも心細げで、実は私がついて行く事を強く望んでいるように思えた。
羽田に着くと、母が先に来て待っていた。
荷物の中には香典と喪服の他に、紺の地味なワンピースと黒いエプロンも入っていた。
航空券は先に買っておいてくれた。
あまり時間がなかった事もあり話は殆ど出来ず、慌しく搭乗口に入った。
ロビーの方を振り返ると、心配そうに見送る母の姿が見えたのでバイバイと手を振った。
母は困ったような微笑を浮かべて頷いた。