1章-9
9話「第1章9話」
[結構前のあらすじ]
こんばんは、リンです。
農園を経営する悪い人から近所の洞窟の異変の調査に向かった私たち。
テスの案内で順調に進んで行ったんだけど、途中からスライムが出てきて、これは準備し直してリトライしようぜってなった。
その途中でルーネイトがテスを助け出すんだーって聞かなくて、結局テスを農園の呪縛から解き放つことになったわけよ。
まったくもう、いつも感情を前面に行動するんだから!
でもまあ、ルーネイトが言わなくても私が言ってたかもね。
そのあと、アローワークと農園とに移動してね、ノルドがうまいことやってテスを解放できた。
それで、みんなで定規で遊んでいる内に手続きとかが終わって、テスが私たちと同じくワーカーになりたいって言うから、流れでうちのパーティに加わったよ。
そんなわけで私が訓練の手伝いをすることになったよ。
テスは特に才能が良くも悪くもなかったけど、凄い頑張ったから一応戦力になるくらいにはなったよ。もちろん私に比べればまだまだだけどね!
今回はそこから2話…かな?よく分かんないけどそのぐらい進んだ後の話だよ!
シーフが賢者に判断を仰ぐ。
「それでこの宝箱、開ける?」
賢者は少し考えた後で答える。
「もちろん開ける。こういう洞窟の宝箱は危険なものは滅多に無いからね。
それに、たしかシーフは危ない宝箱かを見分ける能力があったと思うが、違うか?」
シーフは軽くうなずく。
「そうだねぇ。ただ、洞窟のレベル以上の熟練を積んでないと分からないけどね。
今回はレベルが足りてるから平気。これは大丈夫な宝箱だよ。」
黒魔術師が尋ねる。
「シーフって色々能力があるんだね。
他にどんな能力があるの?」
狩人が答える。
「バックアタックの事前検知、気配遮断、鍵開け、宝箱を含む罠の探知と解除、それと素早さの補正が大きく入る。」
黒魔術師が感心する。
「へぇ。凄いね。それにしても気付かれにくく移動したり鍵を開けたり罠を解除したり、なんだか泥棒みたいだね。」
全員に気まずい空気が流れる。
なにかまずいことを言ったと悟った黒魔術師は慌てて謝罪する。
「ご、ごめんなさい。言うべきじゃなかった。」
シーフは宝箱を解錠しながら答える。
「別にいいんだ。実際にそういう連中も少なからず、いるから。
実際に、パーティを組んだ仲間から盗みを働いた、なんてのも聞いたことがある。
だから、どのパーティーもシーフはパーティに入れたがらないんだ。
必然的にソロ活動を余儀なくされるって人も多いし、臨時で組んでもなんだかんだ理由を付けて分け前を減らされたりする。」
シーフは宝箱を開け終わりメンバーの方に向き直る。
「シーフが弱い立場にあることを理由に、いや、それを言い訳に、徒党を組んで盗賊行為を行使する集団がいる。」
ナイトが呟くように応じる。
「『月夜の明星』か。」
シーフがうなずく。
「そう。月夜の明星。
あの連中が暴れ回っているせいで、一向にシーフの立場は向上しない。
私はね、あの盗賊団を潰すことを目標としているんだ。
メンバーを捕らえて警察に引き渡すこと、そして、私自身がソロで実績を上げることで、シーフが単独でも十分やれるんだ、ということを示して構成員を悪の道から手を引かせることを目指して活動している。」
シーフは冗談気味に付け加える。
「ついでに、色々おいしいものを食べたい。」
狩人が少しからかうように応じる。
「本当にそっちがついでなのか?」
シーフは微笑む。
「フフフ…違うかも。」
シーフが宝箱から中身を取り出す。
「安物のナイフと、なんか変な木彫りのガラクタ。」
賢者がすかさず突っ込む。
「安物は余計だろ!」
ナイトがナイフを見る。
「売値は300円位だな。」
賢者がすかさず突っ込む。
「本当に安物じゃねーか!」
黒魔術師が木彫りの物体を手に取る。
物体は扁平な丸い板に細長い板が接着されたなんだか分からない形状をしていた。
「これは農園で働いている魔族の、グッピーイグチが大切にしてた像だよ。」
賢者がすかさず突っ込む。
「なんだその名前。芸人か!」
黒魔術師は続ける。
「なんでも、両親から貰ったプレゼントのうち唯一手元に残っている思い出の品だって事あるごとに自慢してた。
キリンの像なんだって。」
一同に衝撃が走る。
「えっ、キリン!?」「キリン?」「嘘だろ?」「キリン…?」「うーん…。」「キリン??これが?」
忍者が賢者に問いかける。
「さて、この宝箱の中身をどうする?
→①汚いから燃やして捨ててしまえ
②形見だから農園主に届けてあげよう」
賢者がすかさず突っ込む。
「その矢印、どう発音しているんだよ!
あと、昔のRPG作品みたいな、選択肢の文言見るだけでどれが正解か分かるやつやめろ!」
賢者はひと呼吸おいてから答える。
「…持って帰ろう。」
全員が軽くうなずく。
シーフが賢者に宝箱にあったナイフを差し出す。
「はい。ナイフをどうぞ。」
賢者がシーフに確認する。
「売値の半分を渡せばいいかい?」
シーフが即座に否定する。
「いや、いいよ。私はシーフだよ。シーフなんかに気を使わなくてもいいんだよ。」
賢者は不機嫌そうに突っぱねる。
「ダメだ。お前はそういう格差を無くしたいんだろう?だったら譲っちゃダメだ。
私たちには格差なんか存在しない。対等だ。
売値の半分を支払うよ。」
シーフは申し訳なさそうに答える。
「分かった。ありがとう。
でも、私を本当に対等だと見てくれるのであれば…。
分け前は1/7にして欲しい。」
賢者は少し驚きつつも了承する。
「分かったよ。細かいことを気にするんだな。」
「私にとっては大切なことだよ。」
黒魔術師が小声で人数を数える。
「1…2…3…よし、数えられてる。」
忍者が黒魔術師の肩に手を置く。
「自分がカウントされているか確かめたのか。細かいことを気にするんだな。」
「細かくないよ!
…細かくない、よね?」
一行は次のフロアに向かうとそのまま順調に次々とフロアを踏破していき、最後のフロアのスライムを全滅させ最深部の目の前までたどり着く。
フロアの奥には施錠された大きな鉄製の扉が鎮座している。
白魔術師が扉を指さす。
「あそこに扉があるよ!」
賢者がすかさず突っ込む。
「見りゃ分かるだろ。」
ナイトが鉄製の扉に触れる。
「違う!この扉は鉄製じゃない。
合金…ステンレスだ!」
賢者がすかさず突っ込む。
「地の文に突っ込むのやめろ!扉の材質とかどうでもいいんだよ!」
シーフが鍵に手をかける。
「引き返す道は無し。負ければこの奥のモンスターが外に放たれバイオハザード、勝てば危ない研究が再開、か。
賢者のパーティの仕事って感じだねぇ。」
黒魔術師が疑問を投げかける。
「前々から思ってたんだけど、賢者ってどんなジョブなの?
初期選択できないジョブだよね?」
狩人が答える。
「今まで事あるごとにジョブの特性を説明してきたけど、主要なジョブはこれが最後だ。
ストーリー的にはシーフが一番大事だから、覚えてないようなら今話の冒頭をよく読み返しておいてくれ。」
「えっと、うん…?」
「だが、世界観的には賢者のことは大事だからよく覚えておいてくれ。」
「えっと、うん…?」
狩人は説明を始める。
「賢者ってのは、魔法2系統でレベル5以上の魔法が使えると自動的になることがジョブだ。
白魔法、黒魔法、時空魔法、召喚魔法から2つだ。
ちなみにそこにいるおかしな奴は時空がマスターという変人で白魔法のレベル5の魔法が1つだったか2つだったかを使える珍しいおかしな奴だ。」
賢者がすかさず突っ込む。
「おかしな、は余計だろ。」
黒魔術師が尋ねる。
「時空魔法が使えるのってそんなに珍しいの?」
なぜか忍者が答える。
「時空魔法をマスターした変態は歴史上ひとりしかいないからな。」
黒魔術師が更に尋ねる。
「その1人って誰なの?」
皆が賢者の方に視線を送る。
黒魔術師は小さく、おお、と驚きの声を上げる。
白魔術師が補足する。
「高位の魔法って覚えるのが大変なんだよ。あんただってレベル2の魔法を覚えようとしたけど短期間ではとても無理だってことで見送ったでしょ?
上位ほどさらにキツくなるし、ましてや自分のジョブ以外の系統の魔法でもレベル5を覚えなきゃいけないんだから賢者はだいたい変人だよ!」
賢者がすかさず突っ込む。
「誰が変人だ!…まあ、2系統に手を出すのは珍しいってのは否定はしきれないけど。」
狩人が説明を続ける。
「ジョブの特性としては、初見の魔法でも相手が唱えようとした段階でどんな効果か見破れる、って能力だ。」
黒魔術師が感心する。
「へぇ、そうなんだ。便利…なのかはよく分からないけど凄いね。
他には?」
賢者が遮るように答える。
「それだけだ。他には何もないよ。」
ナイトが付け加える。
「能力としては、な。」
狩人が説明する。
「ここからは迷信、といっても統計的には有意な違いが出ているから、科学的には、と言った方がいいかな。
賢者のパーティは歴史上の事件の起点、分岐点、終点などの節目に絡む率が異常に高い。
本人の意思や性格に関係無く、な。
運命とか星の下に産まれているとか、言い方は様々だな。」
賢者が付け加える。
「そういう言い方をするとなんだか自分の意思ではなく誰かに操られて生きているみたいに感じる人もいるから避けて欲しいものだな。
あくまでもそういう人がいるってだけだ。
私がそうだとは言ってはいない。
私がそうだとは言ってはいない。」
黒魔術師が突っ込む。
「なんで2回言ったの?」
ナイトが説明を引き継ぐ。
「人により良い事件に絡んだり悪いことに絡んだり様々だが、どちらに関わるかは本人の性質には無関係だ。
性格は最低のクズだったが命と引き換えに国、いや世界を救った賢者もいるし、聖人のような人間だったが洞窟からヤバい病原体を持ち帰り未曾有の被害をもたらした賢者もいる。
一般的にはこんな感じだな。とりあえはこの位を押さえておけばいいだろう。」
賢者はそんなことには関心が無いかのように狩人に確認する。
「この奥には何がいる?」
狩人が答える。
「でっかいスライムだ。
名前は、No.58ムソク。
動植物を吸収し大きくなる。
ダメージを受けたりMPを消費する行動を取るとその分小さくなる。
弱点の属性は不定。
一定周期で色が変わるらしい。おそらく弱点属性と連動しているのだろう。」
ナイトが尋ねる。
「その人名っぽいコードネームは何だ?」
「…聞きたいか?」
「…いいや、いい。」
忍者が作戦を伝える。
「敵は動きが遅いスライムだ。基本的には速攻で倒す。
リン以外の前列はリンの道を塞ぐ敵がいれば排除。
リンはボス本体に開幕で全力で叩き込め。
その後はボスの攻撃を凌ぎ続けてMP切れを待つ。
スキがあればもう1発叩き込んで終わりだ。
最初の一撃でどの位削れるかにかかっている。
最初に与えられるダメージが少なければ少ないほど厳しい戦いになる。」
ナイトが謎のスプレー缶を取り出す。
「いざとなれば、昨日錬金したこのスライム避けスプレーを使うけど、3回分しかないから過度の期待はしないでくれ。」
全員の頭に疑問符が浮かぶ。
沈黙を破るように白魔術師が尋ねる。
「…何それ?」
ナイトは驚いたような反応をする。
「えっ!?知らないのか?
使用後250歩ほどの間スライムが寄り付かなくなる、このスライム避けスプレーを!!」
賢者がすかさず突っ込む。
「なんで効果が切れる判定がゲームチックなんだよ!
250歩で切れるって何だよ。ポ○モンのゴールドスプレーか!」
シーフが扉にかけられた錠前に手をかける。
「そろそろ解錠するよ。準備はいいかい?」
全員がうなずく。
シーフが解錠作業に入ると忍者が賢者に尋ねる。
「最後に聞いておく。
この戦いの結末はどれだ?
→①敗れて大規模モンスターハザード
②勝利するが危ない研究が解禁されさらに危険に
③勝利してその後もうまいことやって大勝利」
賢者がすかさず突っ込む。
「だから、その矢印の所どう発音してるんだよ!
それと、正解なんて分からんだろ。今後の我々の動き次第なんだから。」
忍者が答えを予測していたかのように間を空けずに続けて話す。
「そう、我々次第だ。
ここまで歩んだ道のりもこれからの未来も決して何か大きな存在に導かれた訳じゃない。
さて、改めてもう一度問おう。
今回の仕事の結末はどうなるんだ? 」
賢者は意表をつかれた様子だったが落ち着いて答える。
「そうだな…この戦いで絶対に勝つ。
そして、今回の仕事の報酬の一部は、アローワークに援助という名目で握らせる。
客にティーバッグを2番煎じで出さなきゃいけないほど困窮しているアローワークに渡して恩を売るってことだ。
見返りと言ってはなんだが、彼らには情報を集めてもらう。
悪く言えば、買収だな。
そして我々は当初の計画通り国外に渡り、情報を集める。
期せずして巻き込まれたこの一連の事件。知りたくもなかった裏の事情を知ったからには、都合よく利用されたり身に覚えのない責任を押し付けられたりしかねない。
そのために、情報を集め事態の真相を把握して、うまく立ち回れるようにしたい。出来ることなら我々も交渉カードを手にしておきたいところだがな。
今回の仕事は、事件解決のための情報収集の第一歩だ。絶対に成功させて全員無事で帰ろう!」
シーフが呟く。
「私の分の報酬も…。」
賢者が慌てて否定する。
「サニアの分までは使わないよ。」
シーフが首を横に振る。
「そうじゃなくて、私の分も使って欲しい。
さっき対等に扱ってくれるって言ったよね?」
「そうか…ありがとう。」
その後、しばらく沈黙が支配する。
白魔術師が沈黙を破って声を上げる。
「この謎の間は何?」
ナイトが答える。
「そりゃ解錠待ちだろ。」
シーフが驚いたように答える。
「えっ、解錠は数秒で終わってるけど何か話が盛り上がってたから待ってた。話が終われば突入の号令があるのかと思ったけど…。」
黒魔術師が問う。
「じゃあ、どうするの?」
忍者が驚く。
「テス、いたのか。全然しゃべらなかったから気づかなかった。」
「おおう。ちょっと油断するとすぐこれだ…。」
「さて、みんな準備はいいかい?」
賢者が声をかける。
忍者が狩人に確認する。
「敵は部屋のどの位置にいる?」
「正面中央奥だな。こちらに気づいて雑魚スライムを正面を重点的に配置している。
その他の場所も満遍なく雑魚スライムがいる。」
忍者が悔しがる。
「くそっ、気づかれていたか。」
ナイトが呟く。
「あんだけ長々と話し込んでりゃ、そりゃそうだろうよ。」
忍者が改めて指示を出す。
「作戦を少しアレンジする。
前列組は概ねさっきの通りだが正面突破は避けて右から弧を描くように進もう。
その他のメンバーはどこか一定の領域の敵を全排除して安全地帯を確保。
ただし、壁沿いや入り口付近は魔法陣がいっぱいあるかもしれないから避けた方がいいだろう。
入って右前方5m位の場所にしようか。」
忍者は一呼吸おくと、続ける。
「カウントダウンは、ざせつ、ゆうき、のばら、でいく。」
賢者がすかさず突っ込む。
「なんでF○6の合言葉イベントの選択肢なんだよ!誰に通じるんだそのネタ。普通に3、2、1にしろ!」
忍者はメンバーを見渡す。
「ここから先はしばらくボケにくい展開が予想される。これが最後だ。
やり残したことがある人はいるか?」
全員の準備が整ったのを確認すると、忍者は静かに息を吸い込む。
「さーん。」
白魔術師はドアノブに手をかけ体を少し前に倒し体重をかける。
その様子を見たシーフが声をかける。
「リン、一応分かってるとは思うけどそのドアこっちからだと押すんじゃなくて引いて開けるからね。
ちゃんとドアノブの上に『PULL』って書いてあるし。」
「も、もも、もちろん分かってるよ。こんな場面で天然ボケをかますわけないでしょ!」
白魔術師は体を少し後ろに引く。
「にー。」
忍者のカウントダウンが進むと、シーフは武器に炎と冷気を発動させ、ナイトは武器を前に構える。
「いーち。」
あたりを静寂が支配する。
忍者は大きく息を吸い込み一瞬目を閉じると、目を見開き手を叩くと同時に叫ぶ。
「突入!」
白魔術師が勢いよく扉を引くと、シーフが隙間から潜り込むように部屋に侵入する。
後を追うようにメンバーたちが部屋に入っていく。
部屋はこれまでになく巨大で、縦横は30m四方、天井の高さも10mほどある。
部屋の奥には、巨大なスライムが鎮座している。
巨大なスライムの高さは天井に届きそうなほどで、洞窟の主であることは明白である。
その周りには大量の小さな、と言っても50cmほどの大きさはあるが、小さなスライムたちが1m四方に2匹程度の密度でところ狭しとひしめき合っている。
作戦通りシーフがスライムを蹴散らし道を切り開いて行く。
敵の数が多く、それほどの速度は出せなかったが止まること無く順調に歩を進めていく。
だが、ボスの本体まで5mほどの所で立ち止まる。
「水溜まりだよ!これ以上近づけない。どうすればいい!?」
すぐ後ろを進んできていた白魔術師が不思議そうに答える。
「濡れることなんか気にしないで入ればいいじゃない。」
そう言うと白魔術師は水溜まりに踏み出そうとするが、側にいたナイトが大きな声で呼び止める。
「やめろ!この洞窟の水は危険だってこと忘れたのか!」
白魔術師は足を止める。
「じゃあ、どうするの?」
徐々に周りをスライムたちが囲んでいく。
立ち尽くす3人に忍者が声をかける。
「何をやってる!ダメそうならこっちに来て拠点作りに手を貸してくれ。」
3人はスライムを蹴散らしながら他のメンバーのもとにたどり着くと、忍者たちと協力し近くのスライムを倒していく。
どうにかして拠点となる半径3mほどのスライムがいない地帯を確保すると、拠点を守るように外向きにバラけて配置する。
忍者が指示を出す。
「前列組は外から迫ってくるスライムを排除。壁側は私がやる。魔法陣で移動途中の奴はコアが攻撃しやすいから私でも手早く対応できる。
テスは天井にいる相手の対応。お前しか攻撃できないから頼りにしている。もっとも、天井から出てくる奴がいればだけどな。
地面、つまりここの内側に呼び出される奴がいれば私がやる。もっとも、今まで地面から出てきた奴は一匹もいないけどな。」
賢者が戻ってきた3人に確認する。
「何があった?」
ナイトが迫ってくるスライムの相手をしながら答える。
「奴の周りが水溜まりに、いや、違うな。
奴はレイジュの液でできた小さな池の中にいる。
毒の水のバリケードに阻まれて近づくことができなかった。」
賢者が残念そうに答える。
「そうか…。」
狩人が忍者に尋ねる。
「奴のコアはどこにある?」
「奴の中心の地面、いや水面から40cm位のやや右奥のあたりだ。
ちょっとずつ動いているし、表面から遠い。狙うのは無理だと思うぜ。」
狩人は言われた付近を注視する。
「ああ、あれか。たしかに今は狙えないな。
まあ、チャンスが来るまで粘り強く待つさ。」
黒魔術師が賢者に確認する。
「これってどういう状況?」
賢者は周りを一周見渡す。
どの方面もギリギリ敵の侵攻を防ぐのに手一杯になっている。
「今の状況か…一言で言うなら、考え得る限り最悪の出だしだな。」
ナイトがスコップのような武器でスライムを掘るように倒しながらぼやく。
「このままずっとこれか。正直きついぜ。
まるで土木作業を休み無くやらされなきゃいけない気分だぜ。」
白魔術師が魔力を込めた武器を振り目の前のスライムたちを消し飛ばしながら応じる。
「そんなこと言っても仕方ないでしょ。
あと先に言っておくけど私は長期戦向けじゃないから1時間も持たないからね。」
シーフがぼやく。
「そうやって先に弱音を吐かれると、泣き言を言い出しづらいなあ。」
メンバーの愚痴を聞いてかなのか、賢者が黙ったまま何か魔法を発動する準備をする。
それに気づいた忍者が声をかける。
「まだ出番には早いぜ。」
賢者は魔法の準備を続けながら答える。
「そうか。出番が来ているように見えるがな。」
そう言うと賢者は魔法を発動する。
発動直後は何も起こっていないかのようだったが、数秒したくらいから、徐々にスライムが部屋の奥の方へと流されるかのように移動していく。
「床の摩擦を減らして重力の向きを少し傾けてやった。」
賢者は続けて話す。
「魔道士ってのは魔法を使うためにいるんだぜ。後方待機させておくのが許されるのは余裕がある時だけだ。」
周りのメンバーが疲れもあり黙っている中、賢者は更に話を続ける。
「でもまあ、手が空いていた分気づいたこともある。
時空魔法はMP消費が激しいからあまり持続させなくない。手短に話す。質問は無しだ。」
忍者は話を黙って聞いていたが、壁の魔法陣からスライムに気づき手早く倒す。
賢者は魔法陣のあった場所に視線をやる。
「レスター、今魔法陣が出ていたところを少し掘ってくれ。理由は後だ。」
ナイトが不思議そうにしながらも穴を掘ると、ほどなくしてそこに魔法陣が描かれ始めたが、途中で消滅してしまう。
賢者は淡々と話す。
「今見て分かったかもしれないが、魔法陣の設置には、一定の広さの平らな平面が必要だ。
手彫り感満載のこの洞窟の天井にはそんな綺麗な平面になっている場所はほとんど無いし、壁だって何かを置いていた場所とか特殊な場所以外は綺麗な平面なんてそうそう無い。
でこぼこで小石だらけの床もほぼ安全と見ていい。
研究に使用されていたであろうこの部屋の奥の方の領域、扉設置のために綺麗にされていた出入口付近ぐらいしか魔法陣に適した場所は無い。」
賢者は一呼吸置く。
「出入口付近からはスライムの供給は行われていなかった。
例によって出入口付近はトラップ型の魔法陣が敷き詰められているこらこれ以上の魔法陣を敷設できないのだろう。
さてここからが本題だ。
出入口の平らな所を潰せば前のフロアに戻れる。
戻って扉を閉めれば、モンスターを洞窟から解放することなく一時退却できるってわけだ。」
白魔術師が申し訳なさそうに手を少しあげる。
「あの…ごめん。さっき部屋に入るときにあの扉、勢いよく開けすぎて、壊しちゃった。」
賢者は2度3度うなずく。
「なるほど、そうかそうか…。
みんな、厳しい戦いだが頑張ろう!」
賢者は何も無かったかのように落ち着いた様子で話し始める。
「さて、そろそろ魔法を解くよ。
奴らの速度からすればここまで戻ってくるのにまだ余裕はあるだろう。
ボスの攻略法は任せたよ、エリア。」
そう言うと賢者は魔法を解く。
忍者はナイトの方を向く。
「この前オーガの死骸を焼くのに使った名前の分からん剣はまだあるか?」
ナイトが答える。
「あるけど、名前が分からないって何だよ?」
忍者が考え事をしているかのような様子で答える。
「ここで使うことは初めから予定していたからなんかそれっぽい名前にしようかなと考えてたけど、なかなか思い付かなかったから伏せたままにしたような気がするんだが、うろ覚えだから読み返さないと分からん…。」
ナイトが納得する。
「なるほど、それなら仕方ない。」
今度は忍者がナイトに聞き返す。
「それで、武器の名前は何なんだ?」
ナイトが外人風に、両腕を広げ肘を曲げ手のひらを上に向け、肩を上げて首をすくめる。
「さあね。私にも分からない。理由はお前と全く一緒だよ。
適当に名前を考えてもいいけど、もし当時名前をつけていたら2重になるからな。」
忍者が納得する。
「それなら仕方ないな。」
賢者が我慢出来ずに突っ込む。
「お前ら、いい加減にしろ!
自分で書いた作品ぐらい頑張って読み返せよ!
ていうか、文章読むのが嫌いなのに、よくこんな投稿サイトに投稿をしようと思ったな!」
忍者は先程のやり取りが無かったかのようにナイトに尋ねる。
「『名前不明の剣』まだ持っているか?」
ナイトは収納から剣を取り出す。
「触れた者から魔力を吸って燃やさせる剣だろ?
もちろんあるが、どうするつもりだ?」
忍者は言いにくそうに切り出す。
「その、もしかしたらスライムに溶かされてしまうかもしれないんだが…。」
ナイトはすぐに剣を忍者に投げ渡す。
「言ってる場合かよ!」
忍者は剣を受けとると間髪いれず剣を巨大なスライムに投げつける。
投げつけられた剣はスライムの中に進入するとそのまま1mほど進むがスライムのゲル状の体から受ける抵抗により徐々に推進力を失っていき、動きを止める。
剣は動きを止めてから数秒は何も起こさなかったが、時間が経つにつれ段々と周辺に揺らめきを形成していき、ついにはスライムの体内で炎を発生させる。
忍者はメガネをしていないにも関わらずメガネの鼻の部分のツルの部分をクイッと上げる動作をする。
「ニヤリ。計画通り…。」
賢者がすかさず突っ込む。
「ニヤリとか口で言うな!」
「もう魔法を解いていいぜ。」
賢者は忍者からそう告げられると魔法を解く。
「あとは持久戦だな。剣の呪いで削りきるまでこっちは雑魚どもを防ぐだけ…。」
忍者の説明の途中でナイトが忍者を制止する。
「どうもそうはいかないかもしれないぜ。
見なよ。」
体の内側だけが炎上するという謎の状況になっているスライムの体内に埋まった名前の分からない武器をよく見ると、徐々に体表へと流されていた。
黒魔術師が指摘する。
「あのままだと外に出てダメージを与えられなくなっちゃうよ?
あの水溜まりの中に沈んだら回収は難しそうだし。」
白魔術師が忍者の方に振り返る。
「ノルドの魔法で押し返してもらうしかないんじゃないの?」
忍者は少し考え込んだあと、賢者の方に視線を送る。
賢者はふぅと息を吐く。
「分かったよ。やるよ。」
賢者がそう言うと、体表を押し流されていた剣の動きが止まる。
賢者はスライムの方を見たまま忍者に尋ねる。
「外に出ないようにしておけばいいか?」
忍者が首を横に振る。
「なるべくまん中に移動させてくれ。
炎に耐えかねてコアが剣が届くぐらい外側に逃げてくれたら、一気に勝負を決められるかもしれない。」
賢者はスライムの方を見たまま告げる。
「先に言っておく。
あの剣をコントロールするだけで手一杯だ。さっきみたいな手助けは出来ない。
もう仕切り直しは出来ないと思ってくれ。」
忍者が指示を出す。
「ここからは持久戦になる。
敵との戦闘領域を小さくするため部屋の隅に移動。
前列は3人体制で一定時間だ順番に交代。私も入って4人で回す。だいたい核を狙うコツは掴めたから大丈夫だ。
テスは遠方に弱点をつける奴がいたら倒してくれ。長期戦だから早さよりも無駄なく正確にな。」
忍者は部屋の隅の方に小走りで移動する。
白魔術師が愚痴をこぼしながらも後に続く。
「やれやれ。もうちょっと休みが欲しかったかな。」
ナイトが2人を追いかけながら白魔術師に声をかける。
「だったら最初のターンに休みに入るか?」
白魔術師は振り返らずに答える。
「悪いけどそうさせてもらおうかな。」
シーフは賢者に心配そうに尋ねる。
「リンは思ったより消耗してるみたいだけど、大丈夫かな?」
賢者がゆっくりと歩きながら答える。
「瞬発力が最大の売りだからな。今回みたいに力を出し続けて長時間戦えるタイプじゃない。一番先に音を上げるのは間違いないが、正直倒れられるとかなり厳しい。
サニアは大丈夫なのか?」
シーフは自信たっぷりに答える。
「さっき食べたばかりだからね!あと1時間は動けるよ。」
賢者が静かに突っ込む。
「お前の稼働時間はそこに依存するのか。
それでもって意外と耐久時間短いな。」
一行が配置に着くと、スライムの群れはあと数メートルの距離まで迫っていた。
忍者が賢者に声をかける。
「ノルド、その魔法は何分ぐらいもちそうなんだ?」
賢者はボスのスライムの方を見たまま答える。
「20分は間違いなくいけると思うが、それ以上となるとどうだろうな…。」
忍者は軽くうなずく。
「そうか。
念のため聞くが、昔ブラックホール的な物を作って広範囲の物を圧縮する魔法を使ったことあっただろ?あれは使えないのか?」
賢者は鼻で笑うと軽い口調で答える。
「ここにいる全員と洞窟の1割位を消失させていいなら出来るが、どうする?」
忍者は苦笑いする。
「やっぱりそうだよな。」
戦端が開かれようとしているとき、賢者が黒魔術師に告げる。
「テスも分かっているとは思うが、魔法を使っている間は集中力が削がれる。
連続使用している私よりは断続的に使用しているテスの方が幾分かマシだろう。
そこでひとつ頼みたい。」
黒魔術師はゴクリと唾を飲み込む。
賢者はスライムの方を見たまま続きを話す。
「この戦闘の間、テスに突っ込み役を任せたい。」
黒魔術師はすぐにはその言葉を飲み込めず聞き返す。
「えっと…どういうこと?」
賢者が言葉を重ねる。
「この戦闘の間、テスに突っ込み役を任せたい。私が手一杯だからな。」
黒魔術師は困惑する。
「そんなこと言われても…っていうか突っ込み役ってこの場面で必要?」
賢者はやや力強い口調で再び黒魔術師に依頼する。
「頼む、お前しかいないんだ!」
黒魔術師は、既に戦闘が再開している前線をチラチラ見ながら、困惑しながらも答える。
「ええと…分かったよ。うん、分かったやるよ…。
て言うかカメラはなんでずっとこっちを映しているのさ!前線で頑張っている方を撮ってあげてよ! 」
賢者は満足そうに微笑む。
「早速いい働きだ。」
黒魔術師は困惑する。
「今のは別に意識してやった訳じゃ…。」
前線では非番の白魔術師がスライムを見つめている。
「水を越えられないなら、遠距離攻撃すればいいじゃない。」
そう言うと白魔術師はコブシ大の石を拾う。
そして、拾った石を真上に投げ上げるとメイスを両手で水平にスイングする。
だがメイスは空を切り石は地面に落下する。
その様子を見ていた黒魔術師は賢者に尋ねる。
「今のはどう突っ込めばいいの?
コアの位置も把握できてないのに攻撃しようとして、しかも空振りしたよ?」
賢者は少し面倒くさそうに答える。
「今のは少し難しいから仕方ない。次頑張ればいいさ。」
黒魔術師は再び白魔術師の方に目をやる。
「今度こそ!」
白魔術師はそう言うともう一度石を投げ上げる。
そしてタイミングを見計らい全力でメイスを振り抜く。
すると今度はメイスが石をきれいに捉える。
白魔術師の全力をまともに受けた石は当然耐えられる訳もなく、粉々に砕け散る。
黒魔術師は賢者に助けを求める。
「どう突っ込めばいいの!?」
賢者はため息をつきながら答える。
「今のは無理だな。あれだけ完成度の高い天然ボケは私でも対処不能だ。」
しばらく膠着状態が続き再び全員に疲労の色が濃く出始める。
ナイトは収納から小さな丸薬のような物をいくつか取り出す。
その内のひとつを指でつまみ白魔術師に歩み寄る。
「MPを僅かだが回復する薬だ。飲むといい。」
白魔術師が息を切らせながら手を止めることなく答える。
「悪いけど口の中に放り込んでもらえる?」
ナイトは丸薬を白魔術師の口に放り込む。
「どうだ?」
白魔術師は首をかしげる。
「うーん…なんだろうコレ。
ノルドにも食べさせてみてよ。」
ナイトは、うなずくと賢者に丸薬をひとつ渡す。
「お前もMP消費が激しいだろう。食べておけよ。MPが7回復するぜ。」
賢者がすかさず突っ込む。
「7ってどれぐらいだよ!」
賢者は言い終わると渋々丸薬を口に運ぶ。
ナイトが賢者に尋ねる。
「どうだ?」
賢者は渋い顔のまま答える。
「うーん。どう表現したものか…。」
賢者は黒魔術師の方に振り返る。
「テス、お前も食べてみてくれ。」
そう言うとナイトが持つ丸薬をひとつ受け取り黒魔術師に渡す。
黒魔術師は恐る恐る丸薬を頬張るとしばらく口の中で転がす。
「ううん?なんだろうこれ。どう表現すればいいんだろう?」
黒魔術師はナイトの腕を軽く叩くと、シーフを指さす。
「ここは食の専門家に。」
ナイトはどこか納得いかない様子だったが、シーフの所に行き、丸薬を差し出す。
「ご指名だ。」
シーフは首を横に振る。
「リンの方が大変だからリンにあげてよ。」
白魔術師が即座に反応する。
「いや、ぜひサニアに食べてみて欲しい。私たちではこの味をうまく表現できない!」
シーフは少し悩みながらも丸薬を頬張る。
シーフはすぐにしかめ面をした後、そのまま丸薬をなめ続けると更に険しい顔をする。
「これは…なるほどね。
内側は液体になっているんだね。
中が空洞の飴の中に液体を封入して作られてる。
口の中に入れるとまずは飴の部分と対峙することになる。
飴の部分は甘さは無くコーヒーの苦みだけを取り出したような味で、それと共に粉末の漢方系によくある『薬独特の匂い』が襲いかかってくる。
不快な味と匂いに思わず軽く歯を立てると飴は容易に割れて中から液体が溢れ出てくる。
液体は飴の不快な部分を和らげてくれるが、代わりにそれ自身の持つ不快感を同時にもたらす。
南国の果実を熟していない状態で口に入れたかのような青臭さが口一杯に広がる。
メロンの中央から外れた皮のきわに近い部分と表現するのがよいだろうか。
甘さなど一切無く、苦味と青臭さだけが惜しげもなくどんどんと供給されてくる。
この食べ物を一言で言い表すなら、『不味い』、それにつきる。」
魔術師たちは自分達が伝えることのできなかった難しい味を表現したシーフに対して、おお、と感嘆の声を漏らす。
ナイトは独り言のようにつぶやく。
「味じゃなくて薬効についての感想が聞きたかったんだよなあ…。」
ナイトはボスのスライムを見上げるとつぶやく。
「こりゃまだまだかかりそうだな。」
横に目線を移す。
すぐ隣の白魔術師の動きが明らかに鈍くなっていた。
ナイトはすぐに忍者に声をかける。
「リンがそろそろヤバイ。というか、持久戦は勝ち目が薄そうだぞ。
作戦を立て直した方がよくないか?」
忍者は賢者の方に振り返る。
「さっきの魔法、もう一回使えるか?」
賢者は即座に回答する。
「剣の重力操作に加えて同時は自信が無い。
それと、私も魔力残量に余裕が無くなってきた。」
ナイトはそれを聞くと収納から素早くスプレー缶を取り出す。
「スライム避けスプレーを使う!ガスを吸い込むとちょっと残念な気分になるからあんまり吸わないように気を付けろ!いくぞ!」
そう言うとナイトはスプレー缶を地面に思いっきり叩きつける。
叩きつけられたスプレー缶は弾け、中から緑の気体が吹き出す。
賢者は息を止めながら心の中だけで突っ込む。
「(そのスプレー缶、そうやって使うんかい!)」
緑の気体は地面を這うように、ドーナツ状に外側に拡がっていく。
気体が通過した場所にいたスライムはきびすを返し外側へと移動を始める。
気体がある程度拡がるとナイトはメンバーに呼びかける。
「もうしゃべって大丈夫だ。しばらくは安全だろう。奴らが200歩移動するまでの短い猶予だがな。」
忍者はボケること無く話す。
「多少リスクはあるが直接コアを叩いて短期決戦といこう。
レスター、脚立は持っているか?」
ナイトがうなずく。
「ああ。3つ持っているぜ。」
賢者が小声で突っ込む。
「なんでそんなに持ち歩いてるんだよ。」
忍者は白魔術師に確認する。
「敵にでかい一撃…は、もう無理そうか?」
白魔術師は食い気味に答える。
「無理、無理!
あと10分立っていられたら誉めて欲しいぐらいだよ。」
忍者はうなずくと水溜まりを指さす。
「あそこに脚立を立てて、脚立の上から刀を投げてコアを射抜く。」
ナイトがすぐに異を唱える。
「水深も分からんところに脚立を立てて大丈夫なのか?
水没しかねないだろ。」
忍者が答える。
「その心配はない。みんなも気づいていただろうけど、スライムの大半はあの水の中に召喚されている。底が平らな水溜まり、おそらくあれは人工的に作られたプールだ。召喚されたスライムの上半分が見える程度の水深だから、2、30cm位の深さだろう。」
ナイトが応じる。
「も、もも、もちろん気づいていたさ。話を邪魔して悪かった。」
忍者は続きを話す。
「奴のコアは、名前の分からない剣の炎を逃れるために上へ、そして外へと少しずつ移動している。
持久戦で奴を削った分、表面からの距離もだいぶ詰まってきて、うまく剣を投げればギリギリ届くかな、という位の所まで来ている。
スプレーをもうひとつ使った後、サニアとレスターにプールサイドまで道を切り開いてもらい、水の中に脚立を立てて、呪いで手元に戻ってくるこの刀を、当たるまで私が投げられるだけ投げ続ける。
そこまで分が悪い勝負ではない…と信じている。」
白魔術師が指摘する。
「脚立はスライムに溶かされちゃうじゃない。
下手するとあんたが水の中に落ちちゃうでしょ。」
忍者は平然と答える。
「そうだな。そうならないように祈ってもらえると助かる。
他に異論は?」
賢者が珍しく声を張る。
「ダメだッ!そんな危険な作戦、賛成できない!」
忍者が張り合うように反論する。
「じゃあ、代替案があるのかよ!このままだと全滅だぞ。多少のリスクは避けられないだろ!」
両者ともに引く気配は無く賢者は続ける。
「お前の命がかかっているんだ。多少なんて言葉で看過できるリスクじゃない!」
「それならどうするんだよ!退却か?
あいつら動きは遅いとはいってもゆっくり歩いていると振り切れない位の速度はある。
扉が開放されている今、この大群は半日とかからず外に溢れ出るぞ。今までのように扉の向こうから探りさぐりで細々と召喚してた時とはちがう。
大災害になりかねないんだ。逃げられないだろ!」
黒魔術師がやり取りを横目に周囲を見渡す。
既にスプレーの効果は切れ、スライムたちは再び前進を始めていた。
黒魔術師は白魔術師の袖を引っ張る。
「ねえ、今のうちに何匹か倒しておいた方がいいかな?」
白魔術師は即座に否定する。
「闇雲に消耗するのはやめておきなさい。
今から決まるかもしれない作戦にあなたの魔法が必要な可能性だってあるんだから。
手持ち無沙汰に耐えるってのは意外と大変だけど大事な仕事だよ。」
黒魔術師は、無言でうなずくと再び周囲を確認する。
スライムたちはもとの前線の位置まであとわずかという所まで戻ってきていた。
シーフがたまらず声を上げる。
「さすがにそろそろ動かないとまずいよ!」
ナイトはスプレーをもうひとつ取り出す。
「これを使うとスプレーは残りひとつだ!サッサと話をまとめろよ!」
そう言うとナイトはスプレー缶を地面に思いっきり叩きつける。
叩きつけられたスプレー缶は弾け、中から黄色の気体が吹き出す。
賢者は少し落ち着いたトーンで提案する。
「あの剣を移動させてコアを攻撃、あるいは、いい位置まで誘導させることはできないのか?」
忍者も落ち着いたトーンで答える。
「難しいな。スライムのコアは常に動き続けている。
こっちの攻撃を察すると素早く移動してしまう。そうなるとしばらくは速いまま止まらない。私の目でも追えなくなる。
金魚すくいみたいなもんだ。気付かれたら終わりだ。
しかも、感知は私で動かすのはノルドという二人羽織みたいなフォーメーションを強いられる状態でだからな。」
賢者はふうと息を吐く。
「一回やってみよう。それでダメならもう私はエリアの案に反対はしない。
お前を危険にさらさないための最後の悪あがきくらいさせてくれよ。」
忍者は少し考えた後、ボスのスライムの方を
向く。
「分かった。気づかれないように剣を動かしてコアを直接焼こう。
さっそくだが、あの剣を上に10cmほどゆっくり動かしてくれ。」
賢者は難しい顔で魔法を操作し始めるが、開始してまもなく、剣は制御を失い急速に上に上昇する。
スライムのコアはそれに驚いたかのように激しく動き始める。
忍者が冷静に呟く。
「思いっきり逃げられたな…。」
賢者は申し訳なさそうにしている。
「ごめん…。」
忍者はシーフとナイトの方を見る。
「準備はいいかい?」
ふたりはうなずく。
「いつでもいいよ。」
「ああ。大丈夫だ。」
忍者は軽くうなずく。
「分かった。じゃあ、あの暴れまわっているコアが落ち着い…。」
忍者の言葉の途中で、パーティのすぐ頭上を何かが高速で通過する。
全員、何が起きたか分からず、時間が止まったかのようにその場に立ち尽くす。
最初に動いたのはシーフだった。
「スライムたちの動きが止まった…?」
忍者がハッとして、ボスのスライムのコアを確認すると、コアは矢によってきれいに撃ち抜かれていた。
矢の出どころの方に振り返ると、狩人が残心を取りながら涼しい顔をしている。
「やれやれ。やっと矢の届く深さに移動してくれた。待ちくたびれたよ。」
部屋中に溢れかえっていた大量のスライムたちはゆっくりと煙のように消えていく。
他のメンバーたちも徐々に状況を理解してくる。
白魔術師が狩人の方を向く。
「もしかして、序盤にエリアにコアの場所を聞いてからずっと追いかけていたの?」
狩人は当たり前だというような様子で答える。
「狩人ってのはひたすら獲物を寡黙に狙い続けるものだろ?」
賢者が思わずもらす。
「寡黙、か。お前の口からそんな単語が聞けるとは思わなかったよ。」
そんなことを話していると、ボスのスライムの体に無数の亀裂が発生し、賽の目のようになっていた。
ナイトはその様子を見ながらも、まだ状況を飲み込みきれていなかった。
「私たちは勝ったんだよな?
ルーネイトが撃った矢が高速で動き回るコアに当たって、相手は即死したってことだよな?」
狩人が衣服を整えながら答える。
「そんな偶然倒せたみたいな言い方は心外だな。
私は狩人だ。撃った矢がどこに飛ぶかなんて撃つ前から分かっている。
まして相手はずっと観察続けて動きを把握した的だ。外すわけがないだろう?
要するに…。」
狩人の言葉を遮るかのようにボスのスライムは亀裂の部分から小規模の塊へと分解されていき、分離した塊は次々と水面に落下し激しく音と水しぶきを上げる。
塊は水の底に触れると、底に触れた部分から順に蒸発するかのように消えていく。
スライムの体が完全に崩れ去り、音が消えると狩人は弓を収納する。
「撃ったら当たったんじゃない。
当たるから撃ったんだ。」
【次回予告】
章1つ10話目安であったがどう考えてもオーバー。残るイベントは2つ。次回がどの位進むかで、1章があと何話必要か見えてくるであろう。刮目せよ!