1章-3
3話「第1章3話」
「漫画喫茶の椅子ってどうしてあんなに寝心地が悪いの!?」
白魔術師が不満げに前日の宿への不平を口にする。溢れ出る文句は止まることなく、昨日の薬販売組へと向けられる。
「だいたい、毒消しを売るのはいいけどトリカブトとフグ毒特化の薬って何?需要あるわけ無いでしょ。
2,000円もするのに8本も売れたのが不思議なくらいだよ。」
ナイトが冷静に反論する。
「しょうがないだろ。材料が揃っていたんだから。
むしろ逆に奇跡的にドリアンの殻と錆びた鉄の槍の両方ともがあった理由を聞きたいぐらいだ。
それとお前たちが作ってた雑炊の方がずっとおかしいだろ。
珍獣ポイズンウルフの肉って何だよ。
ウルフが食材として馴染み無いってのも問題だけど、それ以上にポイズンってなんだ。毒じゃないか。
食材としてあるまじき名前だろ。」
白魔術師が反論する。
「何言ってるの、珍しい食材の方が売れるでしょ!
実際それなりに売れたし。」
狩人が割って入り、いつものごとく長々と解説を始める。
「ポイズンウルフは群れを作らず単独で暮らすオオカミで、毒をもつカエルを主食としている。
にも関わらず消化管と肝臓以外には毒が無い。
メカニズムは不明だが、一説には腸内に…。」
数分後、狩人が話を終える頃には白魔術師はすっかり落ち着いていた。
「割り込んでごめんリン。邪魔をしたかな。」
白魔術師はあくびをしながら大きく伸びをすると、静かに答える。
「あんたの長い話を聞いてたらなんか全部どうでもよくなったよ。」
「さて、我々は街の近くに現れたオーガの討伐に向かっているわけだが…。」
賢者がメンバーに告げる。
「今回の仕事はレスターの自己紹介を兼ねてなるべく全部任せようと思っている。」
忍者が唐突に補足をする。
「レスターというのは前話で加わったナイトのことだぜ。」
賢者がすかさず突っ込む。
「みんな分かってるよ!いったい誰に向けたセリフだよ!むしろ他の4人の方が名前を覚えられているか不安なぐらいだわ!」
狩人が補足する。
「今回の相手のオーガは2体。いずれも8m級。標準よりちょっと大きいぐらいだ。」
賢者が若干困惑しつつ応じる。
「お、おう。そうだな。この流れで普通の補足が来たから逆にびっくりしたよ。」
相手が大きなモンスターと分かると白魔術師が色めきだす。
「久々に全力で叩けるのが来たね。
ああいうデカい相手をぶっ叩くつスカッとするよね。」
狩人が左前方に視線を向ける。
「ちょうど来たみたいだ。」
一体のオーガが木をなぎ倒しながらやってくる。
オーガは一行を見つけると足を止め大きな声で叫びを上げる。
「悪い子はいねがー!!」
どこかで聞いたようなオーガの声に賢者は素早く突っ込む。
「なまはげか!」
忍者が続く。
「そこは『悪い子はしまっちゃおうね』だろうが!
ボケのチャンスを逃すんじゃない!」
当然のごとく賢者が突っ込みを入れる。
「魔物によく分からないアドバイスするな!
まあ、私もボケがストレートすぎるな、とは思ったけど。」
などと茶番を繰り広げているうちに、いつの間にか白魔術師はオーガに向かって駆け出している。
そして、あっという間にオーガの足元までたどり着くと大きく息を吸い込む。
「ニャーー…ンッ!!」
力が入らなそうな掛け声と共にオーガの足首あたりをめがけてメイスを振り回す。
メイスはオーガに着弾すると凄まじい衝撃音を立て、オーガの片脚のすねの真ん中から下を全て消滅させる。
オーガは声にならない叫びを上げて倒れ込む。
既に白魔術師はオーガの頭の落下地点に先回りしており、落ちてくる頭をめがけてメイスを思いっきり振り抜く。
振り抜かれた武器は対象をとらえると大きな衝撃音を立て、その軌道とその周囲を消滅させる。
白魔術師は相手を倒したことを確認すると意気揚々と戻ってくる。
「お前…何やってるの?」
賢者からの呆れの混じった問いに白魔術師は首を傾げる。
しばらく考えたあとようやく過ちに気づきハッとする。
白魔術師はナイトの方に恐る恐るむきなおると、慌てて言い訳を始める。
「えっと…ね。今のは、練習。そう、練習!」
賢者はため息混じりに白魔術師に問う。
「何の?」
白魔術師はしどろもどろになりながら答えようとする。
「それは、その…。何て言うか、アレだよ。
簡単に言うと、いわゆる…。」
出番をとられたナイトが白魔術師の肩に手を置く。
その手には若干強めに力が込められている。
「財布の中の千円札の向きを並び替えて一枚ずつ向きを互い違いにしてやろうか?」
白魔術師は申し訳なさそうに謝罪する。
「ほんと、ごめんなさい。言ってること全然怖くないけど、とにかくごめん。」
狩人が注意喚起の声を上げる。
「次の奴が来るぞ!」
忍者が次のオーガに対して大声を上げる。
「タイミングが早すぎる!今やってるネタが一段落してからにしろ!」
賢者が当然のごとく突っ込みを入れる。
「理不尽な言いがかりやめろ!てかモンスターにアドバイスすんな!」
ナイトは前に出るとオーガの数メートル手前で立ち止まる。
オーガはナイトを見つけると足を止め大きな声で叫びを上げる。
「悪い子はいねがー!!」
賢者と忍者は同時に反応する。
「「 ネタかぶってるじゃねーか! 」」
横目で見ていた狩人がつぶやく。
「…お前らホント仲いいな。」
ナイトは味方の茶番を気にする様子も無く、オーガの方に向かって黙って謎の粉を撒き始める。
一人黙々と作業をするナイトに忍者が声をかける。
「カメラ回ってるんだから黙って作業すんな。何か言え!」
賢者が突っ込む。
「カメラって何だ!」
ナイトは、ふぅと息を吐く。
「なにも口でしゃべるだけが説明じゃないだろう?」
大きくうなずく狩人に賢者が突っ込みを入れる。
「お前が同意するのはおかしいだろ。お前はその思想と真逆の存在だよ。」
そうこうしている内に、粉が撒かれた周囲が急速に液状化していく。
賢者が感心する。
「へえ、凄いな。地面を液化させるアイテムか。」
ナイトは自慢げにオーガの足元を指さす。
「いや、驚くのは早いぜ。よく見てくれ!」
地面の液化は激しくなり、次第にオーガーの体自体も液化させていく。
その様子を見て仲間たちは一斉に引く。
白魔術師が思わずつぶやいてしまう。
「うわぁ…なにあれ、グロ…。」
オーガもさすがに自身の体の異常に気づく。
「貴様!何をした。」
ナイトはキリっとした顔で答える。
「粉を撒いた。」
オーガはそれを聞いても何も言い返さない。そんな様子に賢者がしびれを切らす。
「おい、そこは突っ込むところだろ。粉を撒いたのは見りゃ分かるわ、って。」
オーガは賢者の言うことは完全に無視して拳を固く握る。
「おのれ!」
ナイトに向かって力の限り拳を振り下ろすが、足元が安定せず威力も精度もいまひとつの攻撃をナイトは難なく回避する。
「首を下げるのを待っていた…ぜ!」
ナイトは大剣を振り抜く。振り抜かれた剣はオーガの首をきれいに切断する。
胴体から分離した首が地面に落ちると残った胴体も力なく倒れ周囲に砂ぼこりが舞う。
ナイトは砂ぼこりに咳き込みながら意気揚々と戻ってくる。
白魔術師が小声で賢者にささやく。
「(相手の頭を低い位置に誘導する倒し方、私と被ってない?)」
「(しょうがないだろ、遠距離攻撃じゃなきゃ、ああならざるを得ないだろ。)」
「(なんか鬼の首を取ったみたいに自信満々だし、誉めといた方がいいかな。)」
「(鬼の首…物理的にな。とりあえず初回だし褒めておいた方がいいだろ。)」
「どうだった?」
自信たっぷりにナイトが尋ねる。
白魔術師が真っ先に口を開く。
「あのねえ、何て言うか、その……凄かった。」
賢者がすかさず突っ込む。
「語彙の少ない小学生か!
まあ、いいや。
あの粉は何だったんだ?」
ナイトは大剣を鞘に納めながら答える。
「あれはデラックスエヌエーオーエイチという薬剤だ。吸水力が高く離れた場所から水を集め大地を液状化させる。また、強塩基性で生物の体など容易に溶かしてしまう。
デラックスエヌエーオーエイチを調合するには脱水粉、電離強化石ともうひとつ、馴染みのある試薬を混ぜるんだが、何だと思う?」
皆が声を揃える。
『水酸化ナトリウム。』
ナイトは残念そうな顔を浮かべる。
「…ああ。そうだよ。」
ナイトは気を取り直して続ける。
「結構材料は高価だから実は二度と見られないかもしれない貴重な体験だったんだぜ!」
賢者が渋い顔をする。
「いくらぐらいするんだ?」
ナイトが得意気な様子で答える。
「そうだな、時期にもよるが大体2万円くらいだな。」
賢者は驚くが、他の3人と同様にその表情は暗い。
「2万円…今回の仕事の報酬の半分…。」
完全に暗くなった雰囲気にナイトは慌てる。
「ごめん。二度と使わないから!」
ナイトは無理矢理話題を転換する。
「それより、私の戦い方に何か気になったことはあるかい?改善できることがあれば早く直したいからさ。」
忍者がゆっくりと口を開く。
「剣の軌道と刃の角度が少しだがずれていた。あれだとせっかくの威力も減損してしまう。意識して直した方がいいぞ。」
忍者が仲間を見ると全員が困惑している。
忍者が賢者に尋ねる。
「おい、ノルド。何かあったのか?」
賢者は困惑の色を隠せぬままに答える。
「いや、何も無いけど…。ボケずに答えることもあるんだなと思って…。」
白魔術師が倒したオーガに近付くと簡素なまじないのような動作を始める。
ナイトは不思議に思い賢者に尋ねる。
「あれは何をしてるんだ?」
賢者が答える。
「ああ、あれか。リンはシャルミエール寺院で育ったからね。そこの教えなんだそうだ。
亡くなった人やモンスターの魂が安らかに眠れるためのまじないなんだそうだ。
あれでも一応白魔術師なんでね。」
ナイトは納得した様子でうなずく。
「なるほど。そうか。」
賢者は狩人を指さす。
「ちなみにそこにいる、様子を見ているだけの狩人はリンの幼なじみで同じ寺院で育ったんだよ。でもそういうスピリチュアルなことには興味無いんだそうだ。」
ナイトがつぶやく。
「よくそれで寺院で暮らせてたな。」
白魔術師が戻ってくると狩人が昼食の準備のためネギを刻んでいる。
狩人はチャーシューをまな板の上に置くと手を止めずにメンバーに周囲の状況を伝える。
「南西の藪の方からモンスターが来ている。
キマイラ2匹とブラックゴブリン1匹だ。
ゴブリンの方はどうでもいいが、炎を吐くキマイラは困る。チャーハンは火加減が大事だからな。」
忍者は、面倒くさそうに藪の方へ歩いていく。
忍者が藪に到着してしばらくすると草をかき分けてキマイラが一匹顔を出す。
忍者はキマイラの側面に回り込むとキマイラに気がつかれることなく数ヶ所を刀で刺す。
その光景を見ていたナイトは中華鍋で油を熱している狩人に尋ねる。
「エリアは相手が態勢を整える前、というより我々も含めた全員の意識の隙間みたいな空白時間に動いているように見えるがあれは忍者というジョブのスキルなのか?」
狩人は鍋を振りながら答える。
「そうだよ。相手に先に気づかれていない限り誰よりも先に行動できるスキルだ。
一般的には、さきがけ、なんて呼ばれたりする。
忍者のスキルはそれだけじゃない。
投てきに対する補正、そして何より大きいのは、相手の急所が見える、という能力だな。
初見のモンスターであっても何もさせずに倒すことも可能だ。」
狩人は鍋の中身をおたまでかき混ぜると続きを話し始める。
「忍者はかつてアサシンと呼ばれていたジョブだ。
人殺しが仕事みたいな感じがするから、という理由で今の名前に改名されたが、相手に気づかれることなく急所を遠くから狙うことができるというスキルはまさに暗殺向きの能力だ。
改名されて20年以上経つが未だに人殺しのイメージを持つ者も少なくないし、今でも冷たい視線を浴びることも結構あるらしい。
うちの忍者はそんなこと気にする素振りを見せたことは無いがな。」
狩人は出来上がったチャーハンを盛り付けながら話を続ける。
「素振りを見せないからといって、その事には軽々しく触れないでやって欲しい。
全然気にしている様子は無いから本当に気になってない、と言われたら否定出来ないんだけど、何年も共に過ごしているとなんとなく、な。
まあ、年中ボケ続けて人を楽しませることばかり考えてる変わった人間だと思って面倒くさがらずになるべく相手をしてやってほしい。」
ナイトはおもむろにレンゲを手に取る。
「そうだな。まったくその通りだ。」
不自然に急いで食べようとするナイトを賢者が制止しようとしたが、忍者がまもなく到着しそうなことに気がつくと落ち着いた口調でたしなめる。
「さすがに食べるのは待っててやれよ。」
しばらくして忍者が戻ってくる。
「何の話をしてたんだ?」
忍者の問いにナイトは用意していた答えで応じる。
「あまりにチャーハンが美味しそうだったので先に食べてようと思ったんだが、お前を待てと窘められたよ。」
忍者は半分呆れたような様子で応じる。
「そうか、せっかちな奴だ。」
そう言うと忍者は素早くレンゲを取ろうとしたが賢者に止められる。
「待て、そんな返り血を浴びた状態で食べようとするんじゃない。浄化の魔法をかけるから待てよ。リン、頼んだ。」
皆が白魔術師の方を見る。
「もぐもぐ…。うん、分かった。ちょっと待ってて。」
賢者がすかさず突っ込む。
「お前はもう食ってたんかい!」
メンバーは昼食をそれぞれバラバラに食べ始める。
忍者がチャーハンにラー油をかけながらナイトの剣を見ながら尋ねる。
「さっき使った剣はどんな呪いが付いてたんだ?」
ナイトが答える。
「いや、さっきのは普通の剣だよ。呪いのアイテムは尖った性能を持つものが多いから、普段から使うようなものじゃない。ここぞというときに出すものさ。」
ナイトは少し嬉しそうに話を続ける。
「まあ、そんな残念そうな顔をするなよ。お待ちかねはこういうやつだろう?」
そう言うとナイトはさきほど使ったものとは別の剣を取り出す。
「これは触れ続けていると体が激しく燃えるという呪いがかかっている。触れている者の魔力を燃料としているから、基本的に装備者の体が消え去るまで燃え続ける。」
賢者が突っ込む。
「そんな明らかに装備できなさそうな物捨てろよ。」
ナイトは釣り針に獲物がかかったかのようにいきいきとしだす。
「その発想は二流だぜ。
と言っても、そう言われても何のことかさっぱりだろうな。
え、どうしても有効活用しているところが見たいって?
仕方ないなあ。特別に見せてやろう。」
ナイトは忍者の方を見る。
「なあ、ここから剣を投げてあそこのオーガの死骸に刺すことはできるか?」
忍者が答える。
「いや、さすがに遠すぎる。1/3ぐらいの距離なら余裕だけどな。」
それを聞いたナイトは剣をしまい、オーガの方へ歩いていき、2/3ほど進んだ地点で剣を取り出し地面に置くと、そのまま歩いて戻ってくる。
「なあ、エリア。あそこに置いてある剣を投げてあそこのオーガの死骸に刺すことはできるか?」
忍者が面倒くさそうに答える。
「もちろんできるけど、お前が自分で刺してきた方が早かったんじゃね?」
忍者はチャーハンを食べ終わると渋々、置かれた剣に向かって歩き出す。
剣の所に到着すると、拾い上げてオーガの死骸に投げつける。
突き刺さった剣が着弾して数秒後、おおかたの予想通りオーガの死骸は激しい炎を上げて燃え上がる。
忍者は特にリアクションを取ることも無く静かに歩いて戻ってくる。
忍者が戻り座って昼食の続きを食べ始めても誰も何も言わない。
そのまましばらくして、忍者は食事を全て食べ終わると静かに口を開く。
「おい、なんだこの雰囲気。私がスベったみたいじゃないか。」
賢者は付け合わせのスープを一口飲むと椀を置く。
「じゃあ、ひとネタやって来いよ。
ちょうどもう一体分あるし。」
忍者は渋々、剣を刺した方のオーガの方にゆっくりと歩き出す。
忍者が到着した時には、オーガの死骸はほぼ灰になっていた。
忍者は剣を引き抜こうとする動きをするが触る直前で大袈裟に、熱い物に触れたかのようなリアクションを取る。
賢者はその様子を見て呟く。
「古典的なネタやめろ!」
白魔術師が真面目に突っ込む。
「ネタうんぬんはいいとして実際問題、熱くて触れないんじゃないの?」
忍者は手持ちの刀を抜くと、呪われた剣の柄に刃を引っかけて引きずるようにもう一体のオーガの死骸の方にゆっくりと移動していく。
そして3mほどの距離まで近付くと止まり、水筒を取り出す。
白魔術師がつぶやく。
「水で剣を冷やすのかな?」
忍者は水を一口飲むと水筒をしまう。
珍しく白魔術師が突っ込む。
「飲むだけ!?」
忍者は呪われた剣をおもむろに拾い上げると素早くオーガの死骸に投げつける。
剣が刺さってしばらくするとオーガの死骸は1体目と同じように激しく燃え始める。
その様子を見ていた賢者がナイトに疑問をぶつける。
「あの剣って手で持つ部分が熱くならないように細工されてるのか?」
ナイトが答える。
「いや、そんなことはないはずだが…。」
白魔術師は首を傾げる。
「じゃあ、どうやって持ったの?」
狩人が参戦する。
「地面を引きずっている間に冷めた…とか?」
即座に賢者が疑問を呈する。
「直前まで炎の中にあったんだぜ。数十秒接地させたぐらいで触れるまで温度が下がるだろうか。」
全員が首を傾げる中、ナイトがふと忍者の方を見ると、忍者は喝采せよと言わんばかりに手を広げている。
「おい、エリアがどこぞの骨魔導王みたいに拍手しろって言ってるっぽいぞ。」
一同は仕方なくパラパラと拍手をする。
忍者が戻って来ると白魔術師が食い気味に尋ねる。
「ねえ、どうやって剣を投げられるぐらいまで冷ましたの?」
忍者は座ると白魔術師の問いには答えず狩人に尋ねる。
「いつもながら、スープは駅前中華のものとほぼ同じ味だな。どうやって作ってるんだ?」
白魔術師が忍者に詰め寄る。
「ちょっと勿体ぶらないでよ!
早く答えないと柿ピーの柿の種だけ先に食べてただのピーナッツの詰め合わせにするよ?」
賢者がすかさず突っ込む。
「全然恐くない脅し文句シリーズやめろ!」
「…最初はノープランだった。」
忍者が解説を始める。
「向かう途中で考えたのは、冷ますか、熱いまま持つか、ということだな。」
白魔術師が前のめりに尋ねる。
「熱いままってどういうこと?」
忍者は落ち着いた口調で解説の続きを話し始める。
「なんとか冷まして素手で持つか、断熱して熱いまま持つか、ということだ。」
忍者は白魔術師がなんとなく納得した様子になったことを確認すると続ける。
「冷ますという作戦は早い段階で諦めた。
手元に急激に冷ます物が無かったからな。
つまり断熱の一択となるわけだ。
どんな素材がいいか考えた結果思い付いたのは…。」
そこまで言うと忍者は水筒を開けて中の水を一口飲む。
その様子を見たナイトが何かを察する。
「やっぱりその水筒の水を使ったという訳か。」
忍者は妙な間を取ったあとナイトに問いかける。
「ファイナルのアンサー?」
ナイトはやや困惑しながら答える。
「…?ファイナルのアンサー…。」
忍者は再び妙な間を取った後、答える。
「…残念!」
賢者が突っ込みを入れる。
「たっぷり時間使った上に違うんかい!」
忍者は何事も無かったかのように解説を続ける。
「断熱方法として思いついたのは、布だ。」
賢者が小声で突っ込む。
「本当に水筒関係無いんかい。」
忍者は話を続ける。
「思い付くヒントになったのは、チャーハンだ。
ルーネイトがいつもどうやって中華鍋を持っているかを思い出したんだ。」
それを聞いた狩人が割り込んで解説を始める。
「中華鍋というものは底が丸くて高さがそれほど無い鍋で熱伝導の効率がいいのが特徴だ。
高温で調理するのに適しているが、取っ手がついていないのが一般的だ。
高温で溶けてしまうからな。
手との間に布を挟んで持つのが普通だ。その際、布は乾いた状態じゃなきゃダメだ。
湿らせると水が温度を伝えてしまうからな。」
狩人の解説が終わると忍者が続きを話す。
「という訳で、手元の布を使うことにした。
持っているもので一番使いやすそうなのは、この靴下だった。
レスター、この靴下は誰のだと思う?」
ナイトが聞き返す。
「わざわざ聞くってことはお前のじゃないってことか?」
忍者が神妙な面持ちで更に聞き返す。
「ファイナルのアンサー?」
賢者が割って入る。
「もうそのくだりはいいだろ!」
忍者はそれ以上ボケることなく、諦めてくだんの靴下を取り出す。
「…ロビンの靴下だ。」
ナイトはどう反応していいか分からず困惑する。
「えっと…誰?」
忍者は遠い目をする。
「あれはハチが飛び交う夜だった…。
澄んだ空に光る靴下。
それがロビンの靴下だ。」
困惑の色を深めるナイトに賢者がフォローを入れる。
「数日前の仕事の話なんだ。長くなるから後で説明するよ。」
ナイトは賢者に素朴な疑問をぶつける。
「ところで、オーガの死骸は、呪いの武器で燃やさなかったらどうするつもりだったんだ?」
賢者は不思議そうな顔をする。
「どういう意味だ?」
ナイトが説明する。
「あのでかい魔物を残したまま放置とか普通に迷惑だし、いつもどう処理してたのかな、て。」
賢者は不思議そうな顔をする。
「えっ…?」
ナイトは自分が言ったことが賢者に聞こえなかったのかと思いもう一度繰り返す。
「オーガのでかい死体を放置するのはマナー違反だろ?どう処分するつもりだったのかなって思っただけだ。」
賢者は不思議そうな顔をする。
「えっ…?」
ナイトは再び同じことを言おうとする。
「だから、死体をどう…
分かったよ。今まで放置してきたんだな!
たまに討伐済みの魔物の死体処理の仕事の募集があるのお前らのせいかよ!
今後はそんな非常識なことさせないからな!」
そんなやり取りを目の前で見せられているアローワークの受付は小さくため息をつく。
「(そういう内輪の話は現地で済ませてから来て欲しい。手続き中に関係ない話するのがもう十分非常識なんだよなあ…。)」
受付は心の声を抑えながらいつも通りに振る舞う。
「今回の報酬はこちらです。金額をお確かめ下さい。振り込みでよいでしょうか。」
賢者が頷く。
「あ、はい。それでお願いします。」
「かしこまりました。ではご登録されている口座に振り込んでおきます。それと、こちらは数日前の依頼の分ですこちらも内容をお確かめ下さい。」
ナイトが賢者に尋ねる。
「そういえば、さっき聞けなかったけど前の仕事って何だったんだ?」
ナイトの問いに賢者が答える。
「さっき話そうとしたのは、路銀のために寒村で受けた仕事だよ。
今受付さんから確認の話が来ているのは、そのさらに1つ前の、サイアミーズの町で受けた依頼だ。厳密にはサイアミーズで受けた仕事の途中で寒村での仕事を受けたって感じだな。
その元々受けていた依頼はちょっと変わった依頼でね。
まず依頼主が黒土の大陸だった。」
ナイトは驚き聞き返す。
「お前それ外国じゃないか。南西にある影の薄い大陸だろ?」
賢者は書類に目を通しながら答える。
「そう。その影の薄い大陸だ。
依頼者も特殊だったが、依頼内容もまた特殊だった。
自国の兵がジャンフォレストからサイアミーズ方向に山道を進んだ可能性が高いから山道を歩いて遺品を見つけたら回収してくれ、というものだった。」
ナイトは不思議に思い尋ねる。
「なんで南西の国の兵士が北から来るんだ?
帰り道だったんだろうけど、なぜそんな山道を?来る時はどこを通ったんだ?」
賢者は手に持っていた書類を綺麗に揃えてテーブルに置く。
「さあな。その他の情報は分からない。
とにかくその依頼を受けて山道を捜索したんだよ。
結果から言えば、ジャンフォレストの町の割りと近くに集団の白骨死体が転がっていた。イカダで川を下っているときに衣服みたいなのを見つけてね。
近くを探したらたくさんの骨があったって訳だ。
どうもワニやクマやハイエナに襲われたようだ。」
それを聞いた狩人が口を挟む。
「リカオンに襲われたっぽい形跡もあったぞ。」
賢者が渋々付け加える。
「…それとリカオン。」
それを聞いた忍者が口を挟む。
「あと、トラな。」
賢者が渋々付け加える。
「…それとトラ。もう動物情報はいいだろ。」
全員の視線が白魔術師に向かう。だが、白魔術師は不思議そうにしている。
「…? どうしたの?」
賢者は少し残念そうに話を続ける。
「今ボケるチャンス…い、いや。なんでもない。先を続けるよ。
依頼の通り遺品、ついでに遺骨を回収すると…。」
賢者が続きを話し始めると、白魔術師は急に声を上げる。
「あっ、そうだ。魔物にやられたっぽい人もいた!」
賢者がすかさず突っ込む。
「タイミング遅いだろ!みんなその一言を待ってたんだよ!」
「…それで、回収した遺品には何があったんだ?」
ナイトの質問をきっかけに賢者の説明が再開される。
「普通の装備ばっかりだったが、その中にノートが一冊あった。
中身はよく見てないが、なんだか戦線から離脱して帰国する途中だったらしい。
食料もろくに持たずに森を強行突破するつもりだったみたいだ。
作戦名をインパールとする、みたいな記述があってそれ以降は白紙だったよ。」
ナイトは首を傾げる。
「より一層分からんな。どこの国と戦ったのか分からんが、なぜうちの国に入ってきたのか。
列車を使って王都を経由すれば安全にサイアミーズまで戻れただろうになぜ未開に近い山を選択したのか…?」
賢者はテーブルに置いた書類をめくる。
「さあね。でも、何も見つからなくても100万円、見つかれば…。」
賢者は書類に書かれた数字をペンで指す。
「300万円。受けない手は無いだろう?」
賢者は書類を受付に手渡す。
受付は書類を受けとると所定の手続きを始める。
「(やれやれ。やっと終わった。なんだか疲れたなあ。)」
賢者は更に話を続ける。
「その仕事の最中に路銀の確保のために受けた仕事が靴下の件だ。
ハチワレっていう寒村で受けた仕事なんだが…
あっ、そうだ。」
賢者は受付の方を見る。
「あの村のアローワークの受付仕事サボってたよ。
客の方を見もせずに後は依頼主に聞け、みたいなことしか言わなかった。多分上に報告上げた方がいいと思うよ。」
受付は急に振られて驚いたが落ち着いて応対する。
「あっはい。分かりました。注意を入れるよう申し伝えておきます。」
賢者はナイトの方に向き直る。
「森の中に営巣するハチ退治の仕事だったんだが、そのハチは強い臭いにひかれる性質があってね。
巣の位置を特定すべく誘き出ために使ったのが村に住むロビンの靴下って訳さ。
発光魔法をかけた靴下がハチに運ばれる様子は美し…くはなかったな。」
賢者が話終えると狩人が続く。
「私の話を聞かなくて作戦がガタガタになったことはうまく省略したいい説明だったと思う。
あえて付け加えるなら、村長とあの村が公金を横領してたことぐらいだな。」
白魔術師が続く。
「あと、山の中の油まみれの怪しい施設をうっかり燃やし…じゃなかった。魔物を討伐しにいった先にあった建物が不運な事故で全焼したことかな。」
忍者が続く。
「塩と油でフライドポテト作ってたっぽい所な。」
賢者が突っ込む。
「だから、そんな訳無いって言っただろ!」
それを聞いていた受付が静かに話始める。
「どうやらその様子ですと、現地の受付も村長も説明を怠っているようですね。
汚職の件とあわせて報告しておきます。」
賢者が受付に尋ねる。
「あの施設…何かあるのか?」
受付は作業をしていた資料を片付けながら答える。
「いえ、大したことではありませんよ。
ただ、その施設の存在はあまり公に話題にしていただきたくはないのです。
他言無用、という程のものではありませんが、公の場でむやみやたらには話さないで下さいね。
パーティ内で話題にしたり、知り合いに話したりする事まで制限することはありませんのでご安心下さい。」
狩人がやれやれといった様子で応じる。
「そんなことか。心配すること無いな。こう見えて口は固い方なのでね。」
賢者が食いぎみに突っ込む。
「嘘つけ!」
一行がアローワークの受付立ち去ろうと準備を始めると、狩人はふと思い出し、忍者に声をかける。
「そういえばさっき、知りたいって言ってたよな。」
忍者は思い当たることが無さそうな様子で聞き返す。
「…何のことだ?」
狩人がやれやれといった様子で答える。
「チャーハンの付け合わせのスープの作り方を知りたそうにしていたじゃないか。」
忍者はハッとする。
「…しまった!」
賢者が横から突っ込む。
「しまった、とか言うな。心の声漏れてるぞ。」
狩人は受付から離れた所にあるテーブルに皆を手招きする。
その様子を見ていた受付は心の中で呟く。
「(そこ、そういうことのためのスペースじゃないんだよなぁ。)」
「作り方と言っても大したことではない。
お湯を沸かすことが出来る人間なら誰でも作れる。」
狩人はそういうとカセットコンロに火を着けお湯を沸かし始める。
「当たり前だけど換気の出来ない場所で火を使うなよ?
たまに狭い洞窟で大がかりな松明を焚いてるパーティいるけど絶対ダメだからな。」
そんなことを言っている間にお湯が沸いたので狩人は火を止める。
沸いたお湯をコップに少量注ぎ忍者に手渡す。
「まずは飲んでみなよ。」
忍者はコップに注がれたお湯を口に含み味を確かめると飲み込む。
「何も味がしない…もしやこれは、ただのお湯なのでは!?」
狩人は軽く微笑む。
「よく分かったな。それはさておき…。」
なにやら準備を始める狩人を見て賢者が耐えられず口を挟む。
「今のやり取り何の意味があるんだよ!」
狩人は聞こえなかったかのようにお湯に小さじで何かの粉を入れかき混ぜる。
「これを飲んでごらんよ。」
忍者は差し出されたカップに注がれたお湯を一口飲み込む。
「おう、なんか目的のスープの面影がある、というか50%くらいは来てるな。」
狩人はカップを受け取りそこに醤油を入れる。すると中の液体は見慣れた色に変わっていく。
「さっき入れたのは鶏ガラスープの素だよ。
さて、今度はさらに醤油を足したんだが、どうかな。」
狩人はカップにスープを注ぐと今度はレンゲを添えて手渡す。
忍者はレンゲでスープをすくい口に運ぶ。
レンゲのスープを口の中に運ぶとレンゲを静かにカップに置く。
「来た…これだ!駅前中華のスープだ!」
狩人は一瞬得意げな顔をするがすぐに普段の顔に戻る。
「店で出るやつは油みたいなのが浮いてるだろ?
あれは大抵ラード、つまり豚の背油らしいけど、今は切らしているから代わりにゴマ油を入れようか。」
狩人は少量のゴマ油をカップに投入する。
忍者は軽くかき混ぜるとレンゲでスープをすくい一口飲み込む。
そして再び何も言わずにレンゲを置く。
「完全に中華になった…!お前は神か。」
横で見ていた白魔術師がレンゲを手に取る。
「まさかそんな簡単に出来上がるわけが…。」
白魔術師は狩人が用意した新たなカップに注がれたスープをすくうと静かに飲む。
「!!
ほんとだ。本物だよ、これ。」
そう言うと一口、二口と止まることなく飲み続ける。
狩人は視線を仲間たちから手元に移すと付け加える。
「店で出すものはさらに、刻んだシロネギを入れたりコショウを入れたりするんだけどね。それでも大した手間ではない。
今作った物ぐらいならリンでも作れる程度のものだ。
全然大したことないよ。」
白魔術師はレンゲで狩人を指す。
「言ってくれるじゃない。
不器用の象徴みたいに思ってるかもしれないけど、私だって出来るんだからね!」
そう言うと白魔術師はカセットコンロの所に移動する。
「…これどうやって火を付けるの?」
賢者がすかさず突っ込む。
「そのレベルかい!」
一行がカセットコンロの回りでワイワイやっていると、3人組のパーティがアローワークに入ってくる。
受付がいつものように声をかける。
「アローワーク、ジャンフォレスト北西支店へようこそ!」
3人組は盛り上がっている一行を横目で見ながら受付まで歩み寄る。
「ラミア討伐の仕事を終わらせたから報告に来たんだが、ありゃ一体なんだ?」
受付はため息混じりに賢者たちの方に視線をやる。
「賢者様ご一行ですよ。
なんでも、中華屋で出てくるスープの作り方の講習とかなんとかで、かれこれ2時間ぐらいあんな感じです。」
3人組は改めて賢者たちのパーティの方に視線をやる。
「ああ、あれが賢者パーティか。
珍妙な集団という噂は本当だったんだな。それにしてもスープ作りの講習とは、恐れ入った。」
3人組がスープの講習のメンバーを眺めていると、その内の1人が見覚えのある相手がいることに気がつく。
「あの人、さっき魔物焼いてた人だ。なんだか分からないけど遠くにいる人たちから拍手されてた。」
3人組の別の1人も忍者の顔を確認する。
「そう言われればそうだな。あれ何やってたんだろうな。
受付さんは何か聞いてるかい?」
受付は手元の書類の手続きを進めながら答える。
「いえ、何も伺ってないですよ。どうしても気になるのであれば直接お聞きになってはどうでしょう。
高圧的だったり実力に訴えるようなことをしたりするような方々では決してありませんから快く答えていただけるでしょう。
一緒に仕事をしたパーティの方々からもあのパーティの悪い噂は一切上がって来ませんし。」
3人組は首を横に振る。
「いや、やめておくよ。」
受付が尋ねる。
「なぜです?」
3人組のひとりがため息をつくと答える。
「仕事探しの店の中でスープ作ってるような変人集団に関わる勇気はまだ無くてね。」
受付は苦笑いする。
「ごもっともで。」
3人組はポケットから紙を取り出し受付に手渡す。
「それはそうと、西の外れの農場から、依頼の登録を頼まれたぜ。なんだか大きな仕事みたいだぜ。」
スープ作りに飽きた一行は町の広場のベンチに場所を移していた。
狩人は空を見上げながら賢者に問いかける。
「手元に何の仕事も無いまま出てきちゃったけどよかったのか?」
賢者は大きく伸びをする。
「ああ、構わないさ。だって仕事を抱えている状態じゃ、よその国に渡ることなんて出来ないじゃないか。」
全員の視線が賢者に集まる。
忍者は反動をつけて椅子から立ち上がる。
「それは近い内に別の大陸に行くってことか?
ずいぶんかかったが、ようやく実現するのか。
いつにするんだ?」
賢者は姿勢を変えることなくそのままで答える。
「明日にでも行きたい、と言いたいところだが、正直何を用意すればいいかも分からない。
そこで、今日明日を調査と準備に充てて早ければ2日後に出発する、というのはどうだろうか。」
忍者が指折りしながら呟く。
「必要なものは、着替えとトランプと桃太郎のすごろく風の鉄道ゲームと…。」
賢者がすかさず突っ込む。
「中高生の修学旅行か!」
賢者は咳ばらいをして仕切り直す。
「なんにせよ、しばらくアローワークには立ち寄らないようにね。」
ナイトは疑問に思い問う。
「それはなんでだ?」
賢者は肩を軽く回す。
「そりゃ仕事を頼まれるからだよ。仕事を名指しで依頼されたら断れない。頼まれたものを断ると信用を落とすからな。今後のことを考えるとそれだけは避けたい。
うちのパーティは手練れが揃っているから難易度の高い仕事があると真っ先に声がかかるんだよ。」
ナイトは納得し頷く。
「なるほどな。今まで名指しで仕事を頼まれるっていう経験が無かったからその発想が無かった。」
忍者はまだ指折りをしながら持ち物を考えている。
「国外ライセンスと弁当と水筒と地面に敷くシート、レインコートと金額制限つきのオヤツだな。」
賢者がすかさず突っ込む。
「途中から遠足の持ち物になってるじゃないか!」
ナイトがふと疑問に思い尋ねる。
「海外ライセンスって知らないんだが、何のことなんだ?アローワークで発行される普通のライセンスしか持ってないんだが…?」
狩人が答える。
「それはいつも仕事の時に見せるやつだろ?実績とか評価の情報に紐づいてて仕事の受託の可否を判定されるやつ。
それの海外でも通じる奴だよ。海外での仕事の結果は記録されないけど、持ってないと海外では仕事を受ける手続きが煩雑になるぞ。
パーティで持っている奴が一人いれば大丈夫だけど何があるか分からないから全員持ってなきゃダメだ。
すぐにアローワークに行って発行して来なよ。」
ナイトが小声で呟く。
「でも、アローワークに行くと仕事を依頼されるかもって…。」
忍者がナイトの肩に手を置く。
「きれいなフラグ立てだな。見直したぜ。」
ナイトは困惑する。
「そんなこと言われても…狙ってやった訳じゃないし。」
白魔術師がフォローする。
「まあ、この数十分の間に重要案件が生じている可能性は低いでしょ。5分ぐらいで済むんだから行ってきなよ。」
白魔術師は不安になり仲間たちを見回す。
「 …でいいんだよね?」
賢者は渋い顔で問いに答える。
「行け、としか言えない。
嫌な予感しかしないけど、他に選択肢が無い。」
ナイトは仕方なく従う。
「分かった…。行ってくるぜ。」
ナイト以外のメンバーは広げた世界地図を眺めていた。
賢者は北西の大陸を指さす。
「一応確認だけど最初に行くのは一番近い、森の大陸でいいかな。」
狩人が唐突に解説を始める。
「森の大陸は6大陸の中では4番目の大きさの大陸だ。
人口は不明だがおそらく4番目か5番目と言われている。
全体に深い森の中に覆われている。玄関口となる港町を含め、主要な都市は東側にのみ存在する。
植物が豊富であるためか、古来より薬学が発達しており、その事もあり現在では世界随一の医療技術を持っている。
王都には世界最大の医療機関があり、世界各地から、難しい病の治療のために人々が訪れるそうだ。
うちの国、つまりセントラルとは交易は盛んだが、それ以外の政治的、文化的交流は乏しい。
行き来する手段は船が最も利用されているが、徒歩で海底洞窟を通るルートも…。」
狩人が解説をしていると、ナイトが申し訳なさそうに戻ってくる。
「えっと、皆、旅の予定の打ち合わせ中だったかな?」
賢者が頷く。
「そうだよ。
信じられないかもしれないが、お前が出ていった直後から会議を始めたのに、まだ行き先の確認も終わってないんだよ。
それで、ライセンスの方は無事に手続きできたのかい?」
ナイトは申し訳なさそうにうなずく。
「ああ。ライセンスは無事に解決したよ。
それと、お土産をもらったよ。」
そう言うとナイトは持っていた紙を広げる。
「うちのパーティへの依頼だ。上級のパーティ限定の依頼らしくてね。直接請われたから断れなかった。」
白魔術師は、はあ、と大きなため息をつく。
「なんかそうなるフラグ立ってたから覚悟はしてたけど、やっぱりそういうオチなのね…。」
忍者がカメラ目線で喋り出す。
「次回予告!
別の大陸に渡り旅をする算段を立てていた所に依頼が入り、急遽町の外れにある農園の近くの洞窟に挑むことになった私たち。
薄暗い洞窟を奥へと進んでいくと、その中は珍しいモンスターの巣窟と化していた。
手持ちの対抗策が乏しかったので一旦退却することにした我々だったが、モンスターの群れに囲まれ大ピンチ!
はたして無事に脱出することはできるのか!?
次回、4話『第4話』。
次回もまたここに来てください。本物のファンタジーってものをお見せしますよ。」
賢者は予告が終わるのを待ってから突っ込みを入れる。
「思いつきで予定に無かった変なコーナー入れるのやめろ!」