1章-2
2話「第1章2話」
[前回までのあらすじ]
澄んだ空に光る靴下、そしてキャンプファイア。
一行は街の武器屋を訪れていた。
「それにしても昨日は散々だったね。」
賢者は前日のハチ退治に思いを馳せ、さらにぼやきを続ける。
「わざわざ廃墟まで山登って、挙げ句山奥で野宿…。」
賢者の愚痴が終わると、忍者が壁にもたれかかりながら顔だけを賢者の方に向ける。
「当面の問題は金だな。漢字が同じだから一応言っておくけど、キンじゃなくてカネな。」
賢者は武器屋の奥を見つめたままため息をつく。
「はあ…。やっぱり問題は金…カネだよな。さんざん苦労して結局手に入ったのは、焼け残った槍数本だけとか…。」
武器屋の店主が奥から槍を持って出てくる。
「すいませんが、これはちょっと買い取れませんぜ。」
賢者が突っ込む。
「しかも売れないんかい。」
街の大通りは人通りが多く、商店が建ち並び活気に溢れていた。
「さて、我々は今アローワークに向かって歩いているわけだが、目的を確認しておこうか。
まずは仕事が第一だ。金…カネが無いからな。
それが済んで余裕があればアイテム師の勧誘だ。」
白魔術師が狩人に尋ねる。
「アイテム師って昔は錬金術師って呼ばれてたんだっけ?」
狩人がいつものように、長々と説明を始める。
「そうそう。12年に一回開かれるスリーエス会議、『世界 様々な物の名前を 再考する会議』で名前が変わったやつだな。
実際は金、キンなんか作れねーだろ、という声におされて改名させられた職業だ。
本人たちは嫌がって未だに錬金術師って名乗る連中も多い、というか正式名称の方で名乗っている奴を見たことない。」
白魔術師がうなずく。
「たしかにみんな錬金術師って名乗るよね。」
目的の場所に着いたので一行は足を止めるが、狩人はそんなことに構わず話を続ける。
「アイテムの鑑定スキルはもちろんアイテムを合成して別のアイテムを作って売る能力は仕事が薄い時期の貴重な収入源になるから、戦力がある程度揃っているならばどのパーティも喉から手が出るほど欲しがる人材だ。」
他のメンバーが、早く終われ、という感じの視線を送るが狩人は気にしている様子は無く話し続ける。
「うちのパーティにも欲しいがそう簡単な話ではない。
新人以外はほとんどが既に別のパーティに加入しているからな。
新人をスカウトするにしてもうちのパーティは、結構無茶な依頼も受けるから新人にはついてくるのが難しいだろう。」
話を終えた狩人が皆を見渡す。
「…中に入らないのか?」
賢者がすかさず突っ込む。
「お前がそれ言うんかい!ずっとお前の話が終わるの待ってたんだよ!」
建物の中に入りカウンターに近づくと受付が大きな声で挨拶をしてくる。
「アローワーク、ジャンフォレスト南部支店へようこそ!」
賢者が流れるように突っ込みを入れる。
「RPGでよくある街の入口で街の名前を説明するキャラか!」
受付は慣れた様子で対応する。
「ノルドさんはいつもそれおっしゃいますけど、そういう決まりですので…。」
賢者は申し訳無さそうに答える。
「いつもすまない。条件反射みたいなものなんだ。許して欲しい。」
受付は手元の紙をめくると、ルーティンである質問を始める。
「まずはどなたか1名のお名前をお聞かせ下さい。
もちろん皆様全員のお名前は存じ上げておりますが、決まりですので…。」
賢者が狩人の方を見る。
「おいルーネイト。お前の名前で頼むよ。」
狩人は露骨にイヤそうな顔をする。
「嫌だよ。なんで私なんだよ。ノルドお前がやれよ。」
賢者は面倒くさそうに白魔術師の方を見る。
「じゃあリンよろしく。」
突然指名された白魔術師が抗議の声を上げる。
「なんで私がそんな罰を受けなきゃいけないのさ?
絶対嫌だよ!」
賢者は忍者の方を見る。
「仕方ない。エリア…。」
忍者が食い気味に答える。
「だが断る!」
賢者がため息をつく。
「やれやれ…じゃあ、くじ引きな。」
そんな様子を見た受付が割って入る。
「あの…全員のお名前が確認できたのでもう結構です。手続きに入ってもいいですか?」
受付がコホンと咳払いをする。
「では改めまして。
『突っ込みの賢者』ノルド様…。」
「その突っ込みの専門家みたいな二つ名やめろ!」
受付は忍者の方を見る。
「そして『大ボケ忍者』エリア様…。」
「そのポンコツみたいな名前では呼ばないでもらおうか。」
受付は続けて白魔術師の方を見る。
「『返り血』のリン様…。」
「白魔術師の逆を行く呼び方やめて欲しいんだよね!」
受付は狩人の方を見る。
「そして最後に『おしゃべり料理人』ルーネイト様ですね。」
「その狩人要素の無い呼び方やめてもらおうか。そもそも私にそんなイメージを抱いている奴なんていないんだよ。」
「えっ!?」「!?」「!?」
変な空気が流れる中、賢者がため息混じりに受付にぼやく。
「いつもこうなるから名乗りたくないんだよ。」
受付が困惑しつつ答える。
「そう仰られましても…呼び名は我々の管轄ではなく一般の人々から自然発生した物ですので…。」
「ちょうど皆様レベルの方にしか頼めない急ぎの案件がございまして…。」
受付は手元から書類を取り出し提示する。
「実は先日、呪い装備を身に付けたために自我を失って暴れ回っている人がいると報告が入りまして…。
普通なら数人がかりで抑え込んで装備を引き剥がせばよいのですが、悪いことに今回の相手はかなりの実力者でして並の実力者では手に余ってしまうのです。」
賢者はゴクリと息を飲んで尋ねる。
「それで…そいつのジョブは?」
受付は書類をめくる。
「ナイトです。かなり優秀な方ですよ。」
賢者は受付を手で制する。
「すまない。ちょっと待ってくれ。
あんたが悪くないことは重々承知の上だが、それでも突っ込ませてくれ。
…あれだけフラグ立っててアイテム師じゃないんかい!
…時間を取らせて悪かった。話を続けてくれ。」
受付は咳払いをすると話を続ける。
「そのナイトは『呪われた聖騎士』レスターさんです。
サブのジョブとして、今お話しにあったアイテム師を習得していらっしゃいます。」
忍者が賢者を指さす。
「おい、ノルド。さっきのはフライング突っ込みだろ。」
賢者は忍者の方に向き直り反論する。
「あの流れならしょうがないだろ。事故だよ、事故。防ぎようが無いだろ。」
忍者は指を振る。
「お前はそう言うが…陪審員はどう判断するかな?」
そう言うと狩人の方を振り返る。
狩人はすぐに察し、近くの椅子に座る。
「被告人は不可抗力と言っているが、検察側はこれを覆す証拠を提示できるのか?」
ミニコントを始めたパーティを受付は冷めた目で見ている。
「(このパーティ、実力は凄いんだけど話すだけで疲れるんだよなあ…。)」
「…皆様、気が済みましたでしょうか。」
コントを終えた一行は、静かに受付の話に耳を傾けている。
「今回の仕事はお受けいただければ成功報酬30万円お仕事となり、紹介料は1万5,000円をいただきます。報酬は基本的にはご本人に請求して下さい。何らかの事情があり受け取れない場合は半額までならアローワークがお支払いします。
この依頼をお受けになりますか?」
賢者は財布から取り出した紹介料を手に持つ。
「最後に1つ確認したい。そいつはどこかのパーティに所属してたりするかい?」
受付は手元の資料をめくる。
「パーティ登録をなさったことは1度も無いですね。
勧誘を検討したパーティはいくつかあったようですがレスターさんが呪いアイテムを収集していることを知ると皆さま手を引いてしまうようです。」
賢者は代金を持った手をテーブルに置く。
「なるほどオーケーだ。この依頼、受けるよ。」
賢者が代金をつかんだ手を受付の方にスライドさせようとするが、忍者がそれを制止する。
忍者が受付を見る。
「クレジットカードは使えますか?」
受付は素早く返答する。
「もちろん使えますよ。人口2,000万人の大都市ですから当然ですよ。」
想定外の答えだったのか忍者が若干困惑する。
「お、おう。そうか…。」
賢者は忍者を指さす。
「お前、昨日の村長のクレジットカードネタをやろうとしただろ。」
忍者は即座に否定する。
「そ…そんなわけ…無いだろ。だだ滑りしたネタをパクって何の意味があるんだよ。」
賢者は白魔術師の方に振り返る。
「今の流れではそれ以外考えられないだろ。
ねぇ、裁判長!」
急に振られた白魔術師だったがすぐに察してメイスの柄で床を軽く2回叩く。
「はいはい、静粛に。被告人、弁解はあるかね。」
ミニコントを始めたパーティを受付は冷めた目で見ている。
「(このパーティ、相手してるとホント疲れるんだよなあ…。)」
町外れの平原に到着した一行は、草むらの中から遠くに見えるナイトを観察する。
しばらく観察するが、平原の真ん中に立つナイトは時折思い出したように剣を振るだけでその場から動くことは無かった。
賢者が狩人に確認する。
「教えてもらった場所だし、あれだよな?」
狩人は帽子の向きを整えながら答える。
「たぶんそうだろう。逆に正常な人間があんな状態だったら怖い。」
賢者は納得する。
「…それもそうか。」
忍者が刀を抜くとナイトの方に向かって歩き出す。
「とりあえず斬ってくる。」
賢者が慌てて止める。
「なんでだよ。あとで勧誘するんだから、なるべくダメージは少なくする方法を考えろよ。」
白魔道士がメイスを担ぎ上げてナイトの方に歩き出す。
「装備を剥ぎ取るには、まずはおとなしくさせないと。とりあえず動かなくなるまでぶっ叩けばいいかな。」
賢者が慌てて止める。
「すぐに過剰な暴力に訴えるのやめろ。お前ら戦闘民族か!」
狩人が矢筒から矢を手に取る。
「膝を撃ち抜こうか?」
賢者が素早く突っ込む。
「おい、やめろ。」
忍者が刀の切っ先をナイトに向ける。
「別に斬り殺すつもりはない。近づいて斬りかかってみて様子を見てくるだけだ。
あいつの武器がどんな性質か分からないから、リンの防御を突破してくる武器である可能性も捨てきれない。
そうなると攻撃をかわしたり受け流したりできる私が適任だろう。
…という内容をさっきの『斬ってくる』に込めたつもりだったが、通じなかったか?」
賢者が素早く突っ込む。
「絶対今考えただろ。」
狩人が忍者に続く。
「私も、相手が何をしてくるか分からないから念のため足を封じようか、ということを言ったつもりだった。」
賢者がやはり素早く突っ込む。
「分かった、分かった。
それにしても、よくそんな言い訳がスッと出てくるな。」
白魔術師が何やらモゴモゴと口ごもる。
「私はその、えっと…。」
賢者が素早く突っ込む。
「思い付かないなら無理すんな!」
忍者は暴走中のナイトの方を向いたままメンバーに話し始める。
「さっきは適当にノリでしゃべったが、やはり私が行くのが最善だろう。
リンは少し離れた場所に待機して何かあればすぐに救援に入れるようにしておいてくれ。
ルーネイトは相手の足を止める必要が出た時に備えて準備しておいて欲しい。」
皆がうなずく。
狩人は矢をつがえる準備をしながら、暴走中のナイトの方へ向かう忍者に声をかける。
「ナイトはジョブのスキルとして身体能力の限界を超える武器防具や特殊な制限のある装備品を装備できる。
あまりなめてかかると装備の特殊効果で思わぬ反撃を受けることもあるから気を付けろよ。
ちなみにナイトを志す奴はナルシストが多い。
統計的に…。」
狩人の助言を聞き流しながら忍者がナイトに近づいていく。両者の距離が10m位まで近づくと狩人は急に黙り、矢をすぐに射れる態勢に入る。
そんな狩人の様子を見た賢者がつぶやく。
「お前、切り替えの早さスゲーな。」
忍者はナイトの間合いの数メートル外で立ち止まると刀を中段に構える。
それを見たナイトは盾を手にするともう片方の手に剣を構える。
その剣は近くで見ると人間の身長ほどもある大剣だった。
忍者がそれを確認すると、何やら大きな声でしゃべるが、風にかきけされ何を言っているか全く聞き取れない。
だが賢者はその聞き取れない声に反応する。
「いや、ベ◯セルクか!そのナレーション懐かしいな。…できれば完結まで読んでみたかったよ。」
隣の狩人が呆れた様子でつぶやく。
「聞こえてもいないボケに突っ込むとかお前、スゲーな。」
忍者はゆっくりと間合いを詰めていく。
半歩、そしてまた半歩とゆっくり進むがナイトは何の反応も見せない。
やがて大剣の届く距離になったが、それでも攻撃を仕掛けてくる様子は無い。
そのまま前進し自身の間合いになると、忍者はわざと盾で防ぎやすい場所をめがけて刀を突く。
ナイトは突きを盾で防がぐと同時に大剣を振りかぶる。
忍者は後退しナイトの射程のギリギリ内側の位置で立ち止まる。
ナイトがななめに大剣を振り下ろすと、忍者はそれを刀で受け止める。そして刀を大剣の横に滑らせるとともに身をかわし攻撃を回避する。
すぐさま踏み込みナイトの、大剣を持っている方の手に向けて刀の峰を振り下ろし、大剣を手放させる。
さらに忍者は数歩下がり勢いをつけて体当たりをし、ナイトと大剣とを引き離す。
忍者は刀を上段に構え追撃の姿勢を取ったが、ナイトがなにかアイテムを取り出そうとしているのを確認すると大急ぎで後退し、完全に間合いの外となる場所まで退避する。
忍者はナイトがその後何もアクションを起こさないことを確認すると刀を納め、ゆっくりと仲間のもとに戻る。
ひと仕事を終えた忍者はふうと息を吐くと賢者に尋ねる。
「どうだった?」
賢者がすかさず突っ込む。
「お前が聞くんかい!成果を聞きたいのはこっちだよ!」
忍者が調査の結果の報告を始める。
「ありのまま今起こったことを話すぜ…。
階段を登ったと思っ…。」
賢者が素早く割って入る。
「おい、本当にありのままを話せ。」
忍者が観念したように続きを話し出す。
「…どうやらあのナイトは、ある程度理性が残っているようで防御はちゃんと盾を使うし、剣の軌道もしっかりとしたものだった。
自制もある程度効いているようで、積極的には襲ってこなかった。
こちらから仕掛けた時も、攻撃こそしてきたが、急所を外すようにしっかりコントロールされていて少し驚かされたぐらいだ。
ただその中途半端に残った理性があだとなった面もある。
どうもアイテムを使う能力は健在のようだ。
どんな効果のアイテムを使われるか分かったもんじゃない。
間合いの外から魔法で倒す方が安全だろう。
…とまあ、分かったことは大体こんな感じだ。
あーあ、どこかに遠距離から魔法で攻撃できる奴いないかなぁ…チラッチラッ。」
賢者は視線を感じながらも敢えてスルーする。
「チラッとか口で言うんじゃないよ。」
狩人が矢を矢筒にしまいながら忍者に続く。
「自分は魔法を使えないしなぁ。
どこかに時空魔法使える魔術師はいないかなぁ。
チラッ…。」
流れに白魔術師も乗っかる。
「そうだねー。どこかに時空魔法のスペシャリストの賢者がいればいいのにねー。…チラッ。」
賢者は諦めたように言い放つ。
「分かったよ!やればいいんだろ、やれば!」
賢者はその場で何やら魔法を放つ態勢に入る。
狩人が心配そうに尋ねる。
「こんな遠距離でも大丈夫なのか?」
賢者はそのままの姿勢で答える。
「時空魔法に距離はあまり関係ないよ。
当たりさえすれば効果は同じさ。」
そう言うと賢者は何か魔法を放ったような動きをする。
しかし、皆がナイトを観察し続けるものの、一向に何も起きない。
白魔術師が賢者に確認する。
「何も起きないよ?」
賢者は頭をかく。
「…ごめん、遠すぎて狙いが外れた。もうちょっと近づいてもいいかな?」
そんな賢者に忍者がクレームを入れる。
「何やってるんだよ、増税クソメガネ!
お前がボケたら突っ込む奴がいなくなるだろ!」
賢者がすぐに反論する。
「誰が無能総理大臣だ!
あと、この作品はフィクションで現実の人物とは一切関係ないからな!念のため。」
ナイトから15m位の地点まで近づき賢者は再び呪文の態勢に入る。
忍者が賢者に声をかける。
「外すなよ、絶対だぞ、絶対だからな!」
賢者がすかさず突っ込む。
「そんな古典的な振りには乗らないからな!」
そう言うと賢者は魔法を放つ動作をする。
今度は命中したらしく、ナイトの体が横方向にスライドしていく。
その速度は重力がかかっているかのように加速度的に増していき、かなりの速度になったあとナイトの体は30mほど離れていた崖に大きな音と砂ぼこりを立てて衝突する。
白魔術師は慌てて駆け寄る。
「ちょっとは手加減してよ!」
狩人がそれに続いて走り出す。
「やったか!?
…なんて言っている場合じゃ無さそうだ。」
忍者は賢者に尋ねる。
「もしかして速すぎて魔法を止め損ねたとかそんなオチか?増税クソメガネ!」
賢者は申し訳無さそうにうなずく。
「理由はその通りだよ。
…でも無能世襲総理大臣ではないからな!
あと、この作品はフィクションで現実の人物とは一切関係ないからな!念のため。」
白魔術師が未だ意識を取り戻さないナイトに回復魔法をかけている。
「死んだかと思ったけど、思ったより軽症でよかったよ。防具が凄いのか本人の鍛練のたまものか分からないけどね。」
忍者がナイトの装備を見渡す。
「暴走状態になっていたのは、どうも呪われた兜を装備したことが原因みたいだな。」
賢者が不思議に思い尋ねる。
「どうして兜だって分かるんだ。」
忍者は兜を指さす。
「いや、だって…。兜に『呪』って書いてあるし。」
賢者は若干困惑しつつも、うなずく。
「お、おう。分かりやすいな…。」
忍者がナイトの兜を取り外そうと手を伸ばす。
それを見た賢者が忍者に声をかける。
「呪いにかからないように気を付けろよ?
お前が暴走したら全員がかりでも難しいんだからな?」
忍者が鼻で笑う。
「心配するなって。素手で触って危なそうだったらこの…試験管ばさみを使うから。」
賢者がすかさず突っ込む。
「なんでそんなもの持ち歩いてるんだよ!」
忍者が兜をゆっくりと頭頂方向にずらしていくと抵抗もなく拍子抜けするほどあっさりと兜は外れる。
それを確認した狩人が賢者に空のバケツを投げて渡す。
「ノルド、昼食の準備をするから急いで川から水を汲んできてくれ。いつもより多めにな。」
賢者はさきほどの失敗があり強く出られないので渋々承諾する。
小一時間ほどすると、ナイトが目を覚ます。
「ここは一体…?」
狩人がコップを差し出す。
「まずはこれを飲むといい。ア◯エリアスとポ◯リスエットの粉を水に溶かした簡単なものだが、ずっと水分を摂っていなかったんだ。君の体にはこれが必要なはずだよ。」
ナイトはうなずく。
「ありがとう。いただくとするよ。」
ナイトはコップを受けとるとあっという間に飲み干してしまう。
「ああ。生き返るとはこのことだな。体の隅々まで水分が染み渡っていくようだ…。
おっと済まない。自己紹介が遅れた。
私は…。」
ナイトのセリフを遮るように狩人はもう一杯同じものを差し出す。
「そんな一杯程度で足りるわけないだろ。さっさと飲むんだ。」
ナイトはやや困惑しながら受け取る。
「…ありがたくいただくよ。」
ナイトはぐいっと飲み干す。
「2杯もどうもありがとう。本当に助かったよ。人生で一番美味しいドリンクと言ってもいい。
申し遅れたな。私は…。」
ナイトのセリフを遮るように狩人が語りだす。
「気に入ってもらってよかった。この配合は色々と試行錯誤を繰り返した末に生み出した配合でね。
元々は間違って2種類を買ってしまったことが発端なんだが、どうせならと…。」
延々と語り始めた狩人にナイトは困惑する。
「(話が終わるまで待たないと自己紹介にすらたどり着けなさそうだな…。)」
狩人の長い話しが終わるとようやくナイトのターンが回ってくる。
「私はレスター。それなりに名の通ったナイトだ。サブのジョブとしてアイテム師もそれなりに習得している。この度は助けてもらったこと、心より感謝する。」
白魔術師はふと気になり疑問をぶつける。
「普通は錬金術師って名乗るって聞いたけどあんたはそうじゃないんだね。」
ナイトは慣れた様子で答える。
「その道一本でやってる人たちは気にするみたいだけど私は副業だからね。その辺にこだわりは無いよ。」
白魔術師は納得した様子で答える。
「ふーん、そうなんだ。邪魔してごめん。自己紹介の続きをどうぞ。」
ナイトは困惑する。
「続きと言われても、もうこれ以上言うことは無いのだが…。」
忍者が真剣な顔でナイトに尋ねる。
「さっきサブでアイテム師をやっているって言ってたよな。」
ナイトは少し緊張した様子で答える。
「ああ。言ったがそれが何か?」
忍者が真剣な顔のまままっすぐにナイトの方を見る。
「実はその情報、今回の仕事を受ける時に既に聞いていたから知っていたんだぜ。」
ナイトは対応の仕方が分からず困惑する。
「え…。おう…?うん?」
見かねた賢者が助けに入る。
「別にみんな君を困らせようとしている訳じゃないんだ。
ただの平常運転だから気にしないで欲しい。
君が突っ込み体質か見るためとはいえずっと突っ込まずに黙っていて済まなかった。ここからはちゃんと私が突っ込みで参加するから安心してくれ。」
ナイトは困惑しつつも返事をする。
「あ、ああ。分かった。(私は一体何を試されているんだ…?)」
狩人が鍋を取り出す。
「お腹も空いているんじゃないか?話の続きは食べながらでどうかな?」
狩人は鍋から各人の皿に中身を取り分けていく。
「今日の昼食は雑炊だよ。目覚めていきなりだと固形物はきついかなと思ってね。」
ナイトは感心する。
「色々と気を回してもらって悪いな。
ありがたくいただくとするよ。」
ナイトがさじをとると白魔術師が唐突に祈りの言葉のようなものを唱え出す。
「本日も生きる糧をいただき感謝いたします。海よ、大地よ、空よ、その恵みに…。」
ナイトは慌ててさじを置く。
賢者はそれを横目に見ながら白魔術師に突っ込みを入れる。
「今までそんなことやったことないだろ!客人を困らせるようなネタをいきなり放り込むんじゃないよ!」
ナイトは周りを見回しながら恐るおそるさじを握り直す。
「普通に食べていいんだよな?」
ナイトの問いに賢者が頷きながら答える。
「もちろんだよ。何も気にすることはない。自由に食べてくれ。」
ナイトが再びさじを持ち雑炊を口に運ぼうとすると、またもや白魔術師が声を上げる。
「このお肉、食べたことない味だけど何を使ってるの?」
狩人が淡々と答える。
「さっきその辺で狩った魔鳥レッサーアシッドコカトリスだよ。野生のニワトリに紛れていたから狩ってきた。」
白魔術師は小声で呟く。
「…ふーん。ニワトリの方を狩るっていう選択肢は無かったんだね…。」
ナイトは賢者に確認する。
「本当に食べて大丈夫なんだよな?名前にアシッドとか入ってたけど。」
賢者が慣れた様子で答える。
「材料の名前が少々おかしいだけだ。気にするな。」
ナイトは独り言のように呟く。
「少々なら気にならないけど、材料が魔物…。だが好意を無下にするわけにもいかん。
逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ!」
賢者がすかさず突っ込む。
「心の声を当たり前のように口に出すのやめろ!」
ナイトは勇気を出してさじを口に運ぶ。
「…ほう、これは…とってもおいしいじゃないか。疑って悪かったよ。」
狩人は普段と変わらない様子で答える。
「気にしなくていい。口にあったようで何よりだ。」
ナイトが雑炊をかきこみながら狩人に尋ねる。
「本当にプロが作ったような味だよ。作る上でなにか特別なこだわりがあったりするのかい?」
それを聞いた一同は、あっ、と言うような顔をする。
少し遅れてナイトが、しまった、と思ったがすでに手遅れだった。
狩人は前のめりになって説明を始める。
「少々長い話になるがいいか?まずは出汁から話そうか。今日の出汁はいつもと違い鶏ガラの他に……。」
食事と片付けを済ませた一行は休息をとる。
「実は我々は仕事として救出に来たんだよ。」
賢者の今さらの告白を聞きナイトはぼんやり空を見上げながら答える。
「まあ、そうだろうな。普通は2、3言目に来そうなセリフだけど、それを聞くまでにこんなにたくさんイベントが挟まるとは思ってなかったよ。」
賢者はふうと息を吐く。
「さて、『呪われた聖騎士』レスター君だったかな。」
賢者が言い終わる前にナイトは食いぎみに割り込む。
「その呼び方はやめてもらおうか。
まるで私自身が呪いに蝕まれているみたいじゃないか。」
賢者は鼻で笑うとナイトを見る。
「…さっきまでどんな状態だったんだっけ?」
ナイトは申し訳なさそうに答える。
「…それを言われると弱いな。呪われていたことはノータッチで頼むよ。自分にできることなら何でもするから。」
そのワードに忍者が反応する。
「今、何でもって…。」
お決まりの反応をした忍者に賢者が突っ込みを入れる。
「お前それ何年前のネタだと思ってるんだよ!時代遅れにもほどがあるだろ。いい加減ネタのリストを現代に差し替えろよ!」
ナイトはもうノリに慣れたのか動じることなく賢者に確認する。
「聞きたいのは報酬のことだろ?当然私が全額払うことになっているのだろうな。私がいくら相当と判定されたかは知らないが、必ず満額支払うよ。
ただ今は手持ちが無くてな…だがなるべく早く支払うことを約束しよう。」
賢者は軽くうなずく。
「その件も大事ではあるが用件はもうひとつ…。」
賢者が言いかけると唐突に白魔術師が会話に入ってくる。
「ねぇ、なんで呪いの防具を装備してたのー?」
急に割り込んできた白魔術師を賢者がたしなめる。
「それは後にしろよ。話がぶれるだろ。」
白魔術師の質問にナイトの表情が急に真面目に変わる。
「私は呪いのかかったアイテムを集めてこの大陸中を旅をして回っている。」
賢者がすかさず突っ込む。
「答えるんかい。」
ナイトは賢者の突っ込みに動じることなく話を続ける。
「一口に呪いと言ってもその強さや内容は様々あってな。グループ分けするのも難しい。
だが、発生理由はほとんどみな共通している。作り手の想いが無意識の内に込められてしまうからだ。
熟練の作り手になると意識的、あるいは無意識の内に製作物に自分の願う効能を乗せることが出来るようになってくる。
ある者は武器の切れ味を、ある者は防具の強度を願い腕を振るう。
そうするとその想いが宿り実際に効果を発揮し、一流の道具として取引されるようになる。
しかし、だ。」
ナイトは一息入れると一同を見回す。みなが自分に意識が向いていることを確認すると、気分よく続きを話し始める。
「製作者が同時に意識を別の所に向けていると、意図せずそちらも宿ってしまうことがある。
例えば、製作者が脚を蚊にさされてそれを我慢した状態で制作を続けていると、かゆみへの意識が意図せず宿り、やたら強固だが装備すると足が痒くなる呪いを持った鎧、みたいなものが生まれる。
そうしたものは全て呪われたものとして、安値で取引されるか、場合によっては捨てられてしまう。
それらの中には、とてつもない性能を秘めているにも関わらずごく軽微な呪いがあるというだけで見捨てられてしまっているものも多い。」
ナイトは一呼吸置くと続きを話し始める。
「 私は不遇な扱いを受けているアイテムが不憫でならない。それらに活躍の場を与えてやりたい。だから呪いがあるとされるアイテムを集めているのだ。」
ナイトはいくつかの装備品を取り出す。
「勉強をしてアイテム師を取得して呪いを目利きできるようになり、ほとんどの武具を装備できるナイトの職につき、それらを実戦で活かしてやる。そうするとアイテムはそれに応えて本当の輝きを放ち始める。今手にしているこいつらはまさに一級品と言っていい品物たちだ。」
ナイトは皆を見渡し、全員が着いてきていることを確認すると、少し間を開けてから話を再開する。
「だけど、もうひとつやりたいことがある。というよりそちらが本題だと言っていいだろう。」
ナイトは立ち上がり先ほどまで自身を苦しめていた兜を手に取る。
「中には呪いの効果が強すぎて使い物にならないものもある。
例えばこの兜。アイテムのスペシャリストでもあり呪いに態勢があるナイトのジョブについている私でさえ正気を失わせるほどの強力な呪物だ。
これが流通すれば装備者に私と同じかそれ以上の症状を発現させるだけという負の側面しか無いアイテムであることは間違いない。
こういったアイテムたちが加害者とならないように…。」
ナイトは兜を放り投げると大剣を振り下ろし真っ二つに斬り伏せる。
「道具としての命を終わらせてやること。これが私のやりたいことだ。」
ナイトは元の位置に座り直す。
「どんなパーティから誘いを受けても、私は全て断るつもりでいる。
私が使命を果たそうとする限り、今回のように暴走する危険性がつきまとうからだ。
強力な装備を持ち、それなりに腕も立ってアイテムを使いこなすこの私を止めるのは至難の業だ。
君たちだってかなり苦労しただろう?」
賢者はナイトに問いかける。
「随分と自信家なんだな?」
ナイトは当然だと言わんばかりに落ち着いたトーンで答える。
「ナイトってのはそういうものだぜ。でもまあこう見えてそれなりに実力はある。どこぞの賢者パーティ程ではないがそれなりに名も通ってるんだぜ。
賢者パーティか。いつか会ってみたいものだが。」
賢者は何も知らぬかのように尋ねる。
「賢者パーティってどんなパーティなんだ?評判はどんな感じだ?」
ナイトはなぜそこを掘り下げるのか少し不思議そうな顔をしながら答える。
「私は直接会ったことは無いが、相当な実力を持った稀代の変人集団らしい。
アローワークの職員に聞けば変態列伝を山のように聞けるぜ。
最近聞いたのは…。」
賢者はナイトを制止する。
「うん、分かった。その件はもういいや。」
賢者はそう言うとナイトの肩に手を置く。
「ところでレスターにひとつ提案がある。」
ナイトが不思議そうな顔を向けると賢者は続ける。
「 …うちのパーティに入らないか?」
「おい、さっき誰からも誘いは受けないって言っただろ。ガン無視かい。」
忍者が颯爽と立ち上がりナイトの肩に手を置く。
「じゃあ私から…。
うちのパーティに入らないか?」
ナイトは少し困惑気味に答える。
「えっ何これどういうこと?適切な答えを言うまで無限ループ?斬新な勧誘方法だな。」
それを聞いた白魔術師が颯爽と立ち上がりナイトの方に向かって歩き出す。
ナイトが慌てて制す。
「待った、待った!あと2回同じことを繰り返すつもりは無いから!一旦落ち着け!」
忍者が静かに口を開く。
「逆に考えるんだ。
入っちゃってもいいさ、と。」
賢者がすかさず突っ込む。
「いろんな場面で使えそうでほぼ使いどころがない迷言を持ち出すのやめろ!」
狩人が更に説得の言葉を重ねる。
「断る理由なんて考えればいくらでも湧いてくる。
だから自分のやりたいことが叶えやすくなるかそうでないかで考えてもいいんじゃないかな。
だから、逆に考えるんだ。」
ナイトは少し困惑しながら答える。
「だから逆に考えるって何だよ?このパーティでは流行ってるのか?」
白魔術師が狩人に尋ねる。
「ねえ、さっきから出てくる、逆に考えるって何?」
思わずナイトが突っ込む。
「パーティ内でも通じて無いのかよ!」
狩人が解説の体勢に入る。
「今のネタはかの有名な深紅のロ○ンホラーことジョジョの…。」
ナイトは気を取り直して大きく息を吸うと姿勢を正す。
「パーティに誘ってくれたことは素直にありがたいと思っている。
だが、私は使命はこの街だけで成せるものではない。この国、つまりこの大陸全体だ。
もし私を加入させたいと言うのであれば今後は各地を回る忙しい旅をしてもらうことになってしまう。それを受け入れる覚悟はあるかい?」
賢者は少し残念そうな顔をする。
「あらたまって言うから重大なことかと思ったらそんな程度のことか。もちろん構わないよ。好きなところへ連れていってくれてく構わない、というかこちらが連れ回すことになるだろうけどな。」
ナイトは解せない様子で尋ねる。
「どういうことだ?なにか大陸中を飛び回る用事でもあるのか?」
賢者は軽く笑いながら答える。
「大陸中、か。それも結構なことだと思うよ。
でも、ね。」
賢者は立ち上がる。
「ウチのパーティはこの大陸に留まるつもりはない。我々の活動する場所は…世界だ。この大陸はもちろん、そして…。
この大陸を取り囲むように存在する5つの大陸全てを回る。
そして行きたい場所、やりたいこと、全てを叶えるのさ。
とは言うものの、実際問題、外国で活動するためには、危険なものを掴んだり騙されたりしないようにアイテム師が必要になると思ってね。
うちのパーティに入ってくれるような奇特なアイテム師を求めてこの大陸をもう何周もぐるぐると回っていたんだが、もうそれも飽きてきた。
もし私たちと来るつもりがあるなら、世界中を連れ回してやるよ。
この大陸だけの呪いのアイテムを集めるなんていう低い目標を掲げられては困るな。」
そう言うと賢者はナイトに手を差しのべる。
ナイトはフッと笑うと賢者の手を取り立ち上がる。
「覚悟を問われるのは私の方だったか。しかし私みたいな変人でいいのか?」
賢者は軽く呆れたかのような様子で答える。
「気になるわけ無いだろ。
だってお前がさっき言ってたじゃないか。
うちのパーティは巷では変人集団と有名、って。」
ナイトは少し驚いたがすべてを察し苦笑いをする。
「なるほど、そういうことか。
メンバー構成を見れば気付いてもよさそうなものだが、そんな大物と出会うとは思ってなかったものでな。」
ナイトは一呼吸置くと続ける。
「改めて言わせてもらおう。私はレスター。
いずれこの大陸で、いや、世界で最も優秀なナイトとして名を馳せる予定だ。
最初に1つ謝らなくてはならないことがある。
さっきはパーティの誘いをすべて断ってきたみたいなことを言ったがあれは大嘘だ。
幾度かメンバー募集をしているパーティに私の方から志願したが、私が呪いのアイテムを集めていることを知るとすぐに断られてしまった。
初めて自分を変人として避けることなく実力を評価してくれた君たちに感謝をしたい。」
賢者は首をかしげる。
「別にそんなこと誰も気にしないんだから黙っておけばいいのに。」
ナイトはふっと笑う。
「仲間に嘘をつきたくない。
…ナイトってのはそういうものだよ。」
賢者が答える。
「そうかい、そういうことにしておこうかな。」
やり取りが終わったのを確認するとすぐに白魔術師が伸びをする。
「終わった?じゃあすぐに報酬を受け取りに行こうよ!もう野宿なんてしないからね!」
賢者がすかさず突っ込む。
「切り替え早すぎるだろ!」
ナイトも注文を付ける。
「せめて5分ぐらいは私に時間をくれよ。」
それを聞いた全員が黙り込む。
しばらくの間、全員の視線がナイトに向けられ静寂が支配する。
「…いや、その…。私が話せるように黙ってほしいんじゃなくて私を歓迎してくれたり、余韻に浸らせてくれてもいいだろって意味だったんだが…。
まあいいや。そういやまだ名前を聞いてなかったな。」
全員が下を向く。
白魔術師がつぶやく。
「名乗るのはちょっと…。」
ナイトが突っ込みを入れる。
「なんでだよ!」
一行は町に戻って来ていた。
「それにしても、誘われたパーティがあの名高い賢者パーティだとはな。
『突っ込みの賢者』ノルド…。」
「その突っ込みの専門家みたいな二つ名やめろ!」
「そして『大ボケ忍者』エリア…。」
「そのポンコツみたいな名前では呼ばないでもらおうか。」
「『返り血』のリン…。」
「白魔術師の逆を行く呼び方やめて欲しいんだよね!」
「そして最後に『おしゃべり料理人』ルーネイト…。」
「その狩人要素の無い呼び方やめてもらおうか。そもそも私にそんなイメージを抱いている奴なんていないんだよ。」
「えっ!?」
「!?」
「!?」
忍者がナイトの方を横目で見る。
「そこに『呪われた聖騎士』レスターが加わったということだな。」
「その呼び方はやめてもらおうか。
まるで私自身が呪いに蝕まれているみたいじゃないか。」
一連のやり取りを目の前で見せられているアローワークの受付は苦笑いする。
「(そういうやり取りは先に終わらせてから受付に来て欲しいんだよなあ…。)」
賢者は受付に事情を説明する。
「という訳なんだが、この場合報酬ってどうなるんだい?」
受付は規則を記した冊子をパラパラとめくる。
「規則第3条によりますと…。」
賢者がすかさず突っ込む。
「レアケースなのに随分と番号若いな。もっと先に持ってくるべき規則いっぱいあるだろ。
…済まない。突っ込まずにはいられない性格なんだ。
気にしないで続けて欲しい。」
受付は平然とした様子で答える。
「債務者が債権者であるパーティに加わった場合は相殺され、債権は消滅します。なので、事情があって受け取れないという条件には合致しませんのでアローワークからのお支払いはありません。」
狩人がつぶやく。
「要するに1円も入ってこないってことか…。」
白魔術師がその場で崩れる。
「今日も宿に泊まれないってことじゃん。
それどころか食事代さえ怪しいかも…。」
忍者がつぶやく。
「宿に泊まる金が無いんじゃない。逆に考えるんだ。
金が無いから宿に泊まれないんだ、と。」
賢者が素早く突っ込む。
「一緒だろ。」
ナイトが白魔術師をなだめる。
「まあまあ、たまには野宿ってのもいいもんだぜ。」
狩人がナイトに小声でささやく。
「これで4日連続なんだよ…。」
ナイトは慌ててテントを取り出してフォローする。
「このテントを見てくれ。こいつはそんじょそこらのテントとはひと味違う。真夜中に自動的に浪花節が流れる呪い…オプション付きだ。」
賢者がすかさず突っ込む。
「そんなもの捨てろよ。だいたい、浪花節がどんな物か分かっている日本人なんて1割もいないだろ。」
白魔術師が顔を上げる。
「ねえレスター。調合で作った薬でぱぱっと稼げないの?」
ナイトは頭をかく。
「そうは言われても、材料を集めるのにも手間がかかるし、調合自体もそれなりに時間もかかるからなあ。」
白魔術師は狩人の方を見ると何かを思いついたらしくおもむろに立ち上がると狩人の腕をつかむ。
「仕方ない。ルーネイト、ちょっと一緒に来て!」
そう言うと白魔術師は狩人を連れて外に走って出て行く。
ナイトは二人を見送ると残った2人の方に振り返る。
「リンたちが何をするつもりか知らないけど私も微力ながら薬を作って販売しようと思う。2人とも、手伝ってほしい。」
歩いて外に向かうナイトに賢者はやれやれといった様子でついていく。
忍者は受付に歩み寄る。
「この街には急に押し掛けてた人に対して無料で食事と寝床を提供してくれるような人はいないだろうか。」
受付が思わず突っ込む。
「なんですかその厳しい条件。そんな人昔話の『三枚のお札』のヤマンバぐらいしかいませんよ。」
アローワークに中年の男性が入ってくる。
「アローワーク、ジャンフォレスト南部支店へようこそ!」
「おう。仕事終わったから報告に来たぜ。
ところで…賢者パーティが久々に来てるんだな。
呪われた聖騎士もいたようだが、変人パーティに変人が加入したってことか?」
「ええ。正式に申請がありましたよ。」
中年の男性は周りを見回してから小声で受付に尋ねる。
「あいつら、ここの入口で雑炊屋と毒消し薬の売店を開いてたけど、いいのかい?」
受付は軽くため息をつく。
「もちろん良くはないのですが…。」
受付が言いかけると白魔術師が外から騒がしく駆け込んでくる。
「紙を一枚くれない?あとペンも貸して!
なんだったら、『二杯目から20%割引』って書いてくれてもいい!」
受付が紙とペンを渡す。白魔術師は礼を言うと受付のテーブルに200円を置いて急いで外へ走っていく。
白魔術師の姿が見えなくなると受付は苦笑いする。
「もちろんこういう勝手なことをされると困るのですが、あの方々をいちいち相手していると疲れきってしまいますので…。」
中年の男も苦笑いをする。
「ははっ、違いねえ。」