2章-1
2026年5月7日 2章リリース開始
15話「第2章1話」
[前回のあらすじ]
ミミックって美味しいんですって!
一行は森の大陸への入国のため検問所の中にいた。
サングラスをした職員が紙を配布する。
「入国希望ね。じゃあ、その紙に必要事項記入して。」
白魔術師が受け取った紙を記入しながら文句を言う。
「国外側だと手続きが面倒なんだね。手続きカードを統一化してくれればいいのに。」
狩人が応じる。
「まあいいじゃないか。お金を取られないんだし、優良な方だと思わないと。」
ナイトが付け加える。
「人の往来に金をとるのは悪手だぜ。楽市楽座が経済の基本だ。通行税ほ目先の小金は得られるだろうが、人や物流の阻害による経済の停滞を考えればむしろマイナスだからな。」
賢者がすかさず突っ込む。
「日本の高速道路の悪口はやめろ!」
一行は手続きを終えて検問所から外に出る。
忍者は周りを見渡す。
「さて、まずどこで遊ぶ?」
賢者はすかさず突っ込む。
「おい、観光モードになるの早すぎだろ!」
忍者がうなずく。
「分かっているよ。旅の達人の金言を忘れたわけじゃない。『飯より宿』だろ?」
「それはそうなんだが…。
とりあえずあの方々が旅の達人かどうかは微妙なところだろ。」
外に出た一行の所に獣人が駆けつける。
「あなた方は向こうの大陸…。」
被せるかのようにシーフがメンバーに告げる。
「さて、私は自分の目的のために町を訪ねて回ろうと思う。
みんなが欲しい情報を手に入れたら後で必ず共有するよ。だから、その代わりと言っちゃなんだけど、例の件はよろしくね!
じゃ、また!」
そう言うとシーフは向こうの方へと駆けていく。
黒魔術師がつぶやく。
「どうせまたすぐ会うんでしょ?」
賢者が狩人に確認する。
「救命用の食料は?」
「ああ、問題ない。ちゃんとメロンパンを用意してある。」
などと話していると数100mほど先の方で騒ぎが起きる。
「人が倒れているぞ!」
「担架だ、担架を持ってこい!」
賢者は落ち着いた様子でつぶやく。
「…あいつに限っては、『宿より飯』だな。」
シーフは夢中でメロンパンに食らいつく。
メロンパンを平らげると狩人が差し出した水を一気に飲み干す。
そして、落ち着くとペコリと頭を下げる。
「毎度のことながら、美味しい食事をどうもありがとう。」
狩人が答える。
「気にする必要はない。毎度のことさ。」
シーフが再度出発する準備を始めると、忍者が声をかける。
「なあ、サニア。この大陸にいる間は一緒に行動しないか?
見知らぬ土地での単独行動は危険だ。
それに、お前がいつまた倒れるか気になってこっちも落ち着いて旅が出来ないってもんだ。」
シーフは少し考えてから答える。
「分かった。もしご迷惑でないようならご一緒させてください。
ただひとつだけ言っておくけど…私は倒れてはいないよ。」
「倒れてただろ!」
「倒れてたよ。」
「倒れてたよ。」
「倒れてた。」
「倒れてた。」
「倒れているお前の口にメロンパンを放り込んだのは幻か?」
話が落ち着くと獣人が話かける。
「あの…そろそろお話させていただいて大丈夫でしょうか?」
全員が驚き戦闘体制に入る。
獣人は困惑する。
「えっと…結構前から声かけさせていただいているのですが。
もっと言うなら、前話からずっとです。」
「見ての通り、私はオオカミ型の獣人です。
獣人を初めて見る方は私を奇異な者として認識するのですが、皆様のいらした国ではそう珍しくもないのでしょうか?」
賢者が口ごもる。
「いや、外見をネタにするとポリコレが発狂するから…。」
獣人が困惑しつつ返答する。
「本人にとってはむしろせっかくのアイデンティティなのでいじってほしいのですが…。
本人の意思より力が上のポリコレって何なんですか。」
ナイトが唐突に話し出す。
「私の名前はレスター。メインジョブはナイトだ。サブでアイテム師をやっている。」
獣人が何か言いかけたが先に忍者が話し出す。
「今さら自己紹介されても…。
名乗られたからには仕方ない。
私はエリア。忍者をやっている。
1日3忍びをモットーとしている。」
獣人が何か言いかけたが、先に賢者が突っ込む。
「3忍びって何だよ。」
白魔術師が続く。
「私はリン。白魔術師。
このパーティでは数少ない常識人だよ!」
「えっ!?」
「えっ!?」
「えっ!?」
「うそだろ!?」
「えっ!?」
「えっ!?」
「という訳で、自己紹介が済みまし…た、と。」
忍者の言葉に賢者がすかさず突っ込む。
「描写は省略したけど全員自己紹介を済ませた、みたいな感じ出すのやめろ!」
続けて賢者は獣人に問いかける。
「それで、黒魔術師のキーリさんだっけか?前話から追いかけて来ているとのことだけど要件は一体何なんだい?」
獣人はメンバーの顔を見渡す。
「その前に一つ確認したいのですが、よろしいですか?」
忍者が即答する。
「ダメだね。」
獣人は申し訳なさそうにうつむく。
「あっ、はい…。」
場を静寂が支配する中、メンバーは互いに顔を見合わせる。
ナイトが忍者に苦言を呈する。
「お前、この空気どうするんだよ。」
忍者は少し考え込むと、おもむろに口を開く。
「時を戻そう!」
そう言うと咳払いをする。
「という訳で、自己紹介が済みまし…た、と。」
忍者の言葉に賢者がすかさず突っ込む。
「描写は省略したけど全員自己紹介を済ませた、みたいな感じ出すのやめろ!」
続けて賢者は獣人に問いかける。
「それで、黒魔術師のキーリさんだっけか?前話から追いかけて来ているとのことだけど要件は一体何なんだい?」
獣人はメンバーの顔を見渡す。
「えっと、さっきと同じ質問しろってことですよね?
…一つ確認したいのですが、よろしいですか?」
忍者がうなずく。
「当然だ。」
獣人はやや納得いかない表情を浮かべながら尋ねる。
「皆様は、向こうの大陸からここへやって来られたのですよね?」
賢者が答える。
「そうだよ。セントラルからこの森の大陸に渡ってきたばかりだ。」
獣人はつぶやく。
「セントラル…森の大陸…どうやら本当のようですね。」
獣人はメンバーが自分に不思議そうな視線を向けていることに気づくと、慌てて要件を話し始める。
「皆様の大陸の方々は腕が立つと聞き及んでおります。
少なくともそこの洞窟を踏破したのですからこの大陸の上位のワーカーたちと同じかそれより上かということが分かります。」
狩人が疑問を呈する。
「あの程度の洞窟が物差しになるのか?まともな強さの魔物はミミックとウンディーネとオオコウモリぐらいなものだったぜ。」
黒魔術師が素早く補足する。
「オオコウモリ相手は私も活躍した奴ね。完全カットされたけど。」
黒魔術師の補足に反応してシーフも補足を入れる。
「オオコウモリも美味しかったよ。」
賢者が突っ込む。
「どっちの補足も要らないだろ!」
ナイトも獣人に疑惑の目を向ける。
「たしかにクセのある魔物が多い洞窟だったが、コースを外れなければオオコウモリぐらいにしか出くわさないし難易度的には高くは無いと思うが。」
忍者が補足する。
「ディ○ニーの落下系アトラクションで言えばカ○ブの海賊程度のレベルだったな。」
賢者がすかさず突っ込む。
「おいやめろ!世界一権力があるネズミにたてつくんじゃない!
それと、あのアトラクションの分類は落下系じゃないから。」
獣人は落ち着きを取り戻し話を続ける。
「やはり実力は本物のようですね。
その腕を見込んで依頼をしたい。
この大陸の北に、黒魔術師の村という名前の村があります。
私はその村で暮らしているのですが、最近周辺に皆様の大陸から渡ってきた盗賊の黒魔術師が居座り、村先住の者といさかいを起こしており、衝突による魔法により大変な被害が出ているのです。
どうかあの黒魔術師を追い出してはいただけないでしょうか。」
シーフは真剣な顔で尋ねる。
「そいつの名前は?」
獣人が答える。
「月夜の明星の…ちょっとお待ちください、メモを見ますので。
…ミラーっていう黒魔術師です。メモしておいてよかったです。」
ナイトが感心する。
「そうそう。出番が複数回にまたがるキャラの名前はちゃんとメモしておかないとな。
盗賊団の幹部の名前はドレミファソラシドから取ってるっていうだけじゃ思い出せない所だったな。危なかった。」
賢者が獣人に確認する。
「要するに、仕事の依頼か。それならあそこにアローワークがあるしそっちで正式に依頼した方がいいんじゃないか?」
忍者がすぐに反応する。
「手の空いたワーカーがいない、か報酬が高額。あるいは、討伐対象が盗賊とはいえ外国人だからアローワーク側が及び腰になって依頼を受理しない、といったところじゃないか?」
獣人は忍者が先ほどまでと打ってかわってまともなことを言うのに驚きしばらく立ち尽くすが、我に返り答える。
「ええ。どのアローワークもターゲットの黒魔術師の国籍を伝えるとすぐに依頼の申請を却下してしまうのです。なにしろご存じの通りあの大きな戦争がありましたからね。国は何よりも報復を恐れているのです。」
狩人がそれを聞くなり問い詰めようとしたが、賢者が制する。
「こちらとしてもいくつか尋ねたいことがあるが、そちらも同じだろう。
そこで交互に一個ずつ質問し合おう。
まずはそちらからどうぞ。」
獣人は頭をかく。
「そう言われましても、現段階では特に思い付かないですね。」
「いきなりネタ切れするんかい!質問力をもっと鍛えろよ!」
賢者が仲間に問いかける。
「じゃあ、質問ある人!」
白魔術師が真っ先に手を挙げる。
「はい!はい!はい!」
賢者は仕方なく白魔術師を指名する。
「じゃあ、リンどうぞ。」
白魔術師は興味津々な様子で獣人に尋ねる。
「頭の上にオオカミ耳あるじゃん?
顔の横にも耳あるの?
音はどっちで聞いてるの?」
賢者がすかさず突っ込む。
「最初にそれかよ!」
獣人は頭の上の耳を撫でながら答える。
「頭の上の耳も普通に耳として機能していますが、メインで音を聞き取るのは顔の横についた耳です。体毛に埋もれていますが、皆さんと似たような物がついていますよ。
知っての通り、我々は人間とオオカミを用いた実験から生まれた最初の人工種族、ワーウルフ。人間とオオカミの両方の性質を併せ持ちます。」
予想外に皆が驚いた様子をするので獣人は逆に困惑する。
黒魔術師が口を開く。
「えっと、森の大陸では人工種族って…。」
獣人は右手の掌を黒魔術師に突きだし制止する。
「次の質問は私の番です。」
獣人が質問しようとしたが狩人が割り込む。
「耳が4つのタイプの獣人は一般に『ブライ型』と言われている。」
黒魔術師が聞き返す。
「ブライ型?」
「ああ。下の耳で音を聞いているから上の耳は飾り、いわば髪型のようなものだ。頭の左右にひとつずつ髪が突き出した髪型の人物として一番有名なのがド○クエ4のブライだ。
だから耳が4つのタイプの獣人を敬意を込めてブライ型獣人と呼ぶんだよ。」
黒魔術師は納得すると獣人の頭に目をやる。
「なるほどブライ型…か。」
獣人は迷惑そうに訴える。
「その呼び方やめてもらえますか?なんかバカにされている気がするので…。」
獣人は咳払いをして仕切り直すと改めて尋ねる。
「みなさんうちの国を森の大陸という通称で呼んでおられますが、我が国にはグリーンガーデンという正式な国名があります。外国の方はたまにうっかり通称で呼ぶこともありますが、この国にいる間は普通は正式な名前で呼びます。
皆さんうちの国について知らなすぎじゃないですか?いったいどの程度の知識量なんです?」
狩人がやれやれといった態度で、嬉しそうな顔を浮かべて説明を始める。
「森の大陸。北西にあるこの国を我々はみな森の大陸と呼ぶが、正式名称はグリーンガーデン。
国土の多くが森に覆われており、植物が豊富だからなのか古くから医療が発達していて、王都には国際的に有名な医療施設がある。
歴史的には最大4つの国に分かれ離合集散を繰り返していたが、4つのうちのひとつイングルが統一をしたタイミングで、同じ繰り返しを繰り返すまいと、わだかまりの原因のひとつである国名を新しい名称にすることを決定。すべての地域の、年齢性別分け隔てなく全国民による投票によって決められた。さすがに自分で行動する能力を欠いたり意思決定がおぼつかなかったりする幼児は投票できなかったが、それでも資格だけは与えられており、世界初にして唯一の本当の全国民による平等選挙だった。
国土の形はアルファベットのQの外郭と似ており飛び出た部分は港を作るのに適した地形で、セントラルからの洞窟の入口もそこにある。
だが、その部分以外の海岸は数か所を除きほぼ断崖絶壁であり内陸国のような様相を呈している。
国土のほぼ全体を覆う森の隙間に点々と都市が築かれている。
港からの道のりの関係で、大陸の東側にのみ大都市や道路が整備され、西や北に行くほど未開の地となるという特徴的な構造となっている。
主要な都市は3つ。ここ、外国からの玄関口であるウェーノそして最大都市オーミャ、王都であるミットの3つだ。」
狩人が付け加える。
「国民全体が大なり小なりとある病に冒されていることが知られている。
その病の名は中二病。
簡単に言えば、変わり者が多いってことだな。」
獣人は呆れつつも尋ねる。
「そこまで知っていてみなさんどうして何も知らないかのような反応なんです?」
狩人が答える。
「情報をみんなに共有していないからだ。チャンスはあったんだが、テスが別の選択肢を選ぶから…。」
黒魔術師が反論する。
「私のせい?
私はその選択肢を選んだつもりだったよ?
まさか末尾の空行が有効な選択肢だなんて思わないじゃん!」
獣人は内輪のノリについていけず、さらに困惑を深める。
「さて、質問の順番はこっちの番ということでいいかな。」
賢者はそう言うとメンバーの方に振り返る。
「質問ある人?」
シーフが静かに手を挙げる。
賢者はシーフを指名する。
「はい、じゃあサニア。」
シーフは獣人の全身を改めて俯瞰する。
「毛皮の上に服って暑くない?」
獣人は少し間を置いてから答える。
「別に暑くないですけど…。ていうかさっきから質問がくだらないものばっかりなんですが…?」
ナイトがため息混じりに答える。
「おまえがさっき外見をいじってほしいとかいうからみんなで絞り出してるのにまさかそんな言い方をされるとはな…。」
獣人は慌てて答える。
「あっ、まさか気にしていただいていたとは…。なんかすみません。もうその件は忘れてもらって結構です。」
賢者が尋ねる。
「何年か前にうちの国に大軍が押し寄せたとのことだが、何があったか知っていることを教えてもらえないだろうか?」
獣人は不思議そうに答える。
「それはこちらが聞きたいことです。
グリーンガーデンからも2万人もの兵を出しているのに戻ってきた者はいない。
風の大陸以外はどの国も同じぐらいの兵を派遣したものの、生還したのは火の大陸の数十人と風の大陸の数百人だけだと聞きます。
いったい何が起きたのです?」
忍者が返答する。
「それはこちらが聞きたいことだ。
うちの国ではそんな大軍がやって来たという情報は無い。
いったい何が起きたんだ?」
獣人が返答する。
「ですから、それはこちらが聞きたいことで…。」
忍者が返答する。
「なるほど。だが、それはこちらが聞きたいことだ。いったい何が起きたんだ。」
賢者が突っ込む。
「ヤギさん郵便システムやめろ!」
獣人が尋ねる。
「みなさんはいったい何が目的でグリーンガーデンにいらしたのです?」
賢者が答える。
「今しがたヤギさん郵便した内容と思ってくれていいよ。
うちの国にある程度の数の外人が人知れず入国したらしくてね。真相を追っている。
そちらの大軍の事件と何か関係がありそうな感じがするが、そんな数の大軍が入って来たなんて情報は無くてね。とりあえず手掛かりのひとつになるかな、って所だ。」
シーフが補足する。
「それと、盗賊団…。」
賢者がシーフを制する。
「だから、目的に無い、盗賊団の討伐の仕事を受けるという件についてはちゃんと対価をいただかなくちゃいけない。
予算は?」
「はい。村から資金をかき集め…。」
カネが入った袋を取り出す獣人に賢者が慌ててストップをかける。
「ちょっと待った!」
賢者はメンバーの方に振り返る。
「この国の通貨の設定どうしようか?」
貨幣について黒魔術師が疑問を投げ掛ける。
「同じ通貨じゃダメなの?」
ナイトが答える。
「なんか外国感を出すために変える作品も多いらしい。」
黒魔術師がつぶやく。
「外国感…?」
白魔術師が続く。
「ファンタジー世界や異世界だと異世界感を出すために通貨を架空の物にする場合がほとんどだよね。」
黒魔術師がつぶやく。
「異世界感…?」
狩人が続く。
「実際それによってそんな感じが出ているかと言われると首を捻らざるを得ないけどな。
それなら言語を変えて毎回通訳を通して会話した方が効果があるだろう。」
シーフが反応する。
「いやあ、でもそれ不便でしょ。
言葉は同じで文字だけ違う設定も良くあるけど、あれは無理があるよね。
言語と文字は日本語じゃないと不便だから仕方なく代わりに通貨を変えてるんじゃない?」
忍者が続く。
「そうは言うけど、通貨だってなかなか不便だぜ。
アニメのコメント欄で『金貨1枚って日本円でいくらぐらいなの?』っていうコメントを時々見るぜ。それはつまり、金額が高いか低いかが読み手に伝わってないってことだ。
作者の意図の伝達の阻害に他ならない。」
シーフが続く。
「作者が自分で換算表を作って、脳内の日本円の価格を変換して記載、読み手が変換表をみて日本円に換算するんだよね。よく考えるとこのシステム誰が得するんだろうね。」
賢者がメンバーに告げる。
「決を採ろう。
別の通貨にした方がいいと思う人!」
少し間を開けて再び問いかける。
「通貨は変えなくていいと思う人!」
賢者は結果を確認すると待たせていた獣人に告げる。
「と、いうわけだ。」
獣人がつぶやく。
「分かりましたけど、そんな議論は作中でやらないでくださいよ。」
「用意した報酬は金貨…じゃなかった。500万円程です。」
獣人の示した金額に納得いかない様子で賢者が問いかける。
「なんで7人パーティに対して7で割りきれない金額なのかな、とか思ったりして。
あと4万円あれば7で割り切れるのになあ、とか思わなくもないけど?」
獣人は少し考え込んだあとうなずく。
「仕方ありませんね。しかし、手持ちにその端数を支払う余裕が無く、何か仕事を受けなければなりません。
みなさんにお手伝いいただけたら…。」
「不足分は自分で稼げってことね。分かった、それでいい。」
獣人はうなずくと、思い出したかのようにひとつ付け加える。
「そういえば皆さんにひとつ言っておくことがあります。
グリーンガーデンのことを皆さんが森の大陸と呼ぶのと同じように、我々も、というより皆さんの国の人以外はすべて、皆さんの国のことは別の名称で呼びます。
『霧の大陸』。それが皆さんの国を指す名前です。
霧の大陸以外の方には基本的にはそれでしか通じませんのでそこは気をつけてください。」
ナイトが疑問をぶつける。
「なんで霧なんだ?」
獣人は霧の大陸の方向を指さす。
「見ての通りです。いつもあのようにうっすらと霧に包まれているからですよ。
皆さんはいつもあの霧の中で暮らしておられたのでしょう?霧の大陸と呼ばれることを不思議に思われていること自体が私には不思議ですよ。」
白魔術師が空を仰ぐ。
「そう言われれば、この大陸は私達の大陸より日差しが強いような?」
黒魔術師が狩人に尋ねる。
「あの霧は一体何なの?」
狩人は難しい顔をする。
「…分からない。そもそも日常的に霧が出ているなんて認識したことがない。」
代わりに忍者が答える。
「いつも見ているから気づかないだけ、という可能性が高いが、もうひとつ可能性がある。
霧自体は認識できないぐらいうっすらで、それを遠くから見ると濃く見えるとかかもな。
水は少量だと無色透明だけど、量が多くなると青っぽく見えるだろう?海の水みたいにさ。
海水面近くで暮らす我々は青さを認識できないけど、遠くの陸から見た人間には青く見える的な感じで。」
ナイトが笑いながら応じる。
「それが正解ならリンのさっきの日差しが強い発言は何だったんだってことになるな。」
白魔術師が敏感に反応する。
「ちょっと、それじゃまるで私が大雑把に生きてるみたいじゃない!」
その言葉に誰も反応を見せない。
「ちょっと、なんで誰も否定しないの!?」
「というわけで、アローワークの前まで来ました、っと。」
忍者の宣言に賢者が突っ込む。
「ほんの20mぐらい移動しただけじゃないか!」
白魔術師が扉を開けて中に入る。
受付が通常通りの応対をする。
「アローワーク、カスカブ東支店へようこそ!」
白魔術師が後ろを振り向く。
「特に違いは無いみたいだよ。」
それを聞き、大部分のメンバーの足が鈍る。
獣人は不思議そうな顔で追い抜いていき、受付にたどり着くと、身分証を提示する。
「キーリです。仕事を探している。
一緒に働くメンバーはこちらの7人だ。」
受付は手元の端末を操作し始める。
「キーリさんはパーティを組んでいないですよね。
そちらの方々の実力が分からないと仕事を探せません。
皆さんの身分証を見せていただいてもよろしいでしょうか。」
皆が海外ライセンスを取り出すのを、シーフは眺めている。
「それは?」
ナイトが答える。
「海外ライセンスだよ。これがないと不便、らしい。
もしかして持っていないのか?」
シーフは自分のアイテム収納を漁る。
「海外に行くつもりだったから、もちろん持っているけど…。」
ナイトが突っ込む。
「持ってるのかよ。なんで持ってないみたいな反応をしたんだ。」
受付は身分証を見渡す。
「ナイトのレスターさんに白魔術師のリンさん、シーフのサニアさん…。
狩人のルーネイトさんに忍者のエリアさんですか。
なかなかワーカーとしては珍しい職業ですね。」
シーフが安堵する。
「通り名を言われずに済むんだねぇ。
外国に来たって実感する。」
受付は続けて次の身分証を確認すると固まる。
「ノルドさん、これは本当ですか?」
賢者が答える。
「何を疑っているのかは知らないが記載内容に間違いは無いよ。」
「…分かりました。」
手元の端末で依頼を検索し始めた受付を見て黒魔術師が心の中でつぶやく。
「(あれっ、私忘れられてる?)」
受付は依頼をいくつか絞り込むと、端末の印刷ボタンを押下する。
カウンターの奥に置かれたプリンターは即座に反応し、あっという間に紙を出力する。
受付はいつものようにプリンターの所から紙を持って戻る。
賢者がつぶやくように問いかける。
「随分と印刷が速いんだね?」
受付は当たり前だと言わんばかりに答える。
「そりゃあ、業務用ですからね。」
「…そうね。全面的に君が正しい。」
受付は印刷した紙を拡げる。
「当支店が抱える難易度が高い案件トップ3を持って参りました。」
受付は受付に向かって一番左の紙を差し出す。
「まずは、一番難易度が高いのはこれです。
オーライ水族館からの依頼です。
『メガマウスの生きた個体の捕獲』。」
賢者が即座に突っ込む。
「それは定置網に紛れ込むのを気長に待てよ!」
[メガマウスとは]
説明しよう!
メガマウスは現実に存在する深海に住む大型のサメのうちの一種だ。
深海に住んでいるからなのか発見例が非常に少ないが、その少ない中では日本はわりと多い方である。
生態はほとんど謎で、個体数が多いのか少ないのかさえも分からない幻のサメだ。
受付は次の紙を差し出す。
「個人からの依頼です。報酬は破格の8億円。
『黒土の大陸に伝わる何でも願いを叶えるという伝説の笹の葉の捜索』。」
「実在しなさそうな物の捜索依頼はやめろ!
かぐや姫か!」
受付は最後の紙を差し出す。
「国から、厳密には自衛隊という我が国の軍隊からの依頼です。
『海底洞窟から霧の大陸攻略の大部隊の痕跡、遺品の回収』。」
受付は突っ込みが来なかったので続きを読み上げる。
「霧の大陸に攻め入り全員行方不明となった兵の遺品の回収。
アローワーク側にて一定以上の実力と認定されたパーティのみ参加可能。
報酬は最低額で20万円。
数量、質に応じて上乗せ。霧の大陸で何があったのか分かる資料が見つかれば高額査定。」
賢者がうなずく。
「それ、やるよ。」
受付は慣れた様子であらかじめ決められたセリフを言う。
「ではこちらにサインをお願いします。」
忍者が賢者の横でつぶやく。
「ここは送りバントでいいんじゃないですかね。」
賢者がすかさず突っ込む。
「サイン違いだよ!」
受付が困惑しながらせかす。
「あの…早く手続きを進めたいのですが…。」
受付は書類を確認すると告げる。
「はい、これで正式に依頼は成立しました。
ではよろしくお願いします。」
受付が言い終わるや否や、賢者はメンバーの方に振り返る。
「よし、じゃあ洞窟で拾ったものを提出しようか!」
メンバーは互いに顔を見合わせる。
一行は再び国境の洞窟の森の大陸側の入り口に立っていた。
白魔術師は愚痴を漏らす。
「なんで誰も宝箱の中身を持ち帰ってないのさ!
おかげでひとつ前のイベントの洞窟…いや、ひとつ前の章の洞窟に戻らなきゃいけないじゃない!」
シーフがつぶやく。
「検問所の人、凄い顔してたねぇ。
忘れ物で戻る人は初めてだって。」
獣人が不安そうに尋ねる。
「大丈夫なんですか?結構危ない魔物で溢れかえっていると聞きますが。」
黒魔術師が自慢げに答える。
「大丈夫!私のレベル2の氷魔法でコウモリを撃退したんだよ!…全部カットされたけど。」
ナイトが黒魔術師に尋ねる。
「黒魔法はどのぐらい使えるようになったんだ?」
黒魔術師は待っていたと言わんばかりに嬉しそうに答える。
「氷はレベル2まで、毒と風と大地と水はレベル1を使えるようになったよ!全属性コンプまであと雷と炎だけだよ!」
ナイトは感心する。
「へえ、1ヶ月も経たないうちにそこまでいったのか。習得早いな。相場が分からないからなんとも言えないけど、凄い…んだよな?」
ナイトから視線を送られた狩人が答える。
「どうだろうね。私も黒魔術師じゃないからなんとも。」
ナイトは残念そうにつぶやく。
「そうか、やっぱり黒魔術師じゃないと分からないか。」
それを聞いた獣人が割って入る。
「ちょっと皆さん?誰かのこと忘れてやいませんか?」
忍者がハッとしたようにつぶやく。
「テス自身に聞けばいいじゃないか!」
獣人が即座に否定する。
「そうじゃない!
ほかにも黒魔術師がいるでしょ!」
互いに顔を見合わせるパーティに対して獣人は少しイラつきながらも正解を告げる。
「自己紹介の時に言いましたけど、私は黒魔術師ですよ。
私ですよ、私!」
シーフが応じる。
「ああ、そう言えばキーロ…キース…。」
シーフは少し考えたあと言い直す。
「ああ、そう言えばあなたも黒魔術師だったね。すっかり忘れてたよ。」
獣人が呆れながら答える。
「私の名前はキーリです。ファ○ナルファンタジー10のポルトキーリカから取ってるんですから忘れないで下さい!」
シーフが自らフォローする。
「ちゃんとブライ型獣人ってことは覚えているから!」
「…それは忘れてください。」
ナイトが改めて尋ねる。
「それで、テスは成長が早い方なのか?」
獣人が答える。
「どうでしょう。普通は属性を絞って鍛えるものですからね。
広く薄くというタイプは滅多にいませんので。
ただ、伝え聞く限りは適性の無い属性を習得するのはかなり苦労すると聞きます。
レベル1の魔法であっても、毎日唱え続けても10日から数週間かかるとか。
少なくとも努力の量は凄いと言えるのではないでしょうか。」
ナイトはうなずくと更に尋ねる。
「へえ、そうか。
で、ポルポ…。」
「キーリです。」
「そうそう。キーリは黒魔法をどのくらい使えるんだ?」
獣人が答える。
「私の適性は氷と風です。
その2つに絞って苦節8年。
氷がレベル2で、風がレベル1です。」
ナイトが応じる。
「お、おう。そうか。
完全にテスの下位互換なんだな…。」
シーフが獣人に警告する。
「洞窟で飛んでる光る虫は美味しいけど、うかつに生で食べちゃダメだからね?
寄生虫で、消化液にも負けずに消化器の中で生活するんだって。
住み着かれると、困るでしょ?」
獣人は笑いながら答える。
「ハハッ、まさか。寄生虫を生で食べる人なんていませんよ!」
シーフが驚く。
「…えっ?」
驚くシーフに獣人が驚く。
「………えっ!?」
一行は洞窟を霧の大陸方向に進んでいく。
白魔術師がつぶやく。
「そろそろコウモリ地帯だね。」
黒魔術師が興奮気味に声を張る。
「今度こそ私の勇姿を見せる時が来たね!」
賢者がなだめる。
「分かった、分かった。
また囲まれたらその時は頑張ってもらうから。
頼りにしてるよ。」
忍者とナイトがコウモリの巣に入ると、行きと同じようにコウモリたちが周辺の天井に集まる。
だがシーフが部屋の中に入るとコウモリたちは先を争うように慌てて逃げ出していく。
ナイトがつぶやく。
「よっぽどトラウマだったんだろうな…。」
獣人が首をかしげる。
「トラウマ?」
ナイトが答える。
「冷気の魔法から安全な天井に逃げ延びたと思ったら槍を持った人間が天井まで飛び上がってきて周りのコウモリを一掃した後、一匹を素手で捕らえて味見と称してそのままかぶりついたんだよ。
トラウマになるなと言う方が無理がある。」
一行は更に進み、ミミックが大量にいる部屋に到着する。
シーフは伸びをしたあと槍を構える。
「さて…。」
シーフが動き出そうとするとミミックたちは一斉に逃げ出していく。
ナイトがつぶやく。
「よっぽどトラウマだったんだろうな…。」
獣人はおおよその事情を悟る。
「また味見ですか?」
「いや、こっちはガッツリ食べてた。」
シーフは次々と宝箱を開けていく。
白魔術師と黒魔術師は宝箱の中身を集めて種類ごとに整頓する。
獣人がまとめられたものを眺める。
「軍隊関係の物が多いですね。
これらはうちの国の物なんですか?」
白魔術師が手を止めて答える。
「服にヒガンバナのエンブレムがあるでしょ?これが森の大…グリーンガーデンの軍隊の証。」
黒魔術師が補足する。
「ヒガンバナの学名はリコリスだよ。」
獣人は感心する。
「詳しいんですね。
ところでエンブレムはいくつか色のバリエーションがあるみたいですけど、何が違うんです?」
2人は作業を再開する。
「…そこまでは知らない。」
「分かんない。」
獣人は心の中でつぶやく。
「(…詳しいのやら詳しくないのやら。)」
白魔術師が拾得物の中から小さな手帳を拾い上げる。
「結局、面白そうなのはこれだけかあ。」
白魔術師は手帳をフムフムと言いながら数ページめくると静かに元の位置に戻し、なに食わぬ顔でメンバーを見渡す。
何の行動も起こそうとしない白魔術師に賢者がしびれを切らし突っ込む。
「何が書いてあったんだよ!」
忍者が軽いため息をつく。
「どうせ大したことは書いていなかったのだろう?せいぜい小学生の絵日記レベルじゃないか?」
首をひねる白魔術師に賢者が突っ込む。
「読んでもいないんかい。」
一行は手帳を拡げる。
手帳の中身はすべて上下2段に分かれており、上部には絵が描かれ下部には文章が記載されている。
「本当に絵日記じゃねーか!」
黒魔術師が文字部分を読もうとするが、すぐに諦める。
「なんか独特のフォントで読みにくいし所々絵文字みたいなの入ってるし全然読めないよ。」
賢者が手帳に突っ込む。
「ヒエログリフか!」
狩人が文章の中の文字をいくつか観察する。
「よく見ると読めなくはないな。その辺りはヴォイニッチ手稿とは違うな。」
聞き慣れない単語に獣人が反応する。
「何ですか、そのヴォイニッチ手稿って?」
狩人が答える。
「ヴォイニッチ手稿は、この世界の物ではない。」
獣人は2、3秒固まったあと驚く。
「えっ!?」
狩人が解説を始める。
「ヴォイニッチ手稿は欧州のどこだったかで見つかった書物で…。」
ナイトが手帳を拾い上げ、ゆっくりと読み始める。
「本日は…太陽…晴れってことかな?
本日は晴れ。
水の大陸の港町に着いた我々は、観光がてら…山中で…棒を持った人の絵…?」
忍者が推測を述べる。
「山で人型ならゴブリンじゃね?」
ナイトが続きを読む。
「ゴブリン……走る人の絵…月の絵…焚き火の絵…?」
ナイトはそっと手帳を閉じる。
「…回収すべきものは全部集めたし、戻ろうぜ。」
宝箱から回収した物を手分けして収納していると、シーフがメンバーに問いかける。
「今日の夕飯はどうする?ミミックでも捕る?」
狩人が答える。
「それも悪くないけど、全部逃げちゃったから捕まえるのは難しそうだよ。」
シーフが少し考える。
「じゃあ、このまま洞窟を抜けて沼でサハギンでも捕まえる?」
賢者が突っ込む。
「ダメに決まっているだろ。
食材確保のためだけに前の章の舞台に戻るとか、聞いたこと無いわ!」
白魔術師がシーフに尋ねる。
「サハギンって美味しくないんでしょ?」
シーフが答える。
「海で捕れたやつは美味しかったんだけどねぇ。沼で捕れたのは泥臭くて閉口した。まさか生息地であんなに違うとは思わなかった。
同種の魔物なのに呼び名が違うのも納得かな。」
狩人が獣人に尋ねる。
「グリーンガーデンの海岸にはサハギンは出るのかい?」
獣人は困惑しながら答える。
「そんなに強力な魔物なんて滅多に出ないですし、そもそもこれから街に戻るんでしたら普通に料理屋に行けばよいのでは?」
狩人がうなずく。
「まったくその通りだな。」
そう言うや否や、狩人が忍者とシーフに目配せをしつつ小声で告げる。
「あっちとそっちの壁からミミックが顔を出している。
こっちが気づいたことには気づいてなさそうだ。今なら狩れる。」
忍者とシーフは振り向きざまに素早くそれぞれの得物を投げつけて正確にミミックを仕留める。
獣人はその技術の高さに驚きつつも呆れる。
「魔物で夕食を賄う気満々じゃないですか。」
狩人が食事の支度を始める。
「たまたまミミックも手に入ったし、ここで夕食にしようか。」
狩人は、まな板を取り出すといくつかの野菜を上まな板のに置いていく。
「誰かスープ用にお湯を沸かしてくれないか?」
シーフが立ち上がる。
「普通の水とウンディーネのどっちがいい?」
獣人は心の中でつぶやく。
「(その2つって選択肢として並ぶんだ…。)」
狩人が答える。
「ウンディーネは火の通りにムラが出るから普通の水で。」
獣人は心の中でつぶやく。
「(経験あるんだ…。)」
「というわけで、ミミックの酒蒸しと野菜のコンソメスープを堪能しまし…た、と。」
忍者の宣言に賢者が後片付けをしながら突っ込む。
「省略したけど美味しく食事をいただきました、みたいな感じを出すのやめろ!」
狩人が黒魔術師に問いかける。
「これからグリーンガーデンに戻るわけだが、何か聞いておきたいことはあるかい?
今なら現地人による補足情報付きだよ。
→サキュバス島流し事件について
夜間銀行について
太陽光パネルの墓場について
濃霧が発生する未踏の森について
」
賢者がすかさず突っ込む。
「全部うちの国のものじゃねーか!」
獣人が反応する。
「えっ、夜間銀行って霧の大陸の企業だったんですか?
たしかに言われてみると外国資本だと聞いたことがあった気もします。」
狩人がうなずく。
「テス、今度は正解を引いたな。セントラルの銀行業界の覇者にして、ついこの間海外進出を果たしたばかりの大企業についてだな。」
「私は何も選んでないけど…?」
「銀行は基本的に24時間使えるのが当たり前、と思っているかもしれないが、昔はそうじゃなかったんだよ。
ことの始まりは当時人口減少に頭を抱えていた最大農業都市サイアミーズ、つまり南西の街の行政改革だな。
街への転入者を増やすべく行政サービスの充実のための大胆な改革を行なった。
それは土曜日にも営業する、という単純にして大胆な策だった。
数年の準備の末にとうとうそれが実現の運びとなったとき、サービス開始の数日前に地方政府から民間に要請が入った。
利用者のために各種サービスを土曜日にも営業してくれと。」
黒魔術師が当然の疑問を投げ掛ける。
「自分たちは準備に数年かけたのに民間には数日なの?」
狩人がうなずく。
「お役所仕事ってやつだな。自分の周りに無茶な要請をして協力が得られず結局頓挫するやつ。
だが、その時はそうはならなかった。その時は意外な業種の企業が手をあげた。
何だと思う?」
黒魔術師が答える。
「銀行でしょ?それ以外ないよね?
なんで聞いたの?」
狩人が解説を再開する。
「手を上げたのは当時業界4位の銀行の581銀行だった。
4位といってもメガバンクと呼ばれる大手3社からかなり離された位置の銀行だった。
銀行は平日の昼間しか開かないもの、という昔からの固定観念を打ち破る発表は全国から高い関心を集めた。
当時、銀行はまるで当たり前のように土日は休んでATMのみ稼働という状態だった。
別に法でそんな縛りがあるわけでもないのにな。
なんにせよ客の需要に合わせて営業時間を変えるという、サービス業としてごく当たり前の進化がその時初めて銀行業界にやって来た。
だが、営業枠の拡大はそれだけではなかった。
何だと思う?」
黒魔術師が答える。
「夜も営業するようにしたんでしょ?
全国夜間銀行の話でそれ以外の答えある?
なんで聞いたの?」
狩人が解説を続ける。
「当時581銀行のトップであったサンクッスはコンビニ業界の出身だった。
コンビニ時代にレジ横にチョコを置くか羊羮を置くかの権力争いに敗れネット銀行を経て、実店舗のある銀行に飛び込んできた人間だ。
トップの方針は明確だった。B To BからB To Cへ。つまり顧客のメインを大企業から一般の人々に移した。
そのための策の1つが営業時間の変更だった。
狙いはうまくいき、同時に行ったATMと両替機の手数料廃止、預金500万円まで分の利率を他行の1000倍…といっても0.1%ぐらいだが、思いきって引き上げるなどしたこともあり、サイアミーズの個人の利用者の支持を独占し人数にして実に71%の顧客を獲得した。
個人なんて大したカネを持っていないから、個人をメインに据えるという経費ばかりかかって利益の見込みが薄い策に周囲の反対は大きかったが、押しきった。接待とかで。」
賢者が突っ込む。
「押しきる方法はどうでもいいだろ。」
狩人が解説を続ける。
「やはり経営は厳しく、コスト削減のため全ての取引は即電子化して営業終了後の伝票チェックを短縮するなど色々と策を取った。
それでもカバーし切れる物ではなかった。」
黒魔術師が尋ねる。
「ここまでマイナス要素しかないけど大丈夫なの?」
なぜか忍者が答える。
「残念ながらそのまま助からなかった…。」
賢者が突っ込む。
「助かったよ!ていうか今、国内最大手だよ。」
狩人が解説を続ける。
「まずはサイアミーズの地方政府に援護を求めた。」
白魔術師が興味津々な様子で尋ねる。
「ワイロ?やっぱりワイロなの!?」
狩人が答える。
「いや、ワイロは渡さなかったらしい。片利共生ではなく相利共生だからな。食事の席で軽く口添えをお願いしただけらしい。」
シーフが尋ねる。
「その時のメニューは?」
賢者が突っ込む。
「それはどうでもいいだろ!」
狩人が答える。
「柳川鍋らしい。」
賢者が突っ込む。
「お前はお前でなんでそんなこと把握してるんだよ!」
狩人が解説を続ける。
「そのすり寄りの効果もあってか、サイアミーズ市は法的拘束力のない声明を発表した。
自らの政策に賛同する企業を優遇する、と。
これも勝利の助けになった。」
狩人が黒魔術師に問う。
「ここからが今回の最大のポイント。
街に人が増えると商店が新しく出来てくる。新しく事業を始めるとき、どこをメインバンクにすると思う?
無縁のメガバンクか、普段消費者として使っている馴染みの地方政府も推奨している銀行。どっちにする?」
黒魔術師が答えを口にするのを待たずして狩人は続きを話す。
「そう。そういうことだ。大手全国チェーンはメガバンクとズブズブの関係だったが、大手チェーンもサイアミーズに開く新規店舗では、地方政府との関係もあったし、何より従業員に対して給与用だけの為に新しくメガバンクの口座を開け、とは求人の競争上言えなかった。
581銀行は徐々に企業のシェアも伸ばしていき、数年後サイアミーズの地方政府がメインバンクを切り替えたのをもって、581銀行、人々の間では夜間銀行と呼ばれていた銀行はサイアミーズをほぼ独占状態にすることに成功した。」
狩人が最後の説明に入る。
「そうなると流れは止められなくなり、隣のサイベリアン、そして王都、ラガマフィンとまたたく間にトップシェアを奪い、ついには全国で圧倒的トップの座を獲得した。
メガバンクは、大分手遅れになってから、全国夜間銀行に改名した銀行に対して営業時間拡大は違法という苦しい訴えを起こしたが、自分たちもATM置いて営業してるじゃねーかという陪審員の指摘を返せず惨敗。
その裁判中に出た人力ATMという単語は流行語に選ばれた。
そして今は海外に進出しようとしている最中というわけだ。」
一行は洞窟から出て入国審査を終えて再び森の大陸に足を踏み入れていた。
白魔術師が星空を見上げる。
「夕食食べたり無駄な雑談してたらすっかり遅くなっちゃったね。」
賢者が突っ込む。
「無駄とか言うな。」
ナイトがつぶやく。
「もうアローワークは閉まってるだろうし、今日は宿に泊まって後は明日だな。」
ナイトのつぶやきを聞いて一同がざわつく。
「宿?」
「宿…。」
「今から間に合うの?」
賢者が慌ててメンバーに告げる。
「手分けして宿を探そう!30分後にまたここに集合!」
30分後、メンバーは再集合する。
忍者がため息をつく。
「ダメだな。どこもクローズの札がかかってるか、扉自体は開いていても満室だ。」
賢者はメンバーを見回すが、みな一様に首を横に振る。
賢者はその様子を見て、意を決し宣言する。
「…ここをキャンプ地とする!」
白魔術師は深くため息をつく。




