1章-12
12話「第1章12話」
[前回のあらすじ]
作戦のため二手に別れた一行。
公園組は事件の背景にある過去の事件を真面目に話していた。
一方、支店組はマージャンを嗜んでいた。
公園組は盗賊団と接触し直接戦闘できるようにこぎ着けた。
一方、支店組はマージャンを楽しんでいた。
公園組はやる気を高めていた。
一方、賢者は危険な牌を切って和了られていた。
「さて、そろそろ準備を始めようか。」
そう言うと賢者は忍者に振る。
「作戦は?」
忍者はマージャンの片付けをしながら答える。
「作戦なんて無いよ。どこからやって来るかも分からないからな。下手に作戦を立てて裏をかかれて混乱するよりはいいだろう。
強いて言うなら、公園からのヘルプ信号は見逃さないようにってことぐらいだな。」
シーフが白魔術師に確認する。
「今の内にクリームパン食べておいた方がいいかな?」
「普通の人には運動…戦闘前には食べないように言うけど、あんたの場合は食べておいた方がいい。」
「分かった!」
クリームパンを頬張るシーフに忍者が歩み寄る。
「ほう、クリーム抜きクリームパンですか。」
「えっ、普通にクリーム入ってるけど…?」
忍者は時計を確認する。
「予定ではそろそろだ。ボケてる場合じゃないぞ。」
賢者がすかさず突っ込む。
「お前が言うんかい!」
シーフがつぶやく。
「どうやって来るんだろうねぇ。やっぱり自転車とかの乗り物に乗ってくるのかなぁ。
そもそも来ない可能性もあるのか。」
忍者が答える。
「どうだろうな。向こうは盗みの対象がここには無いことは理解しているはずだし。
狙いが全く分からない。」
そんなことを話していると遠くの草むらがガサガサと大きな音を立て始める。
白魔術師は呆れるようにつぶやく。
「何あれ?バレバレなんだけど。」
忍者がたしなめる。
「気を抜くなよ。油断させるための作戦かもしれない。」
草むらの集団はなにやら話し合ったあと3つのグループに分かれ、その内の2つは建物の左右に回り込むように移動する。
残ったひとつのグループは草むらの中を先程よりは静かに移動し徐々に近づいてくる。
忍者が賢者に確認する。
「どうする?あんまり引き寄せすぎると強烈な先制攻撃を受けるかもしれないぜ。」
賢者が問いかける。
「相手は何人いる?」
忍者が草むらを見ながら答える。
「ルーネイトがいれば一発だったんだがな。見た感じ10人ぐらいだな。」
賢者はうなずく。
「分かった。相手の攻撃の射程のギリギリよりちょっと外ぐらいになったと思ったら、エリアお前が草むらに入って人数を減らしてくれ。お前のスキルなら少なくともひとりはいけるだろ?安全第一でな。危なさそうだったらすぐに戻ってきてくれ。」
忍者はうなずくと指示を出す。
「相手があそこのカタツムリがいた花壇の辺りまで来たら私が奇襲をかける。
大きく回って外側から仕掛けて、こっち方面に逃げるように追い立てる。
リンとサニアで逃げてきた奴を取り押さえてくれ。残った人数がこっちの人数を上回って抑えきれなさそうな場合は適度に減らす…殺すか身動きできないくらいの重傷を追わせるかしてくれ。
ノルドは普段より離れた場所で待機。相手が何か切り札を持っていた時にお前さえ無事なら立て直しが利くからな。
以上。」
白魔術師が小声でシーフに尋ねる。
「(カタツムリがいた花壇ってどこ?)」
「(分かんないけどエリアが行動し始めるタイミングからカタツムリの場所は割り出せるんじゃないかな?)」
「(それじゃ本末転倒でしょ。)」
茂みのざわつきが10mほど近づくと、忍者はゆっくりと武器を抜き、大回りで茂みへ駆け寄る。
忍者が茂みに突入して数秒すると悲鳴のようなものが上がり5人が草むらから飛び出してくる。
うちひとりは横の方を目指して逃げていき、残りの4人は賢者たちの方にまっすぐ向かってくる。
シーフは素早く4人に駆け寄り2人を手早く急所を槍で刺し、槍を引き抜くとそのまま残りの2人ののど元に槍をあてがう。
「指示したこと以外で動いたりしゃべったりしたら死んでもらう。」
シーフが2人を取り押さえるのとほぼ時を同じくして、横に逃げたひとりに対して草むらから刀が投げられ、正確に急所を貫く。
忍者は草むらから出ると、呪いで戻ってきた刀を鞘に収めゆっくりと戻ってくる。
「さて、色々答えてもらおうか。」
忍者はそう言うと白魔術師に合図を送る。
白魔術師が何らかの魔法を発動したことを確認すると、忍者は自分に近い方の相手に尋ねる。
「今、嘘を感知する魔法をかけた。正直に答えないとどうなるか、よく想像した上で答えた方がいい。答えを拒否してもいいけど、回答要員はもうひとりいるということの意味は理解しておかないと命に関わるぜ。
それじゃあ聞こうか。
…お前たちは盗賊団の一員か?」
「違う!私たちはアルバイトで雇われただけだ!」
忍者が続けて問う。
「仕事内容は?」
「この支店に忍び込んで一階で目立つように騒げと言われた。その間に盗賊団の本隊が現金を盗み出すから、合図があったら撤収しろと。」
賢者が尋ねる。
「犯罪目的だと知りながら参加したのか?」
「…知っていた。だが、逃げられなかった。
最初の合法な軽い仕事を受けた時にうっかり奴らに個人情報を渡してしまって逃げるに逃げられなくなっている。」
賢者は更に尋ねる。
「つまり嫌々参加させられたということか?」
「そうだ!」
アルバイトがそう答えると、アルバイトの全身が黄緑色に発光し始める。
賢者がすぐに白魔術師に確認する。
「なにこれ、なんで光ったんだ?
さっきの魔法って嘘を感知すると警報音がする魔法だよね?」
白魔術師が自慢気に答える。
「あの音うるさいからオリジナルでアレンジしてみました!」
賢者がすかさず突っ込む。
「これだと蛍光タンパク質を使って遺伝子発現を観察する実験みたいだろ!」
白魔術師は余裕をもって言い放つ。
「それが嫌ならもう1つバージョンがあるよ。
そっちは嘘を感知すると鼻が伸びる。」
「それは絶対に使うなよ!」
シーフがアルバイトの顔に槍を向ける。
「同じ質問で2回嘘をついたら死んでもらう。累積で3回嘘をついてもアウトだ。」
賢者がすかさず突っ込む。
「なんでサッカーのイエローカードみたいなルールなんだよ!
まあ、別にそれでいいけど。」
アルバイトは慎重に言葉を選びながら答える。
「盗賊団のアルバイトは参加を重ねるごとに報酬が上がる仕組みで、今回はベテランの高給取り限定だった。応募した人数に足りないと強制参加がかかるんだが、今回はすぐに枠が埋まった。莫大な金が手に入るから分け前もあると言われて…。
犯罪の片棒を担ぐと知りつつ迷うこともなく手を挙げました…。」
忍者がふうと息を吐く。
「要するに給与支払いが高くなってきた奴らを仕事ついでに始末するのが狙いってことか。」
白魔術師が慌てて提言する。
「こっちはどうでもいい素人しかいないってことでしょ?向こうを助けに行った方がよくない?」
シーフが同調する。
「向こうはプロが来るんでしょ?しかも20人だっけ?向こうも全部がプロかは分からないけど。」
賢者がうなずく。
「分かった。じゃあ飛ぶから魔法陣に入ってくれ。」
シーフが魔法陣を珍しそうに見つめる。
「へぇ、これがそうなんだ。
半身だけ入った状態だとどうなるの?」
賢者が答える。
「さあ?試したことがないから。
多少衣服が出てても問題ないから多分大丈夫だと思うけど。
そんな危険な仕事を引き受けるような奴は…。」
全員の目がバイトに集まる。
「いや…やりませんよ!どんなに金を積まれても、もう危険なバイトはこりごりです。」
そう言い終わるとバイトの全身が強めにボウっと緑に光る。
賢者が呆れながらつぶやく。
「…金を積んだらやってくれそうだな。」
一行は、賢者の魔法で転移する。
初見のシーフは少し戸惑うものの、すぐに周囲を確認する。
「えっと…ここって説明会があった方の公園?現金を運び込んだ方の公園まで結構距離あるけど?
支店までの道中にもっと近い地点は沢山あったと思ったけどなんでここなの?」
賢者は聞き返す。
「…えっ?」
シーフは聞こえなかったのかと思いもう1度尋ねる。
「なんでこんな遠い所に転移先を設定したの?」
「…えっ?」
「だから、なんで…。
もう、分かったよ!そこまで気が回ってなかったんだね!」
一方その頃、現金が運び込まれている公園には、盗賊団がやって来ていた。
「約束通り人数を揃えて…。」
盗賊団がふと地面に座り込む2人の手元を見ると、その手にはトランプのカードが握られていた。
「貴様ら、ババ抜きで楽しむとは余裕があるじゃないか。」
黒魔術師が即座に反論する。
「ポーカーだよ!」
盗賊団は困惑する。
「お、おう。そうか…。」
ナイトがカードを切りながら立ち上がる。
「仕事の前にリラックスを図るってのも重要なことだぜ。そんな事も知らないのか?…時代遅れだな。」
盗賊団は一瞬ムッとするが、すぐに平静を取り戻す。
「希望に応えて22人集めてやったぜ。」
ナイトは伸びをするふりをして片手を高く上げ2度ほど大きく円を描き狩人に合図を送ると盗賊団の人数を数える。
「1、2、3…本当に22人いるね。すぐに召集できるってことは仕事を割り振られていないメンバーが沢山いるってことだ。それだけ人員をもて余しているのはやはりトップが無能だと言わざるを得ないな。」
盗賊団は声を荒げる。
「黙れ!うちの幹部の悪口を言うな!だいだい、人員が過剰って訳でもない!今ここに集めたメンバーだって17人はアルバイトだ!正式メンバーじゃない!」
盗賊団の別のメンバーが制止する。
「お前、なにを安い挑発に乗ってベラベラ喋ってるんだ!役所の職員として説明する機会が多いから口に歯止めが効かなくなっているのか?」
黒魔術師があまり興味なさそうに尋ねる。
「もしかして説明会で校長先生みたいに無駄話してた人?」
校長は即座に反論する。
「無駄話とはなんだ!ちゃんとした業務説明だろうが!
あとそれと地の文!私を校長と呼ぶな!ちゃんとマナサという名前がある。携帯の50音のキーを斜め読みした名前だ!」
別の盗賊団が校長の肩に手を置く。
「おい!いい加減にしろよ、校長!」
「だから校長って言うな!」
盗賊団たちが言い争っていると、その後方に矢が静かに飛来し、地面に突き刺さる。
黒魔術師が心の中でつぶやく。
「(さっきレスターが送ったシグナルは周囲に潜伏している盗賊団の数を数える依頼の合図。その答えは矢をどの木の根元に刺すかで返す約束。
左端の木ならひとり、そのとなりならふたり…。狙撃で排除済みなら根元ではなく木の幹に刺す。
今回はどの木の根元からも遠い場所。
つまり…伏兵はいない、か。)」
ナイトは盗賊団に告げる。
「普通は周辺に予備のメンバーを控えさせておくものだが、こうして全員姿を見せるとは…。所詮は落ちこぼれの寄せ集めか。」
校長が声を荒げ反論する。
「黙れ!お前たち程度にそんな策は不要ってだけだ!こっちは22だぜ。たしかにこっちは経験の少ないシーフ5人と素人のアルバイト…。」
校長の隣にいる盗賊団が校長の胸ぐらをつかむ。
「お前、いい加減にしろ!さっきから余計なことをベラベラと!」
ナイトは盗賊団たちの目がすべて2人に集まったことを確認すると黒魔術師に指示を出す。
「テス、手はず通りに頼む!」
黒魔術師は大きく息を吸い込むと毒の魔法を発動する。
煙状の毒が噴射され前方に広がっていく。
それとほぼ同時に、黒魔術師は風の魔法を発動し、毒を風に乗せ盗賊団の面々を毒の煙で囲う。
盗賊団のメンバーである5人は素早く毒を回避するが、残りのアルバイトは全員毒の煙を吸い込んでしまう。
ナイトは毒を回避した5人の内、一番端にいたものに向かって毒の煙の中を突進し、剣の射程に捉えると大きく剣を振りかぶる。
ターゲットとなった盗賊は動揺していたが、ナイトの剣を視認するととっさに後ろに引く。
ナイトは相手が回避動作に入ったことを確認すると剣を振り下ろす。
剣がターゲットの脇腹を切り裂くのみに終わったことを確認するとナイトは元の位置に戻る。
黒魔術師は事前に狩人から受け取っていたメモのことを思い出す。
「(そういえば、初めて毒の魔法を使ったときにルーネイトがいない場合はメモを読めって言われてたっけ。)」
黒魔術師は収納からメモを取り出して開く。
----------
[毒属性とは]
黒魔法の7つある属性の1つ。
毒属性ダメージを与えると共に状態異常を付与する。
状態異常は魔法レベルが高いほど強力になり、付与する確率も上がっていく。
毒属性は対動物において特攻となっており、モンスターに対しては、動物要素が高い相手には高い効果を発揮するが、逆に無生物やエレメント、アンデッドに対しては効果が薄い。
相手によって有効性がばらつき安定しないことからメイン属性として採用されるケースは少ない。
この属性に適正を持つことは、一般的には引きがよくないことと認識される。
byルーネイト
----------
黒魔術師はメモをパタンと閉じる。
「(出番が無いから代わりに手紙って、こんな強引な出番の作り方ある!?)」
盗賊団の斬られた奴は自分の傷を確認すると仲間に告げる。
「大丈夫だ。命に別状は無い。ただ跳んだり走ったりは難しそうだ。」
校長は安堵し息を吐くと、ナイトたちの方に向き直る。
「せっかくのふいうちだったが軽傷しか与えられず残念だったな。」
ナイトは想定通りに事態が運ぶ喜びを悟られないよう感情を抑えながら言葉を返す。
「アルバイトは放置か?このままだと間もなく死ぬぜ。」
校長は鼻で笑う。
「フッ、知ったことではないな。」
ナイトはいつの間にか身に付けていた腕輪を外す。
「そうか、冷たいんだな。冷たいついでにそこの負傷したモブAを見捨ててとんずらしたらどうだい?
こっちにはこの腕輪があるからな。トータル5分の間全ての状態異常を完全に防いでくれる、チートみたいな装備だ。毒も完全に無効化するぜ。」
そう言うとともに腕輪を持つ手を前に伸ばす。
ナイトの期待に反して盗賊団は誰もリアクションを取らなかったので、仕方なく腕輪をモタモタと装着し始める。
すると、ようやくモブ盗賊団Bが自身のポケットを漁り始め、液体の入った袋を取り出す。
ナイトはその様子をチラッと確認すると、気づかない振りをしつつ腕輪をすぐに放り出せるように準備を進める。
モブ盗賊団Bは相手から見えないように袋を準備すると、ナイトの様子をうかがう。
しかし、モブ盗賊団Bがそのままなかなか行動を起こさないのでナイトは仕方なく黒魔術師の方に視線を逸らす。
すると、モブ盗賊団Bはまんまと釣られてナイトの方に袋を投げつける。
「うおっ、と。」
ナイトは驚いた振りをしながら腕輪を盗賊団の方に転がるように投げ出すとともに、液体が黒魔術師に当たりそうだったので黒魔術師を抱えて後ろに倒れるように飛び退く。
モブ盗賊団3号は、目の前に転がってきた腕輪を拾い上げる。
「油断大敵だぜ。」
モブ盗賊団3号が拾い上げた腕輪を装着したのを確認すると、ナイトは服についた土を払いながらゆっくりと立ち上がる。
「この液体は、塩酸かな。」
黒魔術師が呼応する。
「ああ、pHの調整でよく使うやつね。pは"-log"でHは水素イオン濃度だから、pは小文字でHは大文字。それ以外の表記はさすがに勉強不足としか言えないね。
"-log"だから、この数値が小さいほど水素イオン濃度が多くて酸性、ってことだね。スポーツの順位みたいに数字が小さいほど強いって感じかな。」
校長が首をかしげる。
「なんだ、時間稼ぎか?時間稼ぎってのは時間経過で有利になる時だけに使うものだぜ。」
ナイトがつぶやく。
「時間稼ぎ、か…。たしかにそうだな。時間稼ぎは、有利になる見込みがある時にしかやらないものだよな。」
ナイトが言い終わって数秒後、モブ盗賊団3号が装備していた腕輪からカチッと音がする。
ナイトは再びつぶやく。
「私が装備していた時点で残り1分くらいだったが、ようやく5分の枠を使い切ったか。
そう、時間稼ぎってのは有利になるからやるものだぜ。」
腕輪を装備したモブ盗賊団3号はその場で倒れ急に苦しみ始める。
「目が、目がぁ~。」
校長の隣の盗賊団が声をかける。
「急にム○カ大佐みたいなことを言って、一体どうした!」
モブ盗賊団3号の苦しみ方が尋常でないことを悟ると、ナイトの方をキッとにらむ。
「おい、この腕輪は何だ!?」
ナイトは待っていましたと言わんばかりに得意気に答える。
「その装備シリーズは量産品で腕輪の他に剣、盾、冑、鎧などがある。一番大きな特徴は、量産品にも関わらず呪われているってところだな。アイテム師なら知らぬ者はいない。
工場長の太く短く生きるという気持ちが乗ったこれらの装備品は全て、一定時間は無敵だがそれが過ぎると装備中の人間に対して今まで防いだものを全てまとめて返すという呪い持ちだ。
呪い持ちであることが発覚してからすぐに表向きは発売中止になったが、強力な効果を目当てに密かに製造を依頼する者が多く、トータルではかなりの数になると言われている。」
ナイトは続ける。
「無敵時間を消費しきったものは二束三文でしか売れない。
呪い返しが済んだ、いや、済んでしまった品も多くあるが、それらも弱いながら負の効果を与え続けるのでまともに使えない。
この前、呪い返しが終わってれば呪い耐性が高いナイトの自分ならいけるかと思って兜を試したがダメだったね。
本当に使い道が無かったからもう廃棄したがな。」
校長は苦虫を噛み潰したような顔でナイトに尋ねる。
「…外すにはどうすればいい?
さっきから本人が外そうとし続けているが一向に外れる気配が無い。
なにか特殊な方法じゃないと外せないのだろう?」
ナイトはとぼけた振りをする。
「さて、どうやるんだったかな?そいつが生きているうちには思い出せないかもなぁ。」
校長は両手を地面につき頭を下げる。
「頼む!このままでは死んでしまう!
何も盗らずに全員おとなしく引き上げることを約束する!」
ナイトはなにやら準備をしているモブ盗賊団Bに注意を払いながら鼻で笑って答える。
「ほぼゼロ回答だな。交渉材料にもならん。そもそも…。」
ナイトが話している最中にモブ盗賊団Bが再び液体の入った謎の小袋を投げるが、袋はナイトにキャッチされてしまう。
「焦っているのは分かるが、隙も突かずにそのまま投げてよこすとはな。
余裕過ぎて避けずにそのままキャッチしちゃったよ。」
ナイトは投げつけられた袋を投げやすいように持ち直す。
「さて、武器となるものを全て捨ててもらおうか。
さもないとさっき斬りつけたモブにこいつをぶっかけるぜ。素早く避けるなんてあの状態じゃできないだろう?」
校長の隣の盗賊団が唇を噛むと校長の方に視線をやる。
「おい、校長。」
「誰が校長だ。黙れ教頭。」
「…お前、いい加減な報告してくれたな。」
「どういうことだ。」
「相手は駆け出しなんかじゃない。アイテムの扱いに長けて呪いのアイテムを使役するナイトなんてこの大陸にひとりしかいない。
呪われた聖騎士レスター。我々5人程度ではとても敵わない相手だ。」
ナイトが食い気味に口を挟む。
「私自身が呪われているかのような呼び方やめてもらおうか。」
教頭は意を決して仲間たちに呼び掛ける。
「私が足止めするからお前たちは逃げろ。
そしてこの事を本部に伝えるんだ。」
校長は困惑する。
「ふざけるな!仲間を置いて行けるかよ!」
モブ盗賊団Bが同調する。
「逃げるならみんな揃ってだ。」
ナイトはクロスボウを取り出すとゆっくりと装備しモブ盗賊団Aに狙いを定める。
モブ盗賊団Bはそれに気づくとコース上に立ち塞がる。
ナイトは、思惑通りに敵が行動したのを確認すると、クロスボウを発射する。
発射された矢は無防備なモブ盗賊団Bの腹部に命中する。
庇われたモブ盗賊団Aはモブ盗賊団Bに怒りが混じった抗議の声を上げる。
「なぜロクに動けない私なんかを庇った!
お前たちだけでも逃げてくれればよかったのに!私が撃たれればよかったんだ!」
ナイトはモブ盗賊団Bが倒れるのを確認すると、モブ盗賊団Aも同様に撃つ。
「安心しろ。お前も撃つ予定だったからな。」
モブ盗賊団Bが校長と教頭に呼び掛ける。
「オレたちモブのことはいいから2人は逃げろ。
このままじゃ全滅だ。
誰も本部に戻れなきゃただの無駄死にだ。
2人同時に逃げればどちらかは助かるだろ。
本部に行ってこのことを伝えてくれ…頼む!」
ナイトは冷静に相手を俯瞰しながらつぶやく。
「ようやく逃げに入ったか。ようやく待ちくたびれた仲間に出番が回ってきたか。」
ナイトはまっすぐに右手を上げると左右に振る。
校長と教頭は意を決し、何やら小さな丸いものを取り出す。
黒魔術師はナイトに尋ねる。
「あれは何?爆弾?」
ナイトが驚く。
「テス、いたのか…!全然しゃべらないから気づかなかった。」
「…まあいいや。で、あれは何なの?」
「煙玉だよ。」
「狙撃に支障が出るんじゃないの?」
「煙がカバーできるのはせいぜい半径数メートル。焼け石に水だよ。」
盗賊団の2人は煙玉に着火する。
だが、煙玉を投げようとする前に教頭の膝を矢が撃ち抜く。
振り返る校長に教頭が声をかける。
「走れ!もう振り返るな!」
校長は煙玉を投げると煙の中へと走っていく。
だが、煙の中に入って間もなくして矢が飛んでくると、その場で叫び声を上げ倒れてしまう。
ナイトがお決まりのセリフを発する。
「やったか!?」
黒魔術師がやんわりと突っ込む。
「やったから倒れたんだと思うけど…。」
煙が晴れると、そこには膝を矢で撃ち抜かれた校長が倒れていた。
黒魔術師は感嘆する。
「やっぱり凄い。煙の中でも当てられるんだね。」
ナイトは少し口ごもりながら答える。
「ああ、そうだな。
さて、終わったことを連絡しないと。」
ナイトは両腕を高く上げて大きな丸を作る。
「(このパーティに入るまでは、ノルドとエリアとリンの派手なエピソードはよく耳にしていた。
ルーネイトはその3人の仲間だからということで評価が高くなっていて実際は大したことは無いのかも、ぐらいに思っていた。
だが、実際に接すると想像以上の常人離れ具合だ。
煙の中の走っている人間の膝を撃ち抜くとか現実離れしすぎていて、目の前で見ていたのにしばらく信じられなかったぜ。)」
などと考えていると、公園に賢者たちが駆け込んでくる。
忍者が額の汗を拭うしぐさをする。
「ふぅ…なんとか間に合ったようだな。」
ナイトが静かに突っ込む。
「全然間に合ってない。もう終わったぜ。」
程なくして狩人も到着する。
「この公園は25年前に作られた公園で、元は市庁舎の巨大倉庫だった。だが庁舎の建て直しの際、建ぺい率の問題で…。」
賢者が狩人の言葉を遮る。
「しばらくしゃべれなかったからっていきなり長尺で話そうとするな!」
盗賊団を1ヶ所に集めると校長が訴える。
「頼む!あの腕輪を外してやってくれ!」
忍者は黒魔術師に尋ねる。
「…知り合い?」
黒魔術師は困惑する。
「えっ、何その質問?答えにくすぎる。」
ナイトが盗賊団に告げる。
「たしか嘘をつくと警報音がなる白魔法があったはず。それにかかってくれれば外してやろう。」
校長は食い気味に応じる。
「構わない!そんなことでいいのならいくらでもやる!」
白魔術師は魔法の準備をする。
「蛍光バージョンと鼻伸びバージョンがあるけどどっちがいい?」
賢者が素早く答える。
「蛍光で!」
シーフが尋ねる。
「あれって一定以上のレベルの相手には効かないんじゃ?」
ナイトが答える。
「その心配が必要なランクの相手じゃないだろう。」
そう言うとナイトは状態異常で苦しむモブ盗賊団3号に歩みより、サッと腕輪を取り外す。
「実はこのシリーズが呪いを発動している時は自分では脱げないけど他人なら簡単に脱がせられるんだよ。」
しかし、腕輪を外した盗賊団は依然として状態異常から解放されない。
教頭が食って掛かる。
「どういうことだ!腕輪の効果が消えないじゃないか!」
ナイトは当たり前だと言わんばかりの調子で答える。
「フライパンで焼いた肉は、火を止めたって生肉には戻らないだろう?それと同じだよ。」
忍者が後を受ける。
「役所に潜り込んでいるお前たちの仲間の名前を全て答えろ。それと、お前たちの拠点を知っている限り全て答えろ。
そうしたら治療してやる。」
校長は唇を噛む。
「仲間は売れねえ…。例え掛かっている命が自分の物だとしても、だ。」
まったく発光しない盗賊団に内心感心しながらも、忍者はさらに畳み掛ける。
「こいつはもちろんそっちの2人も放っておけば、100%死ぬ。
お前が仲間のことを吐けばある程度のメンバーは捕らえられるだろうが一定数は逃げおおせるだろうし、捕まったとしても投獄されるだけだ。命は取られない。
どうする?100%の方にかけるか?」
校長は下を向いたまま答える。
「…治療してやって下さい。」
忍者が白魔術師に声をかける。
「とりあえず、すぐ死にそうなソイツだけ治療してやってくれ。」
白魔術師はモブ盗賊団3号の元に歩み寄ると大きく息を吸い込む。
「死ねいッ!」
掛け声とともに魔法をかけると、モブ盗賊団3号の体からあっという間に状態異常が抜けていく。
賢者が突っ込む。
「なんで掛け声が物騒なんだよ。」
「…?風邪薬を飲む時だって、ウイルス死ねと念じながら飲むでしょ?」
「お前だけだよ!…たぶん。」
忍者は校長に告げる。
「あっちの2人の処置は質問に答えてからだ。」
忍者は続けて尋ねる。
「役所に潜り込んでいるメンバーを知る限り全て話せ。」
校長は観念したように素直に白状する。
「ジャンフォレスト市役所の個人課税課にカタヤとサナラ、広報にハカタヤ…。」
賢者が我慢できず突っ込む。
「だから、スマホのキー1回ずつ押しましたシリーズやめろ!」
教頭が悔しそうに地面を叩く横で校長は次々と名前を挙げていく。
「そして最後に、副市長代理補佐のアカサだ。」
再び賢者が我慢できず突っ込む。
「スマホのキーシリーズやめろ!それと、その名前は大正時代の鬼を狩る物語の上弦の人っぽいんだよ!」
狩人が補足する。
「その作品の鬼というのは、鬼舞辻…。」
賢者がすかさず突っ込む。
「おい、やめろ!
登場人物が他の作品について解説するとか正気の沙汰じゃない。」
忍者が盗賊団に尋ねる。
「お前たちのアジト…いや、盗賊団の拠点について知っている限りしゃべってもらおう。」
校長が答える。
「ジャンフォレストの東、ゴブリン保護区の南の山奥の洞窟に我々のアジトはある。
ジャンフォレストの他にも色々アジトがあるらしいが、よく知らない。
ちなみに、我々のアジトは水道、電気、ガスは完備している。」
シーフが尋ねる。
「アジトでは普段、何を食べてるの?」
賢者がすかさず突っ込む。
「どうでもいいこと聞くな!」
校長が答える。
「割りといい食事ですよ。中華や日本食、洋食などそれなりのレベルです。
なんでも、団長がサニアという人物の勧誘にこだわっていて、サニアさんが好むよう食事だけはしっかりしたものを用意するよう指示しているせいなんだとか。」
シーフの顔が真剣な物に変わる。
校長は続ける。
「私はお会いしたことが無いのでどのような方かは存じ上げないのですが、シーフの中で知らない人はいない人物です。
決して犯罪には手を出さず、難しい仕事もひとりで卒無くこなすセーフの鑑。我々の太陽。尊敬の対象です。
ただでさえ、元真夜中のミッドナイトという悪評がつきがちな立場でなおかつシーフという、苦しい所からトッププレイヤーに登り詰めた偉大な人物です。
私たちにはとてもマネできません。」
校長は下を向く。
「とても盗賊団に加担するような方では無いし、そうあってほしいとも思わない。
なぜ団長がこだわるのか私にも分かりかねます…。」
シーフは尋ねる。
「フライエの奴は今どこにいる?」
校長は少し驚きながらも首を横に振る。
「団長の居場所は我々のような下っ端には教えられていませんよ。
そもそもこの国の中にいるのかも分かりません。他の国にも支部があるらしいのですが、そちらにいらっしゃるのかもしれません。
この国はまだ内戦の傷が癒えていませんからね。金稼ぎには外国の方がいいんです。」
盗賊団全員に最低限の治療を施すとシーフが盗賊団に告げる。
「さて、君たちは警察に引き渡すけど、ちゃんと罪を償って今度は真っ当に生きるんだよ?」
校長が、自信が無さそうに尋ねる。
「私たちはやり直せるでしょうか。」
白魔術師が自信満々に答える。
「大丈夫!」
全員の視線が白魔術師に集まり次の言葉を待つ。
白魔術師は視線に困惑すると、シーフの肩に手を置く。
「…あとは、よろしく!」
シーフは困惑する。
「別にいいけど…何しに出てきたの?」
狩人が説明をする。
「リンは昔からノープランで勢いだけで行動することがあるんだ。
例えば昔、サイベリアンの町で開かれた『牛乳モリモリ大炎上ミックスナッツ大会』では…。」
白魔術師が慌てて止める。
「ちょっと!そんな古い話を持ち出さないでよ!」
狩人が謝る。
「ごめん、ごめん。悪かったよ。」
狩人がシーフの方を向く。
「話をぶったぎってすまなかった。」
「…う、うん。」
シーフは軽く頷が、考え込む。
「( 『牛乳モリモリ大炎上ミックスナッツ大会』が気になって元の話が何だったか思い出せない…。)」
シーフは盗賊団に声をかける。
「大丈夫だよ。昔ほどは偏見は無くなっているからね。
なにより、探索には重要なジョブだし。
アローワークの人に仲介を頼めば、丁度いいパーティに一時的に編入できることも多いらしいよ。」
忍者が補足する。
「ご利用は18歳から。」
賢者がすかさず突っ込む。
「そんなマッチングアプリみたいな制限無いだろ!」
忍者は盗賊団に問う。
「お前たちはうちの黒魔術師と知り合いか?」
盗賊団は互いに顔を見合わせる。
校長が、自信が無さそうに答える。
「多分、そう…なんですかね?」
校長の体がごくわずかに発光する。
忍者が黒魔術師の肩に手を置く。
「答えはこれが正解だ。」
「いや、何もかも曖昧で何も分からないよ!」
校長が手を挙げる。
「最後に私からもひとつ言いたいことがあります。」
校長はシーフの方に向き直る。
「茨の道を進んでいつしかシーフ全員、いや、ワーカーに名を知られる存在になるというのは偉大なことだと思います。
サニアさん。いや、サニア様。」
シーフは黙って話を聞く。
「あなたはこれまで十分な苦労や実績をつんだ。
これからは自分のために生きてはどうでしょう?
あなたが幸せであることは、それを見たものが憧れ我もそうあらん、と心に炎が灯ります。
我々シーフでも頑張ればいいことがある、今は苦しくとも明るい未来を手繰り寄せることが可能なのだ、と。
今のあなたは、自分1人で何でもやらなければという使命に縛られ苦しみと引き換えに名声を得るという苦行に耐える修行僧だ。
うちの団長とどのような関係なのかは存じ上げない。
だが袂を分かったであろう相手に『サニアは1人ぼっちで寂しくしてないだろうか、ちゃんと美味しいものを食べられているだろうか』などと心配されるようではダメです。」
校長は更に続ける。
「あなたとウチの団長。シーフを救おうと互いに背を向けあいながら走るお二人の導く未来を舞台の外から見守らせていただきます。
そこにいらっしゃる方々は賢者様ご一行なのでしょう?
サニア様が出会ったことにきっと何か意味があるのでしょう。
どの方向かは分かりませんが、世界に変革をもたらすという運命を背負うという方々との出会い、つながりをどうか手放しませんように。」
校長は長尺でしゃべったにも関わらず、さらに話す。
「最後に。
先ほど仰られた言葉をお返ししたい。
パーティを組むことを真剣に考えた方がよいかと。
サニア様の実力を考えると、中途半端な実力の相手だと互いに気を使うでしょう。
ならばいっそ…。
いえ、何でもありません。差し出がましいことを申しました。」
シーフは校長に尋ねる。
「いつ私のことに気づいた?」
校長は笑いながら答える。
「うちの団長の名前を知っている方なんて団員以外に数えるほどしかいませんよ。」
教頭が後を受ける。
「私はひと目で、ただならぬ人物だと思っていましたがね。」
教頭の体が激しく発光する。
ナイトは思わず顔をしかめる。
「うおっ、まぶし。」
狩人が呟く。
「お世辞に厳しい魔法だな。」
盗賊団を警察に引き渡した一行は、アルバイトの亡骸を運び出す警察の作業を、ベンチに座りながら眺めていた。
白魔術師は運ばれる遺体を見て急に思い付いたように立ち上がる。
「テス、私の出身の寺院の、死者を悼む儀式を教えてあげるよ。おいで。」
白魔術師は黒魔術師を連れて草むらに入る。
「花を適当にいくつか摘んで。」
黒魔術師が周りを見渡す。
「カタバミしかないけど、それでいい?」
「…そうだね。
仕方ない、カタバミで。」
黒魔術師が花を摘みながら尋ねる。
「動物の命を悼むために植物の命を犠牲にする感じ?」
「えっ…。
えっと、ほら。根っこ残ってるからセーフ、セーフ。」
「私、根っこごと引き抜いちゃってるけど…。」
唐突に狩人が割って入る。
「雑草の生命力をなめてはいけない。
雑草は意外と根を深くまで展開する。
手で全部を引き抜くことは難しい。
多分、途中で切れてしまっているだろう。」
狩人は黒魔術師の手の中の物を確認する。
「…そうでもなかった。」
白魔術師は黒魔術師を連れて草むらから出ると、儀式に使えそうな台を探す。
パンダの形をした子供がまたがれそうな設置目的不明のオブジェクトを見つけると、摘んだカタバミを持って歩み寄る。
「はい、じゃあここに花を置いて。」
黒魔術師は言われるがままに花を置く。
白魔術師は祈りっぽいポーズを取る。
「構えはフリースタイル!」
「…フリースタイル?」
「厳密には、その場にいる人たちに嫌がられなくて自分が祈りを込められそうだなと思うポーズなら自由!
こういうのはね、今まだ生きている人たちの心の平穏のためにやるものなんだってさ。だから、その場の状況に応じて臨機応変にね。」
白魔術師は右手を顔の前に伸ばす。
「ここからはうちの寺院のオリジナルのルーティン。
まずは正円を描きます。」
黒魔術師は言われるがままに空中に図形を描く。
「そうしたら、円の中に横棒を2本。上1/4とど真ん中の位置に。
最後に円の中央から下方向に円弧にぶつかるまで直線を引く。」
黒魔術師は図形を描きながら心のなかでつぶやく。
「(郵便局の地図記号?)」
白魔術師は次の図形の説明を始める。
「次は少し難しいよ。
まず正円を描きます。
円から外側に、真上から45°間隔、つまり8方向に短く線を出すんだけど、横の線、つまり水平方向の線は他より長くして、その先端で直角に左に曲げて同じぐらい延ばす。」
黒魔術師は言われるがままに図形を描きながら心のなかでつぶやく。
「(発電所の地図記号?)」
白魔術師は次の図形の説明をする。
「最後は簡単だよ。
小さな丸を3つ描くだけ。
上のまん中にひとつ丸を描きます。
その左下の右下にひとつずつ丸を描きます。
ピラミッド型って言えばいいかな。」
黒魔術師は言われるがままに図形を描きながら心のなかでつぶやく。
「(茶畑の地図記号?京都とか静岡でしか使わないやつ!)」
白魔術師は説明を続ける。
「ルーティンが終わったらフリースタイルのお祈りタイム。これで終わり。」
黒魔術師は言われる通りにし終えると疑問をぶつける。
「ルーネイトは同じ出身なんでしょ?やらないの?」
白魔術師は笑いながら答える。
「あの子はスピリチュアルなことは興味が無い、って言ってやらないの。
…まあ、本当に興味が無いなら、いつも欠かさずああして遠くから見守ることなんて無いと思うけどね。」
ふたりの元にシーフがやって来て、同じようにカタバミを備えて手早く儀式を済ませる。
白魔術師が尋ねる。
「サニアもうちの寺院の作法知ってたの?それとも見て覚えた?」
「私もシャルミエール寺院に一時期お世話になったからその時に教わった。
花を備えて、お祈り、ルーティン、もう一回お祈り。そして…。
美味しいものを食べる。」
白魔術師が突っ込む。
「最後のそれは教義には無い。」
一行は、うなぎ屋に来ていた。
賢者がメンバーに声をかける。
「さて、こうして我々は打ち上げとして、ひつまぶしを食べに来ているわけだが、ひとつ問題がある。」
賢者が続ける。
「作者はひつまぶしを食べたことがありません。
つまり我々はこれから想像で食レポをしないといけないということだ。」
賢者はシーフの肩に手を置く。
「という訳でお前が頼りだ。」
「えっ、なんで私?これ誰がやっても条件同じだよね?」
シーフは恐るおそる、ひつに入ったウナギ乗せライスを茶碗に盛る。
ナイトはシーフに提案する。
「まずはその状態で味を見てみたらどうだい?」
「…んもう、気軽に言ってくれるなぁ。」
シーフはよそったウナギご飯をひと口、口に運ぶ。
「うな重とタレは変わらない…気がする。ただ、ウナギが小さくカットされているから、ガッツリとウナギ味ということは無くて、ご飯でやや優し目になってるかな。でも、これはこれで美味しい。」
白魔術師が感心する。
「あんた、よくやるね。」
「それはどうも。でも本番はここからだからね。」
シーフはひつと一緒に提供された液体を茶碗に注ごうとする。
黒魔術師が尋ねる。
「その液体は何なの?」
賢者が自信無さそうに答える。
「お湯…いや、お茶?」
狩人が意見を述べる。
「多分、出汁だろう。ウナギご飯単独でそれほど味が濃い訳じゃなさそうだから、薄めることが無いように、その液体にも十分味がついているはずだ。」
シーフは皆を見渡す。
「それじゃあ、出汁ってことで最終アンサー?」
ナイトが答える。
「異議なし!」
シーフは恐るおそる出汁と思われる液体を茶碗に注いでいく。
忍者が尋ねる。
「サニアは明日からどんな予定なんだ?」
「予定…それ今聞く?
まあいいや。警察の依頼で盗賊団のアジト制圧をする仕事があるらしいからそれに参加するつもり。警察の試験は大変で盗賊団が潜り込んで無いから忖度なく動けるみたい。
みんなは北西にある森の大陸に渡るんだっけ。お別れになるね。
海外に盗賊団の拠点があるって聞いたから、私も近々外国に行くかも。
また出会うことがあったらその時はよろしくね。」
シーフは出汁だと思われる液体を入れ終わると、少し考えこむ。
「これどうやって食べたらいいと思う?かきまぜる必要あるのかな?お茶漬けみたいにかきこむ?」
狩人が答える。
「多分そのへんは個人の好みなんじゃないかな。」
シーフは安堵する。
「とても全混ぜした味なんて想像できないから、さじでうなぎを中心に一口分をすくって食べるね。」
シーフは宣言通りさじで一口分をすくうと、静かに口の中に運ぶ。
「最初にウナギの食感や香ばしさをそのままにウナギとウナギのタレのとがったうまみがやってくる。噛んでいくと、出汁がそのとがった部分を包み込みまろやかにすると共に、だしの持つうまみがやってくる。うまみが濃いが、出汁が液体である分喉を優しく通り抜けていき、最後にうまみの余韻が残される。
ウナギの良さを生かしながら、うな重のような味わいとお茶漬けの良さを兼ね備えた、完成された料理だと思う。」
シーフはメンバーを見渡す。
「…こんな感じでどうかな。」
賢者が困惑しながら答える。
「どうって言われても…誰も正解を知らないから…。」
シーフはいったん箸を置く。
「ちょっと出番が空くんだから、こんなに苦労するひつまぶしじゃなくて普通にうな重を食べさせてくれてもよかったじゃん!」