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1章-10

10話「第1章10話」


[今回の予告]

薬のテイスティングなどにより巨大なスライムを倒した一行は、依頼主への報告を終えると、機会があればまた共に働くことを約束しシーフと別れる。

その直後、農園の主が追いかけて来て、仲間の遺品を持ち帰ったことへの謝礼としてあるものを一行に手渡すーー。

ちなみにそれはカニステルという果物です。


忍者は賢者に確認する。

「…という感じでどうだろう。」

賢者がすかさず突っ込む。

「今回の予告って何だよ!他にも色々突っ込み所はあるけど、とりあえず最後の一文は不要だろ!

絵に描いたような蛇足だよ。」


ボスを倒してひと息つく一同だったが、ナイトは脚立を持ってボスがいたプールへと向かう。

シーフが気になり尋ねる。

「何してるの、手伝おうか?」

ナイトは立ち止まって振り返って答える。

「いや、さっきの剣を回収しようと思ってね。直接手を入れるわけにもいかないから長いもの、とりあえず長いもの、脚立で手繰り寄せようと思ってさ。」

座り込んでいる白魔術師がつぶやく。

「元気だなぁ。私は一時間位は休みたいわ。一歩も動けない。」

狩人が隣に座る。

「年齢には勝てないってことかい?」

「アハハ。

 …なんだとこの野郎。」

などと和やかに話していると作業を始めていたナイトが大きな声を上げる。

「おい、まだスライムが生きているぞ!」

メンバーが駆け寄る。

プールの中央にはスライムの残骸がひとつ残っていた。モゾモゾと動いてはいたが、ゆっくりと蒸発しつつあり、もう少し待てば消滅することは明白だった。

忍者がふぅと息を吐く。

「放っておけよ。もう戦う力は残されていない。もう数分もせずに消えるだろ。」

皆が安心してきびすを返そうとすると、スライムの残骸はうめき声を上げる。

「うう…外に…出たい…もう地下は嫌だ…。」

ナイトは残骸の近くに視線をやる。

「足枷か。全然動かないと思ったら、魔物になってその意味を成さなくなっても、こんなものに縛られていたのか。

正直あの巨体で迫って来られていたら勝ち目は無かったかもな。」

狩人はすぐさま矢を放ち拘束具を破壊する。

隣にいる白魔術師はため息混じりにつぶやく。

「まったく。あんたはすぐそうやって感情的に行動するんだから…。」

白魔術師は狩人の肩を押し退けて前に出る。

「どいてなさい。」

白魔術師は息を吸い込むと、手にしたメイスを高く掲げる。

白魔術師が力を込めると、メイスは眩しいほどの光を放ち始める。

忍者がつぶやく。

「うおっ、まぶし。」

賢者がすかさず突っ込む。

「G○N道なんて知名度ほとんど無いだろ!

誰が分かるんだよ、そのネタ!」

忍者が照れくさそうに答える。

「お前にさえ通じれば十分だよ。」

2人は互いを見合うとハイタッチする。

白魔術師が困惑した様子で2人に声をかける。

「そろそろ話を進めてもいいかな?」


スライムの残骸は白魔術師の放つ光に気づくと、光の方へまっすぐ移動を始める。

忍者が小声でささやく。

「(リユニオンだな。)」

賢者はすかさず突っ込む。

「(そんな古いゲームのネタ通じるわけ無いだろ!)」

忍者が照れくさそうに答える。

「(お前にさえ通じれば十分だよ。)」

2人は互いを見合うとハイタッチする。

白魔術師がイライラした様子で2人に声をかける。

「ちょっと黙っててもらっていいかな!?」


スライムは時折止まりながらもなんとかプールの端までにたどり着き、最後の力を振り絞るようにしてプールの外に出る。

プールの外に出たスライムの体の中には件の剣が入っていた。

スライムの残骸は声を絞り出す。

「ああ…光…ようやく見られた…お天道様…。」

白魔術師は優しく声をかける。

「剣、持ってきてくれたんだ。ありがとう。

今まで苦しかったよね。よく頑張ったね。

本当にお疲れ様でした。」

スライムの残骸はその声を聞くと、苦しむ様子もなく穏やかに消滅する。

シーフは大きく伸びをする。

「お腹空いたねぇ。」

賢者がすかさず突っ込む。

「よくこの場面でそのセリフ言えるな。」

狩人がつぶやく。

「…お前たちもな。」


一行は部屋の隅に設置されていた研究スペースと思しき場所を家探しする。

黒魔術師が研究台の下のラックの引き出しの中身を1つひとつ確認していく。

「面白そうなものは無いね。」

賢者がすかさず突っ込む。

「目的違ってるぞ。研究資料を探すんだろ。ていうか手に持ってるその紙が多分そうだぞ。」

忍者がクリーンベンチの中を探る。

「金目の物は無いな。」

賢者がすかさず突っ込む。

「目的違うだろ!ていうか、そんな所を探しても意味無いだろ!」

シーフが両手いっぱいに荷物を抱えて満面の笑みでやってくる。

「…金目の物、いっぱいあった。」

賢者がすかさず突っ込む。

「だから、目的違うだろ!ていうかお前のお宝探知能力スゲーな!」


一同は集めた書類を台に並べる。

白魔術師が書類を眺める。

「これが研究資料…だよね?」

ナイトが同意する。

「多分そうなんじゃないか。まったく読めないけど。」

賢者が資料を眺める。

「暗号か。万が一盗まれても大丈夫ってわけか。」

忍者が書類を手に取る。

「まったく読めないな。ヴォイニッチ手稿を見ている気分だ。」

黒魔術師が首をかしげる。

「ヴォイニッチ手稿?」

狩人が当然であるかのように解説を始める。

「ヴォイニッチ手稿 …。

まず、始めに言っておくべきことは、それはこの世界の物ではない、ということだ。」

黒魔術師は数秒フリーズしたあと、思わず心の声を漏らしてしまう。

「えっ、どういうこと!?」

狩人が続きを話す。

「ヴォイニッチ手稿はヨーロッパ…イタリアだったかな?その辺のどこかで見つかった奇書だ。

大昔に書かれた絵本、だか挿絵率が高い挿絵付きの解説本だかなんだか分からない書物だ。

女性の絵、少なくとも現代には存在していないと思われる植物などがカラーで描かれ、その隙間を所狭しと未知の言語の文字が埋めている。」

黒魔術師が思わず心の声を漏らしてしまう。

「えっ、何これ?この世界に無い書物のことを延々と解説するの?」

狩人は気にも止めず続ける。

「発見されてから結構な年数が経つが、未だに説得力がある翻訳がされていない。」

黒魔術師は諦めて話に乗っかる。

「…なんで翻訳できない、てか説得力があるってどういうこと?」

狩人が答える。

「単語が分からないからだよ。

例えばだ。『勝つ』という単語だけ分かったとしようか。

A 勝つ Bという文があったとしてどう訳すかで考えてみなよ。

『ローマがカルタゴに勝つ』でも『性欲が理性に勝つ』でもなんでも有りだ。

それを全単語が分からない、たくさんある挿絵と文が関係しているかも分からない、という状況で訳すんだ。もはや何でも有り、という状態だ。

訳は何通りも説として存在してはいるが、どれが正解なのかなんて判定することはほぼ不可能だ。」

忍者が付け加える。

「一番怖い、というより一番あり得そうなオチは翻訳作業をやってもただ徒労に終わるだけって所だな。

研究者もオカルト好きも皆が心のどこかで覚悟しているシナリオがある。それは、『これって大昔の厨二病をこじらせたバカが書いた、自作言語による妄想黒歴史アイテムなんじゃねーの?』っていうオチだ。

本人にとっては、遠い未来に自分の黒歴史がインターネットに全ページ公開という形で晒されるとか、生き地獄…いや、死に地獄だぜ。

もし言語や単語も厨二の産物だとすれば未来永劫解読されることなく地獄は永遠に続く。

まさか本人も死後に現世の方で地獄に落とされるとは思っていなかっただろう。」

黒魔術師はとりあえずうなずく。

「えっと、なんとなく分かったけど、これ何の話だったっけ。」


一行は書類を収納し終えると忘れ物が無いかを確認する。

そして確認が終わると賢者の元に集合する。

賢者は全員が集まった所でメンバーに告げる。

「じゃあ、帰ろうか。」

賢者がそう言うとほぼ同時にシーフがバタンと倒れる。

ナイトがシーフにすばやく駆け寄る。

「大丈夫か!」

シーフがか細い声で訴える。

「お腹…空いた…。」

ナイトが大きな声で皆に呼び掛ける。

「はやく食べ物を口に放り込むんだ!」


シーフは昼食の残りのすき焼きをかきこむ。

「もぐもぐ…。んまい…。」

シーフは椀の中を食べ尽くすと、ふぅと息を吐くとペコリと頭を下げる。

「助けてくれてありがとう。危うく倒れる所だった。」

「倒れてただろ!」「倒れてたじゃん!」「倒れてただろ。」「倒れてただろ。」「倒れてたよね。」「倒れてただろ。」


シーフはすき焼きの残りを新たにもう1杯、椀に注ぐと焼き豆腐を箸でつかむとそのまま口に放り込む。

「これはまた、できたてとはまた違う味わい!

割下を十分に染み込ませた焼き豆腐は食感はそのままに、噛み締めると大豆製品特有の豆の旨味が口に広がると共に、染み込んだ割下がジュワっと溢れ出て口の奥の方に甘みが浸透してくる!

豆腐を飲み込むと甘みの幸せはのどの上の方まで拡がり、口の奥には旨味の余韻が残る。

残された旨味の余韻は更なる幸福への渇望を産み出し、箸を次の食材の元へと突き動かす。

すき焼きを食べると嫌でも誰もが実感するだろう。

食べることは幸福である、と。」

白魔術師がつぶやく。

「あんまり詳細にレポートしないでよ、私も食べたくなるじゃない。」

シーフがお椀を差し出す。

「じゃあ、一緒に食べようよ。

食事ってのは一人での楽しみの部分が大きいけど、それを共感できる仲間がいるってのは嬉しいからね。」

忍者が納得する。

「あれだな。撮り鉄が迷惑違法撮影した写真を仲間内で自慢し合うみたいな感じだな。」

シーフが思わず突っ込む。

「そうかもしれないけど…その例えはちょっと賛同しかねるかなあ…。」


狩人はすき焼きの残りを取り分ける。

「あんまり残ってないから1人当たりは少ないけど我慢してくれ。」

すき焼きを取り分けた椀を順に手渡しながらも解説を始める。

「白菜や豆腐は時間が経つと割下を吸う。だから、作りたてとはまた違う物になる。他にも…。」

ナイトは椀を受け取ると心の中でつぶやく。

「(みんな、よくこんな人体実験場で平気で食事できるな。タレに浸かった豆腐とかさっきのボススライムと同じだしなかなかヤベーだろ。)」


食事を終えて洞窟を脱出した一行は農園の主人のところに来…。

「…ましたっ!と。」

忍者はそう言うと手をパンと叩く。

賢者がすかさず突っ込む。

「記載は省略したけど実際にやった体で話を進めます、みたいな感じで言うのやめろ!

…まあ、いいや。

というわけで仕事が終わったので報告に来たよ。」

農園の主人は若干困惑しながらも答える。

「え、ええ。それは先ほど伺いましたが…。

まあ、いいでしょう。夜までかかるほどの大仕事だったのですね。お疲れ様です。」

賢者が淡々と答える。

「思ったより戦闘以外で時間を食ってね。

いや、食ったのは時間じゃなくて…いや、なんでもない。

あの洞窟のスライムの発生源は倒した。今後は、少なくともスライムに悩まされるようなことは無いだろう。

途中でおたくの従業員の遺品を拾ったよ。」

そう言うと賢者は洞窟の宝箱から木彫りの像を差し出す。

農園の主人は像を手に取る。

「これはご丁寧に。ありがとうございます。」

「別に構わないさ。道すがらついでに拾っただけだからね。」

しばしの沈黙が流れる。

白魔術師が小声で狩人に尋ねる。

「(ねえ、こういう時ってお礼イベントがあるものじゃないの?)」

「(ゲームじゃないんだから、そうなるとは限らないだろ。現実は大抵こんなもんだよ。)」

沈黙を黒魔術師が破る。

「お宅で抱えてる孤児たちは別の場所に就職させてはいかがでしょう。

わた…あの位の年齢は今、実は引く手数多なんですよ。

この農園でのことは国も絡む秘密事項だと念を押しておけば口外することは無いはずです。国が関わると知っていれば約束を破るようなバカは、いませんから。

…私が考えられるのはこれが精一杯。」

賢者は予定外の出来事に驚くが、落ち着いて後を引き継ぐ。

「独り立ちさせるまでは養わなければならないのだろう?かといって農園は人手が十分だから農園内に働き口は無い。

秘密保持契約して手放した方がいいだろう。口外すれば刺客が送られる、とか書いておけばいい。民間では命を奪う契約は無効だが、国だけは例外だ。国が関わっていることを事前に伝えておけば口外する奴なんかいないだろう。

本当に求人は引く手数多だ。今のタイミングなら、場合によっては移籍金なんてのも要求したら通るかもよ。」

農園の主人は少し考えてから答える。

「なるほど、そういう手もありますか。うちの幹部、『神8』と相談してみましょう。」

賢者がすかさず突っ込む。

「なんだそのユニット名!」


農園の主人は財布を取り出す。

「報酬はクレジット決済は可能でしょうか?」

賢者がすかさず突っ込む。

「出来るわけな…。」

賢者の言葉をナイトがさえぎる。

「そんなこともあろうかと、決済用の端末をちゃんと用意してある。」

ナイトは決済用の端末を取り出す。

「画面が光ったら金額を確かめてここにタッチしてくれ。」

農園の主人は困惑しながらも従う。

「あっ、はい…。」

黒魔術師が小声でつぶやく。

「…この世界、ほんとにファンタジーなんだよね?」


一行は、各種やり取りを終えると農園の主人の所を後にし、農園の出口まで来ていた。

案内人の職員が一行に挨拶をする。

「この度は依頼を受けていただき、ありがとうございました。」

案内人は黒魔術師の顔をまじまじと見る。

黒魔術師は帽子の前側のつばを下に引っ張り、少しうつむく。

「えっと…何かな?」

案内人は、フフッと笑うと答える。

「いえ、私が知っている子とそっくりだと思ってね。

そっくりついでに、先に洞窟に行って帰ってこなかった子の事を伝えておこうと思ってね。」

案内人は黒魔術師が顔を上げたのを確認すると話を続ける。

「洞窟の調査に子供を連れて行くことを提案したのは私たち職員です。

洞窟の奥で行方不明になるかも、と伝えたらうちの主人は何を勘違いしたのか悪い顔で承諾していましたがね。

子供たちは、道すがら我々がそれとなく示唆したせいもあるかもしれませんが、狙い通り察してくれて、洞窟の奥に着いたらしっかりと街の方へ逃げ出して、無事に行方が分からなくなってくれました。」

案内人は賢者の方を向く。

「みなさんが連れていった子もそうでしょう?」

ナイトが黒魔術師の頭に手を置く。

「そうだな。いずれは、そうなってもらいたいものだな。」

案内人は少し屈み、目線を黒魔術師の高さに合わせる。

「さて、これでお別れだね。

私も人に誇れるような人生を歩んできた訳ではないが、せめてもの言葉を贈ろう。

この世の中悪い人が目立つけど、いい人だって沢山いる。

不幸なこともいっぱいあるが楽しいことも山ほどある。

君の人生に、いい出会いと幸せな運命が多くあることを祈っているよ。」

案内人は顔を上げ一行の方に向き直る。

「地道な努力を嫌がらず続けることが出来る、素直でいい子です。

なにとぞ、よろしくお願いいたします。」

そう言うと案内人は深々と頭を下げる。

白魔術師が答える。

「任せておきなさい。大船…中船に乗った気でいなさいな。」

賢者がすかさず突っ込む。

「なんでちょっと表現弱めたんだよ。」

案内人は農園の奥の方に少し歩くと振り返る。

「それでは、これで失礼します。」

黒魔術師は数歩駆け寄るとお辞儀をする。

「今までありがとうございました!」

案内人は再び奥の方に歩き出すと、振り返らないまま手を振る。


案内人の姿が見えなくなると、シーフが一歩前に出て振り返る。

「さて、じゃあ私も次の仕事もあるからそろそろ行くね。

今回の仕事は大変だったけど楽しい仕事だった。

また機会があったらご一緒しましょ。」

狩人が声をかける。

「またいつでも食べに来てくれ。

サニアみたいに美味しそうに食べてくれるとうれしい。」

ナイトが続く。

「食レポが聞けなくなると思うとなんだかさみしいな。」

白魔術師が続く。

「倒れる前にこまめに食事は取るんだよ?」

忍者がシーフの両肩をつかむ。

「長生きしろよ!」

シーフは想定外の言葉に戸惑う。

「えっと…うん?」

忍者は更に続ける。

「私たちのこと、忘れるなよ。」

「…それは大丈夫だよ。」

「また会おう、私たちのことが嫌いじゃなければ。」

「…も、もちろんだよ。」

「忘れたくてもそんなキャラクターしてないぜ、サニアは。」

「…????」

賢者が突っ込む。

「なんでジョ○ョ第三部のラストなんだよ!」

シーフはあらためて挨拶をする。

「じゃあ、またねー。今度会うまでにはジョ○ョのこと勉強しておくよ。」

賢者がすかさず突っ込む。

「そこは勉強しなくていい!」

忍者が答える。

「第三部はたしか13巻から28巻のあたりだ。」

賢者がすかさず突っ込む。

「どうでもいいアドバイスするな。てか、せめて巻数はうろ覚えのものを答えるんじゃなくてちゃんと調べてから答えろ。」

シーフはうなずく。

「分かった。それじゃ、そろそろ行くね。

じゃーね。」

そう言うとシーフは街に向かって走りだす。


シーフの姿が見えなくなると、白魔術師がふぅと息を吐く。

「いい人だったね。まさにシーフ葉こうあるべき、という姿を体現してた。」

狩人が付け加える。

「ちょっと変わった人物だったけどな。」

黒魔術師が尋ねる。

「ワーカーって変わった人しかいないの?」

賢者が答える。

「ほとんどの人はごく普通の人物だよ。

変人に出会うのはごく稀なことさ。」

黒魔術師が納得する。

「なるほど。私はたまたま変な人に6人連続で行き逢っただけってことか。」


一行が街に向けて出発しようとしていると、農園の奥から大型のトラクターが向かってくる。

白魔術師が驚く。

「トラクターって思ったより速度出るんだね。30km/hくらい出てる?」

賢者が同調する。

「ホントだね。思ったよりずっと速いな。」

狩人も素直に驚きを口にする。

「農業用の乗り物って全部、早足で追い抜ける程度にしか速度が出ないのかと思ってた。」


トラクターは一行の近くに来ると停止し、中から農園の主人が降りてくる。

主人がトラクターを降り一行の方へ向くやいなや、白魔術師が疑問を投げかける。

「トラクターって何km/hくらい出せるの?」

農園の主人は困惑しながらも答える。

「うちのは、最速で30km/hです。

それはそうと普通は真っ先に、何をしに来たのか聞く場面なんじゃないですかね?」

白魔術師が更に尋ねる。

「ねえ、そういう大きいトラクターって大型の特殊免許いるの?」

農園の主人は困惑しながらも答える。

「公道を走らない限りは気にする必要はありませんが、私は一応持っています。

それはそうと普通は真っ先に、何をしに来たのか聞く場面なんじゃないですかね?」

白魔術師は更に畳み掛ける。

「ウインカーはつけてるの?公道走る場合は必要でしょ?」

農園の主人は困惑しながらも答える。

「デフォルトではついていませんでしたが、公道での走行もあるかと思って私は付けました。

それはそうと普通は真っ先に、何をしに来たのか聞く場面なんじゃないですかね?

さすがにもうトラクターのことはいいでしょう?」

忍者がカメラ目線で語り出す。

「法律うんぬんはこの世界の話だから、日本の法律だと勘違いするなよ?」

賢者がすかさず突っ込む。

「創作にそんなバカみたいなケチつける奴いるわけないだろ!」

農園の主人は困惑しながら尋ねる。

「あの…そろそろ話を進めてもよろしいでしょうか?」


農園の主人は、先ほど賢者が手渡した従業員の形見を取り出す。

「先ほど受け取った時はすぐにはピンと来なかったのですが、これは亡くなったうちの従業員が大切に持っていた木彫りのなんらかの像…。」

ナイトが応じる。

「ああ、それか。キリンの像なんだってな。」

農園の主人が答える。

「ええ、キリン…えっ、これキリン!?」

農園の主人は咳払いをする。

「コホン。失礼、取り乱しました。

この従業員の形見を持ち帰って頂いたことにどうしてもお礼がしたくて馳せ参じたという訳です。」

白魔術師が応じる。

「私たちがまだ敷地からすぐのところにいたからよかったけど、街に向けて出発してたらどうするつもりだったのさ。」

農園の主人が答える。

「別に公道を走る準備はできてるので特に問題は…そんなにトラクターの話に戻したいですか?」

農園の主人は果物が入ったバスケットを取り出す。

「これが何かご存じでしょうか?」

忍者が素早く答える。

「バスケット。いや、フルーツバスケット。」

農園の主人は困惑する。

「普通は中身の方をお答えになるものかと思いましたが…。」

農園の主人は果物をひとつ手に取る。果物は片手に収まる程度の大きさで、パパイヤのような形をした黄色い果実で完熟状態なのか、皮にひび割れが生じていた。

忍者は素早く反応する。

「バスケット…ビスケット…マスカット…マスカットか!」

賢者がすかさず突っ込む。

「どう見ても違うだろ!あと、そのネタはゴールがバスケットじゃないと成り立たないだろ!」

黒魔術師がつぶやくように答える。

「たしかそれは、カニステル。私もあんまり見たことないからちょっと自信ないけど。」

農園の主人は驚く。

「まさかご存じの方がおられるとは!果物にお詳しいのですね。」

黒魔術師はそれ以上何も答えない。

農園の主人は果物の説明を始める。

「このカニステルという果物は…。」

狩人が横から割って入り説明を始める。

「カニステル。これはこの世界には無い…と言おうと思ったが、こうして実在するってことは、この世界にもある、という方が正確だろう。

この果物は沖縄で栽培されている果物だが、沖縄の人の中でも知名度はいまひとつ、というより知っている人の方が少ないだろう。

この果物の最大の特徴は、果肉に水分が少ないという所だ。南国のフルーツのみずみずしさを想像していると面食らう。

水分が少ないと言っても、ジャガイモか何かのようにボロボロと細かく崩れるような物ではない。質感で一番近いのは、アイスクリーム…いや、なめらかなジェラートだろう。

旬は冬から春にかけてといった辺りだ。沖縄では、の話だが。

ただし注意点がある。南国の果物特有の『完熟前は青臭くてマズい』の特徴をかなり強く持っている。絶対に完熟してから食べるように気をつけてくれ。

今持ってきてもらっているものは、皮に弛みができていて、ついでに亀裂ができている。完熟であることは疑いようもないだろう。」

狩人は農園の主人の方を見る。

「邪魔して悪かった。説明を続けてくれ。」

農園の主人は困惑する。

「そこまで説明されると、もう何も付け加えることが無いのですが…。」


農園の主人はバスケットを差し出す。

「ささやかですがお礼です。どうぞお受け取り下さい。」

賢者は差し出されたバスケットを受け取る。

「ああ、どうもありがとう。」

忍者が尋ねる。

「バスケットももらっていいのか?」

農園の主人は困惑しながらも答える。

「え、ええ。もちろんです。中の果物も入れ物のバスケットも両方差し上げます。」

農園の主人はメンバーを見渡す。

「おひとりいらっしゃらないようですが…。」

賢者が答える。

「サニアか。サニアは次の仕事があるとかで先に帰ったよ。」

農園の主人は少し心配そうに尋ねる。

「たしかあの方はシーフだったはず。

シーフは報酬の持ち逃げなど悪いことをする職業だと伺っております。

持ち逃げされないように急いで追いかけた方がよろしいのでは?」

賢者はため息をつく。

「そうか、忠告ありがとう。まあ我々はゆっくり、いっそ1泊してからのんびりアローワークに向かうことにするよ。」

ナイトが付け加える。

「悪い人は目立ちやすいから勘違いしやすいけど、世の中いい人もいっぱいいるってことさ。」

メンバーから総突っ込みが入る。

「受け売りじゃねーか!」「コメント泥棒。」「せめて私に言わせてよ。」


一行は農園を後にし、町の方へ歩き出していた。

白魔術師がナイトの持つバスケットをのぞき込む。

「それいくつ入ってるの?」

ナイトがバスケットの中のカニステルの数を数える。

「1、2、3、4、…8つだな。」

忍者が素早く反応する。

「2進数でちょうど1000だな。」

賢者がすかさず突っ込む。

「そんなちょうどの考え方あってたまるか!」

狩人がつぶやく。

「1つが試食用として、ちょうど1人1個だったんだな…。」

少しの間みなが黙り込むが、黒魔術師が沈黙を破る。

「急いだらもしかしたら追い付けるんじゃない?」

賢者がうなずく。

「まだ間に合うのは確かだが、走っても追い付くことはできないだろう。一番すばやいジョブであるシーフに我々が数分のハンデ付きの状態で追いつける訳はない。

だが、次の仕事場がどこなのかをアローワークで聞き出せば、あとはそこに向かえばいいだけだ。今回分の追加報酬の山分けがある、と言えばアローワークも情報の提供を拒みはしないだろう。とりあえず今日の所はサニアの次の仕事の場所を聞けさえすればいい。」

忍者が反応する。

「決して走らず急いで行けばいいんだな?」

賢者がすかさず突っ込む。

「ネタが古いんだよ!ボスケテとか何年前のネタだと思ってるんだ!

普通にゆっくり徒歩でいいよ!」


すっかり陽も落ち街が夜の顔を見せる中、一行はアローワークの前に来ていた。

『本日の営業は終了しました』

忍者は入り口に掲げられたプレートから賢者の方を振り返りわざとらしく言う。

「誰だったかな。ゆっくり徒歩でいい、とか言ってたの。思い出せないや。」

賢者が少し申し訳なさそうに答える。

「悪かったよ。

ただ、20分も前に閉まってたんだ。急いだって間に合ってなかっただろ。」

忍者が反論する。

「それは結果論だろ。閉店時間のことを忘れていたのは完全に落ち度だろ。」

「お前だって忘れていただろ。」

「忘れてはいねーし。時間は覚えてはいなかったけど、お前が自信満々にゆっくりでいいとか言うから閉店時間を把握しているのかなと思って言わなかったんだよ。」

狩人が割って入る。

「ここで争っても仕方ないだろ。とりあえず夕飯でも食べながら明日のことを話そう。

何がいい?」

忍者が答える。

「タイ料理でカレーだな。」

賢者が反対意見を述べる。

「さっきすき焼きで散々鍋料理とご飯食べたから麺類がいいなあ。

イタリア料理でパスタとピザなんてどうかな。」

忍者は少し考えた後、同意する。

「それもそうか…。イタリアンいいな。」

2人は息を合わせる。

「「イタリアンで。」」

狩人はやや困惑気味に応じる。

「お、おう…。仲直り早いな。」

黒魔術師がナイトに小声で尋ねる。

「(ねえ、こういう仕事終わりって安い酒場で酔いつぶれるまで飲むイメージだったんだけど、違うの?)」

ナイトが小声で答える。

「(普通のパーティはそうだ。

ふ つ う はな。)」

白魔術師が2人の肩に手を置く。

「心配しなさんな。うちだってちゃんとワイン一杯位は飲むこともあるよ。

もちろん、料理に合わせながらだけどね。」

黒魔術師が心の中で突っ込む。

「(それがイメージと違うって話なんだけどなぁ。)」


翌日、一行はアローワークの前に集合していた。

『開店準備中』

忍者は入り口に掲げられたプレートから賢者の方を振り返りわざとらしく言う。

「誰だったかな。集合時間をこの時間にしたの。思い出せないや。」

賢者が少し申し訳なさそうに答える。

「悪かったよ。

でもまあ、受付を確実に1番にできそうだから、いいじゃないか。」

忍者が反論する。

「それは結果論だろ。開店時間のことを忘れていたのは完全に落ち度だろ。」

「お前だって忘れていただろ。」

「忘れてはいねーし。正確な時間は覚えてはいなかったけど、お前が自信満々にこの時間を指定したから開店時間を把握しているのかなと思って言わなかったんだよ。」

狩人が割って入る。

「ここで争っても仕方ないだろ。とりあえずサニアに渡す前にカニステルはどんな食べ方がいいか試食しようと思うがどうだろう?」

2人は息を合わせる。

「「食べる。」」

狩人はやや困惑気味に応じる。

「お、おう…。仲いいな。」


アローワークの入り口の前で狩人はまな板と包丁を取り出し、カニステルを6等分する。

各自ひと切れを手に取り、スプーンを突き立て円を描くように動かす。カニステルの実はたやすく描かれた形にくりぬかれるが、適度な粘度があるためスプーンで持ち上げても崩れない。一同はその独特な質感を堪能すると、くりぬいた実を口に運ぶ。

最初に口を開いたのは白魔術師だった。

「へえ、しっかり甘いね。焼きイモとかそのレベルはあるね。」

狩人が続く。

「食べる前から分かってはいたけど、果物のみずみずしさは無いな。

サツマイモを加工して作ったお菓子だと言われれば納得してしまいそうだ。」

黒魔術師は2口3口と食べ進めていき、あっという間に平らげてしまう。

「私これ好きかも。」

ナイトが尋ねる。

「農園では食べる機会は無かったのか?」

黒魔術師はカニステルの皮を名残惜しそうに見つめながら答える。

「食べようと思えば出来たかもしれないけど他に果物は山ほどあったから…。

レスターだって、美味しいと分かっているミカンと正体不明の果物が並んでたらミカンの方を取るでしょ?」

ナイトは納得する。

「なるほどな。そりゃそうか。」

賢者は果肉を見つめる。

「これはこれで完成しているから何もつけずに生食でいいんじゃないかな。

ただ、お茶はあった方がいいかもな。紅茶か烏龍茶かそのあたり。

さっぱりする方がいいか。烏龍茶だな。」

白魔術師が疑問を投げかける。

「私が食べたのは端の方だったけど、まん中の方と端は味の違いはどうだった?」

全員が不思議そうな顔をする。

忍者が代表して逆に聞き返す。

「リン、今のは誰に聞いたんだ?」

白魔術師は不思議そうに答える。

「そりゃあ、真ん中と端の両方を…。」

そう言いかけると白魔術師はハッとする。

「も、もちろん両方を食べた人なんかいないことは分かってるよ!

そういうネタだから!そう。ボケだよ、ボケ!」

賢者がつぶやく。

「…天然物は調理が難しいんだよな。」


狩人はスプーンですくった果肉を見つめる。

「手を加えるなら、水分を加える方向かな。

甘みは強いから、塩味ではなく酸味、酢でもかけるか?

もしくは水分が少ないことを活かしてパンの生地に練り込んだりとか?」

黒魔術師が応じる。

「私は生の方がいいなあ。」

などと話しているとアローワークの扉が開き中から受付が現れる。

「…皆様、何をやってらっしゃるんです?」

忍者が答える。

「見ての通り、試食会だよ。」

受付は呆れた様子で更に尋ねる。

「試食?一体何の?」

黒魔術師が元気に答える。

「カニステルだよ!」

受付は更に困惑を深める。

「…何ですか、それ。」

狩人が説明を始める。

「カニステルは沖縄で栽培…。」

受付が慌てて止める。

「あ、解説は結構です。

皆様、何かご用でいらしたのでしょう?

どうぞ中にお入り下さい。」

白魔術師が頭を下げる。

「ごめんなさい。6等分したから、あなたの分は無い…。」

受付は少し苛立ちながら答える。

「いらないですよ!

そんなことよりも早く仕事を済ませてもらった方が助かります。」


一行は受付の奥に通され、長椅子に腰かける。

受付が給湯室から茶を運んでくると、各自の前に置く。

「ティーバッグで2番煎じのリアル粗茶です。」

賢者がすかさず突っ込む。

「なんで朝イチから二番煎じなんだよ。」

なぜか忍者が答える。

「簡単なことよ。最初に使ったのが昨日ってだけの話だ。」

白魔術師が狩人に尋ねる。

「ティーバッグって日を跨いでも大丈夫なの?」

狩人は難しい顔をする。

「…さあ。考えた事もない。」

受付が自信満々に告げる。

「大丈夫ですよ、これまで体調を崩した人は1人もいませんから!」

賢者がつぶやく。

「それは高らかにうたいあげるようなことではないと思うが…。」


しばらくすると、支店長が部屋に入ってくる。

「お待たせしました。」

支店長は一行の向い側の長椅子に腰かける。

受付は遅れて隣に座ると、書類を広げる。

支店長は書類の1枚を一行の方に向ける。

「早速ですが、仕事の話といきましょう。

持ち帰ったものを拝見いたします。」

賢者は洞窟で回収した研究資料を取り出す。

「これだ。何が書いてあるかはさっぱりだが、洞窟の1番奥にあったテーブルの引き出しにあったから間違いないだろう。」

支店長は資料に目を通すが、すぐに資料を丁寧にテーブルに置く。

「なるほど。これなら外部の人間に見られても研究成果が漏れることはありませんな。ワーカーの皆さんにも安心して回収依頼を出せるというわけですか。

それにしても全く内容が分かりませんな。ヴォイニッチ手稿でも見ている気分です。」

黒魔術師は心の中でつぶやく。

「(なんで当然のように、この世界には無い書物のこと知ってるの!?)」


支店長は受け取った書類を大事にしまうと姿勢を正し、切り出す。

「それで、報酬の支払いに関してなのですが、その…。」

賢者が素早く反応する。

「額が大きすぎて支払えない、かな?」

支店長は申し訳なさそうに答える。

「ええ…。今手持ちの資金では支払いが苦しく…。一部はすぐにお支払いしますが、それ以外はお待ちいただけないでしょうか。

もちろんその代わり、できうる限りの対価は金以外であればお支払い致します。それでご納得いただけないでしょうか。」

忍者が指を鳴らす。

「いい質問ですねぇ~。これ以上は無い質問だ。」

支店長はなんだか照れくさそうにする。

「そんなにお褒めいただく物ではないと思うのですが…むしろ恥ずかしい部類かと。」

賢者はアローワーク側に要求することなど何も考えていなかったかのように、考えごとをする振りをしながら答える。

「そうだなぁ…。最近、他国から兵士たちがたくさん上陸したっていう噂を聞いてね。

関連する情報をキャッチしたら全て教えて欲しい、なんて要求が高すぎるかな?

今後行われるであろう実験に関する情報と、その背景となっている、周辺国による幻とも思える侵攻事件についての情報が欲しいな。」

支店長は驚く。

「そんなことでよいのですか?お安いご用です。

それだけではあまりにも…他にも何かありませんか?」

忍者が指を鳴らす。

「いい質問ですねぇ~。」

支店長はなんだか照れくさそうにする。

「よく分からないけど、ありがとうございます。」

賢者は悩んでいる素振りをしながら答える。

「うーん。じゃあ、ひとつだけ、。

サニアが今どこで仕事をしているか教えて欲しい。」

支店長は忍者に問う。

「もちろん構いませんが、ちなみに何故なのか教えていただいても?」

賢者が答える。

「あいつがもらい損ねた、追加報酬である果物を手渡したい。ちょっと珍しい果物だからな。」

支店長は拍子抜けした様子で答える。

「そんなことですか。そんなことを根に持つような方ではないと思いますが?」

忍者は自分の膝についた両手を固く握る。

「だからだよ。あいつは人を恨むことはしないだろう。今までだって職業で理不尽な扱いを受けることも多かっただろう。でもその度に、周りに責任を求めず自分の中に飲み込んで受け入れてきたのだろう。

今回だって、不運だった、と笑って終わるだろう。

なぜサニアが貧乏くじばかり引かなければならないのか。

あいつに悲しい笑顔はさせたくないんだ。」

唐突に狩人が立ち上がりテーブルに片手をついて前のめりになり訴える。

「私からもお願いだ!頼む!サニアの今回の仕事先を教えてくれ!」

賢者が驚く。

「お前、どこでスイッチ入ったんだよ。」

白魔術師が落ち着いた様子で狩人に続く。

「私からもお願いしようかな。」

黒魔術師とナイトも続く。

「私も。」

「私からも頼むよ。」

支店長は困惑しながら答える。

「みなさん、まるで機密事項を無理を言って聞き出すみたいな雰囲気になってますけど、別に秘密でも何でもないので普通にお教えしますよ?」


一行は街の中心部にあるデパートの近くの公園でシーフを捜している。

白魔術師がつぶやく。

「この公園が集合場所って聞いたから30分前に来てみました。」

賢者がすかさず突っ込む。

「誰向けのセリフだ!そういうのは地の文に任せておけよ。」

忍者が収納に手を突っ込む。

「仕方ない。秘密兵器を出すか。」

そう言うと収納から小さな茶色の物体を取り出し高く掲げる。

「今しがたコンビニで買ったさつま揚げだぞ。早く来ないと食べちゃうぞ!」

ナイトがつぶやく。

「まさか、そんな漫画みたいな方法でおびき寄せられる訳が…。」

全員が期待のまなざしで周囲を見回すが、目的の人物は現れる気配は無い。

忍者はため息をつく。

「さすがに無理か…。」

高く掲げていたさつま揚げを下ろそうとすると近くの草むらから目的の人物が何かを食べながら現れる。

シーフは立ち止まり忍者の方を見ると、驚く。

「おお、私が食べてるさつま揚げと同じだね!」

賢者がすかさず突っ込む。

「第一声がそれかよ!」


シーフはさつま揚げを食べ終わると尋ねる。

「こんな所までどうしたの?」

狩人がつぶやく。

「食べ終わってから聞くのがお前らしいな。」

シーフが不服そうに言う。

「まるで食べ物にしか興味が無いみたいな言い方だね。

それで、何の用?」

狩人が果物を取り出す。

「あの後、追加報酬でこれを貰ったんだ。一緒に食べようと思ってね。」

シーフは嬉しそうに果物に目をやる。

「やった、ありがとう!

この果物は…何だか分からないけど、とにかくありがとう。

…やっぱり食べ物にしか興味無いと思ってる?」

狩人がいたずらっぽく応じる。

「違うのか?」

シーフがほほえむ。

「そうかも。」


狩人は人数分ある果物をそれぞれ半分に切り皿に載せてスプーンを添え各自に手渡していく。

シーフは手渡された果物の不思議な質感を興味深く観察している。

「へえ、面白いね。アイスクリームみたい。ねっとり系のサツマイモのねっとり熟練度を限界まで上げた感じっていう方が近いのかな。」

狩人が好感触に安堵しつつ説明する。

「それはカニステルという果物だ。沖縄で栽培されている果物で、この世界にもある。

皮にシワが入るぐらい本当に完熟した状態がベスト、というよりその位熟していないとじゃないと青臭いんだそうだ。バナナでも、熟すとちょっと溶けたみたいになるだろう?熟し度はあれの状態だな。」

シーフはスプーンで果肉をくりぬく。

「へえ、そうなんだ。

それで美味しさも十分あるみたいだね。

テスがあっという間に完食してしまう位だもの。」

果物を平らげ満足そうな黒魔術師に賢者が思わず突っ込む。

「速すぎるだろ!どんだけ気に入ったんだよ!」

シーフはくりぬいた果肉を口に運ぶ。ゆっくりと口の中で味わい、少量ずつ飲み下していく。そして一口分全てを堪能するとようやく口を開く。

「食感はスイートポテトや焼きイモ、固めのカボチャプリンといった所。そしてその甘さや味もそれらの近辺にあるね。

天然の焼き菓子と言っても良さそう。

総じて言えばかなりおいしい。

完熟であることが絶対条件ってのが少しネックだけど、なかなかのポテンシャルを持つ素晴らしい食材だと思うよ。

こんな面白い食べ物に会えるとは思ってなかった。わざわざ持ってきてくれてありがとう!」

白魔術師はシーフの笑顔を見ると忍者の肩に手を置く。

「あの笑顔が見たかったんだよね。よかったね。」

忍者は首を傾げる。

「はて、何のことやら?」

白魔術師はフッと笑う。

「まったく、素直じゃないんだから。」


一行は食事の後片付けを手早く終えると撤収の準備を始める。

賢者がシーフに声をかける。

「さて、我々はそろそろ帰るよ。仕事の邪魔になるといけないし。今度こそお別れだ。」

賢者はシーフに手を差し出す。

シーフはすぐにその手を固く握る。

「うん。元気でね。」


賢者がメンバーを見渡し撤収の号令をかけようとしていた時、スピーカーを持った人物がハウリング混じりの音声で呼び掛ける。

「ようこそ皆様。お集まりいただきありがとうございます。

あまりスピーカーの音量を上げると近所にご迷惑となります。小さな音量でも聞こえるよう皆様もう少しこちらの方にお集まりいただけますでしょうか。」

公園の外側の方からスタッフが細いロープを持って中央方向に歩いてくる。

「このロープより外には出ないでくださーい!」

一行は成すすべなく公園の中央に追い立ててられる。

ナイトがつぶやく。

「おいおい、これってもしかして参加しない仕事の説明を聞かなきゃいけない流れか。」

忍者が諦めたようにぼやく。

「校長先生の話だと思って聞き流せばいいだろ。」

白魔術師が黒魔術師に尋ねる。

「朝礼の校長の無駄話ってまだ学校でやってるの?」

黒魔術師はうなずく。

「私の時代もあった。」

白魔術師はため息をつく。

「日本の教育が心配になってきたよ。」

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