1章-1
1話「第1章1話」
ファンタジーの世界と言えば、どうせよくある剣と魔法の世界に違いない、と普通は考えるだろう。
文明のレベルはどうせよくあるなんちゃって中世ヨーロッパに違いない、と大抵の者は思うであろう。
…何も否定できない!
この物語は、賢者、忍者、白魔術師、狩人の4人パーティが世界を回り突っ込みを入れていく物語であるーー
忍者は得意げな顔で後ろを歩く賢者に問いかける。
「………出だしはこんな感じでどうだろう?」
賢者はすかさず突っ込む。
「いいわけないだろ!
それと、シレっと嘘をつくんじゃない。お前たち3人はボケ担当だろ!」
一行は、ところどころに木漏れ日が射すうっそうとした山道を歩いている。
先頭を歩く白魔術士は、上機嫌な様子で先へ先へと進んでいく。
「メスジカ太陽光線~、そして私~。」
数メートル後ろを歩く賢者は隣を歩く狩人に尋ねる。
「なんでアイツはあんなに元気なんだ?」
狩人が白魔術師の背中を見ながら答える。
「ここ数日、ずっと山道だっただろ?
今日ようやく集落に着くからベッドで寝られる、って楽しみにしているんだそうだ。」
白魔術師は手に持つメイスをブンブンと振り回す。
「メスジカ太陽光線~、そして私~。」
白魔術師はそのまましばらく先頭を歩き続けていたが、しばらくするとおもむろに立ち止まり振り返って賢者に尋ねる。
「…ところでこの道で合ってるの?」
賢者が突っ込む。
「知らないで先頭歩いてたんかい!」
一行は少し開けた所に着くと、道の確認も兼ねて一旦休息を取る。
賢者は平べったい石に座ると、地面に座っている忍者に尋ねる。
「地図だと今どの辺なんだ?」
忍者は待っていましたと言わんばかりにわざとらしく全身のポケットを探すそぶりを見せた後、おもむろに立ち上がり、尻の下に敷いていた紙を手に取り一人芝居を始める。
「むっ、この地図温かい…
さては胸元に入れて暖めておったな!
…いえ、尻に敷いておりました!」
忍者が小芝居を終えたのを確認すると賢者は突っ込みを入れる。
「お前は出世を逃した世界線の豊臣秀吉か!」
狩人は2人のやり取りには触れず弓矢の手入れをしながら地図を見ることもなく語り始める。
「この先道なりに200m位行くと森を抜ける。
その先さらに500mぐらいの場所に寒村がある。
昨日調べた感じだとその先の街は遠いから今日はこの寒村に泊まる必要があるだろう。
村の名物は…」
賢者が解説を遮る。
「現在地が分かっていたなら早く言えよ。この時間、いったい何だよ!」
再び歩きだしたパーティの先頭を白魔術師が上機嫌に進んでいく。
「寒村~寒村~寒村~!」
一番うしろを歩く賢者は軽くため息をつく。
「お前、それ絶対住民に聞かれるなよ!」
白魔術師は振り返り後ろ向きに歩きながら答える。
「そんなヘマはしないよ。ちゃんと寒村が近くなったら…」
言葉の途中で白魔術師はちょうど森の出口を抜ける。
一瞬眩しさに目を細めた後、すぐに周囲を確認する。
森の出入口には平べったい大きめの石があり、そこには40代ぐらいの男が腰かけている。
男は白魔術師のフードでやや隠れた目を見ると微笑む。
「どうも、旅の皆さん。私はハチワレ村…いえ、そこの寒村で農夫をやっとります。」
到着した村の中は、建物自体は決して古ぼけてはいなかったが、人口が少ないためかどこを歩いても活気が無く寒村と呼ぶにふさわしい様相を呈している。
賢者は横を歩く狩人に尋ねる。
「なあ、この村だいぶ寂れているみたいだけど何があったんだ?」
狩人は辺りを見回して村人がいないことを確認すると小声で答える。
「昔はこの近くに国の秘密の施設があって、人や物の動きがあったからそれなりに栄えていたらしい。
だが数年前にその施設が廃止になってからは御覧のあり様だ。
一応、名物の酒もあるが、知名度は今一つで村の現状を打破するには至っていないようだな。」
賢者は納得した様子てはあったが、更に疑問を投げかける。
「その国の秘密の施設が何だったかって今は分かってるのか?」
狩人はもう一度周囲をうかがうと小声で答える。
「…それは言えない。」
賢者は周囲を確認してから小声で尋ねる。
「…なんで?」
狩人が答える。
「…知らないからだ。」
賢者は普通のトーンで突っ込む。
「知らないなら初めからそう言えよ!なんで知ってるみたいな感じ出したんだ!」
賢者は前を歩く二人に呼びかける。
「分かっているとは思うけど、今日は少しでも稼がないと宿代も厳しい。何か仕事をこなさないと今日も野宿だよ。アローワークに急ごう。
念のため言っておくけどハローじゃないからな。弓と矢のマークの看板の公共施設だぞ。断じて日本の職安とは関係ないからな。」
白魔術師は野宿という単語に敏感に反応する。
「絶対に野宿は嫌だからね!さあみんな、日が暮れる前に早く今日の仕事を見つけるよ!」
そう言うと歩くスピードを上げ、先導する忍者を追い抜く。
だが、その先の十字路の手前に着くと立ち止まり振り返って賢者に問いかける。
「ところでこの村のアローワークはどこにあるの?」
賢者がすかさず突っ込む。
「おい、そのネタ今日2回目だぞ!」
賢者は白魔術師に突っ込みを入れると、すぐに狩人に尋ねる。
「なあルーネイト、この町のアローワークはどこなんだ?」
狩人は他人事のように答える。
「そんな細かいこと知らないよ。先頭を切って歩いていた人に聞いたらいいんじゃないかな。」
賢者は忍者に確認する。
「エリア、お前はアローワークがどこにあるのか把握しているのか?」
忍者は遠くを見つめながら答える。
「…訳あってそれは言えない。」
賢者が突っ込む。
「要するに適当に歩いてたんだな?お前は知る由も無いだろうけど、さっきのルーネイトとネタ被ってるんだよ!」
しばらく沈黙が支配した後、白魔術師が突然ポンと手を打つ。
「そうだ、この寒村の人に聞けばいいじゃん!寒村のことは寒村に聞けってね!」
大声でNGワードを口にする白魔術師を賢者がたしなめる。
「リンお前、それ絶対に村人に…。」
賢者が言いよどんだのに気付いた白魔術師が前を振り返ると、そこには見覚えがある男が立っていた。
「またお会いしましたね。先ほど山道の出口でお会いして以来でしょうか。この寒村のアローワークはあそこを右に曲がってすぐの所ですよ。」
一行は、アローワークの受付に来ていた。
受付のおばさんは磨いている自分の爪を磨きながら顔を上げることなく応対する。
「いらっしゃいませ、依頼をお探しでしょうか。
この村の依頼は1つしか無いので内容は直接村長に聞いてください。」
賢者は受付のおばさんの礼を欠く態度を気にすることなく尋ねる。
「それで村長はどこなんです?」
受付のおばさんはやはり顔を上げることなく施設の奥を指差す。
「あそこで酒を飲んでるのが村長です。
私ちょっと忙しいのであとは村長に聞いてもらえますか。」
賢者は村長の所に着くと向かいの席に座る。
「お休みの所すまない。依頼の内容を伺いたいのですが。」
村長は酒瓶からコップいっぱいに酒を注ぎ、一口飲んで答える。
「いえ、お気遣いは不要です。思いっきり勤務中ですから。」
賢者がすかさず突っ込む。
「なんで勤務中に酒飲んでるんだよ!仕事しろ!」
村長は聞こえていないかのように酒をもう一口飲む。
「うちの村の名産は、この酒なのでね。地元の産業をアピールする力をつけるために仕方なくやっているのですよ。」
賢者が再び突っ込む。
「地元のためというワードを出せば何をしても許されると思うなよ?」
「さて、今回皆様にご依頼したい仕事は、畑を荒らす魔物の討伐です。
皆様はクイーンウルフという魔物をご存知でしょうか?」
村長は一行の顔をひととおり見渡したあと続きを話そうとしたが、それより早く狩人が話し始める。
「クイーンウルフ…。
寿命があり繁殖によって増えるタイプの魔物で女王が子を産む。産まれた子は部下として巣の実務を担当する生態を取る。
女王が倒れると巣の全体の個体が消滅するという珍しい生態を持つが、巣から独立した新世代の女王とその配下は影響を受けない。
山奥に巣を作るから人里に被害を出すことは稀だ。
一旦巣となる場所を決めると一生…。」
皆心の中で『村長に説明させてやれよ』と思っていたが、いつものことなので仕方なく言葉を飲み込む。
狩人が話し終えると、村長は中断していた話の続きを話し始める。
「…今説明いただいたクイーンウルフによる被害を止めるべく女王の討伐をしていただきたい、というのが依頼の内容です。
報酬は成功時のみに61万円をお支払いしましょう。」
白魔術師がつぶやく。
「この世界の通貨って円なんだ…。」
賢者がメンバーに呼びかける。
「審議!集合!」
賢者が切り出す。
「通貨、どうする?」
白魔術師が答える。
「よくあるのは金貨とか、もしくは独自の通貨かな?その辺が無難じゃない?」
忍者が反対意見を述べる。
「日本円との換算表を作って作者がこの世界の通貨に変換して読者が同じ表を頭に思い浮かべて脳内で計算するのか?そのプロセス誰が得するんだよ。」
狩人が意見を述べる。
「でも日本円の価値なんて時代によって変わるからなぁ…。」
忍者が応じる。
「そんな何十年も読まれる程の作品じゃねーだろ。」
狩人が折衷案を出す。
「分かった。じゃあ、この大陸はたまたま『円』という名前の通貨を使っていて日本円との交換レートは1:1ってことにしたらどうかな。」
賢者は誰からも反対意見が出ないのを確認すると宣言する。
「この大陸の通貨は『円』にしよう。他の国の通貨はその国に行った時に考える。それでいいかな?」
白魔術師が尋ねる。
「文字とか言語は?」
狩人が答える。
「言語は日本語じゃないと不便だろ。文字もよく分からん象形文字みたいなの使ってることあるけど、結局そこに日本語字幕出すとかバカだろ。文字も日本語でいいよ。」
一同がうなずく。
賢者がメンバーを見渡す。
「じゃあ、解散!」
各々が元いた場所に戻る。
賢者は何事も無かったかのように、落ち着いて村長に確認をする。
「報酬61万円ですか。仕事内容に比べて報酬が高いようだけど、それはなぜなんです?」
村長はコップに入った酒を飲み干すと答える。
「それは難易度が高いからですよ。
今まで何十ものパーティに依頼しても結果はどれも散々でした。
ここは山に囲まれた寒村。この広大な森の中から、それほど大きい訳でもない巣を見つけることは限りなく不可能に近いですからね。
アローワークの職員もどうせ失敗する事が分かっているから無駄な書類を作らず直接私の所に通すのですよ。」
村長は空になった酒瓶をテーブルの下に置くと、話を続ける。
「でも、下手な鉄砲もなんとやらと言うではないですか。万が一ということもあるので依頼自体は取り下げていないのですよ。
さて。皆様方も無駄撃ちになる覚悟があるという認識でよろしいでしょうか?」
賢者は気にする様子もなく事務的に対応する。
「なるほどね。時間もあまり無いのでさっそく被害のあった場所に案内してくれますか?」
村長は棚から新しい酒瓶を取り出す。
「ええ、構いませんよ。ご案内いたしましょう。」
そう答えると、村長は酒瓶の蓋を開ける。
「まだ飲むんかい!」
村長はコップに酒を注ぐ。
「公費なのでね。遠慮したら損ってものですよ。」
賢者が突っ込む。
「せめて自費で買え!」
一行は村長の案内で最新の被害現場に向かう。
「えー、皆様。ご紹介が遅れました。私はこのハチワレ村の村長です。他になり手がいないので3回連続無投票で当選しております。
左手をご覧ください。」
村長が指さした数メートル先の水場で小動物が水浴びをしている。
「この村の名産である名酒"カピバラ祭り"の名前の由来になったカピバラでございます。」
忍者が感心する。
「第一話から風呂でテコ入れか。なかなかやるな。」
賢者がすかさず突っ込む。
「第一話からテコ入れなんかしてたまるか!
小動物の水浴びとかどの層に刺さるんだよ!」
「ここが昨日襲撃を受けた畑です。」
一行は荒れ果てた畑に案内される。
狩人が荒らされた作物を確認する。
「ジャガイモ…タマネギ…ニンジン…か。」
作物の名前を聞いた忍者は待っていましたとばかりに声を張る。
「魔物の狙いはカレーだな!」
賢者はそのセリフを予想していたのか食いぎみに突っ込みを入れる。
「そんなわけあるか!」
忍者はその突っ込みを予想していたのか、食い気味に地面を調べ始める仕草を始める。
「まだあたたかい…遠くには行っていない!」
賢者がすかさず突っ込む。
「そんなわけあるか!1日前だぞ!」
賢者は数秒待ったあと忍者に視線を送る。
「…もう気が済んだか?」
忍者がうなずく。
4人は畑の脇の歩道に、バラバラに座る。
いつものように賢者が切り出す。
「さて、現場も見せてもらったし、まず大まかな方針だが…。
相手の居場所が分からない以上、まずは向こうから来てもらい、それを迎え討つという形になる。
ルーネイト、奴らをこの場所に誘きだすことは可能か?」
狩人が答える。
「それは可能だ。
さっきも言ったが、奴らは匂いが強いものを好んで巣に持ち帰る習性がある。
奴らの狩りの時間はおおよそ日没後1時間から2時間の間だ。
日没まであと2時間位あるから余裕を持って準備することが可能だろう。」
狩人の返答を受け、賢者は軽くうなずく。
「それでは作戦の続きだ。
おびき寄せた相手の数をある程度減らして撤退させる。
撤退する相手を追跡することで巣の場所を特定する。
最後に巣の中の女王を叩いて終了だ。
何か質問は?」
賢者はメンバーを見渡すが誰も質問を挙げる者はいない。
忍者がうなずく。
「分かった。
リンと私は村で匂いの強い物を集めてくる。 ルーネイトとノルドは夕飯の支度を頼む。
じゃあ、一旦解散で…。」
賢者は小声で答える。
「お、おう…。」
狩人がつぶやく。
「なんで誰もボケなきゃボケないで、ちょっと残念そうなんだよ。」
狩人は畑のまんなかで、夕食の支度に取り掛かる。携行していた米を飯盒に入れて火にかけると、畑から野菜を物色を始める。
使えそうな傷物野菜を集め終わると、ほどなくして買い物を終えた賢者が戻ってくる。
「言われた通りカレールーとラッキョウと福神漬け買ってきたよ。」
それを聞いた狩人は腕をまくり料理の準備に取りかかる。
「それでは始めるとしようか。何ができるかはお楽しみ、ということで。」
賢者は呆れた様子で応じる。
「…ニンジンにタマネギにジャガイモにカレールーか。
何ができるか想像もつかないや。」
小一時間ほどすると夕暮れの畑にはカレーの香りが立ちこめてくる。
村で素材集めをしていた2人が戻ると狩人は急ピッチで食事の準備を始める。
飯盒から皿に米を盛ると、慌ただしくカレーをかけていく。
白魔術師は2人の様子を見ると、賢者に尋ねる。
「もしかして今日、カレー?」
賢者が冷静に突っ込む。
「見りゃわかるだろ。」
一行が食事を始めると狩人がカレーについての説明を始める。
「今日のカレーは材料全て地産地消をテーマにしてみた。」
賢者がボソッと小声で呟く。
「ルーも付け合わせも地元産じゃない市販だけどな。」
狩人が説明を続ける。
「野菜はすべて魔物の食べ残しだ。」
賢者がすかさず突っ込む。
「その言い方やめろ!」
狩人は何事も無かったかのように淡々と説明を続ける。
「肉はその辺にいた動物の肉だ。」
賢者が再び突っ込む。
「何の動物だ!そこは曖昧にするな!」
狩人は渋々説明する。
「さっき水を汲みに行った川で捕まえたワニだよ。
ちょうどウシを狩り損ねたワニがいたから逆に狩ってやった。」
白魔術師が小さな声で呟く。
「カレーにするなら逃げたウシの方を狩ればよかったのに…。」
忍者がカレーを頬張りながらスプーンで狩人を指す。
「今回の作戦、うまくいきそうなのか?」
狩人は食べる手を止めることなく答える。
「追跡のための魔法をうまくかけられるのかは気がかりだが、それさえうまくいけば大丈夫だろう。
敵の拠点が山を隔てた向こう側、と言われると厳しいが今回のターゲットはそこまでは巣から離れないと考えてよいだろう。ここから見える範囲が巣だと考えて差し支えないはずだ。
実は大体の当たりはついているしな。」
忍者は賢者の後方に向かって声をかける。
「村長はどう思う?」
賢者は後ろを振り返る。
「村長いたんかい。…ちゃっかりカレー食べてるし。」
村長はコップの酒を一気に飲み干す。
「今まで山を闇雲に探索する方々ばかりだったので、今回はちょっと興味がありましてね。
たしか魔物の体に光る魔術をかけてわざと逃がして戻り先を調べるんでしたっけ。
あんな小さく素早い相手に魔術をかけるのは大変そうですけど勝算は高そうなんですか?」
村長の問いに賢者は食べる手を止めることなく答える。
「こう見えて一応、腕利きが揃ってるのでね。」
村長はグラスに酒を注ぐ。
「それはよかった。それにしても交付金、様さまですな。こうして酒が飲み放題なのですから。」
賢者は渋い顔をする。
「地方交付税交付金を天から降ってきたカネみたいに思ってるようだけどそれ私たちが納めた税金だからな。
そういう無駄遣いするんじゃないよ。」
村長は頭をかきながら答える。
「ハハハ、まったくおっしゃる通りですな。
この酒も…あそこのイカのモニュメントも皆さんに感謝しなければなりませんな。」
賢者が村長の指差した先を見ると、あり得ないほど巨大なイカのモニュメントが横たわっている。
「こんな村、今年から交付金ゼロにしろよ!」
賢者は食事の片付けを終えるとメンバーを集める。
「さて、まもなく作戦開始となるわけだけど、2人が集めてきたものを確認しようか。まずはリンから頼む。」
白魔術師が集めてきたものを披露する。
「農家から、ドリアンの殻をいっぱいもらったよ。それと、ロビンさんの廃棄予定だった靴下。」
当然賢者が突っ込みを入れる。
「ロビンって誰だよ?」
村長が割って入る。
「パン屋の次男です。足の匂いには定評がありましてな。」
賢者がすかさず突っ込む。
「定評って何だよ。誰がそれを評価しているんだ。」
続けて忍者が持ってきた物の説明を始める。
「まずは…ロビンの靴下。」
賢者はつっこみたい気持ちをぐっと堪え、忍者の説明をそのまま聞く。
「それと、ドリアンの殻を大量に。」
賢者は村長に尋ねる。
「なんでこの村ドリアンが大量にあるんだ?結構高価な食材だと思うんだが。」
村長は笑いながら答える。
「いや、参りましたな。
魔物の被害が出始めた時に魔物避けのために各戸に配布したのですが、まさか逆に魔物をおびき寄せていたとは!
あ、費用は交付金から出しているので心配は無用ですよ。」
賢者がすかさず突っ込む。
「もうこんな村滅びろよ!」
太陽が山の陰に沈みきろうとしている頃、一行は周囲に置いたランプに火を灯し戦闘配置につく。
忍者は賢者の方を振り向く。
「ジョー◯ターさん、陽が沈みかけてます。急がないと…。」
賢者がすかさず突っ込む。
「おい、どこかのサングラス高校生やめろ!
どうでもいいけど、お前、今日絶好調だな。」
いつものようにやり取りを終えると、狩人が尋ねる。
「なあ。おびき寄せるだけならカレーの残りを置いておくだけでよかったんじゃないか?
わざわざドリアンとか靴下集めて来る意味あったか?」
パーティメンバは互いに顔を見合わせる。しばらく沈黙が続いたが、10分ほどして太陽が完全に見えなくなったころ狩人が質問を完全に無かったことにして口を開く。
「最後に確認するけど、本当に敵に発光魔法をかけられるのかい?」
嫌な空気を変える質問に賢者が素早く食いつく。
「本職の白魔術師には敵わないけど、昆虫みたいに素早かったり小さかったりしない限りどうということはないよ。」
狩人は軽く首を傾げ小声で呟く。
「それはつまり…。」
狩人が言い終わるのを待つことなく白魔術師が自信たっぷりに答える。
「なめてもらっては困るね。なんだったら耳だけ光らせる、なんてこともできるよ!」
狩人は首を傾げる。
「耳…?ああ、触角のことか?そんな小さな部位にヒンポイントでやれる自信があるなら、私から言うことは無いよ。
疑って悪かった。」
不穏なワードを忍者は聞き逃さない。
「触角…?おい、ルーネイト。触角って何だ?私たちはこれからどんな形のモンスターと対峙するんだ?」
狩人は少し意外そうな顔を浮かべる。
「どんなって、仕事を受ける時に説明しただろ。
まあ、いいや。簡単に言えば、体長10cm位の巨大な蜂の群れだよ。」
3人は驚きを隠せない。
『ハチ?』
狩人は不思議そうな顔をする。
「あんなに丁寧に説明したのに…。逆に、みんな何だと思ってたんだ?」
白魔術師が動揺を隠せないまま答える。
「そりゃ…ウルフだし、オオカミじゃないの?」
狩人は笑いながら答える。
「それは、ウミネコをネコだと勘違いするようなものだよ。
オオカミやイヌのような鋭い嗅覚を持つ獰猛なハチで、ハエぐらいの速さで飛行するのが特徴だ。
ちなみにクイーンというのは最初の発見者の名前からとっている。
…これもさっき全部説明したんだがなあ。」
賢者も困惑の色を隠せない。
「リンごめん。そんな小さくて速い相手に魔法当てる自信は無い。ほぼお前頼みになる。」
白魔術師はなんとか絞り出すように答える。
「えっと…うん。なんとかなる…かな?…たぶん。」
混乱が治まらない現場に狩人が追い討ちをかける。
「当たり前だけど、小さな魔物だから追跡の目印にするには1匹や2匹じゃ困るだろう。
二桁、出来れば2、30匹は欲しいところだと思うが、大丈夫か?」
黙ってしまった白魔術師を横目に忍者が賢者に進言する。
「なあ、作戦練り直した方がよくないか?」
賢者が思案していると周囲を警戒していた狩人が声を張る。
「前方やや右からおよそ80匹!間もなく来るよ。」
忍者が臨戦態勢を取る横で白魔術師も敵が来る方向を見据えたまま後列の賢者に問いかける。
「作戦は変更なしでいいんだよね、てかもう変更なんてできないよ?」
賢者は落ち着きを取り戻し答える。
「ああ、そうだな。やるしかない。」
狩人が最後に付け加える。
「やつらは匂いの強いものから手をつけていく。
つまり我々が用意したものを優先的に狙ってくる。
とはいえ、やつらはどう猛だ。何匹かは我々の方を襲ってくるだろう。
やつらの最高速での体当たりはコンクリート位なら簡単に砕くから気を付けろよ。」
狩人が言い終わって数秒後、森の奥の方から木がなぎ倒される音が聞こえてきた。次第に音が近づくと共に倒れる木々が目視できるようになってくる。
一番手前の木が悲鳴を上げ始めると同時にハチたちが姿を見せあっという間に距離を詰めてくる。
「はっや…」
賢者が言い終わる前、あるいは言い始める前にハチたちは餌に群がっている。
少し遅れて白魔術師と賢者はドリアンなどに群がるハチに魔法をかけていくが大した数にかけることもできずハチたちは飛び立つ準備に入ってしまう。
その様子を見た忍者が声を張り上げる。
「やつらが運ぶ荷物の方に魔法をかけろ!」
ハチが餌を持って飛び立つ前に魔術師たちの魔法がなんとか間に合いドリアンがうっすらと輝き始める。
ハチたちはドリアンの皮などを持って木々の上を飛んでいく。
それを見た賢者が呟く。
「来るときは木をなぎ倒して来たのに帰りは上を行くんだな。」
狩人が上空の光を見逃さないように気を付けながら答える。
「来るときは他の生き物に取られないように最短でやって来る必要があるけど帰りは獲物を木にぶつけないように上空をゆっくり飛ぶのさ。
…それにしても獲物の方ではなく個体に魔法をかけただけだったらこんな星空の中では見失ってしまってたな。」
前列にいた忍者と白魔術師が歩いて戻ってくる。
白魔術師がメイスを左肩に担ぐ。
「どう、うまくいきそう?」
狩人が空を見上げたまま答える。
「なんとか、ね。」
白魔術師は狩人の横に立つ。
「あんた一人で追いかけるのは大変でしょ?私も追いかけるよ。
今どのへん?」
狩人は空を見上げたまま答える。
「アメショ座のちょっと右の辺り。」
「ふーん。…アメショ座ってどこにあるの?」
「ソマリ座の赤い三連星があるだろ?真ん中の星から三連星と直角に交わる線を右下に行った先に明るい星がある。
その周辺の星6個とでアメショ座だよ。」
「えっと…ああ、分かった!でも虫はいないよ?」
「…今は移動してシャム座の辺りだよ。」
「シャム座ってどこ?」
「…ごめん、気が散るから黙っててもらっていいかな?」
数分が経過したころ、ハチたちは山の中腹に降りたつ。
狩人はそれを見届けると山を指差しながら賢者の方に振り向く。
「あそこの山の中腹あたりに巣があるみたいだ。
たしかあの辺りには何か建物があったと思う。」
狩人は賢者の後ろに目を向ける。
「どうなんだい、村長?」
賢者は後ろを振り向くと突っ込む。
「お前、まだいたんかい。」
村長は照れくさそうにしながら頭をかく。
「お気づきにならなかったのも無理はない。
なにしろずっと酔いつぶれて寝ておりましたからな。
さて…と。」
村長は狩人が指差した先を見ると、説明を始める。
「あそこには国が放棄した砦があります。
何の目的かは分かりませんが、稼働時は油と塩をたくさん備蓄しておりました。」
忍者が小声で賢者にささやく。
「(油と塩…フライドポテトだな。)」
賢者が小声で突っ込む。
「(そんなわけないだろ。)」
村長は二人の会話に気づくこともなく続きを話す。
「我々はそこで働く公務員にジャガイモなどの食材を販売することでそれなりに潤っておりました。」
忍者が小声で賢者にささやく。
「(ほら見ろ、フライドポテトじゃねーか。)」
賢者が小声で突っ込む。
「(だからそんなわけ無いって言ってるだろ!)」
「ですが数年前のある日、突如として中に置かれていた荷物を運び出すとそのまま閉鎖されてしまったのです。」
村長は施設の方向に数歩歩くと遠い目をしながら話を続ける。
「閉鎖の日、役人たちはこの村を訪れて我々にこう告げました。
施設の管理を任せる。その代わり施設の中の物は自由にしてよい、と。
そして気がつくと私の手には40万円が握られていました。
私は彼らの誠意に応えるべくその話を承諾しました。
村の者がこれを知ると買収されたと勘違いし怒り狂い寿命が縮まるかもしれないので、村の者には秘密にしています。
…ですが、1銭にもならない仕事のために山道を行くのがしんどいので今まで一度も維持管理に赴くことはできずにいました。」
賢者が堪らず突っ込みを入れる。
「言い方を変えてるけど典型的な汚職じゃねーか!
黙ってるのは保身のためだろ。村人のためじゃねーわ!
それと、なんか不可抗力でメンテしてないみたいな言い方だけどさぼってるだけだよな?」
賢者が矢継ぎ早に指摘していると狩人が賢者の肩を叩いて制止する。
「その位にしておきなよ。まだ先遣隊をしのいだだけなんだから終戦モードになられちゃ困る。」
不穏なワードを忍者は聞き逃さない。
「先遣隊って何のことだ。さっきので終わりじゃないのか?」
狩人は渋い顔で答える。
「…そんなわけないだろ。
先遣隊が戻って食料かあると分かれば20倍位の数の本隊がやって来る。
先遣隊は匂いを追って風の流れる道を辿って来たが今度は巣からまっすぐ来る。
あの方角の木の上の方が削れているだろ?
数日前の襲撃ではあそこを通ったんだよ。
今回も同じルートを通るはずだ。」
狩人はすぐに戦闘態勢に入れるよう弓を手に取る。
「そろそろ来てもおかしくない時間だ。
カレー臭を漂わせている我々に襲いかかって来る数もさっきの比ではないだろう。どうするんだ?」
狩人からの問いに『じゃあなんでカレーにしたんだよ』という突っ込みを入れたい気持ちを押し殺して賢者が応じる。
「そりゃ迎えうつしかないだろ。
もう作戦を考える時間も無い。
各自普段の戦闘の感じでやるしかない。」
白魔術師と忍者の前列二人は仕方ないという感じで配置につく。
村長は、何の対策も打たない一向を見て募る不安を紛らわせるためうろうろと歩き回る。
落ち着きのない村長を見かねて賢者が注意する。
「クマじゃないんだから落ち着いてくれ。」
足を止めた村長は不安をぶつける。
「皆さんの実力を疑う訳ではないのですが、大丈夫なんですか?」
賢者がすかさず突っ込む。
「疑ってるじゃねーか!」
賢者は気を取り直して前列の忍者を指差す。
「あっちの、全く忍んでない格好の奴がウチの忍者だ。
ちなみにあの衣装、古着屋で上下6,820円位したらしい。」
村長は少し困惑する。
「えっ、あっはい…?」
反応に困り曖昧な返事しかできない村長の様子を気にしてか、賢者は補足を入れる。
「普段はボケっぱなしだけど洞察力、作戦の立案、戦闘中のとっさの判断力は頼りになる。
高速で移動するハチを一瞬で4匹刀で斬りふせられるくらいに腕も立つしね。」
村長が忍者の足元を見ると、4匹のハチが真っ二つに斬られている。
「なるほど、あの方の実力はわかりましたが…。」
そう言いかけたところで目線を手前にやると、矢で貫かれたハチが1匹地面に転がっていた。
「…あの方と狩人の方の実力は分かりました。
それはそうと、前にいるもうひとかたは見たところ白魔術師とお見受けしますが…。
たしか白魔術師は後列で回復や補助を担当するジョブと聞き及んでいますが、最前列で大丈夫なのですか。」
賢者は敵が来るルートを見つめたまま村長の問いに答える。
「普通は、な。
あいつは自身に防御のバフを山ほどかけてるから前線で十分やれるんだよ。
というよりあいつより固い奴なんか見たことない。
鉄の鎧程度なら裸足で逃げ出すレベルさ。
ちなみにあの目深なフードの白ローブは特注で一着45,000円もする。
…一着45,000円もする。」
「なんで2回言ったんです?」
突っ込みを入れつつ村長は賢者を見る。
魔術師であることは見てとれるが、良く見られる黒魔術師や白魔術師の格好ではない。
別にジョブによりドレスコードがあるわけではないが、魔術師においては通常はイメージと離れた格好をすることはほとんど無いことを村長は知っていたので不思議に思い尋ねる。
「では、残るあなたは一体…。」
村長が言いかけると、それを打ち消すかのように狩人が大声で叫ぶ。
「来るぞ!」
忍者がそれに続く。
「…モンスターが……来る…!」
すかさず賢者が突っ込む。
「本番直前にネタをねじ込むな!それとネタが古すぎるんだよ!」
しばしの静寂のあと賢者が何やら魔法を発動しながら村長に対して呟く。
「そうそう、さっき言い忘れていたけど、リンは攻撃の方もバフ盛り盛りだから、攻撃に巻き込まれて死なないように気を付けてね。」
全員が戦闘体制を取ると、木をなぎ倒す音がものすごい速さで近づいてくる。
白魔術師はメイスを振りかぶりタイミングを計る。
高速で迫る黒い塊が目視できる距離までくると白魔術師は大きく息を吸い込む。
そして、間合いまで入ってきたモンスターの群れに対して振りかぶっていた武器を思いっきり振り下ろす。
「健やかに…死にさらせッ!!」
よく分からない掛け声と共に振り下ろされた武器が地面に接触すると、轟音を発生させるとともにまるで隕石でも落ちたかのようなクレーターを作り上げる。
だが、白魔術師の攻撃が炸裂する前にハチの大群はその場所を通り過ぎており、健在のまま一行に襲い掛かる。
忍者がゆっくりと後退しながらハチをせわしなく斬りふせている。
「おい…リン、横に来た相手に縦に振るやつがあるか!」
文句を言いながらも忍者の剣筋は正確でみるみるうちにハチをうち落としていく。
ハチはというと先ほどまでと比べると、明らかに動きが遅くなっており村長の目でも捉えられるほどになっている。
「あの、これはいったい…?」
賢者は村長の問いかけには答えず忍者に声をかける。
「おい、エリア!大変ならもう少し相手の速度を遅くしようか?」
忍者は振り返ることなく応じる。
「いや、構わない…。てか、リン早くしろよ!」
白魔術師はよっこらせとメイスを肩に担ぐとモンスターの先頭集団のあたりまで移動し武器を横に大きく引く。
武器を最大まで引くと大きく息を吸い込む。
「イカの……
お寿司!!」
よく分からない掛け声とともにスイングされた武器は、大きな衝撃波のようなものを生み出し、ハチの黒い大きな塊を飲み込む。
ハチの群れはその8割ほどの個体を消失し、残された個体たちは散り散りになって逃走していく。
ふとドリアンの殻などの餌の方を見ると、一行に襲ってきた数の数倍のハチが群がっている。
白魔術師がその光景を前にため息をつく。
「こっちの連中も襲ってきていたら危なかったかもね…。
あいつらは倒さなくていいの?
巣に乗り込めばどうせはちあわせるんでしょう?」
忍者がボソッと付け足す。
「…ハチだけに?」
白魔術師は素早く反応する。
「ちょっと…ダジャレを言ったつもりはないよ!」
下らないやりとりをしていると、村長が突然その場で膝から崩れ落ちる。
「我が村の自慢のイカの巨大モニュメントが…
さっきの飛び散ったハチの体当たりで穴だらけになっている…!」
一行は思わず声をあげてしまう。
「よし!」「ナイス、ハチ!」「ざまあみろ!」「よくやった。」
しばらくするとドリアンの殻に群がっていたハチたちも飛び去っていく。
ハチたちは木の上を悠然と飛んでいき、巣の近くまで到達すると、高度を下げ森の木陰の中に消えていく。
狩人はハチたちが消えていった方向におもむろに矢を放つが当然届くわけもなく遥か手前に落下する。
「…分かっていたことだが、全く届かないな。」
賢者がすかさず突っ込む。
「分かっていたならなぜ射った?」
「さて、村長。」
賢者は村長の方に振り返る。
「我々はこれから山に入り敵の巣を叩きに行く。
仕事の後にここまで戻ってくるとなると深夜、場合によっては明朝になるかもしれない。
そこで、だ。」
賢者は巣が作られた建物の方に歩き始める。
「報酬の金は今村長が持っている分だけで構わない。
その代わり不足分をあの建物の備品から持ち出してもいいだろうか?」
村長は快諾する。
「ええ、もちろん。いっそあの建物丸ごと差し上げても構いませんよ。
今手持ちの金額は…クレジットカード使えます?」
村長の問いに賢者は少し困惑する。
「いや、読み取り装置無いし、てかあっても受け付けてないし。」
今度は村長が困惑した顔をする。
「現金のみですか。今手持ちがなくて…。」
忍者が割って入ってくる。
「村長さんよ、その場でジャンプしな。
小銭の音は隠せないからな。」
賢者がすかさず突っ込む。
「カツアゲする昭和のヤンキーか!」
村を発ち村長と別れた一行は山道を進んでいる。
忍者が先頭を歩き草木を打ち払い道を切り開いていく。
「あの村長、本当に現金持ってなかったな。」
忍者に続いて歩く白魔術師が道に転がる大きめの石をどける。
「…まあいいじゃない。
国の施設ならなんかいいもの残されてるでしょ。
何より、野宿しないで済みそうだし。」
最後尾を歩く狩人が軽くため息をつきながら呟く。
「今さらだけど、さっき我々は敵の本隊と一戦交えたが、実はその必要は無かった。」
狩人の気になる発言に全員が足を止める。
「やつらの狙いは我々ではなく餌の確保だからね。
狩りの時間が終わるまで村に戻ってのんびり待ってればよかったんだよ。
なぜかみんなやる気だったから少し驚いた。
依頼主に戦いを見せた方が交渉がしやすいかな、と思って納得したけどさ。」
白魔術師が少し大きな声で抗議する。
「そういうことはちゃんと言ってよ。
オオカミショックがあったから、活動時間が短いなんて話忘れるでしょ。」
狩人が即座に反論する。
「活動時間の話は2回したよ。先遣隊の後に本隊が来ることだって説明したよ。
そもそもハチだっていう話だってしっかりしている。
むしろ、みんながハチだと聞いて驚いたことががっかりだよ。みんな自分の話を聞いてないんだなって。
まあいつものことだから慣れてるけど。」
白魔術師はバツが悪そうに答える。
「聞いてないわけじゃないよ。
小学校の校長先生の話ぐらいにはちゃんと聞いてるよ!」
狩人がすぐに反論する。
「おい、それは全く聞いてないってことだろ。」
賢者が自分も話を聞いていなかったことは棚に上げて仲裁に入る。
「まあいいじゃないか。結果的にはうまくいったんだから。
それにしても道なき道を行くのはキツいな。あと何時間ぐらいで着くんだろう。」
狩人は少し計算して答える。
「そうだな…ここまでの所要時間から考えるとあと5時間ってところじゃないか?」
賢者はため息をつく。
「そんなにかかるのか…。」
ここまで黙っていた忍者が口を開く。
「なあ…。施設が稼働してた頃って村から物資を運んでたんだよな?
つまり当時使ってた道がどこかにあるはずで、こんな獣道未満の山道を切り開く必要は無くね?」
一行は互いに顔を見合わせる。
山の中の目的の施設が見える場所に到着すると、多数のハチたちが羽音を響かせながら巣の周りを飛び回ってるのが確認できる。
白魔術師が小声で尋ねる。
「村からの古い道を通って早く着いたのはいいけど、あんなにいっぱい飛んでるのをどう突破するの?」
それを聞いた忍者が賢者に確認する。
「おい、ノルド。害虫退治の定番の煙兵器バル◯ン持ってるか?」
賢者がすかさず突っ込む。
「そんなもの持ってねえわ。
というか、あれハチにも効くのか?」
狩人が呟く。
「どうせみんな覚えていないだろうからもう一回言うけど
女王蜂を倒せば他も一緒に消えるよ。
これも覚えていないだろうから言うけど奴らの成虫は巣には入らない。
女王蜂はこの建物の周りか内部にいるはずだ。」
それを聞いた忍者は狩人に確認する。
「もしかして女王ってあの20cm位あるやつか?」
狩人が相槌をうつ。
「ああ。そいつだ。」
忍者は刀を抜く。
「ついでにもうひとつ聞いてもいいか?
弱点はどの部位なんだ?」
狩人はフッと笑う。
「それはお前の方がよく見えているだろ?」
忍者は敵の方を向いたまま賢者に尋ねる。
「なあ、ノルド。敵の弱点はどこだ?」
賢者はすかさず突っ込む。
「この流れ、聞く流れじゃないだろ!
…それに、モンスターの急所が"視える"忍者に対して言えることなんかあるわけないだろ。」
忍者は、やれやれ、と言うかのようなリアクションを取った後、勢いよく走りだし敵の間を縫うように進んで行き、あっという間に奥の方にいたひときわ巨大なハチの元にたどりつく。
そして、無駄の無い素早い動きでハチたちが気づくよりも早くその巨大なハチの頭部に刀を突き刺す。
数秒後、忍者がゆっくりと刀を引き抜く。
その間、女王蜂とその他のハチたちはピクリとも動かない。忍者が仲間の元に数歩歩き始めるのとほぼ同時にハチたちの体が砂状に崩れ落ち始め、その砂は風にさらわれるかのように少しずつ空へ消えていく。
忍者は空に消えゆく砂を見上げる。
「ロビンよ、靴下とともに安らかに眠ってくれ…。」
賢者がすかさず突っ込む。
「ロビンさん死んでねーわ!」
廃墟となった建物の中は意外にもハチにあまり荒らされておらず比較的きれいなままの状態を保っている。
だが真っ暗で殺風景な様子は不気味そのものといった光景になっている。
白魔術師のメイスから発せられる魔法の光で一行の周り数メートルは明るく照らし出されたがその外は無限とも思える闇が広がっている。
一行は入り口からすぐの部屋の中央に置かれているテーブルに向かうと椅子に一旦腰を落ち着ける。
「とにかく、今日は野宿しないで済みそうだね。」
白魔術師の声が響き渡り暗闇の遥か奥へと吸い込まれていく。
静まり返る中、狩人が壁に貼り紙を見つける。
「あそこにこの施設の地図があるみたいだ。」
狩人は小走りで貼り紙の所にたどり着くと、しばらく貼り紙をながめ、ふむふむと何度か頷くと、また小走りで戻ってくる。
一同は狩人の方に視線を送るが、狩人は何も言わず弓矢の手入れを始める。
たまらず賢者が口を開く。
「いや、何か言えよ!」
狩人は面倒くさそうな振りをしながら答える。
「…ああ。
今そこの貼り紙を見てきたんだが…。」
狩人が妙に間を開けると、一同にわずかな緊張が走る。
「暗くて貼り紙に何が書いてあるかよく分からなかった。」
当然のごとく賢者が突っ込みを入れる。
「なんだこの無駄な時間。何しに行ったんだよ!」
賢者の突っ込みが終わると忍者が小声で狩人にささやく。
「ルーネイト…グッジョブ!」
忍者がビッと親指を立てると、狩人も呼応して親指を立てる。
賢者が呆れたようにため息をつく。
「いい仕事した、じゃないんだよ。…まったく。」
そんな3人のやり取りを見た白魔術師がしびれを切らして貼り紙に向かって歩き出す。
「もう!遊ばないでよ。
寝られそうな場所はありそうなの?
野宿になるかどうかの瀬戸際なんだからね!
異世界の旅の達人も言ってたでしょ、『メシより宿』って。」
賢者が困惑しながら答える。
「お、おう。そうだな。
さっき先に食事済ませてるし、その人たちを旅の達人と言っていいか微妙だけどな。」
白魔術師は貼り紙の所にたどり着くと、しばらく眺めたあと仲間の方を振り替える。
「…地図の見方が分かんない!」
賢者が静かに突っ込む。
「お前…何しに行ったんだよ。」
一行は貼り紙の周りに集まり、描かれた地図を眺めていた。
狩人が振り返り真っ暗な通路を指さす。
「あっちに二階と地下への階段があってその途中に兵士の居住用の部屋がいくつかあるみたいだ。
もしかしたらベッドぐらいは残ってるかもよ。」
白魔術師はそれを聞き色めき立つ。
「そうなの?じゃあ早く確認しに行こうよ!」
そんな白魔術師とは対照的に他の3人はまったく動こうとしない。
「?…見に行かないの?」
忍者がため息混じりに答える。
「お前よくこの真っ暗な廃屋のさらに奥の暗闇の中の部屋で寝る気になれるな。
心霊スポットを巡るユー◯ューバーでもこんな所で寝泊まりしないぞ。」
白魔術師は語気を強める。
「分かったよ。明るければいいんでしょ!
今フロア中のランプを点けるから待ってて。」
小走りにテーブルへ向かう白魔術師を見ながら狩人が小さな声で呟く。
「野宿は嫌だけど一人で真っ暗闇の中で寝るほどの勇気は無いってところか。」
白魔術師はテーブルに置かれたランプを手に取ると様々な角度からランプを観察する。
ひととおり観察を終えると仲間の方を見る。
「これ、どうやって点けるの?」
一行が元のテーブルに戻ると狩人はランプを手元に引き寄せ、ライターの火を点けようとするが、オイル切れで炎が出ない。
忍者がつぶやく。
「なあ、この世界にライターあるんだな。」
賢者が突っ込む。
「なんだその感想。お前はどこの世界の人間だ。」
狩人はライターを諦めポケットからチャッ◯マンを取り出す。
それを見た忍者がつぶやく。
「なあ、この世界にチャッ◯マンあるんだな。」
賢者が突っ込む。
「なんだその感想。お前はどこの世界の人間だ。」
賢者は忍者への突っ込みを終えるとすぐに狩人に突っ込みを入れる。
「ルーネイト。お前はお前でそれがあるのになんで1回ライターを挟んだ?」
狩人は当然だと言うかのように答える。
「ファンタジーの世界観を守りたくてな。」
賢者がすかさず突っ込む。
「ライターでもアウトだよ!」
狩人はチャッ◯マンを使ってランプに点火する。
灯されたランプの灯りは周囲を明るく照らし始めるが、ランプから垂れた油を通じてテーブルに火が回っる。テーブルには油が染み込んでいたのか、思いのほか強く燃え上がる。
賢者は少し驚いたが、すぐに落ち着きを取り戻す。
「おい、何やってんだよ。誰か水持ってきて。」
白魔術師が周りを見回す。
「水って、どこにあるの?」
テーブルの炎から吹き出た火の粉が地面に到達すると床にこぼれていた油に延焼する。
床の炎は導火線を辿るかのように廃墟の奥へと進み、たくさん積み上げられた樽に達すると凄まじい勢いの炎が吹き上がり壁を燃やし始める。
賢者がつぶやく。
「油に引火したか…?
そういえば塩と油を集めてたとか言ってたっけなぁ。」
賢者がのんびり呟いていると、忍者がおもむろに声を上げる。
「何のんびりしてるんだ。
早く外に逃げろ!
このままじゃ炎や煙にまかれてしまうぞ!」
一行が外に避難し、廃墟をやや離れたところから眺めていると、廃墟はどんどん激しく燃え上がっていきやがて建物全体が炎に包まれてしまう。
全員が呆然とする中、狩人が呟く。
「お…大きなキャンプファイアだな。世界記録も狙えそうだ。」
狩人が絞り出したジョークに白魔術師がのる。
「そ、そうだね。とっても 綺麗だね…。」
忍者が賢者に決断を促す。
「それで今日はどうするよ?とは言っても村に戻るにも3時間以上。宿も含めそんな真夜中に開いてる店なんて無いだろうけどな。」
賢者は咳ばらいをすると宣告する。
「異世界の旅の達人に倣い私も皆に宣言しよう。
よく聞け、いいか。
『ここをキャンプ地とする!』。」
賢者の宣言に白魔術師はひときわ深いため息をつく。
「結局こうなるんだね…。」