9.一乃、二千翔、三歩、五樹、人類の叡智の結晶を堪能する。
「暖っか暖っかー! これぞ人類の叡智の結晶やー! もっとやー。もっと持ってくるんや、にっちー!」
異様にハイテンションな三歩が、二千翔を煽る。
「おう、どんどんいくぞ! 燃やせ燃やせっ!」
牛頭の両手斧使って、二千翔が周囲の木々を伐採していく。
トランスキルに覚醒した二千翔は、どうやら身体能力も大幅に向上したらしい。いとも簡単に大木を伐採し、次々に炎の中に放り込んでいく。
もはや焚き火ではない。
「燃―えろよ燃えろーよー、炎よ燃えーろー♪ うふふ。楽しいわねぇ。子供の頃によく行ったキャンプを思い出すわぁ」
まさしく、キャンプファイヤーだ。
放り込まれる木々に、一乃が覚醒した『トランスキル』を発動させて、さらに炎を加えていく。
「あの、もうその辺にしといたらいいんじゃないかな……?」
なんて言ってみるが、誰も聞いちゃいない。
一乃が覚醒したトランスキルは『ライフハックEX』というらしい。
三歩の鑑定によるとその能力は、ライフハック本来の意味――つまり、暮らしの質を向上されるための生活術、そのままの能力だそうだ。
ただし、文明が発達した日本ではなく、異世界においてだ。
ここ、アスピカネラの地は、文明レベルが日本よりいくらか遅れているらしい。ライターもなければ、水道もない。もちろん電気もない。
そんな環境でのライフハックとなると、必然と原始的な能力になるようだ。
「あら、火の勢いが弱いわねぇ。少し、空気を入れようかしら」
一乃が、指先をくるくる回すと、周囲に風が巻き起こった。一乃は、指先で風を操り、炎にくべる。キャンプファイヤーが一層、激しく燃え上がった。
「やりすぎだって一乃! 下手したら山火事だぞ!」
「あらやだ。少し消火したほうがいいかなぁ」
一乃が、指先を上に向けた。少し離れた位置に、水の塊が生成されていく。
「えいっ。――これでいいでしょ?」
「……そうだな」
焼け石に水。大炎上しているキャンプファイヤーには、ほとんど効果はなかったが。
「それにしてもさー、いちのんのトランスキルは便利やなー。火も出せるし、水も出せるし、風だっておこせるやんな」
「うふふ。少しはみんなの生活が便利になるかしらぁ?」
「ちょー快適よ」
「さすが、いち姐だ。あたしと同じ、別格の神トランスキルだしな」
「だから、別枠やって」
「同じだっつーの」
「……さっきも見たぞ。このやり取り」
一乃のトランスキル、『ライフハックEX』は、オリジンタイプのスキルとのこと。
使用者の能力によって、効果が大きく変動する。
「あー、つかよ。なんか腹へってこねぇ? 昼飯の時間とっくに過ぎてるだろ」
「確かに。朝ごはん食べてからもう、何時間か経ってるしな」
朝食を取った後、家を出てすぐに異世界に転移させられた。
神殿でのひと騒動を経て、今は雪が積もる林の中。ミノタウロスと戦って、キャンプファイヤーをして――。
すでに朝食をとってから、半日は経っている。
「あの牛野郎、食ってみるか?」
二千翔の視線の先には、血を流してうつ伏せになった牛頭の死骸。
「うそだろ!? ミノタウロスだぞ!」
「牛だろ。頭なんて、まんま牛じゃねえか」
「いや……そうだけど。でも、言葉を話してたし、二足歩行だったし……。あれは牛ってゆうよりは、人に近いもののような気が……」
明らかに、牛のような動物ではなくて、人寄りの知的生命体だと俺は思ったが……。
「言葉っつっても、理解できなかっただろ。そんなもんは、鳴き声と同じだ」
何言ってんだ、二千翔の奴。
「ぷぷっ。にっちーの暴論、まじ草生えるw」
「いや三歩! 笑ってるけど、お前は食えるのか? あれを」
「興味あんねー。ミノタウロスなんて誰も食べた事ないかんね。うっしっし」
こいつもだめだ。
「それによ、熊だって二足歩行だぞ。熊鍋とかあんだろ。何が違うんだよ」
「熊は基本、四足歩行だ!」
話にならん。俺は食べたくない。ミノタウロスは恐ろしい怪物だ。なんだったら、さっき二千翔が負けてたら、俺たちがあいつに食われてた可能性もあるんだぞ。
逆に、食うって。この世は弱肉強食か。食うか、食われるかってか。
そんな世界に、俺たちは来てしまったのか。
腹が減ってるのは事実だが……。
――認めるしかないのか。
でも、俺の理性がどうしても拒んでいる。
「一乃はどう思う?」
二千翔と三歩は、理性がぶっとんでる。ここはわが家の常識人、一乃の意見を聞こうじゃないか。一乃の言葉には、二千翔も三歩も逆らえないはずだ。
「そうねぇ。出刃包丁とかまな板とかがあればいいんんだけど。あと作業台もほしいわねぇ」
「一乃までっ!?」
「だって、みんなお腹空かせてるでしょ? だったら食べようよ。生きるためにね。ふふっ。わたし、張り切って調理しちゃうんだからっ!」
「……わかったよ」
俺は、素直に従うことにした。「生きるために」。重い言葉だった。
確かに、次はいつ食料にありつけるかわからない。そもそも、どこに転移させられたのかもわからない。
怪物だろうと、食べれる時に食べる。生きるために。
「ってかさ、一乃。こいつ、さばけるの?」
「できるわよぉ。熊ならお父さんがやってたの、見たことあるからねぇ」
「そ、そうなんだ。さすが一乃だ。でもさ、道具がないよな」
刃物と言えば、二千翔の日本刀しかない。日本刀では腕を切り落とせても、皮をはいだりはできないだろう。
「たぶんやけどさー、にっちーのトランスキルが使えるやんね」
「あたしもそう思った。余裕でいけるだろ」
「え、何が?」
三歩と二千翔が、以心伝心で同意している。何だろう。
「『ヤンキーウェポン』、こいっ、我が家の出刃包丁!」
「そういうことか!」
二千翔が、トランスキルを発動させた。二千翔の手元に、幾何学模倣のサークルが出現する。サークルの中央が歪み、中から出刃包丁の持ち手が出てきた。それを掴み、引き出す二千翔。
「我が家の出刃包丁。立派な武器だ。当然、いけるわな」
二千翔のトランスキル、『ヤンキーウェポン』。その能力は、自分が所有していると思う武器を召喚できる、だ。
「ほらよっ、いち姐。これで解体できんだろ」
召喚した出刃包丁を、一乃に渡す二千翔。
「わあ。ありがと、二千翔ちゃん。あと、のこぎりとサバイバルナイフもほしいわ」
「まかせろっ! 『ヤンキーウェポン』。こいっ、我が家の、ノコギリとサバイバルナイフ!」
一乃の要求に、答える二千翔。ノコギリとサバイバルナイフ。確かに武器だ。
ちなみに、鈴村家にはキャンプ道具は一式、揃っている。鈴村家は、家族で旅行に行ったことがない。その代わり、小さい頃はよくキャンプに連れて行ってもらった。
雪山にも行ったし、無人島にも行った。今思えば、旅行に行くお金がなかったのだろう。キャンプであれば、道具さえ一式そろえれば格安で、レジャーを楽しむことができるから。
時に、父親は野生動物を狩ってくることもあった。地元の猟師と一緒に、猪や熊をさばくこともあり、料理好きの一乃はそれを間近で見ていたのだろう。
両親は、お金がないなりにどうにか俺たちを楽しませようとしてくれていたんだ。
一乃は率先して母親の料理を手伝っていたし、二千翔は父親と釣りや、狩りをしていた。
三歩は……あいつはキャンプに来てもゲームしてたっけ。四織はもっぱら食べる専門だったな。楽しい思い出だ。
「二千翔ちゃん、作業テーブルがほしいわ。あの、倉庫にあったおっきいテーブルをだして」
「あいよ。『ヤンキーウェポン』、我が家の作業テーブル」
二千翔の手先から、大きなサークルが出現し、中から作業テーブルが出てきた。
「二千翔それ……ありなの?」
「ああん? テーブルは立派な武器だろ。反社の組をつぶした時も、あたしは武器として使ったぞ。テーブルを弾避けに使ってな、そのまま蹴り飛ばしてぶつけてやったんだ」
「……そうか」
二千翔が武器と思えば、それは武器なんだろう。
「武器の解釈よ。にっちーにかかれば何でも武器になるんよなー。テーブルが武器とか、うちには理解不能よ」
「もしかしてディスってんのか?」
「いんや。思考が別格ってことよ」
「はっ。照れるじゃねえか」
「……別格のおばかヤンキー」
ぼそっと三歩がつぶやいた。二千翔は上機嫌だ。
解体は、滞りなく終わった。
作業テーブルの上には、ミノタウロスだったものが大量の肉片となって乗っている。
「BBQコンロがほしいわ」
「ういっす。『ヤンキーウェポン』、我が家のBBQコンロ。あー、これはだな……ぶつければ武器になる。網の部分はな、顔に押し付けて――」
「なんでもありかよっ!」
「ありだろ。あたしにとっては身の回りの物はたいてい武器だ」
考えるのも面倒くさくなってきた。
とりあえず、「ヤンキーウェポン」は予想外に万能のようだ。
「肉はまだかー」
見てるだけの三歩が、肉をせかす。
「はいはい。ちょっと待っててねぇ。それじゃあ、焼き始めるわよぉ」
「はっ、焼肉パーティーの始まりだっ!」
異世界に来て、まさかの焼肉パーティーが始まった。
「うまこれっ。ミノタウロスいけるやん!」
「あの牛野郎、最後にいい仕事してくれたな。まじでうめぇ」
三歩と二千翔は、遠慮もとまどいもなくどんどん肉を食べている。
作業テーブルの上には、皿やコップに、ナイフとフォークと箸。味付けとして塩コショウもある。全部、二千翔が「ヤンキーウェポン」で召喚した。もう、何も言うまい。
コップには水が入っている。これは一乃が「ライフハックEX」で生成した。
「ゆるすぎキャンプ……」
キャンプって、もうちょっと準備とか色々大変だった気がするが。
「ほらぁ、五樹くんも食べなよぉ。霜降り肉よ?」
「お、おう」
一乃に取り分けてもらい、ひと切れ口に入れた。
「う、うまい……!」
まさしく、牛肉のステーキだった。それもかなり上等な。程よい噛み応えに、あふれる肉汁。こんなうまい肉は、母さんが商店街のくじ引きで当てた近江牛の五等級ステーキ以来だ。
俺は、無我夢中で食べた。とまらない。
倫理観? なにそれうまいの? ミノタウロスよりうまいの?
俺たちは、夢中になって肉を食べていた。
そんな中、一乃が大きく息を吐いた。
「はあぁ……」
「ん、どうした一乃?」
物憂げに、一点を見つめている。
「四織ちゃんにも食べさせたあげたいわぁ」
二千翔と三歩も手を止め、フォークを置いた。
「しおりん、腹ペコキャラやかんなー」
「だな。ちゃんと飯、食わせてもらってるといいんだけどよ……」
俺たちは、異世界で雪の積もる林の中に転移させられたとて、途方に暮れているわけにはいかない。
明確に、やるべき事が一つある。
「肉、食い終わったらさ、みんなで考えよう。これからどうするか――どうやって四織を助けにいくかをさ」
次回からは神殿に一人取り残された四織パートです!