8.一乃、ひらすら石を打ち続ける。
二千翔のトランスキルは、『ヤンキーウェポン』というらしい。
自分が所有していると思う武器を召喚できるとか。
思う、って何だよ。主観か。
「おお……。格好いいじゃねえか。ヤンキーウェポン……最高だ」
よほどネーミングが気に入ったのだろう。二千翔は恍惚とした表情を浮かべている。
「ま、にっちーは黒く塗った木刀に黒龍丸とかつけちゃう人だかんねー」
「もしかしてディスってんのか!?」
「いんや。感性が中二ってことよ」
「あたしは高二だぞ。間違えんな」
「……そだね。すまねぇ」
三歩が、二千翔との対話を諦めた。弁の立つ三歩でも、天然ものには敵わないらしい。
「そうか。だからあの時、この刀が出てきたんだな。こいつはあたしが持ってる武器の中でもけっこう気に入ってるやつだ。恐ろしく切れんだよ」
牛頭の強靭な肉体を、いとも容易く切り伏せた鈍色の刃。二千翔には改めて問いつめたい。
「なんでそんなもん持ってるんだ?」
「ああん? 言ったろ。あたしが前につぶした反社の組の親分から貰ったって。あいつら、あたしのチームの子に手だしやがってよ、全員、ぶちのめしてやったんだよ。まあ、反省してるみたいだったし、命ごいを聞いてやる代わりにあいつらの持ってる武器、全部没収してやったんだ。はっはっは」
かの組の人たちには同情する。運が悪かったとしか。
「これ、売ったら何百万かするらしいぞ。なんつったけな……。だせぇ名前だったから憶えてねえよ。ながそでのてつこ? だっけな。忘れちまった」
ルールルッルルルルールルッルルル……ってな感じの、平日の昼間によく聞く馴染みの音楽と、特徴的な玉ねぎ頭のお方があの部屋で刀を持っているシュールな絵が脳裡に浮かんだが、絶対違う。
すると三歩が、
「にっちー、それ……本物なん?」
ためらいがちに聞いた。
「じゃねえの? 親分がそう言ってたし、家に鑑定書もあるぞ。ガチのやつ」
「――長曽祢虎徹……。うへぇ……最上大業物の一刀やん……。本物やったら一千万はくだらんけど……。でもあれは偽物も多いって聞くし……。ワンチャン本物の可能性も微レ存……」
「んだよ」
「な、なんでもないしー」
俺は何も聞いてない。一千万とか、俺は何も聞いてない。
「で、三歩。あたしの『ヤンキーウェポン』もその……なんだ。センチュリオンなのか? まあ、あたしはお前らの姉だしな。当然、そうだと思うけどよ。あっはっは」
「あー、にっちーのはね、違うんだなー。残念無念」
「うそ、だろ。姉としての威厳が……」
かなりショックだったらしい。地に両手をついて、うな垂れている。
そんな二千翔を横目に、三歩は続けて言った。
「まずねー、トランスキルにはさ、その希少性とか有用性からクラス分けされてて――」
三歩による、トランスキルの分類講座が始まった。
ざっくり言うと、トランスキルは、この世界に十二種類しかないセンチュリオンクラスを頂点に、プレミアムクラス、ゴールドクラス、シルバークラス、ノーマルクラスと分類されるらしい。
「じ、じゃあ、あれか。あたしの『ヤンキーウェポン』はプレミアムクラス……ってとこか?」
「残念はずれー」
「ゴールド?」
「いんや」
「シ、シルバー?」
「ぶぶー」
「てめぇ三歩! いくら妹でも許さねぇぞ!」
三歩にキレるのはお門違いだろう。
「にっちーのトランスキルはねー、オリジンタイプなんよ。そう、画面にはでてのよねー。オリジンタイプはクラスの枠外でー、それは、使用者の能力によって効果が大きく変動するから、ってよ」
「ん? もっとわかりやすく言ってくれ」
十分わかりやすいが。
「だからー、にっちーのトランスキルはクラスとか関係ない別枠なんよ。にっちー次第でゴミスキルにも、神スキルにもなるってことー」
「別格ってわけか。はっ、上等だ」
「別枠やって」
「同じだろ」
「……そだね。すまねぇ」
上機嫌な二千翔。満足したらしい。三歩は大きく息を吐いた。
「そうかそうかー。色々と応用できそうだな、あたしの神トランスキル『ヤンキーウェポン』は! はっはっはー」
「がんばれー」
気の抜けたレスを返す三歩。
とりあえず、三歩と二千翔のトランスキルはだいたい把握した。
「三歩、他にもわかってる事があるなら教えてほしいんだけど」
とにかく情報がほしい。右も左もわからない異世界では、無知は即、死につながるのだ。俺は先ほど、嫌というほど痛感した。
「いいけどさー……。それよりもうち、なんか眠たくなってきたんよね……頭がぼーっとするってゆーか……」
「え」
「ああ、そいえばあたしもさっきから頭が重いっつうか……目つぶってたら楽なんだけどな……。牛野郎と戦って、疲れちまったんだなきっと……」
「だ、ダメだ二人とも! 寝ちゃだめだって!」
まずい。寒さによって意識が朦朧としてきているのかもしれない。
三歩は、姉弟の中でも一番小柄で、身長も百四十センチちょっとしかない。元々体力もないし、体温が奪われるのも早かったのだろう。
二千翔は、牛頭との死闘で疲労困憊だ。コート状の特攻服を着ているとはいえ、上半身はサラシで、へそ出しスタイルだ。そりゃあ冷える。
一乃は――そういえば俺たちが話している間、いつからか存在感がなかった。話に夢中で気づかなかった。
「一乃? 何してんだ?」
一乃は、どこから集めてきたのか、枯れ木を小高く積んでいた。そして、両手に石を持ってかちかち打ちつけている。
「火を起こせないかなぁって思って。このままだとみんな凍えちゃうでしょ?」
かちかち、かちかち。
「言いにくいんだけど……無理だと思う。火打石ってゆう特別な石じゃないと、火はつかないよ。着火剤もないし……」
かちかち、かちかち。
「一乃……」
かちかち、かちかち。
「いち姐……」
かちかち、かちかち。
「いちのん……」
かちかち、かちかち。
一乃は手を止めることなく、ひたすら石を打ち付けている。
「――二千翔ちゃんの手、すごく冷たかったの。三歩ちゃんだってこんなに小さな身体で、震えてるじゃない。わたしはみんなのお姉ちゃんだから……。ううっ……ぐすっ……」
一乃の涙声に、俺も二千翔も三歩も、じっと耳と傾けている。
「お父さんとお母さんが亡くなった時にね、わたしは誓ったの。みんなが身の回りの事で困らないようにしよう、って……。家に帰ってきたらおいしいご飯があって、暖かいお風呂に入って、ふかふかのお布団で寝られるように、って。そしてね、清潔なお洋服に着替えて……また一日が始まるの。でも……今のわたし、何もできないの――」
誰かが、鼻をすする音がした。あるいは、俺だったかもしれない。
「わたし、お姉ちゃんなのにみんなの生活を守ってあげられない! 二千翔ちゃんも三歩ちゃんも五樹くんも、みんな凍えてるのに、暖めてあげることすらできないの! 四織ちゃんなんて……。ううっ……」
「いち姐はよくやってくれてるよ……」
「いちのんがいなかったら、うちなんてとっくに廃人よ……」
「仕方ないって、この状況じゃ」
「ダメなの! わたしにはみんなの生活を守っていく義務があるの!」
一乃の矜持、なのだろう。それは、日本でも異世界でも、どこにいても変わらないのだ。
「せめて――せめて火がつけば暖めてあげることができるのに……。なんでつかないの? なんでよ。つかなきゃダメよぉ!」
かちかちかちかちかちかちかち。
俺たちは、ただ黙って見ていることしかできなかった。
何百回か何千回か……石を打ちつける音だけが、鳴り響いていた。
――やがて。
「あっ」
果てない無駄の積み重ね。
「まじかよ、いち姐!」
奇跡ってのは、その集大成かのかもしれない。
「きたこれ」
諦めなかった一乃の元に届いた、女神からのプレゼント。
「まあ!」
一乃の両手に、薄紅色の光が灯った。
一乃は、石を捨てて、指先を枯れ木に近づける。
「こういうことよね、きっと――」
枯れ木が激しく、燃え上がった。