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7.三歩、実は覚醒済みでした。

牛頭の返り血で汚れた服や身体に、雪をこすりつけて落としていく二千翔。


「さすがに冷てぇなあ……。手の感覚がなくなってきちまった……」


 日本刀を傍らの地面にぶっ刺して、胡坐をかいている。


「――ありがとうな、二千翔。俺たちのために戦ってくれて。俺は何もできなかったけど……。二千翔には本当に、感謝しかない」


 二千翔が無事に戻って来てくれてよかった。心からそう思う。同時に何もできなかった自分が情けない。


「気にすんなって。あたしは鈴村家の次女だ。妹や弟を守るのはあたり前のことだ。はっ」


 普段と変わらぬ、不敵な笑みを見せる二千翔。あれだけ激しい戦いをした後だ。身体は疲労困憊だろうし、牛頭に蹴り飛ばされた腹部も痛むに違いない。

 気丈な姉に姿に、胸が熱くなる。


「二千翔ちゃあーん! よかったよぉ! すごく心配したんだからぁ!」


 一乃が二千翔に駆け寄り、抱きしめた。


「すまん、いち姐」

「どっか痛いとこなぁい? ちょっと見せて。ああ、手もこんなにかじかんじゃって。何か温めるものはないかしら? お洋服もこんなに汚れちゃって。お洗濯もしたいし、どうしようかしら……」

「だ、大丈夫だって。怪我もたいしたことねぇから」

「ダメよ。ちょっとお腹みせて!」

「いや、ほんとにいいって。寒ぃし!」

「ダメ!」


 日本にいた時は、二千翔は他のチームとの抗争で、よくボロボロになって帰ってきた。決まって、一乃がこうやって世話をやいたもんだ。その時、二千翔は完全に妹キャラになる。


「ぷぷっ。にっちーがあせってるのまじうける。なーんか、ここが異世界ってこと忘れそうだねー」


 それを見た三歩がすかさず茶化す。ここまでが鉄板だ。


「笑ってんじゃねえぞ三歩! ――ああ、つーかさっきはありがとな。助かった」

「へへーん。うちは確信してたかんね。兆候もあったし。やー、それにしてもにっちーの覚醒イベ、まじ胸アツ展開やったなー」


 そうだ。先ほどの牛頭との戦いから、三歩には色々と不可解な所がある。


「三歩。そこんとこ詳しく」

「あたしも知りてぇ。気づいたら日本刀、握ってたんだけどよ」

「三歩ちゃんは、姉弟の中で一番物知りさんだからねぇ」


 皆の視線が、いっせいに三歩に集まる。


「そうさねー……。うち、説明パートは眠くなるから苦手なんよね」

「そうか。なら仕方ない――っとはならねえからな! 俺たちの命がかかってんだ!」

「そうよ三歩ちゃん。これは大事なことよぉ?」

「あたしにも理解できるように話してくれ」

「ういうい。仕方ないなー。んじゃあ、とりま――」


 面倒くさがりながらも、三歩は語り出した。


「まずはねー……、うちはすでに知ってたんよ。日本からアスピカネラの地に転移してきたこととか、あとトランスキルのこととか色々」

「そこなんだよ。神殿に転移した時はお前、寝てたよな?」

「がっつり寝てたねー。んで、起きたら雪まるけよ。みんな寝てるし、しおりんだけいないし。さすがのうちも、やばって思ったねー」

「俺が起きる一時間前に、三歩は起きてたんだよな? 何かあったのか?」

「いんや、別に何もなかったよー? たださ、よくわからん事が起きた時って、とりま検索するやん? んで、スマホの電波繋がらんやん? どうやっても繋がらんやん? そん時にはさー、もう検索とかどうでもよくなってて、うちは絶望してたんよ――」


 その時のことを思い出しているのか、三歩がこの世の終わりかのような顔をして言った。


「――何年もずーっとやってたスマホのアプリゲームが全部死んだかんね。うちの生きてきた証ってゆーかさ、そおゆうのが全部全ーっ部なくなってしまったんよ。しばらくうちは思考停止で、完全にフリーズしてたかんねー」

「はっ。雪まみれなだけに、ってか?」

「にっちー、さぶっ」

「ああん!? んだと!」


 二千翔のボケを、冷徹にいなす三歩。二千翔を無視して話を続ける。


「んでさ。絶望してスマホ持って号泣してたらなんかスマホが光り出して、検索みたいなのができるようになったんよ。まっ、これがうちのトランスキルが覚醒した瞬間ねー」


 なるほど。三歩はすでにトランスキルに覚醒してて、それはスマホに関係したものだったのか。ようやく納得できた、三歩の不可解な行動の意味が。


「だからあの時、ミノタウロス、だっけ? にスマホ向けてたり、二千翔にもスマホを向けて、トランスキルが分かったりしたのか」


 スマホを向けると、対象物の情報が分かるのかも。神殿にいた、外村って奴と似たようなトランスキルだろう。であれば辻褄が合う。


「そゆこと」

「ってことは、三歩のトランスキルはスマホ使い、とか?」

「半分正解ってとこかな。うちのトランスキルはねー、『ワールドハッカー』ってやつよ。女神アスカレーナが創造したこの世界の情報を、スマホを媒体にしてハッキングできるんよ」

「は? なんて」

「まー、今は情報を観て知る事しかできんけどねー。それで、つきっちが起きるまでの間、『ワールドハッカー』をつかって色々とこの世界の情報を仕入れてたわけ。使い方とかもねー。スマホ向けて写真撮ると、対象物の情報がわかったりするのは『ワールドハッカ―』とスマホのコラボみたいな?

 ちな、うちのトランスキル、女神アスカレーナそのもののスキルなんよ。それはセンチュリオンクラスのスキルっていって、世界に十二種類しかないやつなんよね。へへーん、チートスキルゲットだぜぇ」


 女神の名前はアスカレーナというらしい。女神そのもののスキル――センチュリオンクラスのスキル……。

 あれ、これって。


「確か、四織がトランスキルを発動した時も、センチュリオンクラスのスキルだとかなんか言ってたような……」

「ほえっ!? しおりんもそうなん!? ……まるでセンチュリオンクラスのバーゲンセールだな……」


 額に、指でMを形作って三歩が言った。何かのキャラのセリフだろうか。知らんが。


「それにしても、世界の情報をハッキングできるって、なかなか物騒なスキルだな。犯罪の匂いがするんだけど……」


 神殿で小林は言ってた。どのようなトランスキルが発現するかは、その人の本質に由来すると。


「三歩ちゃんにぴったりのトランスキルだねぇ」

「だな。つーか、それしかねえだろ。三歩は鈴村家の稼ぎ頭だかんな」


 稼ぎ頭。


「……まさか」

「つきっちとしおりんの年下組には秘密やったんけどねー。まあ、そゆこと。感謝するんよー? みんなが学校行けてたのも、飢え死にしなかったのもぜーんぶうちが、ネットで色々稼いでたおかげだかんねー。へへーん」

「両親が遺産残してくれてたんじゃ……」

「ああん? うちの親父は普通のリーマンだったろ。おふくろは専業だったし。頑張って働いててくれたけどよ、年子で子供が五人もいて、金なんてあるわけねえだろ。あたしでもわかるぞ」

「四織ちゃんと五樹くんにはねぇ、お金の事で心配させたくないから黙ってたの。ごめんね。ちゃんとした方法で稼いでたわけじゃなかったしねぇ」

「うちはそのへん、抜かりないし。てかてか、うちはまっとうな方法でも稼いでたかんね! Vtuberの運営とかゲーム配信とかさ」

「そうねぇ。三歩ちゃんはほんと偉いわ!」


 今、明かされた衝撃の事実。でも、


「三歩、今まで誤解してた。ごめん。――ありがとう」


 感謝しかないだろ。

 引きこもりでごくつぶしのゲーマーだと思ってた。俺は、三歩に養ってもらっていたんだ。

 三歩だけじゃない。一乃は家事全般を完璧にこなしていたし、二千翔は物理的に俺たちを守ってくれている。

 俺は、姉たちのおかげで生きてこれたんだ。


「おうおう。思う存分うちを敬うがいいさー、つきっちよ」

「感謝してもしきれないよ。ありがとな、三歩」


 気を抜いたら、涙があふれてしまいそうだ。


「へ? えーっと……。冗談よ? つきっち。うそうそ、敬わんくていいよ? え。泣いてんの? えー、うちら姉弟っしょ? うちは、うちにできることやっただけだかんね? ちょっ、泣かんでよっ」

「泣いてはない!」

「泣いてるし」

「うるせえ!」


 いつか。

 いつか俺も偉大な姉たちのように、優しく、強く、賢く――そして、勇気のある男になりたい。


「あのよ、横から悪ぃんだけど……。三歩のトランスキルはだいたいわかった。そろそろあたしのトランスキルも教えてくんねぇかな」


 二千翔が空気を読みつつ、遠慮がちに言った。


「つきっち、すまんけど感動シーンは終わりだってー」

「いいからさっさと説明してあげろ!」

「おけまる」


 三歩が二千翔にスマホを向けた。シャッター音が響く。


「ぷぷぷっ。やっぱにっちーのトランスキル、最高! ネーミングがださ……イケてんのよなぁ」

「三歩てめぇ。今、だせえって言ったか!?」

「言ってないし」

「……まあいい。で、もったいつけずにさっさと教えろよ」


 スマホの画面に、二千翔のトランスキルが浮かび上がっているのだろう。三歩はスマホの見ながら読み上げた。


「にっちーのトランスキルはね、その名も、『ヤンキーウェポン』。自分が所有していると思う武器を召喚できる、らしいよー。ぷぷっ、それにしても『ヤンキーウェポン』て!」


 ヤンキーウェポン。

 確かに、ダサい。


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