6.二千翔、覚醒する。
「■■■■■■■? ■■■■■■■■■■!」
牛頭の怪物は、下卑た笑みを浮かべながら、のっそりとやってきた。体長は三メートルを優に超えている。手には、厳つい両刃の斧を持っている。
「うへぇ……まさかのエンカ。生ミノタウロスかー。これ難易度調整ミスってんよまじで……」
三歩の顔が、ひきつっている。ひきつらせつつ、首からぶら下げたスマホを牛頭に向けている。
この期に及んで記念撮影か? ミノタウロスって何だよ。ゲームのキャラか。ざけんなまじで。
「生……ミノ? 焼肉かしら?」
一乃は変わらず、のほほんと座っている。牛頭と距離が近い。考えるより先に、俺は動き出した。
「一乃っ!」
一乃に駆け寄り、庇うように抱き寄せる。
「■■■■!」
牛頭の持つ両刃の斧が、一乃を庇う俺に振り降ろされる瞬間、
「おらあ!」
二千翔の漆黒の木刀が、牛頭の斧をはじき返した。
その隙をぬって、俺と一乃は死線から脱出する。
「五樹、いち姐をたのむ。こいつは、あたしが殺る」
「すまん二千翔! 俺たちじゃ、どうすることもできない……!」
「はっ。わかってんよ、これはあたしの役割だ!」
漆黒の木刀を持って、牛頭と対峙する二千翔。体格差は歴然だ。身長は二倍近く違うし、腕なんて二千翔のウエストぐらいはある。
「■■■■■■■■!」
「今夜は焼肉パーティー決定なあああ! おらあ!」
二千翔と牛頭の戦いが始まった。
漆黒の木刀を、所かまわず打ち付けていく二千翔。牛頭が振り回す両刃の斧をすんでで避け、首筋や頭部、手首に体重の乗った一撃を加えている。全打撃、急所狙いだ。
――しかし。
「■■■■■? ■■■■■!」
牛頭の言葉は全くわからないが、仕草でわかる。
効いてない。
屈強な筋肉と豊富な体毛が、二千翔の打撃を吸収しているようだ。
下卑た笑みを浮かべながら、牛頭は平然と斧を振り回している。
「お前ら……逃げろ。あたしが食い止めている内に!」
その選択肢はない。あるわけない。当然それは、一乃も三歩も同じで。
「二千翔ちゃーん! ファイトだよおぉ!」
「二千翔っ! ……っ、ちくしょっ!」
「にっちーなら……」
誰一人として、その場を離れることはない。
間もなく、戦況は大きく変わった。
「これはいったろっ!」
二千翔が牛頭の喉元に、電光石火のひと突きを放った瞬間。
――バリッ。
黒色の木刀が、半ばから砕け散った。
「ちっ、安物が!」
「■■■■■!」
牛頭の、強烈な蹴りが二千翔を襲う。
「かはっ……!」
勢いよく地面に叩きつけられた二千翔。
血反吐を吐き捨て、よろよろと立ち上がる。折れた木刀を投げ捨て、丸腰で牛頭に向っていく。
「二千翔ちゃん……もう、やめてっ!」
一乃が悲痛な叫び声を上げる。三歩は成り行きを注視している。
俺はというと――一緒に戦いたい。せめて、代わりに一撃くらってやりたい。気持ちだけが先走り、一歩が踏み出せない。
「に、二千翔……!」
四織は、神殿で二千翔が処刑される寸前に、飛び出していった。
俺には一乃や三歩のような何事にも動じない度胸も、二千翔や四織のような何者にも屈しない勇気もない。
「――五樹。大丈夫だ。あたしが守ってやる」
牛頭に向っていく二千翔の背中が、滲んで、揺らめいて見える。
俺は、涙をぬぐった。せめて二千翔の死闘を、目に焼きつけるために。
「死んでも殺してやるよ!」
裂帛の気合で飛翔し、蹴りをかましていく二千翔。
夢か幻か、その燃え盛る闘志が可視化して全身を包んでいるかのようだ。
「■■■■■?」
「くっそが!」
二千翔の飛び蹴りは牛頭に届くことなく、蹴り足を空中でつかみ取られた。逆さで宙ぶらりんの二千翔。牛頭は、両刃の斧を片手ににやついている。
「二千翔ああああぁ!」
俺の叫びが、寒空に溶けていく。
「――きたこれ!」
三歩の叫びが、寒空に……寒空、に……? は?
「いいかげんにしろよ三、歩……? お前、何して――」
三歩は二千翔にスマホを向けていた。
「にっちーっ! 自分が持ってるすっごい強い武器をイメージするんよっ! したら発動する! にっちーのトランスキルがっ!」
「オッけ。わかった三歩」
三歩の声に、秒で反応する二千翔。一点の疑いもなく。
事態が、飲み込めない。
「■■■■■、■■■■■!」
牛頭が、両手斧を振り上げた。二千翔の胴体を、両断するためだ。両手斧の軌道が頂点に達し、そこから急降下。二千翔の胴体に達する瞬間――。
両手斧が、宙を舞った。
極太の腕とともに。
「■■■■■!? ■■■■■!」
鮮血が飛び散り、新雪を赤く染めていく。
牛頭の拘束を逃れた二千翔は、後方宙がえりをして華麗に着地。
右手には、日本刀が握られている。赤い、炎のようなものを纏った日本刀が。
「はっ。やっぱ切れ味最高だなあ」
刀に付着した牛頭の血を、振り飛ばす二千翔。
「間に合ったかー、にっちーの覚醒イベっ!」
「いや、え。三歩? はあ? なんだよそれ二千翔?」
「ああん? これは……あれだ。あたしが前につぶした反社の組の親分から、もらった日本刀だ」
「いや、そうじゃなくてどっからだしたんだ?」
「知らん」
「まあ、説明は後でいいよー。にっちー、きめちゃって!」
「ああ。終わらせる」
右前腕を失った牛頭が、鮮血をまき散らしながら咆哮した。まばらに群生している木々を揺らし、枝葉が舞う。
「■■■■■!」
牛頭は、残った左腕を二千翔めがけて撃ち下ろしてきた。
「よっと。――はっ、身体が軽いな。まるで羽根が生えたみたいだ」
赤い、コート状の特攻服がふわりとひるがえり、
「遅えんだよ、牛野郎がっ!」
牛頭の後方を位置どった二千翔が、日本刀を振り下ろした。悲鳴をあげて、うつ伏せに倒れる牛頭。傷は深い。背中がざっくりえぐれている。
「……■■■■■、■■■■■…………、■■■■■、■■■■■…………」
牛頭は、謎の言語をぶつぶつと発している。二千翔を忌々しくにらみつけながら。
「わりぃな。あたしは大事なもんのためには、簡単にハードル越えられんだよ。お前は生かしちゃおれねえからさ。――じゃあな」
「■■■■■……」
二千翔の日本刀が、牛頭の首に振り下ろされた。
胴体となきわかれた頭部が転がり、鮮血で周囲の雪が溶けていく。
身体の痙攣が止まり、間もなく牛頭は絶命した。