5.三歩、ようやく目覚める。
ひんやりと頬に感じる、積雪の地面。
――雪?
「はっ!? ここは……どこ、だ? 確か、小林に強制的に転移させられて……。はくしょん! ってか、寒っ!」
辺り一面、銀世界。木々がまばらに群生していて、おそろしく静かだ。
「お。つきっち起きたん?」
声がした方を向くと、カスタード色のもっこりとしたきぐるみを着た女の子が、木にもたれかかって三角座りをしていた。
「三歩!」
「おはおはー」
「おはおはー、じゃねえよ! お前まじで……ずいぶんと遅くまで寝てやがったな」
俺たち四人が大変な時に、こいつはずっと眠りこけていた。さすがにイラっとする。
「何言ってんのさー。うちが一番はやく起きたんよー。つきっちが起きるより一時間も前に起きたかんねー」
「いやいやいや、それは今の話だろ! その前に、俺たちは一回起きててな、色々大変だったんだぞ! 四織なんて……ああ、くそっ!」
思い返すと、怒りが湧いてくる。
「しおりん、やっぱそうなんかー。なんか、序盤のチュートリアルを雑にスキップした気分よ」
「チュートリアルって……。ゲームじゃねえんだぞ」
怒りを通りこして、呆れてしまった。いくらお気楽な三歩でもわかるだろう。自分が置かれている状況が異常だということが。起きたら外で、雪景色だぞ。
「ゲームみたいなもんしょ? だってこれ、異世界転移やんな。そんで、しおりんだけ能力者で、うちといちのんとにっちーとつきっちは、無能力者で役立たずはいらね、とかいって追放されちゃった感じとかー?」
「三歩、お前……ずっと起きてたのか!?」
「いんや。寝てたよー」
「だいたい合ってる。なんで?」
「テンプレよ、テンプレ。異世界転移と能力獲得はセットよ? からの役立たずの追放もねー。うちはその辺、履修済みだかんねー。へへーん」
自慢気に語る三歩。増々イラつく。
「そうか、理解が早くて助かる。けどな、これはリアルなんだぞ。ゲームとは違う! もっと危機感持てよ!」
「持ってるよー。そもそもさ、人生だってゲームみたいなもんよー? レベル上げてイベントこなしてさ。うちからしたら、ゲームの舞台とかギミックが変わっただけなんよね。日本編から異世界編に突入、みたいな?」
「……そうか。わかったよ」
少しの動揺を見せることもなく、三歩は平然と言ってのけた。そして、さっそく首からぶら下げたスマホをポチポチし始めた。我が姉ながらイカれてやがる。
「はあぁ、お前と話してると緊張感がうせるよ」
「ありんす」
こんな時でも余裕でマイペースの三歩。少し、ほんの少しだけ頼もしく思えた。焦ってテンパってる俺が馬鹿みたいじゃないか。
「あっ、つきっち。そろそろいちのんとにっちー起こしたほうがいいかも。さずがに風邪ひくっしょー」
「お、おお、そうだな」
冷静になって、今できることをしていくしかない。とりあえず、一乃と二千翔を起こさなくては。身体が半分、雪に埋まっている。風邪どころか、凍死しかねない。
「ってかよ三歩。早く起きたんならお前がみんなを起こしてくれたらよかったのに」
「あー、それはすまんよ。うちはうちでお取込み中だったかんねー。気が回らんかった――」
スマホの画面を見ながら、適当にレスする三歩。お取込み中って……どうせスマホをいじっていただけだろう。
俺は自分のスマホを取り出してみた。当然、電波は通じていない。ネット環境がないのに、スマホで何をすることがあるのだ。時計や懐中電灯の代わり……あとは、ダウンロードした音楽やゲームなら使えるか。
「三歩、ゲームばかりやってるとすぐに充電なくなるぞ」
「ういうい」
ここでは、充電がきれたスマホはただのゴミと化す。ゲームは三歩の生きがいみたいなものだ。最後の遊戯として、大目に見てやろう。
三歩のことはほっといて、俺は一乃と二千翔を起こしにかかった。
「あのクソ野郎ども、絶っ対ぇ殺してやる!」
起きて早々、物騒な言葉をはく二千翔。わかるぞ。俺も同じ気持ちだ。
「四織ちゃん、お腹すかせてないかしら……」
一乃は、四織のお腹の心配をしている。わかるよ。四織はやせの大食いで、常にお腹をすかせている。
わかるけど、今は現実的な話をしなければならない。俺たちには、命を脅かす喫緊の課題がある。
「とにかく、寒いっ!」
辺り一面、銀世界。降ってこそいないが、十センチぐらいは雪が積もっている。日本では初夏の陽気だった。制服のブレザーだけでは寒すぎる。
「なあ、二千翔。ライター持ってないか? その辺に落ちてる枯れ木を集めて、たき火でもしたいんだけど」
「持ってねえよ。あたしは酒と煙草はやんねえの」
「そっか。やってると思ってた」
「一応、未成年だぞ。捕まったら家族に迷惑かかんだろ。それによ、煙草吸ったら喧嘩弱くなるし、酒飲んだらバイク乗れねえかんな」
「そうか。悪い、誤解してた」
「はっ。気にすんな」
火はおこせない。であれば、このままここにいても凍死するだけだ。どこか、人里のある所まで移動しなくては。人里があるのか不明だが。
「――つきっち」
「どうした、三歩」
木にもたれかかってずっとスマホをいじっていた三歩が、立ち上がって言った。
「この異世界――アスピカネラの地ね、けっこうハードモードっぽいよ」
「え、なんで。そうなの?」
「まじよー。ミックみたいにスローライフしたかったんけどなー。無理ぽいかー」
「いや、だからなんで」
「さっそくお出ましだよ。ほら――」
――ザクッザクッザクッ。
しんと張りつめた空気の中、雪を踏みしめる音がする。
「なっ、何、だよ……あれは」
話に夢中で気がつかなかった。
「ああん? んだよてめぇ……は……?」
「あらあら、まあ! しゃべる……牛さん?」
猛牛の頭をした、二足歩行で筋骨隆々で全身が体毛に覆われている怪物が、木々の合間から姿を現した。口角からよだれを垂らしながら、何か言葉を発している。
「■■■■、■■■■■■■!」
「いや、何言ってんのかわかんねぇ!」
とりあえず、友好的ではないようだ。