2.五樹、一乃、四織、異世界で目覚める。
ひんやりと頬に感じる、硬質の床。
ざわざわ――。
周囲がやたらとうるさい。
なんで俺はこんなところで寝て――いや、違う。
家を出たら、空から光が落ちてきて――。
「……っ! どこ、だ……ここは?」
身体を起こし、周囲を見渡す。大きな広間に、人が大勢いる。ヨーロッパとかにある神殿のような、やたら白い、おごそかな雰囲気の大部屋だ。
「何が……起こってる?」
気づいたら知らない場所にいて、大勢の人達が周りにいて――。
あれ、ここは日本じゃない?
「あっ! 姉ちゃん達は……!?」
改めて、周囲を見渡す。姉たちは――わりと近くに、横たわっていた。一乃、二千翔、四織……。あれ、一人足りない。
「どこだ三歩! ……ああ、そこか」
まるで魔法陣のような文様が描かれた床の端っこの方に、カスタード色のこんもりとした物体が丸まっていた。
「――えっ。魔法陣のような?」
俺達姉弟がいる床に展開している、幾何学模倣のサークル。少し発光している。
――似ている。家を出た時に、上空にあったものに。
すると――。
「ようやく、目覚めたか――」
声がした方を見る。白髪で立派なひげを蓄えた初老の男が、少し離れた位置から俺たちを見下ろしていた。神殿の奥ばった所に祭壇のようなものがあり、その真ん前に立つ男。金属の華美な装飾がたくさんついた、白いローブを着ている。たぶん偉い人だ。
そいつの周りにも、似た服を着た奴らが何人かいるけど、装飾は少ない。上司に付き従う部下みたいな。
「……あんたが、俺たちをここに連れてきたのか……?」
「ふっ。まあ、待て。――他の子達はいつまで寝ている。儂もそう暇じゃない。そろそろ起きてもらわんとな」
「えっ」
俺たちを取り囲む集団。前方には、白いローブを着た奴らがいるが、側方の壁際にはヨーロッパの昔の軍人――まるで騎士みたいな奴らが、ずらっと並んでいた。
その騎士みたいな奴らが、俺達の元にやってきて――ってかこいつら帯剣してやがる。
「……っ! な、何すんだよ!」
「落ちつけ。手荒なマネはせんよ」
騎士たちは、いまだ寝ている姉たちを起こしにきたようだ。
「姉ちゃん達に触んなよ!」
「威勢がいいな。だが少し、大人しくしていてもらおうか」
「くっ、離せよ!」
騎士の一人に抑え込まれて、動けない。騎士たちは、寝ている姉たちを揺り起こしていく。
俺は、ただ諦観することしかできなかったが、初老の偉そうな男の言う通り、どうやら手荒なマネとやらはされていないようだった。
「ちっ。わかったよ。とりあえず離せ」
「ふむ。いい子じゃないか」
俺は少し安心して、抵抗するのを止めた。騎士からの拘束が解かれ、俺はその場に座り込む。
すると――。
「ん……。ん~……はあぁ……。あらあら、まあ!」
一乃が、妙に色っぽい伸びをしながら、目を覚ました。一乃は、この意味不明な状況に戸惑っているのか、しばらくきょとんとした後、
「やだわ、大変!」
事の重大さに気づいたのか、糸目を見開き言った。
「――わたしったら、エプロンつけたまま来ちゃったわぁ。もう、やんなっちゃう」
「いや、違うだろ! 寝ぼけてんじゃねえ!」
斜め上の感想を言い放った一乃に、反射で突っ込む。
「でもね五樹くん。お家で使うエプロンをお外に着ていくと不衛生でしょ? みんなのお料理に、お外のばい菌が入っちゃうかもしれないんだよぉ? わたし、いつも注意してたんだけど、またやっちゃったみたい。ごめんね、ダメなお姉ちゃんで」
「――そ、そうか。そうだな……一乃はダメなお姉ちゃんでは、ないけどな……」
斜め上どころではなかった。次元が違った。
一乃のマイペースさに呆れていると、突如、甲高い悲鳴が神殿に響いた。
「きゃやああああぁ! ななな、なんですかあなた達は! だ、だ、誰ですか! どこですかここはああああぁ!」
四織が目覚めた。大広間には、まるで不協和音のように四織の叫び声が反響している。少々うるさいが、これが正常な反応ってやつだろう。少々うるさいが。
「わわ、私を捕まえて、エ、エッチな事を、するつもりですか! そ、そんな事をしてもつまらないですよ! ちんちんくりんだし、おっぱいだっていち姉みたいにばいんば――」
「だ、黙れ、四織!」
咄嗟に、四織の口を塞いだ。
「ん~、ぐぐぐ……。はあ、はあ、はあ……。あ、五樹君だ」
まじで何言い出すんだ四織の奴。ずっと能面みたいに俺たちを囲んでいた騎士の奴らや、初老の偉そうな男も顔をゆがめている。「何とも……賑やかな子達だ」とか言って。さすがに恥ずい。
「四織、落ち着け。俺も何が何だかわからんが、とりあえず今わかってる事と、おそらく……何だけど、俺の考察を話す。一乃も聞いてくれ」
「え。あ、は、はい!」
「そうねぇ。わたしもちょっと変だなぁ、って思ってたから聞きたいな」
「おそらく――」
俺は二人に、語って聞かせた。
人の手によって、拉致された記憶はない。
家をでた時、上空に幾何学模様のサークルがあって、そこから光が降り注いだ瞬間、みんなの姿が消えた。
その幾何学模倣のサークルと、俺たちが今いる床の陣が似ている。というか一致しているとみて間違いない。
周りにいる奴らが、みんな外人だ。服装も昔のヨーロッパテイストで本格的。ドッキリのレベルを超えている。それこそハリウッド映画レベルだ。知らんけど。――そんな本格的なドッキリを、ただの一般人の俺たちが受けるわけがない。
よって、これはリアルだ。――日本語が通じるのは謎だが。
以上のことから、俺たち姉弟は、どこか違う場所に転移させられた。
日本語が通じてるから、ワンチャン、日本の可能性もあるけど、神殿の荘厳さとか、騎士とか白いローブの奴らの威厳が、それを否定している。
「――と、俺は考えている。自分で言ったくせに、嘘くさくて笑えてくるけど」
「ええええぇ! て、転移ですか!?」
「そうなんだぁ。転移ってよくわからないけど……。それにしても、五樹くんはほんと賢いわねぇ」
「あくまで、俺の考察だがな――で、実際は、どうなんだ?」
初老の偉そうな男に、キッと視線を向ける。お前はこの意味不明で、理不尽な状況を作り出した張本人なんだろう。当然、説明する義務はあるよな?
「――此度の子は随分と個性的な子たちのようだ。これは期待してもいいのではないか。のう、コバヤシよ」
初老の男が、かたわらに控えていた細身の中年男に問いかけた。ってか今、小林って言ったか。日本人?
「ええ、マクスウェル神官長。私も、久々の大ヒットで興奮しております。さぞかしユニークな『トランスキル』が発現することでしょう」
小林って呼ばれた奴、あの偉そうな初老の男を神官長って呼びやがった。ってかトランスキルだと? なんだそれは。くそっ、情報が渋滞してやがる。
が、何よりも気に触るのは――。
「無視してんじゃねえよ! 答えろよ! お前が俺たちをここに転移させたんだろ!?」
あいつら、俺たちを完全になめてやがる。俺たちが意味不明な状況に陥って困惑しているというのに。一体、何様のつもりだ。
「おお、これは失礼した。コバヤシよ、彼らに説明してやりなさい。君たちは同じ、ニホンジンなのだろう」
「ええ。では――」
やはり、小林は日本人だった。年齢はアラフォーってとこか。確かに、あいつの見た目は日本人っぽい。周りをよく見たら、他にも日本人っぽいのが数人いた。
「ちっ、わけわかんね。はやく、説明してくれ」
小林が一歩前に出て、口を開く。
「――お前が考えている通り、お前たちは日本からここ、アスピカネラの地に転移してきたのだ」