16.四織、決意を新たにする。
カウンターには、和洋折衷で、より取り見取りの料理があった。
私は、取り分け用のプレートいっぱいに、白米、味噌汁、肉料理に野菜にその他もろもろ、溢れんばかりの料理を乗っけた。
王宮内の個室にいたときと同じ様に、やはり日本食も完備している。
「日本人のシェフがいるのかな……?」
席に着くと、舞香ちゃんがその疑問に答えてくれた。
「わたしもね、最初の内はびっくりしたんだ。なんでアスピカネラに日本食があるのよって。でもさ、その理由はすぐにわかったよ」
「えっと、日本から来た転移者が広めたんですか?」
「うん。まあそうなんだけど。そもそもこの国、シンアスカ王国の初代国王がね、日本からやってきた人だったのよ。公用語が日本語なのもそれが理由よ。確か……百三十、何年か前の話だったかしら? その人が国を興したって聞いたよ。今ではアスピカネラで一番大きな国なんだって」
百三十年ぐらい前だと、日本だと明治時代……だよね。
日本からやってきて国を興すなんて――。
「凄い……行動力ですね」
「うん。でも凄い所はそれだけじゃなくて、初代国王ってね、最初のトランサ民なのよ。百三十年ぐらい前に、女神アスカレーナが魔神王に殺されちゃった時、初代国王は女神からトランスキルを受け継いだのよ」
「女神から直接ってことですか?」
「その辺はよくわからないけど、たぶんそうじゃないかしら」
女神から直接ってことは、女神そのもののスキル……?
「それが、トランスキル『ザ・トランスポート』だったのよ。センチュリオンクラスの。今は小林のおっさんが持ってるあれね」
私たち姉弟を日本からアスピカネラに転移させて、私以外の姉弟をどこか遠くに転移させた張本人だ。
「……っ。私、あの人嫌い、です」
「わたしも大っ嫌いっ! 小林の奴、わたしのお父さんだけどっか遠くに転移させやがってさ、絶対に許さないんだから!」
「え、舞香ちゃんもそうなんですか?」
「うそっ、四織ちゃんも!?」
聞けば、舞香ちゃんがここに一人でいる理由は、ほとんど私と同じだった。
舞香ちゃんは、お父さんと二人で暮らしていた。警察官だったお父さんは、仕事が忙しくてほとんど家には帰ってこなかったらしい。すれ違いが理由で、舞香ちゃんが小学五年生の時に両親は離婚。お母さんはある日、何も言わすに出て行った、とのこと。
それ以来、お父さんは警察官の仕事を抑えて、男手一つで舞香ちゃんを育ててきた。
舞香ちゃんが中学二年生になった、ある日のこと。
お父さんが非番で、家に二人で居た時だ。突然、光に包まれて、気づけばそこは王都の神殿。私たち姉弟と同じく、小林さんに強制的に転移させられたのだ。
「お父さんがさ、小林のおっさんと顔見知りだったのよ」
「え、そうなんですか!? どうして?」
「あのおっさん、日本では配送ドライバーやってたの。わたしの家も配送ルートに入ってて、何度か、荷物を届けてもらった事もあるのよ。もう何年も前だから、わたしは知らなかったけど、お父さんは覚えてたんだって」
「あ、そうか。そういえば小林さん言ってたよ。『ザ・トランスポート』は自分が知っている、異なる二点間の物質を瞬間移動させることができるって」
って事は、小林さんは私の家も知っていたってことか。私の家も、小林さんの配送ルートに入っていたのかも。
「それでさ、お父さんが、なんでお前がここにいる、どういうことだ、ってキレて暴れたの。騎士団の連中にも止められないぐらいにね。もう、大変だったんだから。うちのお父さん、元マル暴刑事でさ、県警きっての武闘派だったんだよね……」
その様子が、ありありと脳裡に浮かんだ。暴れているのは、ちか姉だったけど。
「その気持ち、よくわかります……」
「それで、女神の血潮を無理矢理飲まされて、わたしだけトランスキルに覚醒して、お父さんだけ小林にどっか遠くに転移させられちゃったってわけよ」
「同じです……。私の場合は、姉弟たちですけど」
自分の境遇を舞香ちゃんに話した。私は姉弟と。舞香ちゃんはお父さんと離れ離れになってしまったんだ。
「四織ちゃああああんっ! わたしも、お父さんは絶対、生きてるって信じてるんだっ! 四織ちゃんの姉弟も絶対生きてるってっ!」
「そうです、そうですよっ! 絶対、生きてるに決まってますよっ!」
少し、心が軽くなった。姉弟の無事を疑っているわけじゃないけど、どうしたって不安はある。でも、不安を分け合って、励ましあえる友達がいるんだ。
「わたし達はさ、お互いの家族を探しにいくために、もっともっと強くならなくちゃいけないんだ」
「そう、ですね……。でも、今のままでも十分強くないですか?」
運動神経がほとんど死んでる私ですら、トランスキルに覚醒したら世界記録を狙えるぐらい足が速くなったんだ。きっと、リンゴぐらいなら余裕でつぶせる力もある。
「全然足りないよっ! 魔神王と一緒に魔界からやってきた魔族の奴らって、すっごく強いのよ? 学院の序列三桁の生徒だったら、モブ魔族にすら負けるって言われてるわ。二桁の生徒でやっと勝てるぐらいかな。
シンアスカ王国の領土内はまだましだけど、隣国なんて町の外に出たらそいつらがうじゃうじゃしてるって噂よ。お父さんや、四織ちゃんの姉弟が転移させられたのって最低でも国外だと思うわ。そんな場所まで探しに行くとなると、やっぱり戦闘能力って絶対必要よ」
「うへぇ……。それは、厳しいですね」
「厳しいよー。でも、わたしは目標を達成するために頑張るって決めたの。話は戻るけど、シンアスカ王国ってさ、初代国王が女神アスカレーナの仇を取るために、建国されたのよね。そのため、学院もそうだけど戦闘の訓練をするには絶好の環境なのよ」
「確かに……そうですね」
「初代国王ってね幕末の生まれで、剣の達人だったらしいの。明日からは、合同訓練も始まると思うけど、剣術の訓練とかすっごくレベル高いのよ。天然リシン流ってゆう実戦的な剣術でさ」
「はあ……」
「まあ、トランサ民が戦う時ってだいたいトランスキル使うから、真面目に訓練しない奴も多いけど、わたしはちゃんとやってるよ。だってさ、いつ何時、何が役に立つかわからないじゃない?」
「……はい」
「正直、わたしは魔神王とか魔族の事なんてどうでもいいの。でもさ、間違いなく、お父さんを探しに行く時の障害になるから、どんな戦闘技術でも取り入れたいのよね」
「そう、ですね。舞香ちゃんの、言う通りです」
舞香ちゃんは意識が高い。私は、いつか姉弟たちが助けに来てくれるって思っていた。そう思う事で自分自身を、勇気づけていたんだ。
でも舞香ちゃんは、強くなって自分からお父さんを探しに行くって決めている。
受け身じゃだめだ。
私は、変わらなくてはいけない。
じゃないと、この厳しい異世界ではきっと何も成す事ができないんだ。
私も、意識高い系のJKにならなくてはいけない。
「私も強くなって、姉弟たちを探しに行きます!」
「その意気よ、四織ちゃん! とりま、序列一位にでもなっとこうよ。わたしと四織ちゃんでワンツーフィニッシュよ! それぐらいの強さがあれば、大丈夫だと思うのよねー! たぶん」
「はい! やる気がでてきました!」
当面の目標。学院で訓練して強くなって、序列一位を目指す。
「ふふっ、楽しくなってきたわ」
「へへっ、そうですね」
そして私は、胸を張って姉弟たちを探しに行くんだ。
「それにしてもさ、四織ちゃんて……よく食べるわね」
舞香ちゃんが、若干言いよどんだ口調で言ってきた。
「あ、その――」
大食いすぎて引かれたかもしれない。
でも今さら、隠し事はしたくない。
「わ、私、こう見えてすっごく大食いなんですよ!」
舞香ちゃんは、一瞬、目を丸くした後、
「ぷっ。あはははっ! いいじゃない! とっても素敵な食いっぷりよ! ってかほっぺにご飯つぶついてるし」
「え、ほんとですか!? は、恥ずかしいですっ!」
「あはははっ!」
「へへっ」
舞香ちゃんの大笑いと、私のはにかみ笑いの二重奏。
その後、私はご飯を三杯おかわりした。学院の食事はおいしいけど、やっぱり私はいち姉のつくった料理が食べたい。
姉弟たちは、ちゃんとご飯を食べれているのだろうか。飢えてないだろうか。心配は尽きないけど――私は、私のやるべき事をやるしかない。
いつか会えた時、姉弟たちに恥じない私でいるために。
四織パートはいったんここまでです!