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14.四織、友達ができる。

「見事な完封勝利だが……まさか生前葬とはな……」


 私とフレデリク君の模擬戦を審判していたサイデル教官が、小高い土の山に立っている壁を見上げて言った。

 いやいやいや、違うんですよ。私も必死だったわけで、決してお墓をつくったわけではなくてですね……。


「シオリよ、降りてこいっ! 模擬戦は終わりだっ! お主のトランスキルで、フレデリクを助けてだしてやるのだっ! 今すぐにっ!」

「あ、は、はいっ! すみませんっ!」


 そうだ。私はフレデリク君を生き埋めにしたんだった。いくらしぶといフレデリク君でもさすがに虫の息だろう。このままだと、本当のお墓になっちゃうよ。

 実戦の中で「Re・クリエイション」の扱い方も大分わかってきた。根本の方からゆっくり消していけば、エレベーターが下るように地上に降りていけるだろう。


「――む? 生徒たちが騒がしいな……?」


 サイデル教官が、観客席にいるプレミアム組の生徒たちを振り返った。追って、私も視線を向ける。


「あれ? あの人……」


 生徒たちの一番後ろでふんぞり返っていた、黒スカーフの大きな男の子が、立ち上がって私を睨みつけている。何か、手に持っている。長い、男の子の背丈の二倍はある――槍だろうか。それを頭上に掲げて引きこんで投てきの態勢をとって――。

 地上五十メートルの私の視点からは、槍の穂先の一点しか見えなくなった。


「なんで!? 狙われてる!?」


 槍の直線状の先に、私がいる。


「何をする気だガイアス! よさんかっ!」


 サイデル教官の声も届かず、


「――目ざわりな小猿が。死んどけよ。『ランスオブゴデス・ソニックシュート』」


 大槍が発光し、私に向かって放たれた。

 地上五十メートル、足場は直径一メートル。逃げ場はない。

 瞬間的に悟った。


「あ、死んじゃう……」


 眼前に迫り来る、音速の大槍。飛び降りる間もない。成すすべなく、次の瞬間には貫かれてジ・エンド。すなわち、死。


「ごめんなさい……」


 いち姉、ちか姉、三歩ちゃん、五樹君……。

 目をつぶって、愛しい姉弟の顔を想い浮かべた。

 最期の時は、せめて記憶の中で一緒にいたい。


「………………っ……」


 ――あ、あれ?


 いつまで経っても訪れない死にしびれを切らし、うす目を開ける。

 ひらひらと、白い羽根が舞っていた。

 え、何ですかこれ。

 大槍が、翼の生えた女の子の前で止まっている。宙に浮いている女の子が両の翼を前で重ね合わせて、大槍を止めているのだ。


「あ、ぱっつんの子……?」


 黒髪ぱっつんストレートの――たぶん日本人のあの子だ。


「『ヘブンズルーラー・ウイングガード!』、はああっ!」


 女の子が重ねた翼を解放すると、大槍は光の結晶となって霧散した。

 助かった。

 黒髪ぱっつんの女の子が、私を守ってくれたんだ。


「あんたならやると思ってたわ、ガイアス! 甘いわねっ!」


 女の子が、ガイアスと呼ばれた男の子に啖呵をきる。私に槍と投げて貫き殺そうとした、黒スカーフの大男はガイアス君というらしい。

 女の子と、ガイアス君とのしばしのにらみ合い。

 ガイアス君は、ニヤッと冷たい笑みを見せると、「卿が覚めた。お前ら、行くぞ」と言って、取り巻きのプレミアム組の生徒を引き連れて闘技場を後にした。


「あ、あの……。ありがとう、ございました」


 女の子の背中に声をかける。彼女は空中でくるりと回転して私と向かい合った。


「あなた凄いわねっ! 初めての戦いだったんでしょ!? わたし、感動しちゃったよおぉ!」

「え、ああ、その……はい。ありがとう、ございました……。えっと、そちらは……?」


 ぱっと弾ける満面の笑み。晴天に浮かぶ太陽っぽい惑星に、負けないぐらい陽の圧がすごい。


「あ、ごめん。自己紹介するね。わたしは伊吹舞香。香りが舞うって書いて、舞香! よろしくね、日本人よっ!」

「す、鈴村四織ですっ! えっと、漢数字の四に、織物の織で四織です……。に、日本人ですっ!」

「ふふっ、知ってるよ!」

「で、ですよね……」


 は、恥ずかし! ううっ、久々に姉たち以外の同年代の女の子と話すと、妙に緊張しちゃうよ。暑っつい暑っつい。

 何を話せばいいんだろう。たぶん伊吹さんは高校生だ。私よりもずっと大人びているから二年か三年だろう。それぐらいの女子高生の生態って普通、どんな感じなのかな。我が家のJK達は規格外で全くあてにならないし。

 ますは当たり障りなく天気の話? 本日は大変お日柄もよく助けていただいてありがとうございました。 

 ――いやいや、そんな女子高生いないいない。

 もっときゃぴきゃぴしてるよきっと。わあ、その服可愛いね、どこのブランド? とか……かな? うん、それだ。とりあえず、身に着けているものとかを褒めるんだ。


「わ、わあ……その翼、ち、ちょー可愛いですねえ」

「へ?」

「え」


 あれ。私、何か変なこと言ったかな?


「――ぷっ。あははっ! 私の翼を可愛いって言った子、四織ちゃんが初めてよ! 私のトランスキルはさ、『ヘブンズルーラー』って言って、一応、センチュリオンクラスだからねー。たいていの奴は、羨ましがるか悔しがるかだもん。クソ日本人がーとか言ってさ」


 伊吹さんのトランスキルも、私と同じセンチュリオンクラスらしい。女神――アスカレーナさんだっけ? そのもののスキル。女神の翼が生えている、のかな?


「そ、そうなんだー。へー」


 とりあえず、空気を呼んで適当に相槌を打っておく。


「あいつらさ、日本人を目の敵にしすぎなんだって! フレデリクも酷かったでしょ? 私たちからしたらさ、そんなの知らないわよって感じよね?」

「だ、だよねー。ほんとにねー」

「わたしね、一年ぐらい前にアスピカネラに転移させられて、半年前に学院に入学したんだ。日本人はわたし一人だけで、もう、ほんっとに大変だったの。周りはみんな敵って感じでさ。完全にいじめよね。敵は魔神王でしょ? 何で仲間のはずの私に敵意を向けてるのか理解できなかったわ」

「…………わかる、気がします」


 伊吹さん。明るく語っているけど、きっと想像を絶する大変さだったのだろう。一人きりで異世界でクラスメイトから敵視されて。辛かっただろう。

 中学時代、私はクラスメイトと壁をつくって一人きりで過ごしていた。私は敵視はされてなかったけど、それでも辛かった。


「わたし、一人きりで戦ってきたの。元々負けず嫌いだしさ、必死で鍛えたんだ。始めは学院内の序列も最下位に近かったんだけど、今では第七位まで上がってこれたんだよ」

「序列とかあるんですか?」

「うん。トライアフォース学院はね、実力至上主義なんだ。中学とは違って座学なんてほとんどないのよ。鍛錬に次ぐ鍛錬。で、模擬戦。全校生徒で千人ぐらいはいるのかな? 模擬戦に勝ったら、相手の順位に自分が付くってシステムよ」

「そうなんですね……」


 だったら私は、フレデリク君の順位になったってことなのかな。


「上位陣はさ、ほとんど三年生がしめてるんだけど……あいつ、ガイアスの奴は一年生なのに、序列二位なの。でさ、ガイアスの奴が扇動して、私をいじめてくるわけよ。馬鹿でしょ? でもね、私はもう一人じゃない。四織ちゃんが来てくれたからね!」


 ニカっと笑って、伊吹さんは言った。その笑顔は、白い大きな翼も相まってまるで天使のようだった。


「ねえ、四織ちゃん。友達になろうよ。そして一緒に、強くなろう!」

「は、はいっ! よろしくお願いしますっ!」

「やった! ああ、良かったあぁ。わたしね、中学の友達と離れ離れになっちゃっていきなりこっちの世界に来てさ、もう一生友達できないかと思ってたんだあ。すっごく嬉しい!」

「わ、私も、伊吹さん友達になれて……う、嬉しいです!」


 友達なんてできたの、小学生以来だ。中学はおろか、高校に入ってからも私は壁をつくって友達なんて一人もできなかった。


 ――あれ?


 伊吹さん、中学の友達と離れ離れになって……って言った?


「あの、伊吹さんって……何歳ですか?」

「十五歳だよ。中学校に行ってたら、今は三年生かな。四織ちゃんは?」

「十六歳……。高一、です」

「わあ、お姉さんだあ」

「そう、ですね」


 年下だった! 中三っていったら五樹君と同じ年じゃないですか。スタイル抜群で、私よりもずっとしっかりしてて……。なんか年上ですいません。


「舞香って呼んで」

「は、はい。ま、舞香……ちゃん。へへっ」


 舞香ちゃん。下の名前で呼ぶのは少し抵抗があるけど、嫌な感じはしない。胸が熱くなって、嬉しさがこみ上げてくる。

 いつか、姉弟たちを呼ぶように自然に舞香ちゃんの名前を呼べるように、私はなりたい。


「――おおーいっ! 何をやっておるー! 早く戻ってこんかあー! フレデリクが死んでしまうぞおー!」


 サイデル教官が、遥か頭上の私たちを見上げて大声を張り上げている。


「おっと、忘れてたよ。あんな奴でも、死んじゃったら目ざめが悪いもんね。そろそろ戻ろっか」

「そ、そうですね!」


 私が、柱に手を置いて消していこうとした時、


「わたしが連れてってあげるよ!」

「え、あ……わわっ!」

「ふふっ。空飛ぶのって、とっても気持ちいいんだからっ!」


 舞香ちゃんは私を姫様抱っこすると、柱よりさらに上方へと舞い上がった。


「ね、いい気持ちいいでしょ?」

「はい。すごく――」


 学院も王城も全体が見渡せて、アスカドの城下町の端まで見渡すことができる。町は城壁に囲まれていて、町を横断するように川が流れていて――。

 遥か遠くには、ぼんやりと山脈が連なっていた。

 絶景だった。でも同時に、


「……遠いな」


 世界の広さを知ってしまった。

 私の姉弟たちは、あの山の向こう側にいるのかな。

 山脈の向こう側にも、世界は続いているのだろう。

 世界の広さに対して、私の存在はこんなにもちっぽけだ。


 でも――。


「これから一緒に頑張っていこうね、四織ちゃん!」

「はいっ! 頑張りましょう!」


 心だけは強く、大きく持っていたい。

 姉弟たちに、恥じない私でいるために。


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