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13.四織、お墓をつくる。

「次は外さねえからな、クソニホンジン! いくぞっ! 『ファイアクラッカー!』」


 気合十分で、やる気満々なフレデリク君が再び、赤い光を纏った拳で私に迫ってきた。

 幸い、距離はまだ離れている。私は向きを九十度変えて、その場から走り去った。


「さ、さようならーっ!」

「あっ、てめえ! 逃げんなっ!」


 逃げるが勝ちとはよく言ったものだ。私は、逃げて逃げて逃げまくって、模擬戦を乗り切ってやるんだ。


「ちっ、待てやこらあ!」

「ひえっ! こ、来ないでくださいよぉ!」


 追ってくるフレデリク君を時々振り返りつつ、私は全力疾走で闘技場内を駆けまわった。


「あ、なんか気持ちいいかも」


 私の五十メートル走のタイムは十秒台後半で、下の下レベルの運動能力しかなかった。でも、トランスキルに覚醒した今は、世界記録も狙えるんじゃないかってほどに、足が速くなっている。

 とは言え。私の認識に間違いがなければ、これだけじゃだめだ。


「――シオリはセンチュリオンクラスであるゆえ、強化も十倍程度ではないはずだが……元々の身体能力が低すぎるのか……?」


 サイデル教官の解説が、ちらっと聞こえた。

 はい、そうなんですよ。

 私みたいなへっぽこがいくら二十倍ぐらい強くなったって、十倍ぐらい強くなった格闘技のプロには勝てる気しないもん。秒殺だよ。


「はっ、お前の動き、読めてきたぜっ!」


 案の定、フレデリク君との距離は縮まってきている。私のすぐ後ろに、迫ってきている。であれば、足止めだ。さっと振り向き位置を確認して、


「『Re・クリエイション!』、壁よっ!」


 手のひらを、下からすくうように拳上した。


「痛って! くそっ、鬱陶しい!」


 フレデリク君の進行方向に壁がせり立つ。

 『Re・クリエイション』の使い方は何となく分かってきた。きっと、物質を変化させる事ができるスキルだ。特に、対象の物質に触れていなくてもいいことは、先ほどのあいさつ代わりの一発で証明されている。

 今のは、場所を目視で特定して、変化をイメージしたらいけた。たぶん壁とか、単純な物であれば瞬間的に出せると思う。複雑な物や大きな物は分からない。何となく時間がかかりそうだ。

 ああ、こんなんだったら練習しておけばよかった。


「おらあ!」


 フレデリク君が、目の前にせり立った壁を殴り壊す。


「はっ。この程度の壁、俺の『ファイアクラッカー』の前じゃ、紙切れみたいなもんだ!」

「し、知ってますよ!」


 こうなることは分かっていた。私が出した壁は、せいぜい厚さ十センチ程度。フレデリク君の一撃は、地面を抉る程の威力がある。

 破壊されること前提なのだ。


「あっ、くそっ。どこ行きやがった!? 待ちやがれっ!」


 再び、距離ができた。壁を壊す瞬間はどうしても、減速する必要がある。私はその隙に距離を稼ぐことができるのだ。


「『Re・クリエイション!』、壁っ! 壁っ! 壁っ!」

「ちくしょ! いい加減にしやがれっ!」

「『Re・クリエイション!』、壁っ!」


 かなり低めの壁っ!


「おわっ!? ――くそっ、痛ってえな! ふざけやがってっ!」


 あるはずの壁を空ぶって、足元の低い壁に躓いて転ぶフレデリク君。

 こんなのも混ぜつつ、私は逃げて逃げて逃げまくった。ひたすら逃げ続けた。


「はあぁ、はあぁ、はあぁ……。て、てめぇ、いつまで逃げ続けるんだよ……!」

「フレデリク君が参ったって言うまでです!」


 かれこれ一時間は逃げ続けている。

 その間、フレデリク君は壁を破壊しつつ、頑張って私を追いかけているけど、もうずっと前から疲労困憊のようだ。大粒の汗を流して、肩で息をしている。

 観客席にいるプレミアム組の子たちからしたら、とてもつまらない模擬戦だろうな。

 でも、このつまらない模擬戦は、フレデリク君のがんばり次第で続けようと思えば何時間だって続けることができるのだ。


 私?

 全然、大丈夫。

 私の、地味だけどちょっと自慢できること。

 私は物心ついた時から一度も、疲れたことがないのです。


「ちっ……。化け物が……!」

「わ、私なんか、化け物じゃないですよ!」


 化け物って言うのは(いい意味で!)、運動神経抜群で喧嘩最強のちか姉とか、ゲームばっかやってるのに天才の三歩ちゃんみたいなのを言うのです。

 私なんて、身体が丈夫で無駄に体力があるだけの大食い女だったから。

 マラソン大会だって、どれだけ走っても疲れることはなかったけど、元々の足が遅すぎて大した成績を残すことはできなかった。フルマラソンだったら一位になれたかもしれないけれどね。そんなわけで、学生生活で役に立つことなんてほとんどなかったのだ。

 でも、身体能力が強化された今、ようやく私の体力自慢が開花したと言ってもいい……のかもしれない。


「てめぇ相手の模擬戦で奥の手を使うとは思わなかったけどな……。このまま無様な姿を見せ続けるわけにはいかねえんだよっ!」


 フレデリク君が裂帛の気合で、咆哮した。体力はもう残り僅かだろう。きっとこれが最後の攻撃。警戒だ。何やってくるんだろう。


「『ファイアクラッカー・アクセルバースト!』」


 フレデリク君が軽くジャンプして着地した瞬間、地面に亀裂が走った。深く腰を落とし、爆発とともに大地を踏み切る。


「あ、やばいかも!? 『Re・クリエイション!』、壁っ、壁っ、壁っ!」


 咄嗟に壁を三枚、せり立てる。


「そんなペラペラな壁じゃ止められねえぜっ!」


 壁を、まるで障子やぶりのように破壊して突き進むフレデリク君。

 気づいたら、目の前にチリチリと赤い閃光をまとった拳が迫っていた。


「わわわっ!?」


 間一髪、横に転げ回って逃れる。そのまま四つ足で必死に、距離をとる。


「俺の力が尽きるまで――何度でもやってやるよ! いつまでも逃げ切れると思うなよ!」


 さすがに思えないよ。さっきはたまたま避けられたけど、たぶん次は無理。速すぎるし、私の瞬間的に出した急造の壁は意味を成さない。

 地上での逃げ場所は、もはやないだろう。


「くらいやがれっ!」


 トランスキルを使って、爆速で迫ってくるフレデリク君。


「『Re・クリエイション』、壁っ!」


 一枚、壁をかます。


「はっ、またそれかっ!」


 これはただの目くらましだよ。

 本命は――。


「――柱っ!」


 地上に逃げ場がないなら、空に逃げるよ私は。


「なんだと!?」


 直径約一メートルの柱。私は自分の足元に柱を出現させて、天高く屹立させた。できるだけ高く、強度も意識してぐんぐん伸ばしていく。


「うわあ、人が豆粒みたいじゃないですか………落ちたら死んじゃうかも……」


 高校の屋上よりもっと高い。たぶん十階建てのビルぐらいはあると思う。ちょっと引くぐらい見晴らしが良い。

 私の突然の強行に、さっきまでフレデリク君の応援に声を枯らしていたプレミアム組の生徒たちが、唖然としているのが見える。

 柱の根本には、遥か頭上を見上げてフレデリク君が喚いていた。


「きたねえぞっ! 降りてこいっ!」

「い、嫌ですよっ! 降りたら殴るじゃないですかっ!」

「……ちっ! 降りてこなくでも殴るけどな! 落としてやるっ!」

「えっ。あ、わわっ! 落ちる落ちるっ! 止めて下さいっ!」


 柱を殴ってきた! ひどい! 爆発音を響かせながら、トランスキルで殴っている。

 グラグラ、グーラグラ。

 柱に必死にしがみつく。怖い怖い怖いっ! 達磨落としの達磨になった気分だよ!


「ひえっ! 『Re・クリエイション!』」


 破壊されたそばから、修復していく。破壊、修復、破壊、修復、破壊、修復……。キリがない。

 いや、たぶんフレデリク君の体力がもう限界だ。私も限界。体力は問題ないけど、地上、たぶん五十メートルぐらいで直径一メートルの柱の上でグラグラ揺られている私の精神力が限界だ。


「はあぁ、はあぁ、はあぁ……。これが最後だ。最大限の力で――一撃でへし折ってやる!」


 豆粒みたいなフレデリク君が、柱と距離をとった。次が最後の一撃らしい。

 ちなみに私は視力も聴力も、とても良いのでこれだけ離れていても見えているし聞こえている。


 ふと気づいた。


「あ。これは私的にチャンスなのでは……?」


 柱を殴って折られたら、私の負けだ。ってゆうか滑落。そして圧死。身体能力が強化されてるから運が良ければ助かるかもしれないけど、きっと大怪我。


 やられる前に、やるしかない。


「いくぞっ! 『ファイアクラッカー・アクセルバー――』」

「『Re・クリエイション』、柱よっ!」

「……ッ!? なっ、のわあああああぁ!?」


 フレデリク君がトランスキルを発動させる直前に、彼の足元に柱を出現させた。高く高く、私と同じ高さまでぐんぐん屹立させていく。


 風は穏やか。青い空が満面に広がっている。

 十メートル程の距離を開けて、直径一メートルの円柱上で対峙している私と、フレデリク君以外に、周囲には何もない。


「てめえ……なんてことしやがる……!」

「へ、へへ。ど、どうですか? 怖くないですか? 私は怖くておしっこちびりそうですよ」

「……っ! はっ。こ、こんなもんで俺がビビるかよ!」

「ああ、そうですかそうですか……。さっきの、フレデリク君が柱を殴って私を落とそうとした時、私、すっごく……怖かったんですよ。だからあの……謝ってほしいです」

「何でだよこれは勝負だろ! 謝るなら最初からやってねえわ。お前は馬鹿か!」

「そう、ですか。だったら私も……や、やっちゃいますからね!」


 聞き分けのないフレデリク君には、私が味わった恐怖を少し体験させてあげるよ。


「『Re・クリエイション!』」


 フレデリク君の柱を微妙に変形させて、ゆーらゆらゆーらゆら。地上五十メートルで足場も狭い中、前後左右にゆーらゆらゆーらゆら。


「ちょっ、止めろっ! まじで、ふざけんなよ!」

「謝るか、それか参ったって言ってくれたら、止めてあげますよっ!」

「誰が言うか! その前に、ここからお前のとこまで飛び移って、道連れにしてやるよ!」

「え。そ、それは困ります」

「やわな鍛え方はしてねえからな。これぐらいの高さだったら俺は死ぬことはねえ。でもお前はどうだ? 追い込まれてるのはそっちの方だぞ! まあ、仮にお前も無事に地上に落ちたとしてもその後、殴り倒すけどな! 俺の勝ちは揺るぎない!」


 え。もしかしてピンチなのは私の方なの? 

 あ。フレデリク君が、跳躍の態勢をとった。

 ヤバい。


「『Re・クリエイション!』、柱よ、消えてっ!」


 フレデリク君の足元に屹立している柱を消し去った。要領は作る時と同じだ。できると確信していた。


「そうすると思ってたぜー……! 後は柱を殴り倒して俺の勝ちだー…………!」


 落ちながらフレデリク君が、叫び散らす。

 フレデリク君、しつこい。

 もう嫌、嫌すぎる。

 この高さでも平気で着地しちゃうの? そしてまた柱を殴って私は揺すられて落とされるの? もういいよ。ほとほとうんざりだ。

 それならさ。

 もっともっと、深く深く落ちればいいよ。

 平気なんでしょ。

 信じるよ。

 私は、フレデリク君の落下地点を特定し、


「『Re・クリエイション!』、穴よっ! 深い深い、穴よっ!」


 大穴をクリエイトした。


「まじかよ!? うおおおおおぉ…………」


 あるはずだった地面に開いた大穴に、落下していくフレデリク君。数瞬後、穴底からドスン、と落下音が響いてきた。


「だ、大丈夫だよね? だ、だってフレデリク君が悪いんだよ……?」


 地上五十メートルから見下ろす穴は、ただの黒い点に見える。咄嗟だったから、私もどれだけの深さの穴を造ったかよくわからない。

 これはさすがに勝負あったでしょ?


「…………や、やりやがったなー…………今すぐここから出てー…………」


 ほのぐらい穴の底から、微かに聞こえる声。


「もういいですって! 『Re・クリエイション!』」


 フレデリク君頑丈すぎでしょ!? やだだやだやだ、もう終わり! これ以上は無理!


「土、土、土、こんもりいっぱいの土よっ!」


 穴を埋める。埋めて埋めて、大穴いっぱいに土で満たす! 大丈夫。フレデリク君は死なない。五十メートルの高さから、もっと深くまで落ちても平気だったんだ。こうでもしないと、この模擬戦が終わらない!


「土、土、土っ! 仕上げに大っきい壁の重りまでしちゃうんだからっ!」


 徹底的に、無我夢中で土を盛った。

 盛って盛って盛りまくって、壁を立てた。


「はあぁ、はあぁ、はあぁ……。これだけやればさすがに充分でしょ。大丈夫。フレデリク君は死なない。絶対に、死なな――。あ、あれ? なんだか……」


 大穴があった場所には小高い土の山。


「お墓みたいになっちゃった……」


 その頂上には、壁がまるで墓標のように鎮座していた。


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