11.四織、カレーライスに想いを馳せる。
「では、参りましょうか四織様。トライアフォース学院は寮から歩いて、五分ほどで着きます。校門の前までは私がご案内しますので」
「あ……は、はい。よろしく、お願いします……」
朝食を終え、学院の制服に着替えた私は、侍女のメリッサさんの後に付いて寮を出た。
制服というよりは、こじゃれた軍服だ。白いシャツに、黒を基調とした軍服ワンピース。なんだかコスプレしてるみたいで恥ずかしい。
「四織様、これを――」
「あ、はい……。スカーフ?」
「ええ。トライアフォース学院、プレミアム組の生徒である証です」
「はあ」
道すがら、メリッサさんが渡してくれたのは黒いスカーフだった。スカーフなんて巻いたことない。私が、立ち止まって悪戦苦闘していると、
「失礼」
メリッサさんが、ぐちゃぐちゃになったスカーフするするっと綺麗に巻いてくれた。
「……いち姉みたい」
思わず零れ落ちた言葉。
「どうかしましたか?」
「あ、いえ。何でもないです……」
感傷に浸っている場合ではない。
私は甘い情景を振り切り、トライアフォース学院へと向かった。
「うわぁ……。立派な建物ですね……」
「ええ。トライアフォース学院は、王国の根幹を成す大変重要な施設ですので」
目の前にそびえる、白亜の校舎。中央にひときわ高い建物が屹立していて、そこから左右対称に校舎が広がっている。
何ていうか――修学旅行で見学した、国会議事堂を思わせる建物だ。
「先ほどお伝えした講堂へと向かってください。おそらく今は朝礼の最中かと思います。その際に、四織様のご紹介をするそうなので」
「あ、そういう感じなんですね……」
否が応でも注目されちゃうじゃないか。
ううっ。気が重い……。
「では、四織様。いってらっしゃいませ」
「行って、きます……」
深くお辞儀をするメリッサさんに見送られつつ、私はトライアフォース学院に足を踏み入れた。
講堂の扉の前で立ちすくむこと、十数分。
扉の向こうから、話し声が聞こえる。先生的な人が、大勢の生徒的な人に向かってなにやら話しているようだ。
え。この状況で入ってくの?
一人きりで?
普通に、無理っ!
きっと私が入っていった瞬間、講堂がシーンと静まり返って生徒たちがみんな私を見てくるんだ。
ひそひそひそひそ、隣の子とささやき合って私を値踏みするんだきっと。「転入生? この時期に?」「あの子、日本人じゃね?」「転移してきたのよ。可哀そうに……」「まだ子供なのに……」とか何とか、私に聞こえないように。
そういうのはもう、お腹いっぱいなのっ!
――そうだ。
おどおどしてちゃだめなんだ。それだと言われ放題だし、またうざがらみされたりして、中学時代の二の舞になってしまう。
大事なのは第一印象。ヤバい子を演出して、この子に関わっちゃだめだって思わせたらいい。
お願いちか姉、私に力を貸して。
私は、大きく息を吸い込み、乱暴にドアを開け放った。
「う、うぃーっす……! おお、遅れちままった、ぜぇ……。あ、あの……今日から、あの、世話になることになった、鈴村……鈴村四織、だっ! あ、ああん? お、お前ら、な、何見てんだよ? し、ししし、しばくぞっ!」
はあぁ、はあぁ、はあぁ……。
言った。
言ってやったぞっ!
ちか姉ありがとう! 今の私は無敵で最強だ!
どうだ。こんな頭のおかしい人、私なら絶対に関わりたくない!
私は、改めて講堂内を見渡してみた。
シーンと静まり返っている講堂。高校の教室よりかなり広い。大学の講義室みたいだ。段々になった半円状の座席に、生徒とみられる人たちがざっと三十人ぐらい座っている。
生徒たちはみな、私と同じようなこじゃれた軍服に白いスカーフを巻いている。
ん? 白いスカーフ? 黒じゃなくて?
って、今はそれよりも――。
「……あ、あの……。ご、ごごご、ごめんなさ――」
私は、考えるより先に謝りかけて、咄嗟に口をつぐんだ。
生徒たちほぼ全員から向けられる、凍てつく視線。
これはあれだよ。敵意だよ。しかも、かなり激しい。
そうだよね。
いきなり入ってきた転校生が、なぜだか喧嘩売ってきたんだからね。
――でも。
「あ、ああん? な、何だよ、こ、ここ、こらぁ! こ、殺すぞ!」
ここでひよったら負けだ。ちか姉なら敵意に対して、真っ向から受けて立つはずだ。
再び、講堂を見渡す。
するどさを増す、生徒たちからの視線。
なんだが敵意が、殺意に変わったみたいな……。
ふと、我に返った。
あれ。私は一体、何してんだろう。
えっと。中学の時みたいにうざがらみされないようにするために、この子はヤバい子だ、関わるのはよそうと思わせたかったんだよね?
そのために、鈴村家で一番ヤバい人物である、ちか姉をイメージしたんだよ。
結果。
いきなり喧嘩売って、みんなに殺意向けられてるじゃないですかっ!
イメージした人が、ヤバすぎたんだって!
「す、すすす、すみませ―――」
自らの大失態に気づき、土下座する勢いで謝ろうとした時、
「聞いたか、プレミアム組の諸君よ。此度の転移者は、えらく血の気の多い者のようだ。さすがはセンチュリオンクラスのトランスキル持ちといったところか」
教壇に立つ、講師的なおじさんが生徒たちに向かって言った。
「へ? あ……いや違っ」
ちょっと待って。
「その心意気や、良し。皆も知っての通り、女神の使徒たる我らがトランサ民。その至上の命題とは、魔神王の討伐。ならびに魔族どもにより奪われたアスピカネラの地の奪還である――」
そ、そうなの!? 初耳なんですけどっ!
「女神アスカレーナは魔神王に討たれた際に、女神の血潮という形で力を残してくださった。それは、女神が愛したアスピカネラの地を、我々が、魔神王の手から取り戻すために他ならない」
女神あすかれーな?
明日、カレーな……?
「トランサ民には、女神の血が流れておるのだ。その中でも彼女――ああ、紹介が遅れてすまない。彼女はシオリ。先日、ニホンから転移してきたばかりでセンチュリオンクラスのトランスキルも持つ者だ」
お腹、すいたなぁ……。
「――シオリにはより濃く女神の血が流れているのだろう。センチュリオンクラスのトランスキル持ちであり、また、好戦的な気性からも、身体の芯から魔神王への憎しみが刻み込まれておるのだろう」
いち姉のつくったカレーライスが食べたい……。
「まさに、血の気が多いといったところか。皆も、見習うがよい」
「ちょっと待ってくれよ、サイデル教官殿! 俺たちだって魔神王への憎しみは持ってるし、アスピカネラの地を想う気持ちは負けてねぇ! ニホンから来た奴を見習えって言われても納得できねえよ!」
カレー、カレー、カレー……。
「ふむ。君は――」
「バーンズ伯爵家が三男、フレデリク・レイムズだ」
「して、君は何を望むのかね?」
「その女がセンチュリオンクラスだとしても、昨日今日、ニホンから来た奴なんかに俺は負けてねえ! 力も想いも全部だ! それを証明するために、模擬戦を希望しますっ!」
「その心意気や、良し。ふむ、いいだろう。シオリはすでに騎士団の男を一人、のしたとの報告も上がっておるしな。ちょうどシオリの能力を推し量る必要もあった。――この後、第一闘技場にて、スズムラ・シオリとフレデリク・レイムズの模擬戦を取りおこなうこととしようか。よいな、シオリ?」
「カレー……」
「む? 彼? フレデリクがどうした?」
「食べたいな……」
「……っ! た、食べたいだとっ!? この俺を喰ってやるってか!? 見下しやがってなめてんじゃねえぞ! センチュリオンクラスだがなんだか知らねえけどな、ボコボコにしてやるよっ! クソニホンジンがっ!」
はっ!?
なになになに!?
途中からカレーライスの事で頭がいっぱいで、お話聞いてなかったけど……。
何だかあの……カレーみたいな髪の色をした男の子が私に怒っているみたい。
どうして?
「あ、あの。私、何かやっちゃいましたか?」
「ぶっ潰す!」
「え? えええええっ!?」
よくわからないけど、どうやら私の学院生活初日はとてもスパイシーな予感です。