10.四織、眠れない夜を過ごす。
「では、四織様。こちらは四織様専用のお部屋ですので、ご自由にお使いくださいませ。御用がありましたら何なりとお申し付けください。私は、四織様専属の侍女ですので。では――」
「あ……は、はい……。ありがとうございます……」
私の専属侍女、メリッサさんが案内してくれたのは、王都にあるトランサ民の育成校――トライアフォース学院の敷地内にある、学生寮だ。
センチュリオンクラスのトランスキルを持つ者には、無条件で専属の侍女と専用の個室が与えられるらしい。
「ひ、広い……」
鈴村家での私の部屋は、四畳半だった。五倍は余裕である。ベッドだって、ダブルベッドよりもっと大きいし、凝った装飾のタンスとか鏡がついた台とか……。豪華すぎて、私なんかが使っちゃっていいんですか!? って申し訳なくなる。
メリッサさんは金髪碧眼のお姉さんで、ここに来るまで、何も知らない私に色々な事を丁寧に教えてくれた。外人さんなのに、日本語を話しているのはいまだにすごく違和感あるけど。
トランスキルに覚醒した者はトランサ民と呼ばれ、王都のトライアフォース学院で、三年間の訓練をする必要があること。私は、一年生のクラスに中途入学、という形になるらしい。
トライアフォース学院は、所持しているトランスキルのクラスによって組が分けられていて、上からプレミアム組、ゴールド組、シルバー組、ノーマル組の四つの組があるとのこと。
センチュリオンクラスのトランスキルとても希少で、世界に十二種類しかないらしい。唯一無二であり、女神そのもののスキルとかなんとか。
よって、私が所属するのは、プレミアム組だそうな……。
「ううっ。やだやだやだ怖い怖い……。いじめられたらどうしよう……。センチュリオンクラスだし日本人だし……。しかも転校生……」
学院には、センチュリオンクラスのトランスキル持ちや、日本人もごく少数いるらしいけど。
「――ちか姉だったら緊張とかしないんだろうな……。いじめてきた人たち全員、やっつけちゃったりして……」
ちか姉の、強さがほしい。明日から登校だっていうのに、私は今からすでに心配で震えている。
いっそのこと、行かないってのはどうかな……?
「ふふっ。それじゃあまるで三歩ちゃんみたい。三歩ちゃんだったら、絶対に行かないもんね。メリッサさんが呼びに来ても、平気な顔して寝てるよ……」
――ああ、だめだめ。
姉弟たちのことを思い出すと、また涙がでてきちゃう。
もう泣かないって、決めたのに。
私たち、鈴村家の五姉弟が転移してきたのは、アスピカネラの地にある、シンアスカ王国の王都、アスカドという都市だ。
姉弟たちが、小林さんに強制的に転移させられた後、私はマクスウェル神官長さんの命令で、王城にある一室に押し込められた。どうやら、私たちが始めに転移させられたのは、王城内にある儀式の間という場所だったらしい。
部屋からは出してもらえなかったけど、決して待遇は悪くなかった。
部屋の中でふとんを被って泣き続けている私に、侍女のメリッサさんはずっと付きっ切りでお世話してくれた。
着替えも用意してくれたし(昔のヨーロピアンテイストのドレスみたいな)、入浴の介助もしてくれた(着替えの手伝いは断った!)。
大きな部屋で一人。離れ離れになってしまった姉弟たちのことを想うと、私は気が気じゃなかった。心配で心配で、食事も喉を通らなかった――わけはなく、普通にお腹はすいた。
いち姉の料理には負けるけど、ご飯はとても美味しかった。パンとかお肉、野菜スープが多かったけど、時々、なんと白米やみそ汁もでてきたのだ。しかも、食事はおかわり自由ときたもんだ。
胃袋が満たされたら、少しずつ気持ちも前向きになってきた。姉弟たちの事はもちろん心配だけど、きっと大丈夫。そう、思えるようになってきた。
だって、私の姉弟だよ? 私なんかと違って、いち姉は生活能力高いし、ちか姉は最強だし、三歩ちゃんはとっても賢いし。五樹君は弟だけど、私なんかより全然しっかりしてるし。
四人が一緒にいれば、どんな場所でも生きていてくれる。
そして、いつか私を迎えに来てくれる。
そんな希望を胸に、私は王城の一室で五日間ほど過ごし、今しがたメリッサさんにここ、トライアフォース学園の学生寮に連れてこられたのだ。
正直、泣いている場合ではない。
姉弟たちの事はひとまず――ほんのひとまず置いといて、問題は私だ。
私は、学校というものが大っ嫌いなのだ。
行かなくてもいいなら、極力行きたくない。小学生の頃は楽しく学校に行ってたけど、中学に入ってからは良い思い出はあまりない。友達は一人もできなかった。
私が中学一年生の時。三年生にはスポーツ万能で喧嘩最強のちか姉。二年生には全国でもトップクラスの学力をもった天才の三歩ちゃん(この頃はちゃんと学校に行ってた)がいたのだ。
優秀すぎる姉たちの影響で、入学当初、私の元にはちょっと悪そうな同級生が大勢からんできたり、賢そうな同級生が成績の勝負を挑んできたりして、それはもう大変だった。
きっと私がおどおどしてて気が弱かったから、ちょっかいをかけやすかったんだろう。
けれどそれも一学期が終わるころまでだった。
みんな、もれなく幻滅して、気づいたら私は一人ぼっちだった。
――鈴村家の落ちこぼれ。
そんなひそひそ話を聞いたのも、一度や二度ではない。
ちか姉も三歩ちゃんも、もちろん大好きだし尊敬してる。ただただ、私が足りてなかっただけ。私なりに頑張ってはみたけど勉強も運動も、平均以下だった。
だから、私は壁をつくった。
誰も寄せつけず、私も近づかない。
私を知られて、幻滅させちゃうのは申し訳ないから。
そんなわけで、私は孤独な中学生活を送ったのだ。それは高校に入っても引きずっていて、高校に入学してから今まで、友達は一人もいなかった。
それでも私は、皆勤賞だった。身体は異常なほど丈夫だったし、自分でもよくわからないけど、たぶん意地だったと思う。学校を休むって選択肢はなかった。
同級生は、怖い。
期待に満ちた羨望のまなざし。
落胆してゴミでも見るかのような蔑む視線。
勝手に期待して、勝手に落胆して。
もう、たくさん。
「――はあぁ。私の事なんて、ほっといてくれたらいいんだけどなぁ」
私は、布団をかぶって眠れない夜を過ごした。
その日の夕食は、少し残した。