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1.鈴村家五姉弟、異世界に転移する。

 鈴村家の朝食は、七時に始まる。

 七時に食卓につき、みんなでそろっていただきますをして、一日の始まりを迎えるという厳粛なルールがあるのだ。

 家族で決められたルールにのっとり、俺は七時ぴったりに食卓についた。


 ――なのに。


 食卓の椅子にはいまだ、俺一人しか座っていない。


「遅い……遅すぎんだろあいつら……」


 俺たちは五人家族で、五人姉弟だ。

 俺には姉が四人いる。つまり俺は末っ子の長男であり、姉弟の中でただ一人の男。

 鈴村五樹(いつき)、中三だ。


「まじで何やってんだよ、姉ちゃん達……」


 時刻はもうすぐ七時半。二番目と三番目と四番目がいない。


「はいはぁい、おはようございまぁす五樹くん。朝ごはん、できたよぉ」


 俺一人が座っている食卓に、朝食が運びこまれる。

 鼻にかかる甘ったるい声で朝食を運んできたのは、長女の一乃(いちの)、大学一年生だ。

 たわわなバストを窮屈そうに白いブラウスに押し込め、その上にベージュのカーディガンとフリフリのついたピンクのエプロンをまとっている。サイズが合ってないんじゃないか? ブラウスのボタンがはじけ飛んでしまいそうだ。

 一乃は、親がいない俺たち姉弟の家事を一手に引き受けている。大学一年生ながら、日々、専業主婦並の家事をこなしているのだ。


「いつもありがとな、一乃。俺たちがまともに暮らせてるのも一乃のおかげだよ」

「あらあら、いいのよぉ。わたしは好きでやってるんだからねぇ」


 一乃のほんわかとした声に、気持ちがなごむ。朝食の献立は、ご飯に味噌汁。おかずは卵焼きと鮭の塩焼にきゅうりの漬物までついている。一乃はこのレベルの朝食を、毎朝作っているのだ。


「今日の朝ごはんもうまいなあ」


 亡きおふくろの味を、完璧に再現している。


「やだぁ、五樹くんもたらもぉ。お世辞ばっかり言ってないで、はやく食べないと遅刻しちゃうよぉ」


 お世辞でもなんでもない。一乃の料理は、絶品なのだ。料理だけじゃない。掃除でも洗濯でも、一乃の家事スキルには非の打ち所がない。

 俺たち姉弟は昨年、両親を事故で亡くした。今は姉弟五人で暮らしている。

 幸い、両親は十分な遺産を残してくれたらしく金銭的な不安はない。しかし、一乃がいなかったら俺たちの生活は間違いなく破綻していただろうし、こんなにおいしいご飯を毎日食べることもできなかっただろう。

 一乃が席につき、二人で朝食をとる。と、そこで、どたどたどたっと階段を駆け下りてくる音がした。


「あわわわわ……! お、おはようございます! いち姉、五樹君! ごめんなさい、寝坊しちゃいました!」


 栗色のショートボブを揺らし、忙しなく席につく小柄な女の子。ちょこまかとした動きが小動物じみていて毎度毎度、なんだか笑えてくる。

 四女の四織(しおり)、高校一年生だ。


「おはよう四織。まあ、ギリギリアウトってとこだな。明日はもっと早起きしような」

「は、はい! 頑張ります! ――わあ、今日の朝ごはんも豪華ですー。私もう、お腹ぺっこぺこですよ! いただきまーす!」


 よほど急いで準備してきたのだろう。栗色のショートボブはあらぬ方向に跳ね散らかしているし、頭頂部にはアホ毛がアンテナのようにたっているし、ブレザーのリボンは完全にほつれている。

 あ、今日は左右の靴下の種類まで違っている。


「もう四織ちゃんったらぁ、ちょっと待ってぇ。女の子なんだからちゃんと可愛くしなきゃダメよぉ」

「へへっ。ありがとうございます、いち姉」


 色々と乱れている四織の装いを、一乃が慣れた手つきでさっと整える。

 四織は席につくやいな、さっそくご飯をもりもりかきこみだした。四織は小柄なくせして大食いだ。


「あらあら。ほっぺにご飯粒ついてるよぉ」


 一乃が、四織のほっぺについたご飯粒をつまみぺろりと口に入れる。


「ほわっ!? ふぁいがとおうごあいあふ……」

「飲み込んでからしゃべれよ」

「ふ、ふいまへん……」


 今日の四織も隙だらけだ。弟として、少し心配になる。はたして、四織は高校でうまくやっていけているのだろうか。いじめられたりしてないだろうか、とか。

 四織は色々と抜けているし、少しおどおどとしているところがあるから心配がつきない。

 全く、どうして姉妹間でこうも性格が違うのか。


「――なあ、四織。せっかく一乃が朝ごはん作ってくれたのに、あとの二人はまだ起きてこないのか?」

「え、えっとね。ちか姉は、そろそろ来ると思います!」


 俺たちは五人姉弟だ。食卓には俺と四織と一乃の三人。まだ二人足りない。


「ったくよ。朝食は七時だって決めたのに――」


 その時。


 ――バァ―ン!


 俺の言葉を遮り、リビングのドアが乱暴に開けはなたれた。


「うぃーっす。ああ、腹減ったなあ、飯できてる?」


 白に近い、煌びやかな金髪。胸周りには白い布が幾重にも巻かれている。サラシってやつだ。さらには難解な漢字の刺繍が入った紅色のコートというかマントというか、いわゆる特攻服に身を包んだ女が怠そうに入ってきた。


「遅いぞ、二千翔(にちか)

「わりぃな。おっ、今日の朝飯もうまそうだな」


 この気合の入った女は、次女の二千翔だ。

 二千翔は、女性ながら関東一の勢力をほこる暴走族の総長をやっているらしい。らしい、ってのはあまり詳しくは知らないからで、関わりたくないっていうか、とにかくでかい組織の頭らしい。

 ちなみに、二千翔は十八歳だが、高校二年生だ。当然の様に、だぶっている。いや、むしろ高校に入学できたこと自体が奇跡なのだ。


「ちち、ちか姉! そ、それ、何ですか!?」


 四織が二千翔に問いかける。二千翔の右手には、食卓には似つかわしくない物騒なものが握られている。やたら黒い。


「ああん、これ? 木刀。名付けて黒龍丸だ。格好いいだろ?」

「えええっ、木刀!? 真っ黒な木刀、ですか!?」

「ああ、これはたぶんあれだ。あたしの覇気的なものの影響だな。ははっ」

「いや、ただのペイントだろ」

「うっせえ、五樹」

「ってか、なんでそんなもん持ってんだよ」

「今日夕方によ、川崎毘沙門天との抗争があんだよ。そんなわけでな」

「こ、抗争!? やだやだ怖いですよ! い、行っちゃだめですよちか姉、怪我しちゃいますよっ!」

「心配すんな四織。あたしにはJKの内に、関東制覇っつう目標があんだよ。ビビッてらんねえの。あっ、いち姐。つー事なんで、晩飯いらねぇからよろしく」

「あらあら大変。わかったわ。頑張ってねぇ、二千翔ちゃん」

「ひええええぇ……!」


 二千翔は日々、他のチームとの抗争に明け暮れている。時に、ボロボロになって帰ってきて姉弟を心配させることもあるが、今のところチームは全戦無敗らしい。

 でもって、二千翔自身は生ける伝説とも言われているとかいないとか。


「殺しはだめだぞ」

「わかってるっつうの。半殺しでやめとく。家族に迷惑はかけねぇ」

「……ならいいけど」


 一応、釘をさしておく。高校生で人殺しはあかん。高校生に限らないけど。


「にっちーはキレると見境なくやっちゃうかんねー」

「だな。――ってかうわっ、三歩(さんぽ)! 起きてたのか!」

「おはおはー」


 いつの間にか俺の前の席に座っていた女の子。四織よりももっと小柄だ。カスタード色のもっこりとしたつなぎの服を着ている。

 三女の三歩がしれっと起きてきた。

 もっこりとしたつなぎの服は、キャラの顔面を模したフードつきで、テニスボールみたいな尻尾までついている。いわゆる着ぐるみってやつだ。

 三歩の家着は基本、着ぐるみだ。今日は何のキャラだろう? 何チュウか、それとも何チャピンか。わからん。とりあえず、まぬけなキャラだ。


「これなー、『転生したらナマケモノだった件~動けないので木の上でマナ食ってスローライフしてたらいつのまにか最強に~』の主人公、ミックだよー」

「知るか! いやそれ有名なのか!? 絶対つまんねえだろ!」

「えー、知らんのつきっち? アニメ、バズってんよー」

「――そう、なんだ。俺にはよくわからん世界だ……。ってか三歩、お前が朝食の席にいるの珍しいな。よく起きてこれたな」

「ん。起きたってゆーか、これから寝るんよー。うち、さっきまで異世界行ってたかんねー。リーダーがなかなか抜けさせてくれんくてさー。ふわあああぁー……」

「……そうか」


 大きなあくびをして、さっそくスマホをポチポチし始める三歩。

 三歩は引きこもりのゲーマーで、サブカル少女だ。高校は通信制で今は二年生、一日中パソコンとスマホに向かい、昼夜は完全に逆転しているのだ。

 一緒に食事をすることはめったになく、いつもは一乃が部屋の前まで運んでいる。三歩こそ、一乃がいなかったら間違いなく生きていけないだろう。


「うふふ。今日は三歩ちゃんもいるし、久しぶりに姉弟みんなそろっての朝ごはんだねぇ。――そうだわ。改めて、みんなで一緒にいただきますしましょ? ね?」


 一乃がやわらかな笑顔で、素敵な提案をした。


「そうだな。おい、お前ら。いち姐がこう言ってんだ。手ぇ、合わせろ」


 二千翔が乱暴な物言いで追随する。


「はいよー。あーなんか久々、この感じー」


 三歩が気の抜けた返事をして、


「は、はい! 手を、合わせました!」


 四織が、おかしな挙動で手を合わせた。


「ったく。明日は頼むぞ、姉ちゃんたちよ! そんじゃ、せーの――」


 そして、俺が音頭をとり、


「いただきまーす!」


 鈴村家五姉弟の声が、重なりあった。



 なんてことない、朝の一コマだ。

 何気ない、日常。

 ずっと続いてほしかった、今はもう帰らぬ日々だ。



 異変は、家を出た直後に起きた。

 朝食の途中で眠りこけてしまった三歩をほっといて、俺たち姉弟は登校のため玄関を出た。

 最初に異変に気づいたのは、四織だった。


「あ、あれ? なな、なんか空が、変ですよ!?」

「空? ――ん? 何だあれは?」


 鈴村家のほぼ真上の上空に、何やらサークル状の不思議な文様が浮かび上がっていた。


 ――直後。


 光が、我が家に振り注いだ。


「ああん? んだよ、身体が光って――」


 二千翔が消えた。


「えええ!? ちちち、ちか姉! うそでしょ――」


 四織が消えた。


「あらあら大変。二千翔ちゃーん、四織ちゃーん、どこ行っちゃったのぉ――」


 一乃が消えた。


「――な、なんだよ! 何が起こって――」


 そして、俺の身体が消えた。


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