一角獣の悪魔
《FOX3!!》
僚機を失ったことは何度もあった。
はっきり言うと、何年も軍に属していれば慣れてしまうこともある。
だが何より初めて僚機を失った時の悲壮感が過去、そして今の私の指を動かした。
ステルス機でも接近戦となれば同じファイター。
ロックオンしてしまえばこちらのものだ。
左翼側のキャノピーに炎が照りつけ、彼女らによって搭載されたAMRAAMがAlpha4に張り付く黒い機体に向かい噴進する。
目標は大きく右に期待を傾けデコイを撒いて、雲の中に再び消えた。
Alpha4からステルス機を離すことは出来たものの、既にAlpha4は火に包まれかけていた。
《チッ、敵のミサイルが左エンジンをぶち抜きやがった!!消火っ!》
《脱出しろ、今すぐ脱出しろ!!》
《まだ、まだ帰還できる!!》
《早く脱出しろって言ってんだよ!!Alpha4!!》
《っ…、了解っ…!》
黒い煙を吹くAlpha4から座席が射出された瞬間、機体は大きく傾き右翼が根元からもげると空中で跡形もなく分解した。
何とか一命を取り留めた彼女、今頃パラシュートで震えまくっているだろうか。
《っ…ミサイルがもろにあたって帰還できる機体なんて何処探しても無えんだ。》
Alpha4のパイロットは岸部満瑠、1年前部隊に入ってきた新隊員だ。
実戦となってしまったのは今回が初めてだろう。
最初の内はどうしても機体を守りたいという意思が残ってしまうのはファイターパイロットの精神とでも言うのか。
私もまだ払拭出来ずにはいる。
《管制、至急ココに救難部隊を回してくれ。Alpha4が撃墜された。》
《っ…、嘘だろ…。分かった、なるべく早く到着させる。Alpha3は迅速に帰投し、ローゼンリア機について報告してくれ。》
私はスロットルを全開し、基地方向へ操縦桿を倒した。
にしても、あの戦闘機は何者だったのだろうか。
どことなくF35に似ていた気もする。
新型のローゼンリアのステルス機となると只事では済まない。
あの機動力とステルス性、あれぐらいの機体ならF35、F22とも互角に渡り合えるだろう。
私の機体は大阪湾を超え、伊丹にアプローチした。
伊丹基地は元々民間の空港だったが、前の戦争以来、軍事転用されたきりだ。
いざ使ってみるとなると立地が良くて軍部が手放せなくなったらしい。
今では私たちの他、輸送機、空中給油機なども多く駐在している。
フラップを下げ、ランディングギアを展開する。
慣れた動作だが、着陸は毎回緊張してならない。
スロットルを絞り、後輪が地面と接地していく。
期待は直ぐに減速しそのまま元来たハンガーに向け、タキシングして行った。
既に哨戒機、Alpha1、2共に帰還しているようだった。
人員不足が激しく管制も簡略化され、誘導員も居ない、かつての荘厳な雰囲気は損なわれたがこの方が私の性に合っている。
私がハンガーに入りさっさとエンジンを切ってF-15を降りたところ、同じイーグル隊の仲間が慌てて走ってきた。
「Alpha4は無事なの?何があったの!?」
「不味いことになりそうだぜ隊長。長官に呼び出されている少し待っていてくれ。」
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125航空隊AlphaEAGLE Alpha4 岸部満瑠
「さ、寒い…冷たい…。」
この季節の海はまだまだ冷たい、昔、兵学校の時友達とふざけて桟橋から落ちたことはあったけど、戦闘機から落ちたのは初めて。
脱出する前にユキミさんに救助を頼むのを忘れた。
報告はしてくれているだろうけど、変な不安で身体が余計に震えてくる。
最近は人員不足が過ぎて、救助までもが遅れている。
いつもより荒い波が私の身体をどこまでも流していく。
スーツのお陰で凍傷は防げているもののとにかく退屈、既に30分以上流されている。
流れてくるF-15の主翼にしがみつきながら天を仰いだ。
「っ…、飛行機が飛んでる…。」
真っ黒な機体が私の上を横切る。
溜息をつきかけた瞬間、鼓膜が破れそうな程の轟音が私の身体を掠めていった。
「なんざぁ!?」
尾翼の赤い4望星の流れる星のカケラはローレンルシアから離脱したローゼンリアを象徴している。
着陸前なのか、かなり速度を落としている。
「空母が近いのかな?」
機体を目で追っていくと、その先にはうっすらだが船の影があった。
日本の巡洋艦にもよく似た艦が2隻、そして真ん中には飛行甲板を備えた大型の巡洋艦が悠々と航行している。
「な、なんかカメラとか無いかな…。」
適当にポケットを探るといつもは無いはずの何かが手に当たった。
「ふぇ…、こ、これで撮れるかな?」
私は主翼の上に上がり、慎重にシャッターを切った。
そういえば、機体はどこへ消えたんだろう。
視力には自信があって、視力だけで軍に入ったと言っても過言では無いほど。
よく目を凝らして戦闘機を探す。
「もうしれっと着艦したのかな?」
目の焦点が合い、視界に黒い点がぼんやり写った。
「あっ…あれかな?」
どうやらその様だったが何か様子がおかしい。
普通の戦闘機とは違う大きな点がそいつにはあった。
「何で空中で動かないの…。もしかして、ホバリングしてる!?」
そF35やハリアーなどでよく知られるVTOL機、そう、垂直離着陸機なのだ。
「ローゼンリアの技術でそんなものが作れるの!?」
あまりの焦りからか、体制を崩してしまい、主翼から海へ転げ落ちた。
「ふぁあ。」
しばらくするとローゼンリア艦隊は私に気づくことも無く、水平線の向こうへ消えていった。
「私、一人でなにしてんだろう…。お腹空いたぁ…。」
夕食は何にしようかと考えながら虚空を見つめていると、プロペラの音がどこからか聞こえてきた。
「もしかして来た!?」
あっという間に姿を現した大きな機体が私の心を踊らせる。
フロートが水面を切り裂いて、大きな波が私をずぶ濡れにした。
「ふぇえ。」
US-2、海上自衛隊の救難飛行艇だ。
昔から1回は乗りたいと思っていたのだが流石に喜んでいたらおかしいだろう。
「おい、大丈夫か?」
US-2の乗組員さんが慌てる様子もなくノコノコと出てきた。
多分、墜落したのが私だったからだろう。
軍では悪名高い小娘として名の通ってる私、戦闘機に魚雷を積んだり、P1哨戒機でインメルマンターンしたり、カラースモークを滑走路で撒いたりとその他多くの悪さをしてきた。
「調子乗ってるからこんなことなるんだよ岸部。腕はずいかくの航空隊さん方に引けを取らないけど、こんなところだよなやっぱり。」
「ふぇえ。」
私はUS-2に引きずり込まれ、簡易的なベッドに寝かされた。
「大人しくしてなよ。残骸の回収班はもうすぐ来る予定だから。」
「あ、あの、コレ見てください。」
私はさっき使ったローゼンリア巡洋艦を写したカメラを乗組員さんに見せた。
「んだこれ?なんでレンズ付きフィルムなんか持ってるの?」
「そこに多分ローゼンリア機と航空巡洋艦の写真があります!今すぐ見てみて!」
「写ルンですは現像しねーと見れねーよ。」
「ふぇ!?」
確かに買った時に自撮りしたけど見方が分からなかって誰かに聞こうとしていたのだった。
フィルムだなんて知らなかった。
「全く、戦闘機の飛ばし方しか知らないんだなお前は。」
「うぅ…。」
「あと30分ほどで着くはずだ、着いたら現像してみよう。」
「分かりました…あ、あとその黒いローゼンリア機なんですけど…VTOL?って言うのかな、そういうヤツだと思います。」
「そうか、それは良かった…はぁ??」
乗組員さんが異様に驚き、変な声を出した。
垂直離着陸機がそんなに大変なんだろうか。
「無線機取ってくれ!至急長官に繋いでくれ!」
「そんな大変なんですか?」
「今お前が思ってる10倍は大変だ。」
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「朱莉、何見てるの?」
「いや、イーグル隊って4機で出ていかなかった?」
そういえば哨戒機の護衛から帰ってきたのが2機ハンガーに入っていき、ユキミさんの乗った機体が1機ハンガー前で整備を受けていた。
「ユキミさんはどこへ行ったんですかね。」
未來さんが不安げにAlpha3を見つめる。
整備を終えたのか、整備員さんが立ち退き機体が動き始め時計回りにまわった。
「あ、あれ!ミサイルが一基無くありまセンか?」
みなもさんが示す通りに右翼下のハードポイントを見ると、確かに私達の搭載したAMRAAMが一発欠けていた。
「空戦、したのか…?」
私達には理解が追いつかず唖然としているとドアを軽くノックして誰かが勝手に入ってきた。
「アンタら、さっきはありがとなー。」
ユキミさんだ。それも能天気な時の。
「な、何があったんですか??」
「いやー、別に大したことじゃーあ。」
これがあのF-15のパイロットだったのか怪しくなるほど人が変わっている。
戦闘機は恐ろしい。
そう言い残してしれっと部屋から出ようとするユキミさん。
「そしたら何でミサイルが無くなってるんですか?」
蓮巳が真剣な眼差しで語りかけた。
「っ…。」
「Alpha4はどうなったんですか?」
未來さんも続けて質問を投げかけた。
「アンタらは、まだ知らなくていい。未確定事項だからな。余計な心配をするな。」
喋り方のキレが鋭くなり、パイロットのユキミさんに戻ったようだ。
さっきまでと違う雰囲気に蓮巳も未來も口を閉ざしてしまった。
未確定事項ということは、何かを発見したというのだろうか。
「満瑠、いや、Alpha4は無事だ。安心してくれ。そのうち上から発表もあるだろう。それじゃあな。」
それだけ言い残すとさっさと部屋から出ていってしまった。
「何なんでしょうかね…。」
「ミサイルの消耗、Alpha4の未帰還…、たぶんドッグファイトになったんじゃないかな。とにかく、今は待つしかなさそうだね。」
「その通りだな。」
さっきからの緊張でやけに喉が乾き始めた。
こういうときは何故か冷たい麦茶が飲みたくなる。
「ちょっと、コンビニ行ってくるけど、何か欲しいものある?」
「何でもいいから美味そうなパン頼む、少し腹が減った。」
「私、いちごジュース!」
「私たちは大丈夫です。」
こういう注文を覚えるのは苦手だけど、第一印象が大切ということは父から嫌という程教わった。
何か苦い経験があったのだろうか知らないが、結構今までの人生で役立ってきた。
「分かった。」
部屋から出て玄関まで引き返す。
上級士官や、将校の様なお偉いさん方にも今の私たちの様な和気藹々とした時期が必ずある。
ユキミさんも昔はどんな様子だったのだろうか。
写真の中に居る護衛艦ゆきやまの彼女にもこんな過去があったはずだ。
長い軍隊生活の中、何を思って最後を迎えたのだろうか。
1人になると急にそんなことを思い始めた。
「そんなこと考えてたらダメだよね。」
静かに呟いた独り言は余計にどこかにぶつかって跳ね返ってきた。
「つまり、別れが絶対あるってことだよね…。」
「何してんのー?アンタ。」
どこか聞き覚えのある声がした。
「え、あっ、ユキミさん。」
いつ間にかロビーまで歩いてきていたらしく、隅にあるソファに横になって寝ているユキミさんに声を掛けられた。
どちらかと言えばこっちが何をしているのか聞きたいところだ。
「ちょっと、コンビニまで。」
「なるほどなぁー、何か買って欲しいかー?」
「大丈夫ですけど、ユキミさんは何をされてるんです?」
体力回復の奥義でもあるのかと想い聞いてみるとユキミさんは気まずそうな顔をして目を逸らした。
「帰りたくないんだ、部屋に…。ここに居たい。」
「な、何でですか?」
「半年前にAlphaEAGLEのみんなと喧嘩したっきりでさ…。あんまり、顔合わせてたくないんだ…。」
あまりにも戦闘機パイロットらしく無い内容で、一瞬思考が停止してしまった。
こんなこともあるのかと思い、ファイターパイロットという夢のような存在が一気に近付いてしまった。
「な、な、仲直りしないんですか…?」
するとユキミさんはしばらく間を置き、顔を赤くにした。
「は、恥ずかしいんだ…。」
私は何を言えばいいのか分からず、何か言おうと口を動かしていた。
「わ、分かってるんだ!30越えてこんな馬鹿みたいなことやってるようじゃダメだって…。」
私が彼女に呆れ尽くしたかのように思ったのか、必死で弁解しようとするユキミさん。
その声は吹き抜けになっているロビーに響き渡るほど大きかった。
「でも、そういうことは早く謝っておいた方がいい気もしますよ。」
「分かってる!分かってるんだ!け、けど、怖いんだ!今さらノコノコ出ていってAlphaEAGLE隊のみんなになんて言われるか…不安で…。」
「大丈夫ですよ、私がついていってあげましょう。」
「っ…。」
《125AlphaEAGLE部隊は至急、Bハンガー前に集合。》
ユキミさんが頭を抱え、テーブルに突っ伏したとき何の前触れもなく館内放送が鳴り響いた。
「やべ、行かないと。悪い、その話はまた今度…。」
ユキミさんはバツが悪そうな顔をしながらもさっさと走っていった。
というか、何の招集なのだろう。
気になるところだが仕方ない、買うものだけ買って部屋に帰ろう。
コンビニへ向かおうとユキミさんに背を向けると、彼女が寝ていたソファに何か落ちていることに気づいた。
「なんだろうこれ。」
ソファの色に同化してよく分からないが、とりあえず拾い上げると明らかにハンドガンだった。
グロックモデルだろうか、コンパクトでスタイリッシュでミリタリーファンの血が騒ぐ。
「拳銃は館内じゃ携帯しちゃダメなはずだけど…、ユキミさんのかな…?」
適当に拳銃を見回してみると左側グリップにQRコードが印刷されていた。
「なんだろう、これ。」
なんとなく軍用スマホで読み取ってみると、日本軍の個人データ入力ページに繋がった。
もっとカッコいい名前があったが、何か忘れたこのスマホ、兵学校時代に支給されたもので耐久性、防水性ともに優れているものの私が乱雑に使いすぎたため、画面はバキバキだ。
それにしてもこんな機能があるなんて全く知らなかった。
笑ったらいいのか駄目なのか分からず微妙な顔の私が写っている軍隊手帳を取り出し、左下に載っているやけに長いパスワード類を入力してみる。
画面が切り替わり指紋認証画面に切り替わり、親指をそっと乗っけた。
少し時間を置いてまた画面が切り替わった。
「これって…ユキミさん!?」
そのページには確かに『三越ユキミ』と書かれていた。
しかし、写真の様子が今とは全く違う。
高校生ぐらいだろうか、今とは違って大人しくてか弱そうな顔つき、髪の毛は肩までで切っており、可愛らしいボブカットだ。
女の私でさえ少しドキッとしてしまった。
「と、とにかくユキミさんに届けないと。」
私はユキミさんを追い、Bハンガーへ向かった。
銃を手に持って走るというだけで謎の緊張感がほとばしる。
「ユキミさーん!」
ハンガーへの入り口を潜り抜けると、AlphaEAGLE隊の2人と、少し感覚を開けユキミさんが居た。
やはりユキミさんと隊長らとの距離は開いたままのようだ。
呼びかけると彼女は咄嗟に振り向き、私のところに駆け寄ってきた。
「どうしたんだ?何でここに?」
「これ、ユキミさんの…?」
そっと拳銃を差し出すと、彼女は一気に青ざめ慌てて私の手から拳銃を奪い取った。
「これどこで、拾ったんだよアンタ!!」
「ユキミさんの寝てたところで…。」
彼女の手は震えて今にも拳銃が落ちそうだ。
「おい、どーしんよユキミ。」
後ろから他のAlpha隊員が話しかけに来た。
「た、たた隊長、な、なんでも無いです!!」
どうやらAlphaEAGLE隊の隊長らしいようで、胸元の勲章の多さがその階級を表している。
「何隠しとるんや、はよ見せてみー。隊長命令や。」
関西訛りで黒い長めのハーフツインにはピンクのメッシュが左の前髪に1本すらっと入っている。
「その、私の…落ち度でした…。」
ユキミさんは俯いて顔を見せずに拳銃を隊長に差し出した。
「お前また、やらかしよったんか…。」
「…。」
俯いたまま黙り込んでしまい様子が全くうかがえない。
「宿舎内での拳銃の携帯は禁止や。必ず、保管庫に返せ言うとるやろ!しかもなんや、それをロビーに落としてくるんか?それも何回目や!ほんま、救いようのないやっちゃなあ。」
「うるせぇ。」
「なんや、拗ねとんのか?ええ歳してそれは無いやろお?」
「返してくりゃいいんだろ!返せば!!」
ユキミさんは隊長から自分の拳銃を奪い、不満そうな顔をしてポケットに手を突っ込みながら宿舎内へ戻って行った。
なんだがユキミさん、相当上手くいっていないようだ。
「ところでアンタ、新入りか?」
彼女が去ったところで隊長さんが私に語り掛けた。
「はい、今日入ってきました。402海軍飛行隊の夙川奏羽です。」
「カナハちゃんか、ええ名前やな。悪いな、ウチの3番機が迷惑かけて。アイツ、戦闘機を飛ばすことだけは一流なんやけど、ああいうヤツでな。あぁ、ウチは『雅かえで』や。平仮名でか・え・でや。よろしくやで。」
「よろしくお願いします!」
彼女は優しく微笑み、隣の隊員さんの肩を掴んだ。
「なかなか良さげな新入りさんやないか、ユキミの代わりに欲しいぐらいやわ。」
「…うん。」
Alpha2だろうか、大人しそうな人は気まずそうに頷く。
「こいつは『楊美玲』や。台湾生まれやけど、日本国籍を持っとる。無口やけど、なかなかのキレもんや。仲良くしてやってや。」
「初めまして、よろしくお願いします!」
「よ、よろしく…。」
ぎこちなく笑いながらそう小さく呟いた。
この4人、あまり性格がかみ合ってなさそうだけど、大丈夫なのだろうか。
「ちゅーか、ウチらは何でここへ呼ばれたんや?」
美鈴さんがゆっくり首を振る。
かえでさんは不満そうな顔をして肩の力を抜き、ため息をついた。
すると、後ろの方から何やら足音がした。
それも1人でないようだ。
同時に滑走路の南側から分厚いプロペラの音も聞こえてきた。
「これはこれは副長官様とユキミ様がお帰りやで。」
かえでさんの声は完全に呆れきっているようだった。
かなり慣れたような口調、日常茶飯事なのだろうか。
どうやら向こうから腕を組みながら何やら絶え間なく言葉を放ち続けている赤メガネさんが副長官のようだ。
入隊式の時、確か長官の横で欠伸を堪えていたのが印象的ですぐに分かった。
「何回目ですかこれ普通ならとっくに懲戒免職ですよ人手が足りないということはこのような質の低い人間が増えるということなんだとつくづく感じましたよ。」
ユキミさんは知らないフリをする。
「皆さん、ご苦労さまです。先程Alpha4柴崎紅莉を乗せたUS-2が伊丹にアプローチしたようですので、招集させていただきました。そして後ほど、全員から例の機体についてお話を伺おうと思いまして。って、あなた夙川奏羽ですよね。」
副長官に気づくれ名前を呼ばれドキッとした。
「結構話題になってましたから知ってますよ。英雄の娘さんが入隊するってね。まぁ、ここに居ても良いわよ。」
身体中に電気が走った。
当然、お偉いさん方なら私が夙川奏歌の娘であるということを知っているはず。
たが、やはりどこか落ち着かない。
私が返事に困っていると、いつの間にかプロペラ音が激しくなっており、すぐそこまでUS-2が来ていることに気付いた。
US-2はランディングギアを出して着陸が可能。
案外これについては知らない人も多い。
かなりの優れものだ。
「来たきた。」
「やっぱ、いつ見ても頼もしい機体やわ。」
着陸するとすぐに誘導路へ入り、私たちのところまでやって来た。
「えらい大きな図体しとる割には起用に曲がるなあ。」
「日本のテクノロジーですからね。」
プロペラが停止し、機体が完全に止まると、機体後部からハシゴを降ろして誰かが降りてきた。
おそらく不時着したAlpha4のパイロットだろう。
「大変だよー、みんなー!」
やけに慌てて私たちの方に走ってくる。
何か特別大変なことでもあったのだろうか。
「大変なのはお前だ!もう少しでイってたぞお前。あんまり出しゃばるんじゃねえよ!!」
ユキミさんも慌てて彼女の方へ走っていく。
「ほんまに大変なのはウチらなんやけどな。」
かえでさんがそう呟いて腕を組みながらユキミさんについて行く。
「ユキミっ!コレ見てよ!」
「ユキミさんだろ。」
「そんなのどうだっていいから、これ!」
「なんや、これ。」
「これか、例のVTOL機の写真は。」
副長官さんが間に割って入り、Alpha4のパイロットが持っていた小型のカメラの様なものを取り上げた。
「至急、解析に回します。大まかな話は先程三越さんから聞きましたが解析が完了したら再び招集させていただきます。満瑠さんの方も身体に特に大きな傷害は見当たらなかったようですが、念の為に救護室へ。他に皆様はもうお昼ですし、それまでの間に食事でもどうぞ。」
昔は撃墜されたら色々軍法会議やら何やら面倒なことがあったものの、人手が何よりということなのか、これだけでスグに任務に戻れるようだ。
「あ、あぁそうさせてもらうわ。おおきにな。」
そう言うと副長官は少し笑み浮かべながら会釈してその場を後にした。
取っ付きにくそうなみてくれだが、案外優しそうな人だ。
「満瑠、一体何が写ってるって言うんだよ!?」
「こ、怖くて言えないよ…。」
ユキミさんが満瑠と呼ぶ人は声を震わせながら小さく呟いた。
「な、何だよそれ!余計気になるじゃねえか!」
かなり取り乱した様子で満瑠さんに迫る。
「まぁ、撃墜されちまったんや。トラウマにもなりかねへん。気分転換に昼飯でも食いに行かんか?」
「あのね、私、ステルスの垂直離着陸機をみたいんだ。」
「言えるんやったらはよ言えや!」
かえでさんの鋭い突っ込みが炸裂する。
「あの激ヤバステルスがVTOLって言うのか!?」
「なんやソレ!?聞いてへんで!」
「…、Roz-53ね…。」
美鈴さんが少し震えた声たような声でボソッと呟く。
「なんや、それ?」
「裏のネット情報で不確かですけど、数年前から物凄いスピードで開発されているとか。先の戦争で明らかになったRoz-57の取り回しの難しさを補うための新型マルチロール機。」
「な、なんでそれを言わなかったんだよ楊!」
「不確かな情報は混乱を招くのみです。実際、この情報を入手したサイトには先の戦争ではここに掲載された誤情報が日本の戦局に影響を与えました。」
「だが…!むぅ…もどかしいな…!」
「ですが、今回の件で信憑性がかなり増しました。もう一度詳しく情報を収集して、後ほど上の方に報告します。」
淡々とした口調で言葉を並べ続ける美鈴さんの表情は全く変わらない。
もしかしてサイボーグなのではと疑ってしまうほど。
「まぁ、ローゼンリアみたいな小さい独立した島国が天下のロッキード・マーティンF35以上の戦闘機を作れる訳が…。」
「ローゼンリアがローレンルシアから独立した際にローレンルシアのスホール社から退社した数人の独立派設計士がSu-57の技術を盗用したとの情報もあり、侮れない状況です。」
「Su-57って、あのデケェ第5世代ステルス機か…!?」
「はい、国産マルチロール機のF-3と肩を並べる性能のアレです。」
「そんなんとどうやって戦えって言うんだよ…。」
ユキミさんが軽く舌打ちをし、美鈴さんから目をそらす。
「まぁ今襲ってくる訳でもあらへんのやし、気分転換に飯でも行こうや、な?」
かえでさんが上手く話に切り上げようとする。
「んぇ、あ、あぁ…そうだな。」
「満瑠は医務室はよ言った方がええんとちゃうか。」
「分かった、行ってくりゅ…。そういえば、君はだれ?」
満瑠さんが私の方にクルッと体を回し尋ねた。
「新しくこの基地に入りました405飛行隊の夙川奏羽です。ユキミさんに荷物を届けにきました。」
「新入りさんかぁ!私は岸部満瑠、AlphaEAGLE隊の4番機だよ。よろしくね奏羽ちゃん!」
「何を届けに来たかは言わないでくれよ。」
ユキミさんが何やらボソボソ言っている。
満瑠さんは朗らかで元気な姿を見ると安心する感じの人の様だ。
どこか紅莉と性格が被るような気もする。
「ほな、みんな仲良くなった訳やし、ちょっと食べに行こや。」
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205飛行隊 AlphaEAGLE隊長 雅かえで
「唐揚げ好きなんかー、ウチらの唐揚げは他の基地とはひと味違うで。」
パリパリ感があまり無いと言うと美味しくなさそうやけど、甘だれのくせしてピリッと効いている風味が食材とマッチしていて癖になる。
箸でつかんだまま様子を伺う奏羽ちゃんを置いていつもの唐揚げを口に運ぶ。
「んんめええなぁあ!ひと仕事した後のコイツは尚更や。」
そんなウチをじっと見つめてから彼女も唐揚げを口にした。
「美味しい…です!」
「せやろ!流石やなぁ、分かっとるわ。」
メーリンはいつものようにきつねうどんを啜る。
ここに来たのは実は2年前の話、それまでは北海道の方でライトニングⅡを飛ばしてた。
そう、いわゆる左遷や。
航空養成学校をトップの成績で卒業し、鳴り物入りで入隊したウチは東日本の防衛拠点である千歳基地に配属されたんや。
ウッキウッキで任務をこなしてた、領空侵犯するローゼンリア機を追っかけたり航空ショーで曲芸を見せつけたりと今思えばかなり華やかな日々やった。
メーリンとはここからの付き合いやったんやけど、実を言うと彼女がこんなに暗くなってしもたんはウチのせいなんや。
1人の隊員が訓練中の怪我でパイロットを辞めざるをえなくなりそこに空いた穴を補填するべく入隊したのが楊美鈴。
急遽台湾から帰国したようやって、最初会った時は時差ボケが凄かったのを覚えとる。
社交的な性格でウチはスグに友達になれた。
操縦技術も頭ひとつ抜けた技量でなんと言っても低速域のコントロールが段違いで、訓練では彼女の巧みな操縦術に翻弄されて負けてばかりやった。
そんなある日の訓練のこと。
ここまで8連敗と流石に私も焦っていた。
隊長という存在に憧れてて、ずっと頑張って機体を振り回してきた。
いくらメーリンでも勝たなければ隊長の座は得られへん。
低速域でぐるぐる機体を縦やら横やらに回すメーリンを上手く釣り上げたウチなんやけど、慣れない低速域での戦闘で操縦が効かなくなってしもて完全に失速。挙句の果てにメーリンの機体と衝突してもたんや。
右翼が根元からもげて、頼りない単発のエンジンから出火。
なんとか地表スレスレでベイルアウトして、今の私とメーリンがある。
やけど落ちた場所が落ちた場所やった。
何が問題かってあまりの熱戦の結果、訓練空域から大幅にズレてしもてたんや。
2機のライトニングが堕ちたのは海軍のドックで、それも最新鋭フリゲート艦の真上やった。
死者こそ出やんかったものの、うちは右足と右腕を骨折。お陰さまでフリゲート艦は艦橋から潰れて木っ端微塵。
被害総額なんか考えたくもあらへん。
どこのB級映画かと突っ込まれるかもしれへんけど事実なんや。
退院してよく分からへん部隊にメーリンと二人で左遷された。
昔なら懲戒免職確定やろうけどな。
ホンマにメーリンには申し訳ないことしたと思ってるけど、もうどうしようもあらへん。
美味しそうに唐揚げを食べる彼女を見てウチがここに来た時のことを思い出した。
あくまで配属された事情は機密だったものフリゲート潰しの噂はどこからか出てきては瞬く間に広まった。
けどウチはそんな話笑い飛ばして自身の武勇伝として語ったんや。
そのお陰で友人が増えたこともあるけど、メーリンに飛び火しないかが気掛かりやった。
「あ、あの、渚さん。気になってたんですけどインターネットじゃここにF-15は所属してないって見てたんですけどそれって…?」
「あんなもん信じとんのか。あんなん戦争禍で正しい情報撒いとったら基地ごとボガンや。」
「た、確かにそうですね…。」
「ここには私らの他にも瑞鳳の奴らとストライク隊が所属しとる。あとAWACSのヤツらもおったな。」
「えーわっく…あぁ、早期警戒機の…!」
「せやせや、でっかいレーダー付けた767が元旅客ターミナルのブリッジに呑気に引っ付いとるやろ。」
改装されて数年の旅客ターミナルは軍施設のなかじゃトップレベルの清潔さで、何店舗かの店なんかもあったりする。
格納庫を無理やり改装した防衛本部とは大違い。
ちなみに宿舎はターミナルの1部を改装している。
AWACSの奴らとも色々あったなと思い出し笑っていると何やらとなりでメーリンが慌ただしく動き始めた。
「…。」
いつも携帯している長方形のバックからノートパソコンを取り出し、やけに早い速度でタイピングをする。
見慣れた光景ではあるが急にどうしたのやろうか。
「何しとるんや、メーリン。」
「ローゼンリアのステルス機の情報です。一昨日ぐらいに当該機のモノのようなファイルがダークウェブに流れてたのを思い出しました。それを解析すれば何かが見えるはずです。」
目にも止まらぬ早さで打つキーボード。
機会にはある程度自身のあるウチでも1行も分からへんような英文をすらすら読んでは入力していく。
少し前の話だが、彼女が興味本位でF-15のCPUを書き換えた話があってな。
厳重注意処分を受けたメーリンやったんやけど、目を付けた開発実験飛行隊がそいつを飛ばしたところ、本来のイーグルの2倍以上の性能が引き出されたんや。
そこから改良を重ね出来たんがかの有名なF-15JA"ストライダーイーグル"。
こうしてメーリンは日本の主力戦闘機開発に携わった第一人者という名声を手に入れたんや。
「出ました、Roz-53です。」
ウインドウにポップアップされていく大量の設計図。
パッと見の第一印象はSu-57。
その他何やらややこしいキリル文字が連なっている以外は分からへん。
「なんて書いとるんや…?」
「今翻訳します。」
コマンドプロンプトにさっさと文字を並べると、端から段々日本語に切り替わる。
「…!?」
「国産新型ステルスVTOL第6世代戦闘機…Roz-57…。」
文面に圧倒され呆然としているといつの間にか後ろに回ってきたユキミが声を震わせながら呟いた。
「最新鋭航空巡洋艦"イディナローク"より発艦…。」
「航空巡洋艦やて…!?」