悪役令嬢に転生し、王子に婚約破棄されたのでアイドル始めました!
「自分の地位が高いことを利用して立場の弱いものをいじめるような人間と結婚などできない!私、ルイス・ウィスタリアはアンバー・カーソンとの婚約を破棄する」
大国ウィスタリアの第一王子の成人パーティーで、私はそう告げられた。
悪役令嬢アンバー・カーソンとして18歳の時に事故で死んでからこの世界に転生してきた。
大好きだった乙女ゲームの世界。嬉しいと思ったのは束の間、まさかよりにもよって悪役令嬢だなんて。
生まれてきてしまったものは仕方ない。私は必死に断罪イベントを回避するため、今までヒロインとの接触を避け、ルイスとも婚約者として良好な関係を築いてきたつもりだ。
でも、それは上手くいかなかったみたい。
彼は私が学校の同級生であるヒロイン、エレナを田舎の子爵家出身で身分が低いことを理由にいじめたと主張している。しかし、それは真っ赤な嘘だ。彼は原作通りエレナに惚れている。こうでもしないと公爵令嬢である私を振って彼女と婚約することは出来ないだろうから。ヒロインとの接触を避けてルイスと良好な関係をと努力しても、結局私は悪役令嬢なのだ。何をしたかではなく、私という存在の宿命なのだ。
しかし弁明しようとしたり、このまま駄々をこねれば色々と理由を付けられて原作通り国外追放だ。正直全く身に覚えのない罪を着せられて怒りを通り越して呆れを覚えているが、これを素直に受け入れれば、私はただの婚約を破棄された無様な公爵令嬢として国外追放まではされないだろう。
仕方ない、こっちが大人になってやるか。
「全く身に覚えがありませんけれど……わかりました。ずっとお慕いしておりましたわ、ルイス様」
目じりに涙を浮かべて同情を買う。
これならそれ以上とやかく言ってこないはず。
私はそのままパーティー会場である城を出た。これからどうしよう。
婚約破棄されたなんてお父様もお母様も勘当と言うに違いない。
だって彼らは未来の王妃としてしか私を愛していないから。
それが分かっていて家に帰るわけにもいかないので、私は城下町の宿に一泊した。
国外追放は免れても、家に帰れなければただの一文無しか。
次の日、街で着ていた派手なパーティードレスを売って庶民がよく着るような服装に着替えた。
仕事を探すにしても、家もないわ出生も言えないわ。そんな人間を雇ってくれるような職場を探すのは中々骨が折れそうだ。
そう思っていた時、道の端で一人の踊り子が踊っているのが見えた。
道行く人が足を止め、置かれた壺にお金を入れていく。
ワルツとは違うアップテンポの愉快な音楽に、長年眠っていた炎がよみがえる。
私の大好きな場所。
そうか、これだ!
私も歌や踊りでお金を稼ごう。
私はこう見えても転生前は国民的アイドルグループのセンターを飾っていた。
歌やダンスにはもちろん自信があるし、転生してからも令嬢教育の一環でピアノやヴァイオリン、バレエなどある程度の教養は身についている。
もうこれしかない。
そうと決まればさっそく私はドレスを売って得たお金で、衣装やメイク用品などを買い漁った。
踊るのに邪魔にならないように、フリルやふくらみは最低限にして、代わりに目立つスパンコールや刺繍が施されている衣装。自分でメイクをするのなんて何年ぶりだろう。
この時の私はこの世界に来てから1番ワクワクしていたと思う。
陽が落ちすっかり暗くなった市場。
その中心にある広場にはたくさんの買い物客やギター片手に音楽を奏でている人。栄えた城下町は夜でも街灯が眩しいくらいに輝いている。
ちょっとだけ、スポットライトを思い出すかも。
私はそこらへんに置かれていた野菜用の木箱の上に立つ。
沢山の人が行き交うけれど、私を見ている人なんていない。
路上ライブってこんな感じかな。やったことないから分からないけど。
私が歌っていたのは音楽番組やコンサートのみ。いつだって観客は私の歌を聞くためにやってきていた。けれど、ここはそうじゃない。マイクを通さない声なんて街の喧騒にかき消されてしまうかも。
さて、この世界で私の歌は届くかな。
『生まれたときからわかってた』
軽く息を吸って、アカペラで歌う。
一節歌っただけで、何人かがこちらを見たのが分かった。
『みんなと何か違う事
メイクもおめかしも
私を流行りのアイドルにはしてくれないの』
喧騒が止んだ。
皆が立ち止まって私を見てる。
私は立っていた木箱から降りて、私を中心に出来た人の輪の中で踊りながら歌を歌う。
『貴方の言葉は
私を醜い女の子にする
どうやったって無駄なんだって
馬鹿げたことを言うけれど
傷ついてしまう私がいるの
でもそれは辞めるわね
私は可愛くなりたいし
私は強くなりたいんだもの』
この曲『オウバイトウリ』は、私がソロデビューした時に初めて出した曲。
世の中の女の子全員を応援する歌。
この曲はたくさんの人に愛されて音楽チャートのトップを独走した。私も何度も歌った。
どれだけ月日が経っても、振りや歌詞は勝手に出て来る。
『指を銜えて見てればいい
いつか私を魅せてあげるんだから
私は私が輝かせるの
貴方の評価は必要ないわ』
1番が終わると、周りにいた音楽家たちが、私の歌に合わせて演奏を始めた。
原曲とは少し違うけれど、たくさんの人と同じ音楽を奏でる一体感。
『ずっと前から気付いてた
違うは素敵だってこと
自信と憧れは
私をなりたい私に連れて行ってくれるの
くだらない雑誌は
私をみじめにしようとしてくる
大事なのは中身だって
易しい雨が降るけれど
それは見た目を諦めろってこと?
そんなのってnonsense
私は可愛くなりたいし
私は強くなりたいんだもの
指を銜えて見てればいい
いつか私を魅せてあげるんだから
私は私を輝かせるの
貴方の評価は必要ないわ』
歌い終わると、広場は拍手の嵐に包まれる。
皆が私を見て喜んでいる。私の歌で笑顔になっている。
これだよ、私の大好きなもの。
「お嬢さん。さっきの演奏素晴らしかったよ」
「ありがとうございます」
おひねりをありがたく頂いて、宿に帰ろうとしていると、一人の男に声を掛けられた。
仕立ての良いスーツにピカピカに磨かれた革靴。どこかの貴族だろうか。
貴族なら見覚えがあるはずなのだけれど。
「もしよければ、来週私の演奏会に出てもらえないか?」
そう言って渡されたのは、ウィスタリアで一番の大きさを誇る国立ホールで行われる天才ピアニスト、ポール・ジョンの定期演奏会のチラシだった。貴族の間でも中々チケットが取れないと話題になっていたはず。
え、待って?私の演奏会ってことは……
「僕の名前はポール・ジョン。君の歌はこんなところで終わらせるには惜しい。どうだろうか?」
私にはもう失うものなんて何もない。
1人でも多くの人に笑顔になってもらいたい。そう思って始めた仕事だ。
断る理由など無かった。
「ぜひ、よろしくお願いします」
そこからの1週間は私にとってこの上なく幸せな時間だった。
王子の婚約者だった時は、未来の王妃として恥ずかしくないよう常にたくさんの人の目に晒されて、やりたいことなど出来なかった。マナーに言葉遣い、表情1つに文句を言ってくる教育係はもういない。
「ねぇアンバー。ここに載ってる人、アンバーと同じ名前だね」
1週間お世話になっているポールの家には2人の子供がいる。ソフィアとマリーは7歳と5歳のとてもかわいい女の子だ。私は久しぶりに子供と接することとなり、彼女らを見るたび元の世界の歳の離れた幼い妹を思い出していた。
花のような笑顔でソフィアが持ってきたのは、女性に人気の雑誌だった。まだ読める文字は少ないが、私の名前を見つけて報告してきたのだろう。そこには私と同じ名前、というより私のことが書かれていた。
大見出しは『ルイス王子、腹黒令嬢と縁を切り真実の愛を誓う』
まぁわかってはいた。大方ルイスが世論を思い通りに動かそうと書かせたのだろう。身分差のラブロマンスに悪役令嬢、真実の愛とくれば世の中の女性は色めき立つ。
記事には私の悪行がこれでもかと書かれていた。
1つも身に覚えが無いのだけれど。
「ねぇねぇ、なんて書いてあるの?」
「うーん。くだらないことよ。ソフィアに話すまでもないわね」
私はふふっと笑って彼女の頭を撫でる。
彼女は教えてもらえないことを不満そうにしていたが、私が頭を撫でるとみるみるうちに嬉しそうにはにかんだ。
「エマ。朝食は済んだかい?」
「えぇ。今行きます」
私はポールに呼ばれて彼の仕事部屋に行く。
私の歌を少しでも原曲に近づけようと、楽譜に起こしてくれているのだ。
「凄い……」
流石は天才ピアニスト。その腕は本物だった。
彼の奏でる音楽は私がまさに歌っていた音楽と同じ。もちろんバンド文化が無い分全く一緒とはいかないけど、私がとある音楽番組でオーケストラと歌った時と全く同じような感覚。
欲しいところに音が来る。
時間こそないものの、準備は順調に進み、迎えた本番。
私の出番は1番最後のアンコール。それまで私は楽屋で衣装やヘアセット、メイクを済ませ、会場の音漏れを感じながら振りの最終確認をする。
懐かしい。
本番前のリハの緊張感やイヤモニの質感、マイクの重さ、ホール独特の空気感と匂い。私の好きなものが全部ここにある。
「……最高」
舞台袖から眩い舞台を見たとき、私はそう呟いていた。
いつだったか、テレビで『アイドルになるために生まれてきた』と紹介されたことがある。その時は大げさだと内心笑っていたが、異世界に来てもアイドルをやっているところを見ると、あの紹介はあながち間違っていなかったのかも知れない。
アンコールの手拍子を合図に舞台へと駆け上がる。
観客たちは突然の見たこともないゲストに驚いていた。
「どなた?」「存じ上げないわ」「あのドレス素敵ね」
会場が私への興味でざわついている。
「皆様、アンコールありがとうございます!最後の曲は特別ゲスト『コハク』です!」
私は訓練されつくした完璧なカーテシーで返事をする。
『コハク』それは私の前世での名前だ。アンバーは日本語で琥珀という意味だから、最初に名前を知った時は驚いたけど。
私は今、アンバー・カーソンとしてではなく、アイドル『コハク』として立っている。
大嫌いだった2階席の貴族にも、今は屈託のない笑顔を向けることが出来るだろう。
「彼女は私がスカウトし、今この場に立っています。その素晴らしい歌声とダンスをどうか皆さんもお楽しみください」
それだけ言うと、ポールはマイクを置き、ピアノの前に腰掛ける。
振り向くと下がっていたはずのオーケストラが舞台の上で準備をしていた。
熱いくらいのスポットライトに私は胸を高鳴らせる。
指揮者に目線を送ると、いよいよ曲が始まる。
どんなものかと構えていた観客も、最初のワンフレーズを聞いて顔を輝かせた。
会場の空気が変わる。
皆がキラキラした目で私を見ている。
この瞬間がたまらなく好きなのだ。
『みんなが思うカワイイ子より
みんなが惹きつけられる素敵な子になりたい
私は既にonly oneなんだから
私は私らしく輝く権利を持ってる』
2番と同様、テレビサイズでは省略されてしまうこの部分。
私はひそかにとても気に入っていた。
そして音楽は盛り上がり、ラストのサビに入る。
観客の盛り上がりも最高潮。サビの直前、一瞬だけ全ての音が止まる。
このとき私はふと、この曲に1番応援されているのは私かも知れないと思った。
『指を銜えて見てればいい
いつか私を魅せてあげるんだから
私は私が輝かせるの
貴方の評価は必要ないわ
いろんなことがあるけれど
もし生まれ変わっても私は私でありますように』
会場に私の歌が響き渡る。
もともとバラードっぽい曲ということもあって、この曲の終わりは必ず私の歌だけが響く。
そして、少しの沈黙の後。
「「ワァァァァ!!」」
立ち上がる観客に涙を流す観客。けれど、みんな笑っている。
これだから、アイドルは辞められない。
大歓声を背に、私は舞台を降りた。
顔のほてりを冷ましながら、楽屋で余韻に浸っていると、同じく舞台を終えたポールがやってきた。
「アンバー!すごかった!」
彼と共にやってきた2人の可愛いお客さんは、大興奮といった様子で大きな花束を渡してくれた。
彼女らとしばらくおしゃべりを楽しんでいると、ポールからお客さんが来ていると言われた。
珍しく気まずそうにしているので、誰かと聞いてみるとなんとルイス王子だという。
きっと彼は私の正体に気付いていたのだろう。会わなくてもいいと言われたが、そういう訳にもいかない。
今度は何を言われるのだろうかと考えながら、私は彼のいる部屋を優しくノックした。
「はいれ」とすぐに返事が来たので、私は意を決してドアを開ける。
「御機嫌よう。ルイス王子」
「数週間ぶりだなアンバー」
名前を変えても彼はきっと私の所作や声で舞台の観客席からでも分かってしまうのだろう。
私は平然を装って社交辞令を並べる。
少し会話をすると、彼は今日婚約者となったゲームのヒロイン、エレナと演奏会を見に来たということが分かった。けれど、この場に彼女はいない。仮にも元婚約者と2人きりなどエレナは良いのだろうか。
「エレナとは別れた」
「……は?」
いけないいけない。
つい本音が出てしまった。
別れた?彼女と婚約したのはつい3日前でしょ?
「喜んでくれていい。俺ともう一度婚約してくれ」
あー。なるほどそう言う事か。
逃がした魚は大きかったということを今実感なさったのか。
そう言えば、前世のアイドル時代でも金持ちのジジイどもが、愛人にしてやるだの養ってやるなど言って来たっけ。正直顔が良かろうと王子様だろうと、今彼がやっていることはあいつらと何も変わらない。
「お断りします」
「なぜだ?俺と婚約すれば、失った地位も戻って来る。今の君は捨てられた公爵令嬢だ。俺なら君を再び王太子の婚約者、次期王妃にしてやれる。第一、今の世間の評判では結婚すらままならないだろう?行き遅れるくらいなら……」
バンッ!
私は机を叩いた。以前なら咎められるけど、今の私は王妃じゃないんだもの。不敬罪上等よ。
よくもまぁそれだけスラスラと出て来るものね。
私のことを自分と結婚しなくちゃ生きていけない哀れな女だとでも思ってるのかしら。
「お断りします」
「なぜだ?俺は君を評価してもう一度婚約をと言っているのに」
話にならない。
私は席を立った。
すると、彼は私の腕を掴んで退出を阻止しようとする。
私はその腕を思いっきり振り払った。
「ハッキリ言わないとわかってもらえないようなので、申し上げますね。貴方の評価は必要ありません。私の人生は私自身で輝かせますので。……おわかり?私の人生に貴方は要らないわ」
是非私の活躍を、王宮で指を銜えて見ていてください。
この時の私はきっとここへ来て、1番輝いていた。
最後まで読んでくださりありがとうございます。
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この作品は私が現在連載中の『ヒロインって案外楽じゃないですよ?』の総合文化祭編で使う予定だった曲の歌詞がボツになってしまったので、どうにか有効活用したいと執筆いたしました。
私なりに音楽や歌詞の構成、韻の踏み方など研究したのでこのままお蔵入りはさせたくない!と思っていたのですが、ふとこの曲で短編くらいなら書けるんじゃね?と思い付き、熱で回らない頭と深夜テンションをお供に一気に書き上げました。プロットは歌詞だろ!というマインドで書いたので、所々設定の甘いところがありますがご容赦ください。
『オウバイトウリ』はその名の通り、みんながそれぞれの良さを持っているという意味の四字熟語、桜梅桃李からインスピレーションを受け書いた歌詞です。このような形で皆さんにお届けできることになってよかったです。
反響次第ではこれからもちょくちょく短編を書こうかなと思っています。
もしよろしければ連載中の『ヒロインって案外楽じゃないですよ?』も覗いてみてください。全く別の世界線のお話となりますが、こっちはある程度プロットを作って書いているので話のテンポ感などはいい(はず)です。
『ヒロインって案外楽じゃないですよ?』
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