4,無と契約の宇宙
話を終えたシリウスは、火の中に枯れ木をそっと投げ入れた。その表情は真剣そのもの、真実を知るからこその強い使命感のようなものを感じる。
「それで、そのはじまりの怪物が……固有宇宙が世界に広がった原因ですか?」
「………いや、確かに奴はきっかけではあるが直接的には僕が原因なんだ」
「…………?」
どういう事だ?疑問を感じる俺に、シリウスは苦笑を浮かべながら続けた。
「確かに、固有宇宙が世界に広がったのはそいつが人類に進化の可能性を与えたからだ。けど直接的に固有宇宙が世界に広がったのは僕が原因なんだ」
「……えっと?つまり、直接的な原因はシリウスさんだって?でも、何で?」
俺の疑問に、シリウスさんは黙り込む。
しかし、話す気はあるのだろう。黙って続きを待っているとやがて話し始めた。
「それも、さっき話した奴の……アーカーシャという名の怪物が世界そのものに書き加えたシステムの一つなんだよ。人類が人類として、霊長としての進化を果たさねば世界が破綻すると」
「世界、が……?」
「そう、人類が霊長としての進化を果たせなければ世界が滅びを迎える。或いは、人類が進化を果たす事により世界が次の時代へと更新されるという意味なのだろう」
それは、つまり———
「シリウスさんは、世界の滅びを回避する為に。人類を霊長として進化させる為に固有宇宙を広げたという事ですか?」
「より厳密に言えば、人類が進化した結果固有宇宙を全人類が手にしたという事だ」
……えっと?つまりだ。
話を纏めよう。
全ての始まりに、何も無い完全な無の中にただ独りアーカーシャという怪物が居た。
その怪物は、孤独に耐え切れず世界を。そして世界に住まう生命を創造した。
怪物の創造した世界で、人類は無限の進化の可能性を持っていた。それは怪物が意図して全人類に与えたシステムの一つだったという。
そして、同時に世界に滅びという概念を与えた。それは、人類が霊長としての進化を果たせなければ乗り越えられない強固なシステムだったらしい。
恐らく、それは人類が進化を放棄して停滞する可能性を摘む為の措置だったのだろう。
そして、シリウスさんはそれを乗り越える為に世界を更新したという。その結果、全人類は固有宇宙という異能の力を手にしたという事……になるらしい。
…… ………
「……話は理解したんですが、一つだけ良いですか?」
「ああ、僕に答えられる範囲なら構わない」
「どうして、俺にそんな話をしたんですか?もちろん理由があるんですよね?」
「ふむ…………」
僅かな沈黙。俺は黙って続きを待つ。
やがて、シリウスさんは話し始める。ゆっくり、重々しく口を開いて。
「……それは、お前という人間のみがアーカーシャを倒しうる可能性を持っているからだ。契約の固有宇宙を保有し、始まりの無と直結するお前の魂のみが」