3,ある怪物の物語
むかしむかし、遥か古代という表現すらも適切ではないほど昔の話。何もない、本当に何も存在しない虚無という言葉ですら定義できないような真なる無。その中で彼は発生した。
真なる無。それはただヒトリだけ在る何かの彼にとって耐え難い苦痛だった。まあ、要するに彼は真なる無の中で耐え難い孤独を感じたという。
全てを超越し、始まりから全てを持っていた彼。そんな完全生命体たる彼が俗とも言える感情を抱いたのは得てして全てのはじまりとはそんなものであるという証明なのかもしれない。
ともかく、真なる無の中で耐え難い孤独を感じた彼は全てを創造する事に決めた。
完全生命体であり、真なる無の中で全てが自己完結した彼にはいわば何でも出来た。
まず、彼は全ての基盤となる原初の世界を創造する。原初の世界、即ち全宇宙の根源。
原初の世界は全ての宇宙の基盤であると同時、その構成粒子の全てが宇宙で形成された本当に規格外という他ないような世界だった。大地、大空、森を構成する木々、天に浮かぶ星々の一つ一つが全て微細な宇宙で構成された規格外の世界。
無限の多元宇宙が、更に無限に積み重なり。其処から更に無限に広がる一つの世界。
当然、原初の世界を基軸にして数多の多元宇宙が生まれる事となる。
数多の宇宙。数多の多元宇宙。そして、それぞれの宇宙に彼は精神生命体でありその宇宙の管理者たる神霊種を創造した。と、言うよりも神霊種がそのもの彼の分霊と呼ぶべきだろう。
宇宙の管理者たる神霊種。その神霊種からそれぞれの宇宙は無限に広がり生命が生まれた。
そして、彼は生まれた全ての生命体に一つの祝福を与えた。それこそが進化の可能性。
或いは、無限に進化する為の欲望と呼ぶべきかもしれない。
全ての生命体は、無限に進化しうる芽を持っている。それは、即ち彼に到達する為の鍵だ。
彼に到達する為に必要な、鍵であり門である。
そして、当然無限に進化する可能性を持っていたとしても進化できなければ意味がない。だからこそ彼は全ての生命に際限のない欲を与えた。
全ての生命よ、無限に欲せよと。求め、奪い、喰らい、全てを手にしてもまだ飽き足らない欲のままに無限に進み続けよと。彼は一つだけ生命に使命を課した。
全ては自身の孤独を紛わす為に。ただ、それだけだった。
しかし、宇宙で繁栄を繰り返す生命の営みを見る内に彼の中で一つの感情が芽生えた。
いや、或いは彼が始まりの生命を創造したその時点で既に芽生えていたのかもしれない。その感情とは即ち根源的な愛だ。親が子に向ける愛。或いは神が子たる人類に向ける愛。
つまり、彼は全ての生命を愛していたのだ。ああ、だからこそ彼は愛する生命達にこれ以上ないくらいに期待するのだろう。愛し、期待するのだろう。
全ての生命よ、私は貴方達を愛していると。だからこそ期待している、貴方達なら必ず私の許へ至れると信じていると。そう極大の愛と期待を向けていた。
しかし、彼は一つ誤算をしていた。或いは失念していたのだろう。
彼ははじまりから全てを持っていた。或いは全てを持っていたからこそ理解出来なかった。
失敗する者。挫ける者。絶望する者。全てを持ち、始まりから何でも出来た彼はそんな者達を理解する事が出来なかった。出来る者と出来ない者の違いが理解出来なかった。才能のある者とない者の違いが理解出来なかった。
彼と我は違う。違うが故に生まれる差異。それを、彼は理解出来なかった。
しかし、それでも彼は全ての生命を愛していた。大丈夫、私には出来た。私の子たる貴方達にも必ず出来る筈だからと。そう過剰な愛で全ての生命を圧し潰さんばかりに。
しかし、それでも彼は全ての生命を愛していた。大丈夫、私が全て与えた。私に出来て貴方達に出来ない筈がないからと。そう重すぎる期待で全てを圧し潰さんばかりに。
そうして、彼は今も尚愛し期待する。
例え、心の最奥の何処か片隅である種の不安と絶望が芽生えても。それだけは変わらない。
そう、彼は我が子たる全生命を愛しているのだから………