プロローグ
聖約のスレイ、はじまります………
その村には一人の少年が居た。
固有宇宙という異能を誰しもが保有している世界で、少年だけが異能を持ち合わせていない。完全無欠なる無能者という烙印を押されていた。少年は、村の皆から馬鹿にされていた。
しかし、そんな少年にも味方は確かに居た。少年の両親と幼馴染の少女だ。とりわけ、少女は少年に対し常に味方となり庇い続けた。
少女は少年に言った。
「良い?スレイ。この世界で固有宇宙を持たない人間なんて一人も居ないの。だから、きっと貴方にも素敵な異能を所持している筈。今はそれに気付いていないだけだから」
「………うん、そうだね」
けど、少年スレイからすればそんな事はどうでもよかった。
例え、固有宇宙がなくとも。例え、完全無欠なる無能者であったとしても。それでも両親と幼馴染さえ居ればそれで良いと思っていた。それさえあれば、後はどうでもよかった。
けど、そんな想いは容易く砕ける事となる。想いは叶わない。
・・・・・・・・・
ある日、王国首都にあるお城から国王直々に命令が下る。
”勇者の証”を持つ少女に、王城へと出頭するよう命令が下った。騎士三名に一般兵士十数名からなる集団が村に来たのである。もちろん、その少女とは幼馴染の事だ。
”勇者の証”とは、幼馴染の保有する固有宇宙だ。きわめて強力な固有宇宙で、彼女一人で王国の全軍すら上回る力を単独保有する。それほどに強力な力だ。
村人たちは、幼馴染を村の誇りと大層喜んだ。しかし、幼馴染だけは浮かない顔だ。
その理由は、俺には分かっている。きっと、 俺の身を案じているのだろう。
だから、俺は彼女に精一杯の笑顔で言った。
「行ってきなよ。俺なら大丈夫、マリスが帰るまでこの村で待っているから」
「………でも、」
「そんなに俺は頼りないか?もっと信じてくれよ。俺なら大丈夫だ」
そう言って、俺はそっと彼女を抱き締めた。彼女を安心させる為、頭を優しく撫でながら。
心の中の、一抹の寂しさを押し殺しながら。彼女への想いをひた隠しながら。
「………スレイ」
「俺なら大丈夫だ。だから、俺を安心させるというなら必ず帰ってきてくれ」
「うん、必ず!必ずスレイの許に帰ってくるから!必ず帰って、また一緒に———」
それは、きっと幼稚なだけの口約束。でも、きっとそれが俺にとって原初の契約だった。
そう、それが俺にとって。本当の意味ではじまりだったんだ。
……
………
…………
そして、そのひと月後村は突如発生した魔物の大群によって壊滅した。
・・・・・・・・・
燃えている。村が燃えている。どこもかしこも火の海だ。
そんな中、母は俺を連れて逃げていた。父は、魔物の大群を食い止めるため戦っている。村の大人たち全員が一丸となり戦っている。
戦闘経験のない村人とはいえ、全員が固有宇宙持ちだ。無能力者の俺など比ではない。それこそ大人たち全員が集まればそこそこの戦力になりうるだろう。
しかし、それでも押されている。それでも食い止めきれない。
それほどに、魔物の大群は強大だった。そして、
「っ‼?」
逃げた先には、漆黒の外骨格に身を包んだ人型の魔物が居た。
他の魔物たちとは決定的に異なる。何処か異質な魔物だった。
母親が、俺を庇うように前に立つ。母が持つ固有宇宙は戦闘向けではない。むしろ、後方からの支援に向いているサポート向けの異能と言えるだろう。
だが、それでも母は俺の前に立つ。我が子を、俺を守る為に。
………しかし、それでも魔物には勝てない。勝敗は一瞬で付いた。
いや、それはもはや勝負とすら呼べないものだった。
「っ、あ………」
胸を手刀で貫かれ、母は物言わぬ死体と成り果てた。即死だった。
その顔は、絶望に染まっている。いや、或いはその方がよほど幸せだったかもしれない。
何故なら、我が子が殺されるのを見ずに済むのだから。子が惨殺される姿を見ずに済む。それだけでまだよほどマシというものなのかもしれない。
ただ、守れなかったという絶望さえなければの話だが。
魔物の爪が、鋭く閃いた。それは狙い違わず俺の胸を引き裂く。
………ああ、彼女との約束を守れなかった。
最期に、そんな事を考えながら俺の意識は落ちていった。
・・・・・・・・・
そして、それからしばらく後。王城に村の壊滅が知らされた。
当然、その知らせはマリスも聞いている。
「あ、ああ………っ」
膝から崩れ落ちるマリス。その目からはらはらと溢れるように涙が零れ落ち、
「あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああぁぁぁぁぁっーーーーーー‼‼‼」
絶望に満ちた慟哭が、城内に響き渡った。