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3.ヒネル・トジャー教授の講義録

「ええとですね、一般に歴史を学ぶということは史料に対する批判精神を忘れてはいけないのであります。ここにいる諸君ら優秀な帝都大学の学生ならば、無論言うまでもありません。間違ってもウィキナントカとかいうモノに頼って、すぐ調べた気になってはいけない。


 えー、今日の講義で扱うものは『ハンナ日録』、あるいは『ハンナの日記』と言われているものですね。これは非常に興味深いものであり、歴史小説家が好んでこれを題材に使いたがる。しかしこれが良くない。その理由を今日は諸君に説明しようと思う。


 まず言えることはこの日記が偽書である可能性が高い。少なくとも懐疑性を多く孕んでいるものであります。何故ならば初出が不明である点。さらに言えば実物とされる日記が紛失し現存しないのです。いつの間にかこれがまことしやかに史料であるとして扱われ、多くの論文や学術書、さらには通俗的な小説にも出典として明記されている。


 この日記に対して、私はスワルテ妃が少なくとも御成婚以後に書かれたものでは無いかと推察する次第であります。その根拠としては、ハンナが避難した別荘のある地名『トチ=メンボ―』です。現在も保養地として有名な同所でありますが、当時はメンボ―と呼ばれておりまして、隣のトチと合併して現在の地名になったのは、御成婚の一年後のことであります。


 この時点で辻褄が合わないのですがまだ問題点があります。ハンナが文中で度々使用している『あり得ない!』という驚きの表現でありますが……あー、そこの君笑わないように。これは今の女学生が良く使う言葉でもありますが、これはハンナの時代は俗語スラングの扱いであり公爵令嬢が使う表現としては適切なものではありませんナ。


 あと不自然な点としては六月九日の記述ですが……いわゆるお二人が野良猫を撫でたという日。これは有名な逸話なのですが、大きな問題がある。この六月九日は他の史料、例えば別の貴族の日記によれば一日中大雨となっている。これでは大雨の中、中庭にいなくてはならなくなる。この点からも不自然であると言わざるを得ないのであります。


 さらに言えば、モーゲラ公爵家自体の実在性が疑わしいのであります。一般に貴族に関して調べる際は当時の紳士録である『貴族大鑑』を最初に用いるのが基本であります。しかしここに大きな落とし穴があるのですナ。この事典には廃爵した貴族も記載されており、確かにモーゲラ公爵についても載っている。


 ところがですネ、『貴族大鑑』は何度か大幅な改訂がなされておりハンナ・モーゲラの時代の版を調べてみるとだネ、どこにも載っていないのであります。つまり当時存在しなかったはずのモーゲラ公爵家がある版を境に突然湧いて出たということになる訳だ。その版というのが、『ハンナの日記』が最初に確認された時代、つまりはオストアンデル帝の即位前後の時期とほぼ一致するんですネ。


 つまりはですな、ここから導き出されることは『貴族大鑑』と『ハンナの日記』が何者かによって人為的に捏造された可能性が高い、と私は推察する訳であります。では誰が何故このようなことを行ったのかということですネ。


 一つには当時のカートル地方の扱いがありますナ。御存じのようにカートル地方は遅れて帝国に参加したため、長年外様扱いを受けていた訳だ。そのためハンナが執拗にカートルを田舎だと馬鹿にした訳だ。カートル出身者としては実にけしからんと思うヨ。


 ……まぁそれはともかくとして、オストアンデル帝とスワルテ妃が御成婚なさったということでカートルとの融和ムードを醸成したいと思った訳だ。そこで如何にもドラマチックな展開で御成婚物語を脚色しようという何らかの意図が働いたのではないか、と私は思う訳であります。


 それが証拠に御成婚を機にカートル地方での帝国への支持率が大きく上昇した、というデータがここに御座いまして……。まぁ何ですな、つまりは『ハンナの日記』なる物は存在しない悪役令嬢を作り出すための、舞台装置に過ぎなかったと私は結論する次第であります。あー、今日は出席を取るぞ。……抜き打ちだって? 知らん知らん」

最後までお読みいただきありがとうございました。


後学のため感想等、また評価いただけますとうれしいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] うおーー!!!!!めちゃくちゃエキサイティングでした。こういう試み、素敵ですね。第三話の「こういう人いそうwww」という感じも最高です。
[良い点] 発想が天才 久しぶりになろうで新しい試みを見た気がする [一言] 歴史においてありえそうな事を面白く描いている技量が凄い
[良い点] 読み込んでいくと、どのあたりから御成婚エピソードがすり替わったか理解出来て面白い [一言] ハンナの言葉遣いの不自然さや天候の矛盾などは、偽書の著者の調査不足か、描きたい場面に合わせて事実…
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