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【第07話】悪夢と新たな力

 

 いやな夢を見た……。

 忘れたつもりになっていた、古い記憶を掘り起こされた感じだ。

 

 アレを見た時は、いつだったか……。

 エリス達が故郷の村を滅ぼしたと勘違いし、逃げ延びた街にいた頃か?

 グレンさんの伝手を頼り、傭兵の仕事にはありつけたが、雀の涙ほどにしか稼げず、空腹な毎日に苦しんでいたな。

 腹の鳴る音を煩わしく思いながら、街の大通りを歩いてる時に、いつも以上に賑やかなのに気づいたんだけど……。

 

 わざわざ、見に行かなければと後悔した。

 ギロチン台に頭をのせられ、恨めしそうな顔で、観衆を睨みつける男。

 男に科された罪状を、声高と読み上げる立会人。

 公開処刑を娯楽の一つと感じ、悪い貴族が裁かれる姿を、早く見せろと騒ぎ立てる民衆たち。

 

 お喋り好きな周りの大人達の会話から察するに、貴族の娘を誘拐した罪で、主犯の貴族が裁かれる内容だった気がする……。

 集まった人が多過ぎて戻ることもできず、罪人の処刑が実行するところまで、見届けてしまった。

 すっかり食欲が消え、その日は幸か不幸か、空腹に悩まされなかったな……。

 

 悪夢から目を覚まし、古い記憶を思い出しながら、天井をぼんやりと眺める。

 視界に映っていた天井が銀髪の頭で隠れ、銀色の瞳で覗き込む、エリスの顔が目に入った。

 

「おはよう。いつまで寝てるのかしら? とっくに朝ご飯はできてるわよ」

 

 エリスと挨拶を交わし、香ばしい匂いに誘われて、身を起こす。

 料理鍋を木のスプーンでかき混ぜながら、人間嫌いの闇精霊族ダークエルフが朝食の準備をする、見慣れぬ光景をぼんやりと眺める。

 男所帯だから、普段はあまり使われなかった台所も、料理の為に使用された形跡がある。

 

「トウマ。お皿をとって」

 

 昨日の晩から住み始めたのに、まるでここに住んでたかのような態度で、エリスがテーブルを指差す。

 テーブルに置かれた小皿をエリスに渡していると、昨晩まで空だったはずのカゴに、パンが入ってるのに気づいた。

 

「あれ? ……ナミタさんって、もしかして来てた?」

「来たわよ……。今日は食べに来ないんですかって聞かれたけど。パンだけ貰ったわ」

 

 村で唯一の食堂をやっていたナミタさんのところで、グレンさんと一緒に朝食を頂くのが、朝の日課だった。

 喉が渇いていたので、白湯が入った湯飲みを手に取る。

 後で、パン代を払っとかないとな……。


「ねぇ、トウマ」

「ん?」

「ナミタに、昨晩はお楽しみでしたねって言われたんだけど。どういう意味なの?」

 

 口に含んだ白湯を、俺は盛大に噴き出した。

 ゲホゲホと咳き込む俺を、エリスが困惑した顔で見ている。

 

「トウマ、大丈夫?」

 

 うん、そうだよな……。

 ナミタさんは他人の恋バナに、嬉々として首を突っ込むところがあったよな。

 自分の色恋沙汰がゼロだったから、完全に油断してた。

 童貞殺しな昨晩のイベントで、ほとんど眠れなかったとはいえ、俺は寝坊したことを今日ほど恨んだことはないだろう……。

 

 誤解を解く暇もなく、昼を迎えずして俺の噂は、村中に広がるだろう……。

 いや、エリスと同居を始めた時点で、男女の仲を疑うような噂が広まることは、回避できなかったはず。

 良い方に考えよう……うん。

 

 汚したテーブルを布で拭きながら、エリスの質問を適当に誤魔化した。

 下世話な人間の話題に疎いエリスのお陰で、なんとか難は逃れたが……。


 さっきはパン代を払いに行こうと思ったけど、食堂に行ったら間違いなく、ナミタさんに根掘り葉掘りと詮索されそうな気がする。

 カウンターから身を乗り出して、ものすごい嬉々とした笑顔で、俺を迎えてくれるだろう……。

 今日は、顔を出しに行くのはやめて、明日にしようかな?

 

 ナミタさんが焼いたパンを摘まんで千切り、エリスが採ってきた山菜入りのスープに浸す。

 パンを食べる習慣が無いからか、直に口へ運ぼうとしたエリスが手を止め、俺の食べ方を真似る。


「このパン。美味しいわね」

 

 一つ目を食べ終わってすぐに、パンをのせたカゴへ、エリスが手を伸ばした。

 ナミタさんが作った焼き立てのパンを、ダークエルフのお嬢様がお気に召したようだ。


「誰も来なかったみたいよ」


 二つ目のパンを指で千切りながら、エリスが口を開く。

 なんの話だと首を傾げていたら、千切ったパンをスープに浸しながら、エリスが俺の方を見た。


「シラヌイに、見張りを頼んだでしょ? 朝まで寝ずの番をしたけど、誰も来てないって」


 村が一望できる崖の上から、シラヌイの仲間達に、何か村に異変があればすぐに報せてもらうよう、エリス経由で頼んだのを思い出す。

 お嬢様の護衛は、来なかったか……。

 村の場所が分からなくなって、迷子になってる可能性はゼロじゃないけど。

 

「もし、護衛がやられたとしたら……。まだ山賊が、近くにいるのかな?」

「さあ、どうかしらね?」


 エリスが涼しげな顔で、ふやけたパンを口に運ぶ。

 ――魔法の扱いが人間よりも得意な――精霊族エルフの血を引くエリスからすれば、山賊が束になったところで脅威ではないだろう。

 でも、俺は違う……。

 包帯を巻いた右手に目を落とし、山賊一人すら倒せなかった自分の無力さを思い出し、少しだけ自己嫌悪になる。

 

「村長は遠くに行けないし。俺が外の様子を見に行こうかと、思うんだけど……」

 

 馬の手綱を握るくらいならと、正面をチラりと見る。

 半目を閉じたエリスが、「面倒臭いことに、私を巻き込むな」と言わんばかりの空気オーラを漂わせて、パンを無言で口に運んだ。

 遠回しについて来て欲しいと、勘違いされたのかもしれない。

 

「いや。俺一人で、行くつもりだけど……」

「それで? 山賊に襲われたら、どうするの? 右手を怪我して、剣も握れない、蟲以下の雑魚トウマは、なにをするの? 山賊に殺さないでくれって、泣いて謝るの?」

 

 酷い言われようだ……。

 でも、反論ができない。

 片腕しか使えない俺では、両手で剣を振り回す相手に、正面から勝つのは難しいだろう。

 

「せめて、自分の身を守れるくらいにならないと、駄目でしょ? 魔法で強化したら、片腕だけでも山賊に勝てるんじゃない?」

「魔法で強化って……。俺は、魔法を使えないんだけど……」

「使えるわよ」

「……え?」

 

 エリスの口にした内容が、すぐに理解ができなかった。

 しばらくして、エリスの言い間違いだと気づく。

 エリスが黙々と二つ目のパンを食べ終え、カゴの中に残された最期のパンをチラリと見る。

 

「食べて良いよ」

 

 俺がそう言うと、エリスが再びカゴの中に手を伸ばす。

 

「エリスの魔法って、他人を強化できるのか?」

「……え?」

「え?」

 

 質問の意図が分からない顔で、エリスが眉根を寄せた。

 しばらく視線を宙に彷徨わせ、何かを考える仕草をする。

 

「そっか……。トウマは、ニンゲンだったわね」

 

 手に持ったパンを、スープが入った小皿の脇に置く。

 テーブルに両肘を置き、重ねた指先の上に、エリスがあごをのせる。

 

「お馬鹿なトウマに、精霊族エルフの知識を一つ授けましょう……。精霊族エルフはね。自分の力を、相手に与えることができるのよ」


 力を与えるっていうのは、もしかして……。

 闇精霊族ダークエルフのエリスが、薄い笑みを浮かべた。


「ねえ、トウマ……。あなたは、誰の血を飲んだのかしら?」

 

 俺を小馬鹿にするような発言もあったが、それが一瞬で霞むほどに、衝撃の事実をエリスが俺に与えた。

 

「それじゃあ、俺は……。魔法が、使えるのか?」

「ええ、使えるわよ。さっき、トウマの包帯を変えてる時にも確認したから、間違いないわ……。もちろん訓練をしないと、まともな魔法は使えないでしょうけど」

 

 スープに浸され、ほどよくふやけたパンを、エリスが口に運ぶ。

 三つ目のパンを、ご機嫌に食すエリスから視線を外し、俺は目を閉じた。

 過去の俺が、魔法を習得するために、奔走した記憶を思い出す。

 

 武術の才能が並以下だった俺は、どこの戦場に行っても苦労していた。

 国がいくつも滅び、仲違いしていた権力者達が、共通する悪を滅ぼす為に手を取り合った時期にも、いろんな魔術師に頭を下げて頼み込んだ記憶がある。

 聖女の紹介で、――才ある貴族のみに教育をしていた――高位の魔術師にも指導を頼んだが、俺が魔術を学ぼうとすることさえ無駄だと諭された。


 だから、魔術の才能だけは絶対に、俺には無いと諦めてたんだ……。

 俺は、諦めたんだよ……。

 それなのにさ……。

 

 乾いた笑いが漏れそうになって、俺は目を手で覆った。

 そりゃねぇぜ、エリスさん……。

 俺が後悔した日に戻ってから、まだ一日しか経ってないんだぞ?


 過去の俺は、魔法を使えれるようになれば、少しでも皆の負担を減らせると、何年も、何年も必死に、苦労して……。

 戦う才能のある勇敢な人達が、前線で倒れていくのを眺めることしかできず、最期の聖女も目の前で殺されて。

 役立たずの俺が、最期まで生き残ってしまって……。

 モンスターの大軍に囲まれて、たった一人で混沌の魔女と対峙した時の絶望感は、どれほどの恐怖だったと思う?


 ……あの日か。

 あの日に、俺が……。

 エリスを信じるか、信じないかで、こんなにも俺の運命が変わっちまうのかよ……。

 

 再び目を開くと、エリスが最後のパンの欠片を、口に運ぶところだった。

 湯飲みを手に取り、白湯を口にしたエリスが、食べかけのパンがのせられた俺の小皿をじっと見つめる。

 

「食べないの? 訓練で、お腹が空くわよ?」

「……訓練?」

「魔法を使いたいんでしょ? 一人でやりたいなら、止めはしないけど……。なによ、その顔は?」

 

 きっと今の俺は、すごい顔をしてたのだろう。

 

「変な魔法の覚え方をして、せっかく治りかけてる手を痛めたら、面倒くさいでしょ? だから馬鹿トウマが、大馬鹿なことをしないように、見てあげるだけよ。どうせ暇だしね……」

 

 ……そっか。

 これが、ボタンの掛け違いと言うやつなのか……。

 地球にいた頃の俺が耳にした言葉が、ふと脳裏によぎる。

 

「……エリス」

「なによ?」

「包帯。巻いてくれて、ありがとう」


 俺が寝てる間に包帯を新しく交換してくれたエリスに、今更になって謝礼の言葉を述べる。


「……ん」

 

 口を尖らせていたエリスが、ちょっとだけ機嫌を良くして、湯飲みに口をつけた。

 俺も食べかけのパンを手に取り、口に運ぶ。

 噛みしめるように、口に含んだパンを咀嚼そしゃくする。

 

 たった一つの決断で、俺の未来が大きく変わる。

 未来を知ってる俺だからこそ、後悔した過程を変えたことで初めて分かった、もう一つの未来。

 それを実感しながら口にしたパンは、とても複雑な味がした……。


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