#0 プロローグ
久しぶりに『もと居た世界の夢』を見た。
「フフフフーン、フフフッフーン」
真夜中、好きな男性2人組アーティストのバラードを鼻歌で歌いながら町はずれのちゃんと舗装もされておらず街灯もない道路の側溝をライトで照らしながら夢の中の私、黒斐日向は歩いていた。
理由はただ一つ、側溝に落ちた昆虫や動物などを見つけるためだ。子供の頃からの趣味の生き物観察は20代になっても今でも続いていた。
普通はダンゴムシとかばかりなのだが、時折オサムシなども見つかったりして面白い。
今回は欲を言えばタカチホヘビなんか見つかればいいのだが、もう少し山に入らないと難しいだろう。
まぁ、生き物に興味がなければ何か見つけたところで一切面白くはないのだろうが…。
「しっかし、てげ熱いなぁ…べとべとする」
夢の中の私はそうつぶやく。もう夜だというのに汗がぽたぽたと落ちている。
『南国、宮崎』。その名の通り暑いのだが、問題は湿度だ。過去に何度かほかの県に用事なり旅行なりで行った事はあるが、宮崎の夏はほかの県に比べ湿度があるように感じる。
そしてその湿度のせいですぐに服がべたついてしまいこれがとにかくつらい。霧島連山の影響だろうか?
そんなことを思いながら歩いていると道の途中あるものが現れる。
「…トンネル?」
そうつぶやいた私の目の前に現れたのは高さ3メートルほどの手掘りのようなトンネルだった。小型車ならぎりぎり通れるだろうが普通車や大型車は難しいだろう。離合なんかもまず無理だ。
更にトンネルの中はライトもついておらず真っ暗でどこまで続いているかわからない。
「…こんなところにトンネルなんてあったっけ?」
トンネルの中を覗きながらそうつぶやく。
この辺りにくるのは初めてだが事前に地図などで調べた限りそんな情報は無かった。地元民用だからとか載せなかったのか?色々と考えがめぐるが答えは出ない。
しかし…不気味だ。元々トンネルは心霊スポットになったりであまり良いイメージが無いのにこんな山奥の、しかもライトもない真っ暗なトンネルときた。普通ならすぐに離れる所なのだが、なぜだろう…その時の私は自然とそのトンネルの中に足を運んでいた。
怖い物見たさ?それはないだろう。以前心霊動画をその怖い物見たさで見て夜眠れなくなって後悔して以来そういうのは極力避けている。
意地、もしくは見栄?ここには一人で来ている。いったい誰に意地や見栄を張ろうというのだ。
とにかく私はそのトンネルの中に入った、入ってしまった。中はやはり真っ暗でライトがないと何も見えない。トンネルの壁は外で若干見えたように手堀りのような感じでゴツゴツしている。そして何よりどれだけ先を照らしても出口が見えない。
そんな風にトンネルを観察していると、突然手に持っていた照明用のライトが消えた。電池もそのライトもここ数日前に購入した新品だというのにだ。
ともかく、発光ダイオードの高輝度のライトで照らされていたトンネルは一気に闇だけの世界になった。
「…!!」
いきなりの事に声が出ずただ勢いよく息を吸う音だけをあげてしまう。いきなりの闇に目が慣れておらず自分の手元さえ見えない。いや、慣れたとしてもここだと見えるか怪しいかもしれないが。
「(そういえば、霊がいる場所だとライトやビデオカメラがいきなり切れたりすることがあるらしいよな…)」
慌てながらも頭の片隅で妙に冷静なことを考えながらスマホのライトで辺りを照らそうとポケットの中にて突っ込む。
しかし、その瞬間意識が遠くなり…。
…
………
……………
あの時の夢はいつもそうだ。いつもここで終わる。
目が覚めると『こちらの世界』でいつも見る私の家の屋根の木目があった。
「もう、4…いや、あと少しで5年前の話になるのか…。」
そうつぶやきながらベットから体を起こし鎖骨辺りまで伸ばした揉み上げをいじり欠伸しながら心身の覚醒を待つ。
そう、私は所謂『異世界転生者』という存在になった。
漫画でそういう本を読んだ事はあるが、まさか実際に、そしてまさか自分がそんな存在になるとは思わなかった。
しかしこの世界、フラスコ世界と言うらしいが転生者というものは珍しくないらしく、様々な世界から様々な人や、ごく稀にだが村や町ごと『落ちて』来るらしい。
そして、そんな世界なのでこの世界の大体の国には『転生者窓口』なる物があり、ある程度のこの世界やそれぞれ国の情報やルールについて学ばせてくれて、更にはこの世界で自立のためのそれなりの額の資金の融資も行ってくれている。
ちなみに私は『神隠し型転生者』という物に分類されるらしい。
特定の場所に入ったのをトリガーとして転生してきた人物がここに当てはめられるらしい。
そんなこんなしているうちにある程度心身が覚醒したら歯を磨き、顔を洗い、服をいつもの服に着替え2階の自室から階段を降り1回の『店』に降りる。
この店はこの世界で私が営業している店だ。
私はこの世界で小さいながらも一国一城の主となった。これもこの世界の転生者保護のシステムとこの世界で出会った人に恵まれていたおかげだ。
そしてこの店はどんな店かというと、犬猫以外の魚類・は虫類・両生類、そしてこの世界特有の生き物で『魔物』と呼ばれる存在、そんな生き物を飼育する人達がその生き物に与える『餌』を売る店だ。
ペットという物は犬猫だけではない。ある程度の大きさの生き物であれば大抵の生き物はペットになり得るのだ。この世界ではたとえそれが魔物であっても。
世の中変わった生き物を飼育したいという人間は一定数はいるものだ。私が元いた世界でも、こちらの世界でもそれは同じらしい。
しかし、変わった生き物というのは餌も変わっていることも多い。そしてそういう変わった物は普通のペットショップでは手に入らない。この店はそんな変わった餌を売っている店だ。
固形やゼリー、ジェル状の物から生きた小型昆虫などの『生き餌』と呼ばれる物まで。様々な餌を売っている。
これが中々に需要があり遠くから足を運んでくれるお客も存在するのだ。
1階の入り口の鍵を外しお客を出迎える準備が完了する。こうしてスラウト民主主義国 レベル1地域 36号地区にて小動物及び、魔物飼育用飼料専門店『魔飼料堂』は今日も変わった生き物の飼育する『変わり者』達のために営業が始まるのだ。