画と筆
祐樹がひっそりと顔を出した。
「兄貴が買ってきたコーヒー豆って本当にいい奴なんだね。今、須藤さんに聞いていたんだけど、有名じゃないときから取引先にしたほどの腕の持ち主がいる店だって言っていたんだ。」
「その辺については俺は知らないよ。けど、うまいコーヒーを味に慣れれば何処かで役に立つだろ。俺は失敗したんだ。お前も少しはしないと前には進めないぞ。」
彼の言葉はかすかに笑みを含んでいたが、真実を打ち明けるかのようにも感じてしまったのだ。嘘を告げない姿には憧れを抱くことがあるのだろうか。後悔をし続けてしまうと見えているものが浮かばなくなってしまうのだろうか。
「そんな関係でいいんですよ。兄弟って。憎むとか単純な関係じゃすまないのが兄弟っていうものであって、そこから何を求めるかで関係も変わってしまうんです。」
「須藤さんは兄弟がいるんですか?」
「いません。・・・どちらかというといるはずだったというのが正しいんです。兄は流産で亡くなったんです。母はそのことで体調を崩したりして父は人が変わったようにその時はかえってきていたみたいです。仕事に没頭しているだけにはならなかったみたいです。」
刑事という仕事をしていたこともあったが、周りが気を使ったのかその時ばかりは早く帰れと催促をしたほどだったのだ。須藤はその話を聞いたこともあったが惹かれるほどの魅力にはならなかった。
「父が言うには正義を振りかざすだけの安易な剣を持ったとしても振り回すだけでは機能しないって言って、攻撃をしても防御を持ち合わせていないことはいいときと悪いときに現れるって言ってましたよ。それは刑事をしている途中で気が付いたからこそ、ブラックリストと処刑台の事件だけは目を背けることができなかったともいってました。」
刑事として残るよりも素朴な喫茶店を開いて自分の後悔のないように生きる道を整えるほうが正しいようにも思えたのだ。哲司はそれっきり、警察時代の同窓会には顔を出すことはなく、もっぱら高校時代や大学時代などの学生時代の同窓会に出ることが多かったのだ。そこで得るのは学生時代では得られなかった何かを得ているのだろうが、その答えまでも求めてないこともわかっているのだろう。
「父はそれからうまいコーヒーを飲める喫茶店くらいでいいんだとか言って始めた店ですから・・・。人には休憩する場所と愚痴を漏らせる場所があれば大概は正しく生きているんですよ。」




