甘い果実
相沢祐樹と話しているうちにドアのチャイムの音が鳴った。すると、以前より少し疲れた顔をした人物が少しだけ気を張った状態で立っていた。
「加賀美さん。」
「相沢さん。」
「兄貴、どうして此処に・・・。今日来るとか言わなかったじゃないか。」
弟の言葉に目を丸くした感じに見えたが、何処かに見える覚悟をかすかに感じてしまったのだ。手には紙袋を抱えていた。カウンターにその紙袋を置いた。
「お前が漏らしていたじゃないか。ほしい、試したいコーヒー豆が高くて手が出せないって。けど、腕を磨くには少しは高いので腕鳴らしをしていかないと味も覚えないしって。親父やおふくろに漏らしていたのを知らないとでも思うなよ。」
「有難う。・・・前の兄貴じゃありえない行動だな。」
「確かに・・・。」
兄弟に以前あったであろう確執というのは隆成の転職によって消えてゆくのだろうと思った。須藤は祐樹に声をかけた。すると、コーヒーを用意をするといっていなくなってしまった。加賀美が座っている隣の席に座りにくそうに彼は座った。
「俺は後悔したんです。貴方の生んだ企画をつぶすことになることを告げられた時は・・・。安易に思った部分もなかったとも言えなかったんです。ただ突きつけられたのは羽鳥さんから向いていないときっぱり言われたことです。そこから逃げることで何か見えてくるとも思っていたんです。」
社会部から文化部に異動になった時も抵抗しなかったわけでもないだろう。期待ばかりが増えてしまって抵抗する方法を覚えてしまったことに対する後悔を転職して知ったのだ。
「今の社長さんに救われたんです。俺に期待をしているよりもどれだけのもたらすことを覚えるかを大切にしているんです。人事に入って覚えることの多さに怯えています。」
もともと記者だったこともあって外で営業のようになれている。記者と違うのは追い回すことはなく、会社の良さを伝えていくことに徹底することなのだ。下っ端であるから動くことも多いが以前のようにならないようにと思っているのだろう。真新しい名刺ケースを取り出した。
「会社を代わるが決まった時に社長さんからもらったんです。新しいページを進むのに立ち止まったように思われるのもいけないからって。ほどほどしか渡せないけど、大切にしていれば見えてくるものがきっとあるはずだとも言ってくれたんです。」
名刺ケースをさするようにしていた。加賀美に対して正式に挨拶だといって一番上の名刺を渡した。
「別の会社に入ったんで、日楽には負けないですよ!」
「そういってくれるのはありがたいんですけど、俺はもう少ししたらやめるんです。実家の寺を継がないといけないので・・・。」
「そうだったんですか。だから羽鳥さんは俺に期待をしたんですかね。」
カウンターに置かれた須藤の注いだコーヒーを少し苦い顔をして飲んだ。




